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今、ここに生きる星ー転生したら養女モブ!ー(旧作)  作者: スズシロ
第四章 アスランの縁談

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20 迷子を助ける冒険者

 ところで、神聖バハムート帝国でもヴィークルについては、大手市場にのっているトゥーマン社であるが、現在、自動運転について取り組んでいる。ヴィークルの自動運転が出来るようになれば、交通社会において革命が起こる事は確かだし、夢のような事が次々実現出来るだろう。だが、そのためには、開発技術だけではなく、法律上の問題やら何やら煩雑なことがたくさんあった。

 そのため、トゥーマン社でも自動運転のヴィークルはまだ、市場販売出来ていない……目下、鋭意開発中……ということになっている。


 のが、問題だったのかなんなのか。

 エリーゼは、マップを見ながら、自力でヴィークルを操縦していた。

 引きこもりで、何ヶ月も、ヴィークルの運転もしていなかった状態で、いきなり、一人で家の外に出て、行った事のない近衛府までお使いし、無事に書類はハインツのところに届けた。

 そこまではいい。


 帰り道、エリーゼは、元来た道を戻るだけだとたかをくくっていたのだが、気がついたら、知らない小道に入り込んでいたのである。


「あ、あれ……?」


 エリーゼは、一本か二本、道を間違えた事に気がついて、モモカを道路の脇に寄せて停め、マップを何度か確認した。そこは、狼の寝床(ヴォルフスベッド)のどこかであることは間違いなかったが、明らかに、近衛府の門をくぐって、前の通りに入ろうとして、違った道に入り込んだまま前進しすぎてしまったらしい。


「ああ……」

 エリーゼは溜息をついた。

(とにかく、早めにお義父さまに書類を届ける事が出来てよかったわ。迷子になったのが、近衛府に行く前じゃなくてよかった。今は、私一人だけなんだもの。落ち着いて、目印になる場所を探そう。そこから、ゆっくり戻ればいいわ)

 エリーゼは気を取り直すと、ヴィークルのマップをよく見た上で、また発進した。狼の寝床(ヴォルフスベッド)で一番目立つ建物といえば、冒険者ギルドである。その4階建ての大きな施設は、エリーゼのいる路上からもはっきり見えたので、エリーゼは上手にヴィークルを動かしてそちらの方に寄せていった。


 冒険者ギルドの手前の道路にヴィークルを停めて、もう一度マップを確認する。

(えっと、ここから右に折れて……南大門通りに出るでしょう? そのあと南大門通りの何番目の十字路を……曲がればいいのかな……これ以上迷子にならないように、ちゃんと見なきゃ……)

 口の中でぶつぶついいながら、エリーゼはマップを凝視している。

 その彼女が、冒険者ギルドの方から見ると、相当目立つ事には気がついていなかった。


 冒険者ギルドに登録する冒険者は、数多いが、やはり、貴族の令嬢は珍しく、ましてや令嬢が乗っている機動パンダの美芳(メイファン)シリーズなど、名前ぐらいは知っているが、見た事がない男女がほとんどだった。美芳(メイファン)シリーズは女の子向けのおしゃれヴィークル過ぎるのである。まあ、だからこそゲルトルートが、特別に求めたのだが。


 昼時を過ぎた冒険者ギルドには、仕事中の者もいたが、トレーニングに来ている者も多く、中には仕事を探すと称してただ暇つぶしに来ている荒くれ者も結構いた。その彼らにとっては、ギルドの真ん前に白とピンクのパンダヴィークルを停めて、綺麗なドレスで小首をかしげながらぶつぶつ言っている15歳は珍しすぎた。ぞろぞろと建物の中から出てきて首を伸ばして観察している荒くれ者が出てくる始末である。


 その騒ぎに気がついたのが、ちょうど、午前中に簡単な任務を終え、冒険者ギルドの食堂で昼食を食べた直後の、(ゆき)であった。(ゆき)は、周りがなんだあれー? とか言いながら、窓際に寄っていくので何かと思って窓の外をのぞき、そこにいる、やたらに目立つ女性がエリーゼだと気がついたのである。

 そうなると、無邪気で行動力のある(ゆき)が取る行動は一つである。皇太子リマにさえ物怖じしなかった彼は、さっさと、冒険者ギルドの食堂から飛び出て、まっすぐ、ギルドの手前の路上にいるエリーゼのところへ駆けつけたのであった。


