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43 アスランの勘違い

 大司教とアハメド二世の会談は無事滞りなく行われた。

 その間も、アスラン達は皇帝の親衛隊らしく、気を引き締めて警備を固めていた。

 基本的には脳天気で、くよくよと悩むような事がないアスランだったが、仕事をしている間も、妙にリマの事が気になった。

 彼女を特に女性として気にした訳ではない。


 てっきり、イヴだったのに、何故急に、大事な自分の本当の娘で、皇太子のリマに変わっているのかが、気になったのだ。


 イヴは現在二十歳。二十五歳のアスランとは、それほど年齢差を感じさせない。それに、皇家の姫で二十歳で、婚約者もいないというのは、彼女が地獣人(フルフィ)の姫であるためなのだが、確かに、アハメド二世としては聞こえのいい話ではなく、ここから縁談を固めようとするはずだと思っていた。


 もちろん、親友のリュウとこじれた関係になりたくないアスランとしては、イヴとの縁談をアハメド二世が断念してくれたのは僥倖なのだが、理由が気になる。

 何故、成人もしていない、リマ?

(神聖バハムート帝国の成人年齢は二十歳である)。



 気がかりで仕方が大司教とアハメド二世が話している間、アスランとフォンゼルの中将コンビは、ミトラ教会の今後の警備--すなわち軍備についての意見を求められ、そちらの会議に出ていた。

 主神ミトラは、基本的にはこの世の平和と繁栄を望んでいるが、非暴力主義者ではない。戦いの神/女神はまた別にいるのだが、暴力を平定する暴力というものがあることは、否定していないのである。

 そのため、ミトラ教会にはミトラ教会の独自の軍事力があるのだが、やはり最先端は帝国軍というわけで、その軍備と技術の事を聞かれたので話せる範囲の話をしたのであった。


 その会議の後に、アスランはフォンゼルと、ミトラ教会の長い長い廊下を歩きながら、ベンとアハメド二世が同席している大司教の会議室の方に向かっていた。


「しかし今日は平和でいいな、アスラン」

「平和」

 朝っぱらからシャ外秘のことで度肝を抜かれたアスランは、平和を特別感じていた訳ではないので、やや驚いた顔をした。

「平和だろ、今日は」

 するとフォンゼルの方が驚いた顔をする。


「あの変な女がいなくって」

 そのあと、フォンゼルはそう言った。

 確かに、今日の持ち場は、ミトラ教会の周辺--何しろ彼は職業柄、皇帝が移動すれば移動する--そのことをバルバラが知っている訳がない--ので、当然、周りが変な女と言っている変な女などいなかった。


「あ」

 アスランは思わず妙な声を立ててしまった。

 ようやく、合点がいった。


 そういえば……近衛府の女性事務官が、自分に、バルバラの事を尋ねてきた事がある。その後、妙に仕事がしやすくなっていたのだが、バルバラのつきまといは続いていた。仕事はしやすければしやすいほど、彼にとっては”表面上”都合がいい訳だから、気がつかなかったが。


 バルバラが、自分の周りの黄色い声を上げるような女性を、追い払ってしまったのだ!


 そこから玉突き事故で、恐らくイヴが自分を拒否した。イヴが拒否したのはよかったのだが、その後、ジグマリンゲンの武力と合体したい皇家は、思い切ってリマへと、方向転換を図ったということだろう。


「なんだよ?」

 フォンゼルは、不意に、めまいを起こしたように後ろに倒れそうになったアスランを、咄嗟に支える。


「どうしたんだ、アスラン」

「………………ちょっと、自分の間抜けさに……気がついただけだ」


「? なんだ。話だったら聞くぞ」

「いや……そこまではいい」

 アスランは軽い貧血を起こしたような気分に陥りながらフォンゼルに支えられ、自分の足下を見直した。

 フォンゼルは、貴族の中ではまだアスランと話せる方ではあるが、彼は友達であると同時にライバルである。あまり弱みを共有していいことはなかった。




 その日の午後、近衛府を退勤すると、アスランは”狼の寝床(ヴォルフスベッド)”に向かった。

 ジグマリンゲン家の紋章が入った馬車などでは目立ち過ぎるので、小型のヴィークルで。


 アスランが向かったのは、”狼の寝床(ヴォルフスベッド)”の老舗の宿屋。

 一階が大衆食堂と銭湯になっており、二階の空き室が全て旅館になっている。空き室は全部で六部屋ある。

 そこがリュウの現在、長期滞在している仮住まいであった。


 アスランは、貴族の彼にしては至極目立たない軽装で、ヴィークルを宿屋の前に止めた。それから、食堂の手前を横切って、建物の横の階段から上がっていくと、ちょうど、リュウが自分の部屋から出てきた。


