34 タッチVSガード
ダンスは続いていたが、アスラン達は一回、料理の並んでいるテーブルの方に戻ることにした。
宴は夜半……下手をしたら、日付が変わるまで続きそうな勢いであった。
貴族達は、アスランがヴィーと、イヴがリュウと踊った事にこの上ない噂の刺激材料を得て、なかなか帰りたがらなくなったのだ。
そこはそれで、もてなし方ぐらいは執事達が心得ているために、彼らは追加の料理やワインを次々用意した。
バルバラは、自分の毒針がアスランに効かなかった事とスマイル対応に混乱していた。本当に、針を彼の皮膚へ突き刺そうとするたびに、一瞬の差で、アスランの体がしなやかに動いてかわしてしまうのである。ダンスを見ている方からは不自然と思われない程度の動きで。
「???」
常人にそんなことが出来るのか? とバルバラは頭が混乱していた。自分がここぞと思うタイミングで毒針を使ったはずなのに、ことごとく回避。
だが、アスランが今まで戦ってきたのは、暗器のプロフェッショナルを含めての魔族で、人間相手ではない。……つまり、彼の、毒針などの回避能力は中堅魔族以上ということなのだ。彼に暗器は効かない。
だがそこで諦めるビンデバルドではなかった。
イレーネの存在も怖いが、仕事に真面目なバルバラ(ヴェンデル)は、宗家からの命令通りにアスランを仕留めようと、パーティ中の彼の方へ何とか接近していった。
ダンスを連続で踊りまくったメンバーは、さすがに喉が渇いていて、ワインと軽いつまみを楽しむ空気になっていた。
そこにはエリーゼも、甲の勧めで座り込んでいた。
自然とイヴの隣に座らせられ、彼女とミカエリスや彼に薫陶を受けた音楽家の話などをしている。
そちらの方に、アスランへ酌をするつもりを装って近づいていった。
アスランは、同僚のフォンゼルの他は、リュウ達と魔大戦後の魔族討伐の話をしていた。
魔大戦で、神聖バハムート帝国が勝利したとはいえ、魔族は完全殲滅されたわけではない。まだまだ、帝国の勝利を覆すためか、あるいは逃げ遅れた魔族がシュルナウの周辺にも残っている。それを、雪解けの時期を越したら一掃するための討伐隊が出るともっぱらの噂で、男達はそれを話し込んでいたのだ。貴族で騎士階級なのだから当たり前だ。
「隊長は恐らく、計画Bでいくはずなんだが……」
と、フォンゼル。
「計画Bって?」
アスランはワイングラスを傾けながら聞き直す。
「覚えてないのか! 隊長がいつも使いたがる作戦で、ほら、あれ……」
「俺も知りたい。魔族討伐にどんな計画建ててるの?」
アスランより先に志が身を乗り出してきた。
「私も興味あるー!」
志と一緒になってリマが隣から明るい声をあげる。
「えーっと、だから、そういう軍事機密はね……」
「ここで話し始めたのはお前じゃないか」
困惑するフォンゼルに、アスランがそう突っ込んだ。
「魔族を倒すのに身分は関係ないだろう? みんな仲間だ。必要な事があるなら話してくれればいい」
「そういうことかよ」
アスランの隣にいるリュウと甲を見やりながら、フォンゼルはあきれたため息をついてしまった。
そういう場面であるから俄然やる気が出てきたのがバルバラであった。
その話、是非知りたい。
色々な事で使えるし、計画の一部(軍事機密)を持ち帰っただけでも、宗家のザムエルからは褒美をもらえるレベルだろう。
まさしく垂涎の的。バルバラは先ほどのダンスの礼を言いながらアスランの方へ近寄り、彼の近くのワインの瓶にそれとなく触ろうとした。
途端に、志がまるでそれに気づかなかったように瓶を取りあげ、リマの方へ持って行った。
「リマ姫、フルーツワインはお好きですか? ここに年代物がありますよ」
「えー、私、まだお酒飲んじゃいけないってことになってるの」
「残念……です」
ぎこちない敬語の志は無理強いはしなかった。そのかわり、彼女が好きそうな飲み物を探してテーブルの上を見回しはじめる。
バルバラはぎょっとした。志が、手練れの冒険者であることは、情報に入っている。冒険者は、抜け目のない仕事をするから成り立つ商売で、色々と下世話な話もあるのだが……。