「何してるの!」

 普通だったらなかなか出来ない行動であろうが、明るく爽やかな笑顔を浮かべながら、(ゆき)はヴィークルの上のエリーゼに声をかけた。

 エリーゼはびっくりして、いつの間にかそばに立っていた(ゆき)を振り向いた。


「ゆ、(ゆき)……さん」

 エリーゼも、(ゆき)が冒険者ギルドに登録している事は知っている。彼がいるのは不思議じゃないのだが、それでも戸惑った。こんな派手なヴィークルに乗っていて、迷子になったとはなかなか言い出しづらい。


「久しぶりだね、エリーゼ。こんなところで何しているの?」

 (ゆき)は誰にでも好かれるような笑顔で再び尋ねた。

 エリーゼは、ここが、侯爵令嬢がいるとしては場違いであることにそこで気がついた。大きな建物を目印にして、そこから迷子にならないように行動しようとしただけなのだが、見れば建物の中から、彼女とは服装からしてまるで違う冒険者達が大勢、こちらを見ている。それが危険な状況だとまではわからない。


 素直に迷子ですと言おうにも、気恥ずかしくて、エリーゼは曖昧な表現をした。

「機動パンダの練習……しているんです」

「あ、練習!? ヴィークルって便利だよね~。それにしても可愛いヴィークルだね! エリーゼによく似合ってるよ!」

 などなど。たまたまヒマだった(ゆき)は、彼らしい、空気の読めている無邪気なおしゃべりを開始した。

 (ゆき)は、エリーゼの事には元々、興味があった。というよりも、彼もまるっきりバカではないので、アスラン暗殺を食い止めた彼女には、恩も感じていたし、同時に、彼女の近辺が危険なのではないのかと危惧していたのだ。リュウと同様に。そのエリーゼが、機動パンダの練習で、のこのこと旧市街(アルトスタット)から出てきて、冒険者ギルドの前まで来ているので、とにかく話しかけて情報収集し始めたのだ。本当にこんなところにいていいと思っているのか。アスラン暗殺の関係者に狙われたらどうするんだ。


「あ、ありがとう。(ゆき)さん……は、今、任務なの?」

 エリーゼは、矢継ぎ早に、話しかけてきた(ゆき)に、そんなふうに尋ねた。(ゆき)は気分が悪くなるような事は滅多に言わない性質であるし、人なつっこいので、エリーゼでも、話しやすかったのである。

「あ、俺? 俺の事は(ゆき)でいいよ。俺も、エリーゼって呼んでいいよね?」

「あ、はい」

「俺はね、今日はたまたま、午前中で仕事終わっちゃったんだよね。難易度高い任務がなくって……って、あ、わかりづらいかな」

「いえ、そんなことないです。難易度が高い、時間かかるけれど報酬が高い任務がなかったっていうこと?」

「うん。そう。簡単に終わらせられる任務しか回ってこなくって、そういうのって全部午前中で終わっちゃうんだよ。それで、次の高い任務が来ないかと思って、食堂でご飯食べながら待っていたんだけど、今日はもうなさそうかなあ」

「ギルドのお仕事ってそんな感じなんですか?」

「うん。大体、冒険者ギルドって何でも屋だから、仕事の依頼ごとに、報酬も手間暇もまるで違うんだ。だからよくよく選ばないといけないんだけどね」

「うんうん」

 エリーゼは、元々、ないとなう! の世界が大好きであったし、冒険者ギルドなどは、異世界小説や漫画などでも定番の設定であるから、面白くて思わず身を乗り出した。


「冒険者ギルドのお仕事って、どんなのがあるんですか? 例えば……」

 そう言いながら、エリーゼは、自分がヴィークルの上から見下ろす姿勢になっていることに気がつき、慌ててヴィークルから飛び降りた。引きこもりではあるが、彼女は運動神経は悪くない。転生する前、中学校では陸上部で走り込んでいたぐらいである。

 だがそこで、やたら視線がギルドの方から送られてくる事に気がついて、困ってしまった。(ゆき)から、ないとなう! の裏設定にもなるだろう、冒険者ギルドやそこにいる冒険者の事には強い興味があるのだが、自分が悪目立ちしていることはプレッシャーだし恥ずかしい。


