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メモリモリ

作者: 物部がたり

「あなたの記憶は誰かの記憶。誰かの記憶はあなたの記憶」

 最近よく耳にするようになった、CMのキャッチコピーだった。

 人の脳には、様々な記憶が蓄えられる。

 楽しい記憶、辛い記憶、嬉しい記憶、悲しい記憶。

 脳科学の発展により記憶の原理が解明された。記憶は大きく分けて、感覚記憶・短期記憶・長期記憶に分類される。

 感覚記憶とは感覚器官から入力された感覚的な記憶であり、短期記憶は文字通り短期間だけ記憶されたのち破棄される記憶。

 長期記憶は様々な情報が海馬を介して、大脳皮質に蓄えられる長期的な記憶をいう。


 長期記憶にも様々な種類が存在し、潜在記憶(非陳述(ひちんじゅつ)記憶)と顕在記憶(陳述(ちんじゅつ)記憶》)が存在する。

 潜在記憶とは「手続き記憶」や「技能記憶」「連合記憶」などとも呼ばれ、自転車の乗り方、歩き方などの無意識下に記憶されている記憶で、顕在記憶とは意識的に思い出すことのできる思い出、またはエピソード記憶などと呼ばれる記憶のことだ。

 脳神経学の進歩によって、エピソード記憶を取り出す「ニューロン・カッティング」技術が確立された近未来。


 ニューロン・カッティングとは、記憶が蓄えられている大脳皮質のニューロンを特殊な技術によって切り取り、保存する技術のことである。

 ニューロン・カッティング技術の確立によって、人の記憶を外部に保存できるようになった。

 当初は国家がニューロン・カッティング技術を独占していたが、技術進歩や経済活性化を狙い自由化宣言が出されると、瞬く間にアダム・スミスのいう自由競争の見えざる手によって、いくつかのニューロン・カッティング技術を応用した記憶ビジネス「ニューロン・クリッピング」が発展。

 企業間による競争が激化し、現在では戦国時代を勝ち抜いた大手四社による記憶ビジネス独占で落ち着いた。


 国民の八割がニューロン・クリッピングを利用して、誰かの記憶を保有している。

 不遇な記憶しかない人生だろうと、お金さえあれば上質な記憶を買うことができた。

 誰もが、上質な記憶を買うために日夜額に汗して働いた。

 そんな最大多数の一人、れいは幼少のころより辛い人生を送ってきて、いつか金を溜めて、培養品ではないオリジナルの素晴らしい記憶を買うことを夢に頑張って来た。

 ストイックに贅沢を排除し、食費や光熱費、固定費は最小限にとどめ、文字通り爪に火を点す生活をすること十年以上。やっと素晴らしい記憶が買える最低のラインである一千万円を貯めた。


「やっと、貯まった!」

 すべては素晴らしい記憶を買うため頑張って来れたのだ。

 れいは早速、記憶販売を行っている店舗に向かって、「一千万円で買える素晴らしい記憶はありますか?」と相談した。

「一千万円ですか……ギリギリですね。もう後、百万円あれば、この普通の記憶が買えるのですが……」

「そ、そんな……。どうにかなりませんか……」

「そう言われましても……」

「お願いします……。どうか……どうか」

「う~ん……。わかりました。上司に相談してみましょう」

 店員はしばらくして戻って来た。

「上司に相談したところ、れい様の記憶を高値で下取りするとのことです。記憶を見せてもらってよろしいでしょうか」


 れいは二つ返事で了承し、ニューロン・カッティング技術を応用し開発された、記憶を読み取ることができるニューロン・スキャナーという機械が保管された部屋に通された。

 ニューロン・スキャナーの電極シールをれいの額に張り付けて、記憶をスキャンする。

「ご苦労されて来ましたね……」

「いくらで下取りしてくれますか……」


「そうですね……。多めに見積もって……三十……いや五十万にしましょう」

「五十万……」

 それでも五十万円足りなかった。

 れいは、五十万円銀行で借金することにした。

 借金した五十万円と下取り記憶の五十万円で百万円を作ることができ、れいはごく普通の素敵な記憶を、自分の大脳皮質にクリッピングしてもらった。れいはとっても幸せになった――。

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