14 エリーゼと読書
イヴの私室から、皇帝が去った。
エリーゼは緊張が解けて、椅子に戻って一息ついた。
やはり、相手が一国を背負う責任者だと思うと、ハインツに教わった通りに背筋を伸ばす事は出来たが、自分の言動におかしなところはないか、異常に気にしてしまったのである。
声は小さすぎなかっただろうか?
視線がフラフラしていなかっただろうか?
様々な事が気になりすぎる。何もしていないのに、息切れしてしまいそうだ。
そんなエリーゼの前に、美しい所作でティーカップが置かれた。
イヴだった。イヴが、もう一杯、紅茶を入れてくれたのだ。
びっくりしているエリーゼに、イヴは優しく微笑みかけた。
「お父様は、本当に忙しくてらっしゃるの。あまりゆっくりしていられなくてごめんなさいね」
「えっ……いえ……そんなっ……」
皇帝の姪であるイヴにそんなことを言われて、エリーゼは本当にびっくりしてしまう。イヴは、どうやら、エリーゼの様子を結構気にしていたらしい。
実は、エリーゼとしては、モブの娘はモブらしく、目立たず空気のままひっそり家に帰りたかったのだ。
エリーゼは、お茶会の主催者であるイヴに直接気を遣われて、嬉しい事は嬉しいのだが、すっかり慌てて、何の返事をしていいかすらわからなくなった。
ただ黙って視線を泳がせるのみ。
それで、今までも、周りの様子を黙って聞いているだけで、自分から発言しようとしなかったのである。
「紅茶でよかったかしら?」
「あ、はい。かまいません」
イヴに実際的な事を聞かれたので、エリーゼはぎこちない笑みを顔に貼り付けながら、なんとかそう答えた。
それでは話題はちょん切れてしまうのだが、エリーゼはそこまで頭が回らない。脳内では百万語渦巻いているのだが、イヴの気遣いはわかっているのだが、百万語の中からどの単語をチョイスすればいいのかがわからない。
「エリーゼは、帝国学院に春から通うんでしょう? そういえば、中等部はどうしたの?」
「あ……えー……」
そのとき、ヴィーがかなり突っ込んだ事を尋ねてきたので、エリーゼは妙な声を立てて固まってしまった。
神聖バハムート帝国の学校制度は、現代日本に準じている。現代日本の漫画の世界なのだから、当然だが。学校の入学式は四月で、卒業式は三月である。
このときエリーゼは15歳。四月から帝国学院の高等部に入る約束になっている。
つまり、この一月は、本来なら中学三年生の三学期なのだ。
「そういえば、そうだったな」
アスランは今更気がついたようで、エリーゼの方に不思議そうな視線を向けた。
エリーゼは、どぎまぎしてしまった。
アスランにつられたように、全員の視線がエリーゼに集まる。何かごまかそうとしても到底ごまかしきれない雰囲気だ。
簡単な話である。エリーゼは、前世で中学三年生、高校受験の頃に、一家心中している。そのため、バハムート帝国の歴史、地理、生物、語学以外は、全て、標準以上に出来たのである。小学校の頃から。
そしてその苦手科目は、暗記がほとんどだったため、カメラ機能で全てクリア。
結果的に、エリーゼは、小学校高学年からスキップして、中学校も一年で全ての科目を優秀な成績でクリアしてしまっていた。
父親にカメラ機能の事は黙っていろと言われていたので、黙ってはいるのだが、使ってはならないとは言われていなかったのである。
小学校一年の段階で中学三年の能力があったエリーゼは、デレリンの貴族学院でも当然変人扱いで、なかなかなじめず、親しい友達も出来なかったのだった。イジメなどは特になかったが、常に浮いている存在だったとは言える。
その……優秀な成績でスキップしているというわりには、友達一人がいるわけでもない暗黒の歴史について、ここで告白しろと言われても、困る。エリーゼにとっては、スキップしたことは自慢できるような事でもなかった。
