表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/45

6 自分のままで


 アスランがアンハルト侯爵家の別邸を出たのは、それから小一時間後の事だった。表に止めていた馬車に乗り込み、アスランは旧市街の別の通りにある自分の屋敷へと急ぐ。


 その馬車からしばらく遅れて、小型の地味な色合いの馬車が移動し始めた。アンハルト侯爵家、ジグマリンゲン侯爵家など、様々な貴族の屋敷、別邸が建ち並ぶ旧市街は、通り自体も綺麗に整備されており、貴族の使用人や出入りの商人などがせわしなく行き交いしている。

 彼らは自分の仕事に夢中で、地味な馬車がひっそりとした風情で、ジグマリンゲン侯爵の印章の目立つ馬車の後を尾行している様子など、全く気にもとめなかった。


 尾行。

 ……地味な馬車のしていることは、簡単に言うと尾行としか言えず、複雑に言うと、アスラン暗殺未遂の尻拭いをどうするかと考えあぐねた実行犯による英雄への調査であった。


 小さな馬車の中に窮屈そうに体を縮め、不機嫌な表情で前方のジグマリンゲン侯爵の印章を睨んでいる彼の名は、ヴェンデル。


 ヴェンデル・フォン・ビンデバルドと言う。


 エリーゼの言うところの悪徳大臣ビンデバルド一族の末端にいる、三十路独身。

 特技は錬金術。

 貴族と言っても名ばかりで、芸に身をたすくらるる身の上であり、日頃は自分の錬金術工房で、薬品や毒薬、様々な道具を作り、それを売りさばくことを仕事としている。

 体は小さくはないが大きくもなく、錬金術や魔法を生業とするものらしく、真っ黒なローブとマントに身を包んでいる。

 眼光は鋭く、色白で面長、あまり手入れをしていない赤褐色の髪は長い。


 美形ぞろいのビンデバルド一族の者らしく、風采はよい方なのだが、どうにも憔悴しているためか、馬車を操る従者が冷や汗をかいて無言でいる。

 何故、ビンデバルド一族が美形ぞろいなのかというと、答えは簡単で、彼らは配偶者を常に自由自在に選べる権力を有しており、大抵は美貌で才能にあふれている若者を自分の血に入れたがるため、遺伝の問題で美形が生まれるのである。ヴェンデルも、亡くなった母は身分はそれほど高くなかったが、大変に美しく慎ましやかで所作も綺麗だったことを覚えている。


 ヴェンデルが、従者が気を遣うほど苛々しているのは、当たり前の話だった。彼は、ビンデバルド宗家から、アスランを暗殺しろと命じられて、正月早々一発罠を引っかけたが、見事失敗したのだから。


 買収して毒を盛らせた厨房長は、彼が獄中にいるうちに、錬金術の毒薬と魔法の手妻を利用して彼を暗殺して口止めした。だから、今のところは、ヴェンデルの反抗だと言うことは当分はばれないだろう。そう思いたい。

 次にしなければならないのは、ビンデバルド宗家の命令なのだから、さっさとアスランを暗殺し、この厄介な仕事を片付けてしまうことであった。


 何故に、ビンデバルド宗家がアスランを狙うのかなどと、答えは簡単で、人気の高い英雄に権力の座につかれると、自分たちが面白くないということだけだろう。要するに貴族の政権争いで、旧弊な宗家は、とにかく、新興勢力である冒険者の英雄や、魔大戦で武勲をあげた他の一族が目障りで仕方ないのだ。

 特に、救国の英雄という、新興勢力のシンボルであるアスランにターゲットを絞って、やられる前にやっちまえ! ということであるらしい。


 それでどうして、一族の中でも下っ端のヴェンデルにお鉢が回ってきたのかというと、まさしくそれは、”下っ端で独身で使い捨てしやすいから”という身も蓋もない理由からであった。まして、両親はとっくに魔大戦で亡くなっているし。かばってくれる人もいないし。錬金術の成績は優秀であるから毒を使えるし、魔法もそこそこいけるというのもポイントだった。