とにかく飲み物は、志が女性皇太子であるリマのために物色してる。無論、ビンデバルド宗家から見れば、リマも政敵ではあるのだが、今のターゲットはアスランだ。
いきなり世継ぎの姫を殺す必要はない。
今のターゲットに照準を戻して、ヴェンデルは料理でも切り分けようかと、皿の方に眼を戻した。
さすがに、北方の要港を押さえてきた一族だけあって、魚介料理が多い。シュルナウではあまり見かけないような、魚のミートボールや、煮込み料理も多かった。
帝都シュルナウも海が近いので、魚のステーキなどには慣れている。見かけない料理には触らずに、ヴェンデルはにしんの酢漬けの隣にあったサーモンステーキに目をつけて、それをナイフで切るふりをして、袖からそっと毒をこぼして塗りつけようとした。
ところが、そのとき、甲が動いた。
甲は、イヴの護衛として彼女とエリーゼの相手をしていたのだが、そのときたまたま、イヴがエリーゼのいるデレリンの郷土料理を尋ねたのだ。
デレリンでは、アイスシュピーゲル湖でとれる魚は何でも食べるし、多彩な魚介料理がある。その中でも、ステーキが有名だと答えたので、気を利かせた甲がその皿を取り上げて二人の前に持って行った。
歓声を上げるイヴとエリーゼ。
またからぶった。
びっくりしてバルバラは、甲と志の様子を観察した。
冒険者として護衛の商売をしている志は、常識的に、見知らぬ人間が飲み物に手をつける事はさせないようになっている。
甲の方も、自分の主君であるイヴの食卓にいる以上、見知らぬ人間におかしな真似はさせないようにするのが基本だ。
そこにようやく、バルバラは気づいた訳だった。
女性陣は気がついてるのかいないのか、わからないが、甲と志は大変に警戒しているようである。そこでヴィーが、さりげなく、バルバラにニシンのパイの皿を渡して、にっこり微笑んだ。……怖い。
「アスランと踊ってくれてありがとうございます」
それとなく輪に入れるように気を遣っているようではあるが、尋常ならぬ狩人の姫にはバルバラの動きはどう読めているのだろうか。
頭がくらくらしてきたが、ここで諦めてはイレーネに何を言われるかわからない。
それで、バルバラは、何とか身近なワインの瓶を確保した。確保するにはした。
バルバラ……即ちヴェンデルは、自分が思う、「女の色っぽい顔」を作って、アスランの方に回り込み、酌を開始した。
もうそれしか方法がなかったのだ。アスランを酔わせて、隙を作らせるぐらいしか、方法がない。それほど、甲と志のガードは堅かった。
アスランの方に大人の女性が回りこんだので、エリーゼは思わずそちらを向いた。エリーゼは、ないとなう! に登場していないバルバラが、どういう役柄か気になっていた。
バルバラは、アスランに流し目を送りながら、グラスにワインを注ぎはじめた。
「魔族との戦いのお話をお聞きしたいですわ」
なんともいえないセクシーな猫なで声をだしながら、バルバラはアスランにしなだれかからんばかりに接近していった。
その後のバルバラの行動はというと、とにかく、アスランを酔い潰させるために、彼の思う「色っぽい女」を使いまくったとしか言い様がない。
それは、男が男の脳内を想定している訳だから、大仰なぐらい、魔族討伐の手柄を褒めるとか、彼の長所を褒めちぎるとか、自信をつけさせるための大仰な台詞を繰り返すとか、色々あったのだが、なんと言っても、イチイチチラチラと流し目を送りながら、彼の体に触りまくると言うものであった。
普通の女性がそこまでするわけがないということを繰り返すのだった。
そして、酒をとにかく注ぐ。注ぎまくる。飲ませようとしまくる。
「…………」
あっけにとられたのはエリーゼである。エリーゼは、二回目の15歳の最中であるが、彼女は大人になった事が一回もない。……当然、大人の女というものがどういうものか、彼女にもわかるわけではない。だが、大変な衝撃を受けたのは間違いなかった。
(あ、あれ、少年漫画でやっていいことなの!?!?)
そういうレベルのボディタッチを繰り返すバルバラと、びっくりして声も出ない女性陣であった。