「あ、こういう話好き? それじゃ、ヴィークルを、こっちに持ってくるといいよ」

 (ゆき)はあっさりとそう気を回した。

「こっちって?」

「ちょっといい?」

 (ゆき)は、機動パンダのモモカの鞍に触ってそう言った。エリーゼは、察する事があったので、(ゆき)にモモカに乗ってもらい、自分はその後ろに飛び乗った。

 冒険者である(ゆき)は、高額の配達任務を日々こなしていただけあって、あっさりと、ヴィークルを乗りこなした。するすると、冒険者ギルドの周りのちょっとした迷路になっている小道を器用に進んで、小さな藪のある空き地の方へモモカを滑り込ませ、藪の中に隠すように停めた。

「駐輪場がわりに使われている空き地って、このあたりに山ほどあるんだけど……まあ色々使い方はあるんだけどね!」

「…………」


 冒険者ギルドの周りにある、フェイクに使える藪がたっぷりある空き地。

(普段、何に使っているんだろう……。まあ、使っているのは、(ゆき)だけじゃないんだろうけど……)


「それでね、おなかすいてない? 近所に、シシケバブのおいしい屋台あるんだけど」

「あ、はい」

 確かに、昼食を食べそびれてしまったので、空腹ではあった。(ゆき)にはそういう事を言いやすい雰囲気があり、多分、アスランや(きのえ)相手なら緊張して言えない「おなかすいた」なども平気で言えた。


 冒険者ギルドはシュルナウには一つしかない。そのため、冒険者という冒険者はそこに登録して通う訳で。周辺には庶民派の食堂や、屋台がたくさん作られていた。その中でも、空き地から近い、人気の屋台に、(ゆき)はエリーゼを連れて行った。エリーゼは、エリーゼとして転生してから、屋台になど行ける身分ではなかったが、元は中学生であるから、クレープだのアイスクリームだのの屋台には、学校帰りに通い詰めている。懐かしい気持ちでついていった。

(あの頃、色々買い食いしたなあ。学校から注意されるぐらい。どこの屋台もおいしかった。タピオカなんか、好きだったなあ)


 腹が減っている上に、ちょっと得した気分で(ゆき)についていくエリーゼ。

 (ゆき)は、屋台のおっさんにおすすめの肉を聞いてくれて、エリーゼにも配慮しながら、シシケバブを適量買ってくれた。

「あ、えっと、お金……」

「いいよいいよ。俺、今日稼いできたばかりだから。エリーゼは、気にしなくていいんだよ」

「でも……」


「いいの! こういうときは年長者の意見を聞きなさい!」

 ビシッと言われて引き下がるエリーゼ。

 確かにエリーゼは15歳。(ゆき)は漫画の設定上では18歳のはずである。10代の三歳差は本当に大きい。


 屋台の店先には、二つだけテーブルと椅子が置いてあり、そこで座りながら飲食出来るようになっていた。

 (ゆき)はそこにエリーゼを座らせ、シシケバブを手渡してくれた。

「あ、ありがとうございます」

「店長のおすすめだよ。熱いうちに食べてみて?」

「は、はい」

 戸惑うエリーゼの前で、(ゆき)は自分の分のシシケバブをがぶっと一口噛んでみせた。旨い肉が好きなあたり、彼の現代日本で言うなら高校生の活動的男子である。おいしそうに頬張っているのを見て、遠慮がちだったエリーゼも、釣られて肉を噛んでみた。屋台の店先で食べるファーストフードに肉。そこでしか味わえない何かがあるのは確かである。


「おいしい?」

「おいしいです!」

 伯爵令嬢から侯爵令嬢になったとしても、あらがえない、「部活帰り」のような魅力。それを味わった気分で、エリーゼは満面の笑みでそう言った。屋台のおっさんが聞こえていたらしく、いきなり鼻歌を歌いながら肉をガンガン焼き始めた。


「冒険者ギルドの近所ってはじめて来たんですけど、こういうお店が多いんですか?」

「んー、わりとね。SSSランクの冒険者なんかは、依頼人と、南大門の大きなレストランに行く事もあるんだけど、それでもやっぱりこういう味は恋しいみたいだね。俺は、大抵、食堂かこの辺りの屋台で、昼飯すませること多いんだ」