 そういう事をグチグチと考えていれば胸の中に鬱憤がたまり、苛々するのも当然だが、いずれ、皇帝家の次に権勢を誇るビンデバルド宗家に逆らえる下級貴族などいない。

 宗家は宗家で、ヴェンデルがアスラン暗殺で手柄を立てたら、一生食ってけるぐらいの金と地位はくれると言っているし、そうすれば、貧乏貴族のヴェンデルも、父がやったように見目麗しく心優しい婦人を妻に迎えて幸せになれるかもしれないのだ。

 彼は、この暗殺がうまくいけば、幸せになれるということに一縷の望みをたくして、頭の中を切り替えた。


(英雄アスラン……やつの尾行を、この三日、繰り返してきたが……やつの弱点は……)


 ヴェンデルは、あわれな厨房長を獄中で毒殺した後から、ずっとアスランを馬車や徒歩でつけ回しているのだった。自分が眠っている間は、従者に見晴らせて、アスランの行動パターンを調べ、彼の隙はどこにあるのかを考えていた。


 アスランの方は、取り調べをする前に下手人が死亡したということでまたジグマリンゲン邸で一騒動あったのだが、その後は、新年にかこつけて、貴族同士のコネの挨拶回りをしているようだった。

 ヴェンデルにはそう見えた。要するに、根回しと、本人直接の聞き取り調査だろう。自分を暗殺することを企てたやつはどこにいるのかと。


(俺だってそうする。しかし、俺と奴の違いは……)

 また、イラっとする感覚が胸にこみあがってくるが、ヴェンデルは潔くそれを認めた。


(奴は女にモテる!)


 ……これであった。よって、彼はこう考えた。


(英雄アスラン、貴様の弱点は、女だ!)


 貴族の屋敷のどこに行っても、暗殺未遂の憂き目にあった救国の英雄は大歓迎。特に、どこの屋敷でも父親、もしくは父親役が、美しく着飾らせた娘達をアスランの方に差し向けていた。それは、ハインツがエリーゼにやらせたことでもあったのだが。


 とにかく、今、人気一番で、実力もあって、侯爵の血筋をひくアスランを、不細工だろうが美貌だろうが、自分の娘に射止めさせるために、口の利き方や態度まで言い含めて、アスランに突撃させている。娘達の方も、よっぽど控えめでもない限り、ルンルン気分で鼻から音符出しそうな勢いでアスランに侍り、適齢期の若者を手に入れようと、必死に自分の魅力をアピールしていた。


 どうやってそれを知ったのかというと、錬金術と魔法を合成させ、自前で作った「透視眼鏡」。双眼鏡にも似たそれで、屋敷内部を観察することが出来たのである。透視眼鏡で見渡せる距離は、100メートル以内だが。


 それを三十路独身貧乏貴族が見ると、どう思うかというと、全くもって上記の通りで、腸煮えくり返る反面、冷静にそのことを分析し、だったら今度は、女を使ってうまく仕留めてしまえばいいじゃないかという結論に至った。


 だがそれは、既に、厨房長がやったことでもあった。

 英雄アスランが、女にどれだけモテるかなど、城中にいればわからないわけがない。

 まして、アスランだって自分の人気を落としたい訳ではないのだから、綺麗な優しい女達には、いくらでも愛想をふりまく傾向がある。

 それで、一番、アスランが攻撃しづらい、「去年、子供を出産したばかりの若くて綺麗なメイド」にアスランへの皿を持たせた訳だった。

 その手は、とっくに使われているのである。


 そういうわけで、同じ手を何回も使っていられないヴェンデルは、馬車の中でしきりに頭をひねり始めた。


 女を使えば、隙はつけるのはわかりきっている。だが、外注すればするほど、計画に確実性がなくなるのではなかろうか。実際、結果を出せなかったんだし。


(さて、どうするか……)