「アスラン?」

 階段から上がってきたアスランに出くわしたリュウは、驚いた顔をした。相変わらず長い金髪を低い位置で一つに束ね、肩の周りに雪鈴(シュエリン)を連れている。


「リュウ! ちょうどよかった。……いや、出かけるところだったのか?」

雪鈴(シュエリン)を連れて、散歩に行こうと思っていただけだ。今日は、ギルドの任務は早く終わったからな」

 リュウは、アスランの顔を見て笑った。

「どうした?」

 こういうときのリュウの笑顔には、相手に、どんな話もさせてくれるような勇気を与える何かがある。リュウとて、アスランが何の前触れもなく冒険者の宿を訪ねてきたのだから、面倒ごとの匂いは感じ取ったのだろうが、それで気を悪くしているようなそぶりは、何も見せなかった。


「ああ、ちょっと話したいことがあって」

 アスランの方も笑顔を返した。

 雪鈴(シュエリン)の方をリュウが振り返った。


「キュルゥ~……ピッ!」

 人語を解する雪鈴(シュエリン)は、主人であるリュウに快く頷いて見せた。それからパタパタと翼をはためかせ、まだ開いている宿のドアの中に戻っていった。雪鈴(シュエリン)は、散歩は後でいいと言ってくれたのだ。


「狭い部屋だが入ってくれ」

「ああ、ありがとう」

 宿屋の部屋に入っていくと、確かにこじんまりとはしているが、清潔に整理整頓されている一室の真ん中に、丸い木のテーブルがあり、その上に、数冊の本が散らばっている事がわかった。他はよく片付いていて、男の一人暮らしとは思えないほどだ。


「ピ!」

 雪鈴(シュエリン)が、そのテーブルの手前の椅子を小さな足で器用に引いてくれた。座れという意味だろう。アスランは礼を言って椅子に座った。雪鈴(シュエリン)は後は鳴くこともせず、パタパタ羽ばたいて、ベッドに横に腰掛けているリュウの隣にちょこんと座った。


「何かあったのか?」

 リュウは、ベッドにくつろいで座りながらざっくばらんに聞いた。

 アスランは、目下の頭痛の種を話す事にした。


「この間、新年会の後で話した件なんだが、早速、力を借りる事になりそうだ」

「……というと、いきなり爆発したのか?」

 リュウは飲み込みが早かった。

 新年会の後、アスランは、訳がわからないビンデバルドの女が引っかかった事は自覚していた。それが、一週間足らずで大爆発したことになるらしい。


 アスランは、正直に、今までの経過をまとめて話した。

 自分と、イヴの間に縁談が浮かんだが、それが流れて何故かリマが回ってきて、それも断った事を話した。


「………………」

 リュウはあまりの急展開に、逆に感心したような表情で、黙ってアスランに相づちを打ちながら話していたが、最終的に、こう言った。


「近衛府の方でその女を追い払わなかったのは、なんでなんだ」

「……追い払ったのかもしらんが、実力行使したんじゃないか」

「……?」

 リュウはそこに強い疑問を感じたらしいが、アスランの方に適切な注意を行った。


「そんな妙な女にそこまで絡まれているなら、早く言え。俺の方から、言ってやってもいいぐらいだ。いずれ、皇帝陛下には失礼のないように断ったようだが、これは場合によっては長引くぞ」

「ビンデバルドだしな……」

「それもあるが、それだけじゃない」


 リュウは、やや顔をしかめて、アスランに言った。

「どうする気だ?」

「とりあえず、ミーティング」


 アスランは簡潔に答えた。

「俺の周りにこれ以上うろつかれても困る件を伝えて、それでもうろつきたいならもう少し穏便な格好で穏便な態度を取って欲しい事を、ダイレクトに伝えるが、そのときに」

 アスランは思わず溜息をついた。

「女が、どんな武器を使うかわからんので、リュウに来て欲しい」


「武器としてざっとあげられることは?」

 リュウもそこまではわかっていたのだが、念のために確認を取った。


「色気、涙、セクシーな手練手管……は当たり前として、毒も含めての薬品、刃物を含めての小道具、場合によってはビンデバルド系の魔法、後は女の奇声」

 アスランは思いつく限りを数え上げてそう言った。

 リュウはいちいち頷いて、最後に言った。


「一つ抜けているぞ」

「何」


「”仲間を呼ぶ”」


「…………」

 そうだ。それが一番肝心なんだった。アスランはそこから想像を始めて、げんなりして木テーブルの上でうなだれた。


「……そういうわけで、リュウについてきて欲しい。この変な女、俺一人では難物だ」

「そうだろうな」

 リュウは大きく頷いた。

 それから、壁に掛けているカレンダーを見た。


「あれから六日で大爆発か。やるもんだ」

 特に嫌みを言うでもない様子だが、リュウはリュウで何か考えてしまう事があるらしい。


 その言葉を聞いて、アスランは、朝からの緊張もあったため、グダグダと木テーブルの上に伸びてしまった。

 それを見て、リュウは、さすがに可愛そうに思ったのか、立ち上がって彼の肩をそっと叩いた。


「庶民のメシだが、腹が減っているのなら、下の食堂にいかないか。奢るぞ。今の時期なら、ワカサギがうまいんだ。この宿は」

 アスランは、うめき声をあげながら、手を挙げた。今晩は、この百歳に奢ってもらうことにした。

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