「えっと……その……小学校の時に、す、スキっ……」
「スキ?」
途切れ途切れにコンプレックスを、それでも説明しようとするエリーゼに、言葉を促させようと、アスランが聞き直した。
スキ、と言われて、エリーゼは今にも頭が爆発しそうになる。だが、何とか踏みとどまって、やっとの思いで、余計な事は省いて本当の事を言った。
「貴族学院の、小学校を、四年でスキップしてるんです……」
十歳の時に、小学校を卒業し、十一歳で、中学校の全科目をクリアしてスキップ卒業。
その頃は魔大戦まっただ中だったので、後は、教会で国と両親のために祈り、善行を積む以外何もしていない。そして、この場合、エリーゼにとって善行を積むというのは、家の中で黙々と勉学に励むとか、家事を手伝うとか、親のために手紙を書いたり、時には教会に寄付金を積むとか、そういうことばかりで、「リア充みたいな生活をする」とはまるで真逆であった。
「スキップ!」
「凄い、エリーゼって優秀なのね!」
リュウとリマが感心して声をあげる。
アスランも驚いたようで、今までとは違った眼差しをエリーゼに向けた。
そんなことを言われたって、中学三年生の能力がある時に、小学校に通わされたエリーゼにしてみれば、褒められたって嬉しい話ではないのである。
むしろ、居心地悪くてうつむいてしまう。
「それで読書が好きなのね! 将来、やりたい研究とかがあるの?」
ヴィーもなんだか喜んでいる。
それで、エリーゼの方に身を乗り出して、聞いてきた。
「やりたい……研究……?」
「何か目的を持って、毎日、色々な本を読んでいるんじゃないの?」
そんなふうに言われてしまった。
エリーゼは、夕べ、姫達に紹介すべき本や、今まで読んできた本の疑問点の事はまとめてきたが、自分の「やりたいこと」「将来の夢」については、何にも考えていなかったため、固まった。
何事も、カンニングペーパー通りに行く訳がないのである。相手は生身の人間だ。
「も、目的と言いますか……」
エリーゼは、何も考えていなかったが、ヴィーがあんまり喜んでいることと、みんなが微笑ましくエリーゼの方を見ていることで、何も答えない訳にいかないと言う、窮地に立たされた。少なくとも、本人はそう感じ取った。
何か答えないと、自分が恥をかく。
そして、ハインツに、くれぐれも、「アンハルト侯爵家の顔をつぶすな」とか「アンハルト侯爵家、ひいては若死にしたクラウスのために」とか言い含められていたため、立派に乗り切らなければならないという義務感にかられた。いくらなんでも、養い親の顔に泥を塗るような事はしちゃいけないと思ったのだ。
養女の引け目も当然あった。
「えっと……バハムート帝国の歴史と魔法の……密な関係性などは……興味深いです。つまり、バハムート帝国は、全世界で唯一、ミヌー大陸発祥の魔法文明を引き継いでいると称して、ミトラ十二神の信仰を復活させた帝国なわけですが……全世界に、沈没した魔法大陸ミヌーの伝承は残っていて……その影響を受けた魔法文化がある……ようです。だけど、ミヌー文明の神を復活させたバハムート帝国……独自の、魔法解釈や様式……は確かにあるので、将来的に、その実態の解明……と他国の魔法文化との比較など……出来たら……いいかなぁって……」
立派に乗り切るも何も途切れ途切れの途絶えがちで、最終的には伏し目になりながら、小声で言ってるエリーゼであった。
だが、これでも、訓練で、ハインツとゲルトルートによって大分喋られるようにはなったのだ。
「うんうん、そういう研究者なら何人か知ってるわよ。魔法の火力って、魔大戦でも一番重要だったしね」
「ヴィー姫、エリーゼはまだ子どもだ、軍事力の……」
「何も、軍人にしようって言う訳じゃないわよ。でも、アンハルト侯爵家は武勇の家柄よね」
エリーゼの言葉に大きく頷いたヴィーに対し、アスランはたしなめようとしたようだった。だが、ヴィーはけろっとしている。