「この肉、本当においしいです。こういうのも、冒険者の人たちが狩ってきた獣の肉なんですか?」

「そういうこともあるけど」

 (ゆき)は思わず噴き出した。


「この近所の農家の方々の好意だよ。狼の寝床(ヴォルフスベッド)の辺りは、元から、野菜や果物作っている農家が多かったんだけど、ちょっと門を越えたところに、牧場を仕切っている人たちが多くって、その人達が肉を卸してくれたり、色々協力してくれるんだ。そのかわり、俺たちは畑を荒らす害獣や魔族を討伐したりすることが多くてね。そのへんは相身互いだよ」

「なるほど……」

 冒険者が魔物を討伐して作物を守ってくれるかわりに、近隣に店を出して肉や野菜を売ってくれたり、料理店を出してくれたりしているらしい。


「冒険者ギルドに興味があるの? エリーゼも登録する?」

「え、それは、ちょっと無理だけど……」

 運動神経がいいとはいえ、あくまで貴族の令嬢としてはの話である。前世の部活は陸上部で、400メートル走の競技に出た事は何度かあるが、何しろ廃部寸前の弱小だったため、ほとんど記録に手が届かなかった。それでも、部活は楽しかったし、走る事は好きだった。……というレベルが、冒険者ギルドに登録して、魔物と追いかけっこする? ……無理があると思う。


「冒険者ギルドのお仕事とか、冒険者の人たちが何をしているかは、ちょっと興味あります」

「そうなんだ。冒険者って、結局は何でも屋で、そんなに地位高くないよ。まあ、やりがいのある仕事ばっかりだけど」

「貴族だけじゃなく、庶民の人たちの力にもなるんでしょう?」

「そりゃ当然。確かに、貴族の仕事の方が高額でランクアップしやすいけど、庶民の人たちから出される依頼の方が、たくさんあるし、何より依頼達成するとみんなスッゴク喜んでくれるんだよね。やっぱり、人の役に立てるって気持ちいいよ」

「そうなんですね」

 現在、侯爵令嬢と言っても、元は庶民の中学生あるから、わかるようなわからないような話であった。

「もちろん、貴族だからこう、庶民だからこう、って事じゃないけどね。どこにでも、いいヤツも悪いヤツもいる。どういう依頼と巡り合わせになるかは、結局、本人の努力と、運次第かなあ」

「面白い仕事って、色々ありました?」

「そりゃー、俺も、神聖バハムートに来てからは何年も経つからね。色々あったよ」

 (ゆき)の口調がわずかに濁った。

 エリーゼはしまったと思った。(きのえ)(ゆき)の生い立ちは、ないとなう!本編ではまだ明かされていない。神聖バハムート帝国に来る以前の二人が、どんな生活をしていたのかは、全然わからないのである。そこに触れるような事を言ってしまった。


(で、でも……もし知る事が出来たら嬉しいな。ファンとして)


 そうしていると、エリーゼの空気をどう感じ取ったのか、(ゆき)はリュウとこなしてきた依頼や冒険の話を始めた。同じ冒険者で既にSSSランクのリュウは、(ゆき)にとっても自慢に思える存在であることが、よくわかった。(きのえ)は、イヴ姫の護衛であるから、一緒に仕事したり遊んだりしたくても、なかなかそうはいかないらしい。そのことを、人好きのする(ゆき)が寂しく思っている事がなんとなくわかった。

(きのえ)さんは、この前、皇女宮で見かけましたけど、本当に、真面目に仕事しているようですね」

 感心している口ぶりでエリーゼはそう言った。漫画作中でも、正確無比な機械のように淡々と仕事をこなし、無表情で考えの読めない忍びである彼。無口でちょっとコワイような気がしていたが、(ゆき)にとっては思いやりのあるいい兄であることがわかって嬉しかった。

「あ、そういえば、アスランと、イヴ姫様のお茶会に出かけたんだってね。楽しかった?」

「はい。皆さんによくしてもらいました」

「アスラン、今変な事になっていて、俺も心配なんだよね。アスランて、何でもそつなくこなせるホンモノの英雄で、みんなアスラン大好きなんだけど」

 (ゆき)はちょっとはにかんだような笑みを浮かべた。

「俺もアスランのことは好きだし尊敬しているよ。だけど、その人気っていうのか、そういうので目立って苦労している面もあるっぽくって……今回なんかまさにそれだろ? 人気者って敵が多いんだよね。エリーゼもそのアスランに巻き込まれちゃってると思って、アスランも気にしていると思うよ」