 そうこうしているうちに、ヴェンデルの馬車の前でアスランの馬車はジグマリンゲン侯爵家に到着し、従者が巨大な門を開けさせて、馬車が中に入っていくのが見えた。


 門の大きさは、ビンデバルド宗家に張るだろう。

 屋敷を取り囲む壁の方も、どこまで続くんだろうと気になってしまうほどだ。その奥に、王城よりは控えめだが、ヴェンデルの住んでいる工房の十倍を超えるだろうスケールの邸宅が存在する。

 天を突くような塔、壮麗な紺碧の屋根、キラキラと磨き上げられた窓、雪のように真っ白な壁……どれをとっても、ビンデバルド一族に対抗しうる財力と威厳を持つ、ジグマリンゲン家の次男だから住める邸宅だとわかった。


 ヴェンデルはそのことについては、大した感想は持たなかった。以前から何度も確認していたのだが、ジグマリンゲン邸には、簡単に入り込めるような戸口はないし、使用人にもヴェンデルがつけいれるようなふしだらなタイプはいなかった。厳選した人材を雇っているらしい。

 また、どういう原理の魔法ガードかはヴェンデルにもわからなかったが、透視眼鏡の透視能力はすべて防御されてしまった。


 今回も、5分程度は邸宅をにらみつけ、何とか籠絡出来る箇所はないか考えては見たが、特に思いつきはしなかった。

 アスラン暗殺計画を、最初から練り直すためにはどうしたらいいだろう。


「いい。帰宅する、馬車を回せ」

 従者で御者のフリッツにそう命令し、ヴェンデルは大きく息を吐いて、馬車の中で座り直した。伸びでもしたい気持ちだった。

「へえ、旦那様」

 従者のフリッツは、50代の顔色の悪いちびで、目立たない風貌を持っている。これを使って、聞き取り調査など出来ないか、などまたちらっと考えた。

 それこそ、今のヴェンデルには、屋敷の使用人に、若い美貌の気の利く娘を雇う賃金もなく、身の回りの世話は、この得意とする事は指示待ちのやる気のない男とその女房のフリーデがしてくれていた。




 ヴェンデルは帰宅すると、フリッツの妻のフリーデが出迎えてくれた。彼女はパンを焼いた他に、チキンサラダとスープを作っていた。それを見て、ヴェンデルはフリッツ夫婦にもう帰るように言った。夕飯まで作ってくれているなら、今日はもう用事はない。


 魔大戦で、父が魔族に倒された後に手に入れた工房だった。父は作戦を失敗し、大事な戦で敗北した。その際に、爵位は剥奪。

 そこそこ大きかった屋敷は売り払う事になり、使用人は退職金を払って解雇した。父にベタ惚れだった母はちょっとした風邪をこじらして肺炎で亡くなった。屋敷を売って後始末をした後、残った小金でこの工房を買い取り、フリッツ夫婦を雇って、細々と錬金術で稼いできたのである。自分一人で掃除出来る程度の空間を、惨めだと思った事はない。自分で自分の食い扶持を稼ぐ事は、人間らしい事だと実感していた。



 今はとにかく仕事のことだ。

 アスラン暗殺計画について、じっくり考えたいので、ヴェンデルは夫婦を追い払ったのだった。無論、指示待ちが得意技の夫婦に異論はない。明日の朝にまた来ますと言って、さっさと帰ってしまった。


 ヴェンデルはフリーデの作った夕飯を平らげると、自分の書斎にこもって、紙とペンを用意し、がりがりと様々な案を捻出し始めた。


 アスランの弱点は女と決まったことにした。それならば、どうすれば、あの魔王すらも倒した英雄を、順当に仕留める事が出来るだろうか。

 自分の得意とするところをうまく生かしたとしても、今の所、うまくいくかどうかわからない。だが、宗家に逆らえる身分ではないし、一回任された仕事はやりきる真面目な気質でもあった。


 ヴェンデルは夜遅くまで、あれやこれやと、様々な案を練り、計画を立て直し、アスランを殺す方法を考え続けた。


 どの案も、女を使う、女を使って……とそういうことになるのだが、結局、「女の手で確実にアスランを仕留められるか?」という壁にぶち当たる。

 女の格闘家や魔法使いを雇えばまた話は違ってくるのだろうが、それでも相手の尋常ならざる強さを考えてしまうし、女の筋骨やオーラを見て、油断できない相手だと警戒されるだろう。