「ハルデンブルグ伯爵も、相当な手練れの騎士だったし、その影響とかあるの?」
ヴィーが聞きづらい事を聞いてくれたので、リマが遠慮なくそう尋ねてきた。
「あ、はいっ……。魔大戦が長引くようなら……私も、おとうさまたちの援護に立ちたいとか……は考えてました」
その時点で、エリーゼは小中学校をスキップ卒業するような成績を収めていたため、当然、教師陣が、騎士よりも魔法系を進めていた。体育などよりも、座学や単純な魔法演習などに強かったのである。(何もかもカメラ機能のおかげだが)
「そっか~、残念だったよね。……ごめんね、変な事聞いちゃって」
リマはあっさりしたものだった。
それでも一瞬、悲しそうな顔をしてくれたので、エリーゼはリマの遠慮のなさを責める気にはならなかった。
エリーゼが今言った事は全く嘘という訳でもない。実際に、魔大戦があれ以上長引くようだったら、自分の進路として、魔法の勉強をたくさんして、親の援護射撃をしたいと言う願望はあったのである。そのため、魔法系の書籍は熟読していた。
その後、ハルデンブルグ伯爵夫妻が殉職したので、読書癖がついていたエリーゼは、アスランの想像通り、何故、両親は殉職せねばならんかったのかという究極の命題に突き当たり、魔法の本と一緒に「葬式とは何か」というような本などをネチネチチマチマ読みあさっていたのである。
日頃無意識に考えていた事なので、こういう場面で思わず口を突いて出たのだろう。
(そっか、私……。魔法の勉強をして、神聖バハムート帝国の魔法体系の事を調べ直したいんだ。だって、ないとなう! の中では、魔法と言ったら魔法としか描かれてなくて、説明不足だったもの。実際に、魔法が発動するところを目で見たら、訳わからなかったもんね)
エリーゼ自身、魔法はいくつか使える。
ちなみに、魔法を使えるが、それは結果論で、「どういう仕組みになっていて、科学的根拠があって、魔法が発動するのか」は、現代日本人の頭では理解出来ない。魔法のテキストに掲載されている手順に沿って、呪文を唱えたりポージングを取ったりアイテムをそろえたりすると、自然と発動するのである。
だから、なんで!? と聞かれても、エリーゼにもわからない。
だって出来ちゃったんだからしょうがないじゃん、でしかない。
その、なんで魔法が存在して、発動するのか、ということを、研究したいと思ったのは、純粋な好奇心と科学的な向学心からでもあった。
その純粋な好奇心、科学的向学心と同時に、15歳にして両親が戦死というダメージからの回復として、「葬式とは何か」「真龍のレーゾンデートル」などをひたすら読み、現代日本風に言えば菩提を弔うと同時に、死に向き合って? いるのが現在のエリーゼの読書生活である。
人と会話することで、自分の思考が逆によく見えてきて整理されるということは、誰にでもあることである。
「帝国学院でも魔法はかなり突っ込んで教えるはずだけど、今ちょうどいい参考書になるようなやつといったら、何があるかな……」
ヴィーは、首を傾げて、頭の中で本の事を思い出そうとしているようだ。
「教科書はもう買ってあるの?」
ヴィーに続いて、イヴが尋ねてきた。
「はい。それは、シュルナウに来てすぐに」
シュルナウに来て、しばらくは貴族間の行事をこなすのに必死だったが、落ち着いてからは、部屋の中でずっと本ばかり読んでいる。もう大体読み終わっていた。
「教科書読むだけでも、高等部レベルだと大変でしょう」
イヴがそうねぎらってくれた。
「リマも、本は読むんだけど、教科書はかったるいって言って嫌がるのよ。ちょっとわからないと皇后さまのところに行って……」
「やめてよ、イヴねえさま。私だって、教科書ぐらい読めるわよ!」
「でも、リマは、体を動かす事や、みんなと楽しく過ごす方が好きなのよね」