 それは言われてみればよくわかり、エリーゼは、一つだけ強く頷いた。

 真剣な面持ちで。


「俺もアスランを、暗殺とかから守りたい。エリーゼがしてくれたことは、本当にありがたいよ。だけどそれで、エリーゼが危険な目にあうのは嫌だ。それと……エリーゼ、アスランの事で苦労することになっても、アスランの事を悪く思わないでね。出来たらずっと、アスランの事を好きでいて?」

「はい。それはもちろん!」

 エリーゼは明るく笑って返事をした。シシケバブはその頃には食べ終わっていた。

「ありがとう。エリーゼもいいヤツだね」

 (ゆき)がナチュラルな口調でそう言うと、エリーゼは照れくさくて仕方なかった。さすがに返事が出来ない。


 だが(ゆき)は気にした様子もなく、二人はシシケバブを食べ終わった皿や紙をゴミ箱に片付けて、店長にごちそうさまを言い、元来た空き地に戻っていった。店長は満足げに頷いた。メシを食べてもらっておいしいと言ってもらえること、マナーを守ってくれるのはいいもんだ。


「エリーゼ、ヴィークル、乗れる?」

 空き地まで戻ったところで、藪の中をかき分けながら、(ゆき)がそう言った。

「……」

 エリーゼは物理的に、ヴィークルには乗れる。だが、既に、冒険者ギルドの周辺に張り巡らされた、蜘蛛の巣よりも細かい入り乱れた小道の事については、訳がわからなくなっていた。具体的に言うと、空き地から見える、冒険者ギルドの建物までの道すらわからない。

「乗れますけど……その。道がちょっと」

「あ、やっぱり? いいよ。俺、運転する。ちょっと貸して?」

「でも、その」

 ハインツと約束したばかりなのに、あの、その、えっとと、そういう間投詞が口からついて出てしまう。そのことに気がついて、自分で慌てるが、(ゆき)はさっさと、女の子向けの機動パンダに乗り込んでしまった。


「後ろに乗りなよ。旧市街(アルトスタット)のアンハルト侯爵邸だよね? 俺、旧市街(アルトスタット)になら、仕事でよくいくから、道わかるよ」

「えっ」

 まさかと思うが。冒険者ギルドまでではなく、アンハルト侯爵邸まで、しっかりエリーゼを送り届けるつもりでいるらしい。それはさすがに、遠慮しなくてはと慌てるが、(ゆき)は全く意に介する様子がなかった。


「乗って? 大丈夫。俺、配達任務で、アンハルト侯爵邸の前を通りすがった事あるんだよ。多分、道を間違える事はないと思うんだけど」

「…………」

 そのとき、エリーゼは、侯爵邸で、帰りの遅いエリーゼを、ゲルトルートが気にしているだろうことに気がついた。

 昼食も本来なら、ゲルトルートと取るはずだったのだ。いつの間にかこんなことになっているけれど。

 早く帰らなければ、ゲルトルートが悲しむし、叱られるかもしれない。エリーゼはそう思い、鞍の上に飛び乗ると、恐る恐る、(ゆき)の背中に手を回した。


「よろしくお願いします」

「オッケー。それじゃ、安全運転で行くから、リラックスしてね」

 (ゆき)はのんきな口調でそう言って、可愛らしいローズピンクのリボンの首輪を自由自在に操って、モモカを発進させた。


「エリーゼって、普段は、何してるの。春から、帝国学院に行くみたいだけど」

「帝国学院に行くための準備の勉強をしています。後は、ピアノ弾いたりとか……散歩したり」

 散歩したりは、ちょっと大目に見積もって返事をした。午前中、自分の引きこもりを養父母が気にしている事に気がついて、これからどうするべきか考えていたのだ。部屋に引きこもって読書もいいが、多分、屋敷の周りを散歩ぐらいした方がいいと思う。親を安心させるためにも。