 ウダウダとしばらく考えて、コーヒーを2杯ほど自分で入れて飲んだ後、深夜、ヴェンデルは椅子から離れて、大きなソファに倒れ伏してしまった。

 そのまま、眠ってしまいたかったが、一度失敗したアスラン暗殺のことや、様々な将来への不安が頭の中で無意味に回転し続け、眠れそうもなかった。


 不意に、風呂に入ろうと思い立ち、ヴェンデルは起き上がった。その拍子に、開けっぱなしになっていた夜の窓に自分の顔が映し出された。

 長い髪、色白の細面、鋭い切れ長の瞳……。

 一瞬、ヴェンデルにはそれが誰なのかわからなかった。

 だが、そのとき、彼の中にひらめいた事があった。


 ヴェンデルは風呂場に行って体を洗い、ひげを丁寧にそって、髪の毛も綺麗に整えた。


 その後、自室に戻り、クローゼットの中から母の遺品のドレスを取りだした。母は背が高い方だった。その中で、くすんだピンク色のものを選び取り、そのドレスを身にまとった。

 髪の毛をうまく使って顎のラインは隠す。

 胸元には、錬金術で鍛えた手指で器用に胸パッドを作り、それを入れた。

 その後、手袋やストッキングなどの小物も身につけてみた。


 そして、クローゼットの隣の姿見の前に立ち、自分の姿を点検してみた。

 そこで、ヴェンデルは気がついた。自分が実は母親似であることに。


 ヴェンデルは、かろうじて、女に見える程度の女装を完成させていた。


 後は化粧やアクセサリを用意して、身につければ、上手に貴族の令嬢に変身することが出来るだろう。さらに、錬金術や魔法の古書を当たれば、もっと女装の完成度を高める事に違いない。


(そうだ。他人を頼ったって無駄なんだ)

 年明けから、やらかして、落ち込んでいたヴェンデルは実に大胆な作戦に出ることにした。


(他人を信用出来ないなら、自分を使えばいい。俺が女になりすまして、アスランをたぶらかし、やつの隙をついて得意の毒で仕留めるんだ。それなら確実に、いけるだろう)


 深夜に酔っ払った訳でもないのに、そんな素っ頓狂な奇策を思いついたヴェンデル。彼の周りに相談相手といえば、ビンデバルド宗家と、指示待ち従者の夫婦だけである。ビンデバルド宗家には、今のところ、おっかないので顔を出せる状態ではなかった。

 なぜなら、厨房長を使っての暗殺失敗のもみ消しを、宗家にしてもらって間もない状態だったからである。もう少しほとぼりが冷めて、怒りが失せてから、顔出ししたいところであった。


 そういう訳でヴェンデルは、女装した自分の姿を鏡の中で見つめながら、令嬢らしい仕草をいくつか真似してみた。やはりどうしてもぎこちなく、素が男であることがわかってしまいそうだった。

 そのへんは特訓して、女性らしい綺麗な仕草をマスターすればいいだろう。

 何とか色っぽさを身につけたい。


 アスランを暗殺出来なければ、自分が、宗家にどんな目に遭わされるかわからないのだ。よくて国外追放、悪くて罪をでっち上げられて処刑だろう。


 死ぬ気で次の作戦にかからなければならないのだ。そのためには、手段を選んでいられなかった。


 と、言うわけで。

 ヴェンデルは、自分が自ら女装の刺客となって、アスランを暗殺することに決めたのだった。

 時に、正月七日の深夜。

 年明けからとんでもないことになっている。




 その頃……。

 アンハルト侯爵家。

 エリーゼの寝室。


 エリーゼは、ベッドの中でなかなか眠る事が出来ず、輾転反側を繰り返していた。

 昼間に会ったアスランの事で頭がいっぱいで、胸が苦しかった。

 それが娘心、乙女心という自覚もなく、エリーゼは、アスランが自分にお礼を言いに来てくれたのだと、養母のゲルトルートに何度も言われたことも、思い出していた。


 養母は言外にチャンスであることをほのめかし、エリーゼに、アスランは彼女の事を気にとめてくれていると言った。


(そんなわけないよ……)