それは実際その通りなので、リマはイヴに言い返す事が出来なかった。
実際に、教科書レベルでも難解なところがあると、すぐ人に聞いてしまうようなところがある。
それでリマはエリーゼの方を振り返った。
「来期の教科書、もう読み終わった?」
「あ、はい」
リマはからぶった。
エリーゼも読み終わってないだろうと思ったらしい。
エリーゼは困った。
「あの冊数を!? 同じ帝国学院の教科書なんだよね!?」
エリーゼは二学年後輩に当たる。当然、リマの方が難しい教科書ではある。だが、帝国学院はその名の通り、「帝国」に対する優秀な人材を育成する機関。子ども相手とはいえ、全く容赦ないレベルと冊数の教科書を、一年生の時から渡すのだ。
「あ、はい……」
エリーゼは、実際、読み終わっていたので、弱々しくそう答えるしかない。
リマも含めて大人たちに沈黙が訪れた。
リュウも、リマが、教科書が読み終わらなくて苦労している話を聞いていた。
そのリマだが、幼児期から皇帝に家庭教師をつけられて、英才教育を受けてきたため、頭脳は優秀な方に入る。ヴィーやイヴもだが、皇帝の親族に隙があってはならないので、子どもの頃から本は徹底的に読まされる。
特に、イヴは、走れない体なので、かわりに教養や魔法で皇帝の政敵と戦わねばならない事情があったので、読書の質と量は半端ではなかった。ヴィーとリマはそれにつられたのである。
そのリマが読み終わってないのに、エリーゼは一年生レベルとはいえ、自分が新学期前に読破して、それをなんとも思ってない様子がうかがえて、沈黙してしまったのだ。
「……。エリーゼ、教科書以外だと何を読んでいるんだった?」
アスランが、慎重な口ぶりでそう行った。
「あ、はい。”神聖バハムート帝国の死生観”と、”真龍のレーゾンデートル”です……」
聞いただけで、分厚いハードカバーの表紙がイメージ出来るタイトルだった。
「イヴ、最近何か本読んだ?」
ヴィーがすぐ下の妹分の姫に聞いた。
「”冬薔薇城の幻想”と、”幻獣操縦指南”……」
エリーゼは、嘘じゃなく、イヴは幻獣から落っこちたのを、気にしているんだと思った。それをからかうなんてひどい。
「リマは?」
ヴィーがその下の妹分の皇太子に尋ねた。
「イヴねえさまから借りた”魔界大曲”……魔法と音楽の関係性の初歩のようなんだけど……」
「うん、それは私も知ってる。ほとんど軽めの小説仕立てになっていて、凄くわかりやすいよね。わかりやすいのはいいのよ」
エリーゼは漫画でしか知らないが、リマは、武闘派キャラなので、魔法は使えない訳ではないが姉達ほど得意ではない。それで、魔法を得意とするイヴに苦手克服のために軽めの基本の本を借りたのだろうと思った。
リマは努力する性格である。
ちなみにヴィーは自分からは言わないが、最近読んだ本と言ったら、”話し方で人は変わる”というベストセラーと、”テラ大陸地理史”という史学含みの地理学の名著である。戦争や軍事には、史学も大事だが地理も密接な関係があるので、そのへんのおさらいだ。
「えっと……エリーゼ?」
ヴィーは、エリーゼに向き直った。
後は、ヴィーが何も言わずとも、妹分二人は、自分たちの読書生活が、どうも浮かれ気味だったと思ったらしい。
「私も、レーゾンデートルの方は読んだ事があるんだけど、エリーゼはすんなりと読めたの? あの、真龍に関して衒学レベルの堅苦しい文章を」
「今、読みかけなんですが、つっかえているところがあって……」
やっと、カンニングペーパーで予習していたところまでこられた。
エリーゼは、救われたように顔をあげてそう答えた。
ヴィーはうんうんと何度も頷いている。
イヴに比べて、ヴィーは現実的で、帝国の政治面の事も女性ながらに結構わかる性格として描かれていたはずだ。
「つっかえているってどこ?」