「ピアノやヴィークルって、伯爵領にいたころから、していたの?」

 上達の程度などよりも、(ゆき)はそちらを聞いてくれた。


「はい。ピアノはお母様から、ヴィークルはお父様から教わりました」

「ハルデンブルグ伯爵の事だよね。凄い人たちだったよ」

 (ゆき)は最初から、そのことを誉めていたし、エリーゼに伝えたい様子でもあった。


「お父様達の事、知ってらっしゃるんですか?」

「最終決戦の時に、見ていたよ。あんな凄い働きが出来る騎士なんて、そうそういない」

「……はい」

 エリーゼはそうとしか言えなかった。


 エリーゼは、ないとなう! では、コマとコマの間で死んだ、名もなき騎士伯爵の娘だ。漫画上では、魔大戦で、海上の島へ突撃していって血路を開いた一般騎士ということになる。

 島へ突撃していった艦隊が、島にはびこる下っ端の魔獣や魔族を蹴散らした後に、おもむろに、主力であるアスランパーティが乗り込んでいったという計算になる。アスラン達を温存するために、死んでこいと言われて突撃し、本当に殉職したのがハルデンブルグ伯爵クラウスと、その妻エミリアであった。

 その隣で、必死に彼とともに戦っていた船が、戦友でありライバルのアンハルト侯爵ハインツ。目の前で、親友の船が燃え上がり、帰らぬ人となても、涙を流すヒマがないのが戦争である。討ち死にしたクラウスのためにもと真っ先に島に上陸し、獅子奮迅の働きで、その場にいた魔族を蹴散らした。


 その間、(ゆき)は黙って見ていろと言われていたようなものだった。アスラン達もそうだった。英雄という高みから、同じ人間、同じ騎士が、捨て駒にされたも同然の戦いを、見ていなければならなかったのだ。漫画の中ではたった一コマか二コマ、一ページの説明で終わってしまっていた。そこで死んだ騎士の総数。海戦の結果、勝利したということ。その後、第二陣、第三陣が突撃を繰り返し、島に建てられていた塔を攻略したということ。

 今日出会った、フォンゼルも、漫画の中には何度か登場している。彼が、帝国のシンクタンク勤めの魔道士を動かして、塔の中に連行し、その場で魔方陣を解析させたのだ。だからこそ、アスラン達はフォンゼル達近衛中将に任せて、魔王城に飛ぶ事が出来た……。そういう伏線もある。


 誰にでも役割がある。漫画の中でさえ。

 その役割を果たして死んだ両親の事を……。なぜに、作中に、両親が存在しなかったのか、エリーゼは考えた事があるが、それはやはり、漫画のお約束だったのだろう。40代の夫婦の騎士の殉職など、漫画の中でトクトクと語られても、少年漫画としては、人気が出ないからなのだろう。

 それぐらいしか、理由はない。

 エリーゼも、ないとなう! の読者ではあったから、そこはわかっていた。


 黙りがちになったエリーゼを、(ゆき)は一瞬、背中越しに振り返った。そして言った。

「俺たち、英雄なんて言われているけど、本当はただの人なんだよ。エリーゼ達の力や、伯爵達の力なしに、今の俺たちはありえないんだ。自信を持ってね」

 そうだろうと、エリーゼも思う。

 英雄達は、人々の支えの上に生きている。そしてエリーゼも、ハルデンブルグ伯爵のために血の涙を流して戦った、ハインツのおかげさまで生きている。そのことは、本を読んで気づいた事でもあるけれど、本だけではわからなかったことも、色々あった。……本は、現実を生きるサポートなのだと思う。


 その頃、ヴィークルは、アンハルト邸の前についた。

「ありがとうございます。(ゆき)。色々話していただいて、よくしていただいて。このお礼、きっとしますね」

「ううん。気にしないで、エリーゼ。元気出してね!!」


 元気出して。

 そう言われてしまった。自分が何かしただろうかと考えて、エリーゼは気がついた。

 ……引きこもり。

 引きこもりがちで、本ばっかり読んでいる娘だと、どこからか聞いたのだろう。そういう娘を、(ゆき)のようなタイプは、結構気にしてくれるのかもしれない。


 それならなおさら、引きこもりをなおさなければならない。

 エリーゼは赤面しながら、冒険者ギルドへ帰って行く(ゆき)の方に、大きく手を振った。

「本当に、ありがとう!」


 とにかく明日からは、もっと外に出よう。……外に出て何をするかまでは、決められないけれど。

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