 エリーゼは、ゲルトルートが勇気づけようとした言葉を、必死に頭の中で打ち消そうとしたが、そうすればするほど、気がかりが増えていくのだった。それで、ちっとも眠れない。


 アスランは、神聖バハムート帝国において知らぬ者のない英雄だ。大人気漫画の「ないとなう!」の主人公のなるような男なのだ。

 それに対して、自分はモブの、コマとコマの間で死んだ伯爵の娘。ましてや、養女。


 アスランの眼中に入るはずがない。


 アスランが、自分にお礼を言いに来てくれたのは、貴族同士のつきあいというものだろう。確かに、新年のパーティで、自分はアスランの暗殺を阻止する事が出来たけど、それは全くの偶然というもので、方向音痴の間抜けさだったからに過ぎない。


 むしろ、モブの養女なのに、何を出しゃばった事をしているんだと、周囲に思われたかもしれない。

 アスランは優しいから、きっと、そんなことは考えないだろうけど……。

 だが、彼の周囲にいる、神話の中のニンフのように美しい少女たち、女性たちは、自分の事をどう思っただろうか。


 きっと、出しゃばりの変なコだと思ったと思う。

 後から入ってきて、アスランとダンスを踊ったりして。


 嬉しかったけど。そこは、嬉しかったんだけど。


 今考えてみると、顔から火が出るような気がする……。


 自分みたいな幽霊じみた小さい娘が、あのアスランに気にとめてもらっているなんて、あり得るはずないし、そもそも自分は、ないとなう! に存在しないキャラのはずなんだから、大それた事を考えてはいけない。


 そう思うのだが、どうしても、養母が勝ち誇ったような顔で言ったことが、頭の中で鳴り響くのだ。ゲルトルートは、元から、女の子がほしかったのに、たまたま妊娠せず、40半ばを過ぎた婦人だった。彼女が望むのは、女同士水入らずの会話や、女性らしい楽しみである。

 だから当然、養女の周りに英雄がいるなどと考えれば、善意の上での下世話な話が増えてしまうのだ。


(エリーゼ、相手は十歳も年上の男性よ。それなら、子供っぽい焼き餅やひねくれた態度はやめるのよ。女の子は気立てがいいのが一番。気立てがいいっていうことは、素直で優しいっていうことなの。だから、アスランの前では、自然体でいなさい。エリーゼにはエリーゼだけの、女の子の魅力があるんだから)

(は、はい……)


 はい、と返事はしたけれど。

 そんなものはあるわけがないと思ってしまうのが、エリーゼの自信のなさだった。前世、炎上事件で心中した事を、覚えている限り、自分が元のように明るく自信を持った行動などとれないと思っていた。そして、そんな、元気のない女の子など、……。


(違うかもしれない……)

 エリーゼは、また寝返りを打って、天上を見上げながら考えた。

(ここでは、私が炎上で心中した事を知っている人なんていないんだ。確かに、私は、ないとなう! の登場人物じゃないかもしれない。だけど、それが、堂々と顔を上げて生きていけない理由になるんだろうか……いつもいつも……)

 エリーゼの胸の奥で、ゲルトルートではなく、一緒に死んだ姉ののばらの顔が思い出された。

(お姉ちゃんだったらどうするだろう……優秀だったお姉ちゃんなら。お兄ちゃんなら。あと、パパやママなら……今の私のこと、なんて言うかな)


 悲しみに浸っていたエリーゼだったが、初めて、今の自分を元の家族達が見たら、どう思うか考えてみたのだった。答えは簡単には出なかった。だけど。


 だけど、多分……。


(のゆりはのゆりでいいんだよ。元気を出しなさい)

 そう言ってくれるような、気がする。そのことを考えて、エリーゼはやっと眠りに落ちる事が出来た。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