「あの、結局、この本では、帝国のシンボルである真龍とは存在すると、結論を出しているんでしょうか?」
「そこかー」
真龍とは、『真龍バハムート』という、帝国の守護神である。
現代日本に無理矢理なおすならば、天照大神に当たるのだろうが、その天照大神が実在し、霊的な力で皇家を守護し、今も神界と呼ばれる謎の世界から帝国すべてを守ってくださっているか、それとも、天照大神は神話の存在で、実際にはもっと現実的に考えるべきなのかという、スレスレのあたり。
あまりに回りくどく、学術論文を多数引き合いに出しながら重複しつつ書いてあるので、結局、エリーゼは、『守護神の真龍』が、『いるといいたいのか、いないといいたいのか』そこがこんがらがってわからなくなってしまったのだった。
「んー、その作者の人は知っているんだけどね、かなりの愛国者なので、本当は、真龍はいると言いたいのだと思うけど、そうすると帝国の建国神話の方にまで踏み込まなきゃいけなくなるでしょう」
「はい。その神話や論文のところも、随分引用があるので、何回も読んでみたんですけど」
「あ、それだと、レーゾンデートルだけじゃだめ」
ヴィーが、ぽんと両手を打った。
「私のところに、真龍についての読みやすいのがあるから、それを貸すわ。いきなりそんな、スレスレの本読んだら、偏りが出来ちゃう。ちょっと待ってね」
ヴィーは、メイドを呼び止めて、何冊かの本を、自分の部家から持ってくるように言いつけた。
「読書はバランスが大事よー」
そういうわけで、エリーゼの読書生活は、本人の独断と好みだけではなくなってきた。
アスランはほっとしたようだった。
「イヴ姫、冬薔薇城の幻想とは、どんな本ですか?」
アスランが、イヴにまた親しそうな顔で尋ねてみる。
「男の人が読むような本じゃないわよ」
イヴはちょっと気まずそうだ。
「イヴねえさま、また、背中がかゆくなりそうな本読んでるの」
リマが面白そうに言う。
「リマだって、そういう本好きなくせに」
イヴは軽口を叩いた。
「リュウは、最近、本は読んだんですか?」
そうして、イヴは、さりげなさを装いながら、黙っているリュウにそう言った。
「本……なら、今更ですが、貸本屋からずっと、”三国武勇伝”を借りて読んでいますね。姫様達に聞かせるようなことでもありませんが」
あー、と、エリーゼは納得した。
それは、実父のクラウスも好きな本である。現代日本で言うなら、普及の名作”三国志”に当たる本。
クラウスは、三国武勇伝に耽溺するあまり、女の子のエリーゼに、その絵本や紙芝居(当然男児向け)を買い与えたぐらいである。
騎士や冒険者に、大昔からそれぐらい愛されている本で、それをSSSランクの英雄が貸本屋から借りまくって読んでいると思うと、あまりにはまりすぎていて、エリーゼは何も言えなかった。
「あー、わかるわかる、いいよね。色々な版があるけれど、私は一番の原作のショーン版が好き」
血湧き肉躍るストーリーが大好きなリマは、身を乗り出してそう言った。
「リマ姫は原作をお読みになられたのか。さすがでらっしゃる。俺は、最近、流行のゴッドフリートの小説を借りているところです」
忌憚なく、リュウはリマを褒めているようだ。
そういうわけで、その後は、三国武勇伝の話でお茶会は終わってしまった。
アスランも当然、最新流行版に書き直された三国武勇伝の話は知っていたらしく、色々とリュウと展開のことで話し合っていたようだ。要するに、戦争中の作戦実行のリアリティがどうのこうのとか。
一方、ヴィーは、三国武勇伝における外交の描写の事を何回か取り上げていた。どうも神聖バハムート帝国が、魔大戦で国力を削られている時期なのだが、それが三国武勇伝におけるある国の状況に似ていると感じているらしい。それで、バハムート帝国の隣国ミズガルズ王国の話を交えながら、外交努力が……という話をしている。
イヴとリマは、全く他愛ないことに、三国一のイケメンは誰かという話で盛り上がっていた。
エリーゼは基本だけは抑えていたので、誰の話にも、ある程度は乗れた。だが、……惜しい事に、最新流行の三国武勇伝は、1巻しか読んでなかった。家に帰ったら、ハインツに頼んで買ってもらう必要があるだろう。
最後に、ヴィーが、エリーゼに「真龍の神話と史実」と、「帝国神話のシンボルとは」の二冊を貸してくれた。
エリーゼはヴィーに何度も礼を言い、読んだら必ず返すと約束した。読める本がたくさんあるのは、エリーゼには幸せなことだった。
エリーゼにヴィーが本を渡したところで、お茶会は閉会になり、皆、挨拶を言い合って、イヴの私室を出た。
私室を出る時、イヴとマーニがリマと何かじゃれ合っているのだけが見えた。漫画の中とはいえ、本当に仲のよい姉妹らしい。リュウは雪鈴を肩に抱えて、自分から離れないように大事に連れて行った。
そんなこんなで、エリーゼは、二時間弱のお茶会を無事に終えて、やっとの思いで帰りの馬車に乗り込む事が出来た。
アスランに手を取ってもらって馬車に乗り、椅子に座ると、自分がかなり疲労していることに気がついた。
思わず大きく息をついてしまう。
「エリーゼ、緊張していたのか?」
「あ……えっ」
隣に座ったアスランに優しく聞かれて、エリーゼは相変わらず、「あ」とか「え」とかそんな反応ばかり。
ハインツに既に注意されていたので、慌てて、そういう変な音を止める。
だが、今日もかなり、「あ、はい」ばっかりだったのだが……簡単に癖は直らないらしい。
「き、緊張……はしました……けど、皆様優しくて……」
「そうだろ?」
途端に、アスランが本当に嬉しそうに笑ったので、エリーゼは驚いた。
貴族同士の挨拶のような笑顔ではなく、白い歯を見せるような、陽気な笑い方だった。
「みんな、気のいい仲間なんだよ。エリーゼにはわかってもらえると思った」
なんでだろう。
エリーゼは、アスランの言った意味がよくわからなかった。
だが、エリーゼは、アスランが笑っているところが好きなので、自分も、笑い返して見せた。
するとアスランは余計に嬉しくなったらしく、何か安心したようで、椅子に深く座り直し、魔大戦の頃のリュウの話を始めた。
エリーゼは黙って聞いていた。
ふと、友原のゆりの楽しかった時代の事を思い出した。
胸をさみしさがかすめる。
まだ、自分にも友達が大勢いると信じられた頃。エゴサーチをする前の頃。
夕焼けの下校時に、友達と歩いて、いつものファーストフードに行った事。お茶会なんてものじゃないけれど、ただ、他愛ない話を延々としていた。
みんな笑っていた。笑顔だけじゃなく、喜怒哀楽全てがあったように、感じられた。
色々な事があったけど、あの頃いた仲間を、「みんな優しい」と評されたら、自分はどう言っただろうか。
「そうでしょ、そうでしょ!?」
と身を乗り出して、仲間との、楽しかった事を色々話すと思う。
今のアスランのように。
友原のゆりはその後、その友達からも疎外され、高校にも行けずに、一家心中するんだけど……。
そう思うと複雑な気持ちになってしまうが、それは、今言っても仕方ない。アスランに大勢の仲間がいることが肝心で、彼が優しい仲間達と大事な時間を過ごせる事が大事なんだと思う。
妬みはなかったが、かすかな切なさは感じた。
同時に、妬みと言えば妬みもあった。
(アスランは、イヴ姫の事どう思ってるんだろう……原作だと、リュウのことをイヴ姫は好きになるようなフラグ立ってたけど……この世界の”今”だとどうなるのかな……)
だが、本人に、イヴ姫の事をどう思ってますかと尋ねられるような距離感でもない。エリーゼは、アスランの話に相づちを打ちながら、幼い妬みを押さえ込んでいた。
アスランは、エリーゼの事を大事に、アンハルト侯爵邸まで届けてくれた。
 




