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クリスマスの夜、女の子を拾った。  作者: true177
一節 女の子を拾いました。
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003 律儀な少女は、帰りを待っていた。

 ロマンチックさの欠片も無い、しんとした東京郊外の夜。本日の日付は十二月二十五日、クリスマスだ。


 クリスマスはキリスト教に深い関係があるのは知っている。子供はワクワクしてたまらない一日を送っただろうが、広海は何の変哲もない一日であった。


 サンタが枕元にやってきてプレゼントを置いてくれる年齢は、とうの昔にすぎている。最近は、お年玉すらも貰えるかが怪しい。


 ……結局、家には入れさせてもらった。


 悲惨な毎日の一部を聞かされていてもたってもいられなかった広海は、ちっぽけなプライドは捨て去っていた。


 結果だけを読み上げると、和解は完了した。さんざん怒鳴られはしたが、最後には家に入れてもらえた。


 布団に潜りこんでから、幸紀と交わした会話と約束を天井に思い浮かべた。散々寒いだの薄いだの貶していた掛け布団の中が、昨日は随分と暖かかった。


 契りを結んだとは言え、守る義務があるとは言えない。公文書で明文化したものならともかく、口約束は破られることもしばしばある。


 赤の他人であるホームレスの女の子となら、なおさら。見たいバラエティー番組をだらけて視聴していても構わなかったのだ。


 しかし、広海はまたあの場所へと足を運んでいた。


 ……俺に取ったら、時間なんて腐るほどある。けど、幸紀からしたら貴重なんだ。人の時間を預かっておいて、どぶに捨てたくない。


 学校では何も出来ないからこそ、何かを成し遂げたかった。頼られる何者かになりたい。その偽善のような思いが、広海を駆り立てたのだ。


 幸紀はいるのだろうか。広海のことを冷やかしだと思ってきていないのではないか。昨日の反応を見る限りは大丈夫だとは思うのだが、それでもネガティブなことを考えざるを得なかった。


 クリスマスの夜は、なんと人通りが少ないのだろう。先日のお祭り騒ぎとは打って変わって、まばらに人が居るだけだ。カップルも、一組も見かけていない。


 ……幸紀……。


 来てくれと念じながら、例の通りへとやってきた。イルミネーションは相変わらずキラキラと周りの建物をカラフルに照らしているが、スマホを持って自撮りしている人や大きく膨らんでいるビニール袋を引っ提げて歩いている買い物客はいなかった。


 石垣に、小柄な少女が昨日と同じように座っていた。広海がやって来た方角に目が行っており、すぐに視線が重なった。


 広海を視認した幸紀は、ひょいと立ち上がった。同じ年ごろの女子高生にしては細い腕を、ぶんぶんと振りまわしている。


「広海―!」


 昨日の死んでいた目は何処へやら、輝きが灯っていた。


「幸紀……」


 暗黒時代に疲れ果ててフラッと何処かへ消えてしまいそうだった彼女が頭に残っていたからこそ、知人歴一日の広海を信じてくれたことがとても嬉しかった。


 幸紀はその場に留まって、広海が到着するのを待っていた。待ち合わせ場所が石垣だと認識しているのか、それとも体力を使い果たして動きたくないのか。高校の友達が相手なら後者の可能性など気にも留めないのだが、どうしても万が一を考えてしまう。


「良かった……本当に来てくれた……」


 こちらも、幸紀が人間不信にならなくて何よりである。


 人をハナから疑うようになると、ロクな目に遭わない。詐欺話を跳ねつけられるメリットに目がいくが、それよりもずっと孤独になるというデメリットの方が大きい。


「約束、破るわけないだろ」


 広海は、ニュースをいくつか携えてここに来ているのである。


「……今日は、炊き出し?」

「ううん、今日も無かったから」


 ぐぅー、と幸紀のお腹の音が鳴った。おならでもしたように、恥ずかし気に腹部を押さえる幸紀。


「いつから食べて無いの?」

「……実は昨日広海に会う前から」


 どうりで、あれだけはしゃいでいたのにへなへなと座り込んでしまった訳だ。


 イスラム圏の国々は断食を行っているが、あれは一か月間飲まず食わずなわけではない。人間のシステムは一か月の絶食に耐えられるようにはなっておらず、当然そんなことをしようとすればあっという間に土の下行きである。


 あの国々の断食というものは、日が昇ってから日が沈むまで、となっている。つまり、夜の間は飲食自由だ。昔のお偉いさんも、信者が命を失うような教えまではしなかったようだ。


 幸紀は、かれこれ一日半ほど食事を取れていないと見る。声が潤っているので水分はどこかで(それこそ公園の蛇口でも)補給しているのだろうが、食料はそう簡単に手に入れられなかったようだ。


「……これ、食べるか?」


 幸紀が何も食べられなかった時の事を想定して、事前にコンビニでツナマヨおにぎりを買って来たのである。ツナマヨを選んだ理由は、マヨネーズが入っていてカロリーが高そうだからだ。


 最近の女子はやれ『ダイエット』や『体重が重い』などと言ってカロリーの高い食品を敬遠する傾向にあるが、幸紀は真逆だ。カロリーが足りていない。


 基礎代謝というものがある。これは、安静にしているときに消費するエネルギーのことである。エネルギー摂取量がこの値を下回れば、終日寝ていてもやせ細っていくことになる。


 ……おにぎりじゃなくて、もっと集中してカロリーを取れるものの方が良かったよな……。


 品物のチョイスを間違えた気はするが、買ってきてしまったものは仕方がない。


「……お金、ないよ?」


 遠慮気味に、広海が差し出した未開封のおにぎりを突き返してきた。


「お金は要らないよ。食べないと、体がもたないぞ?」

「……それで、一回お金を請求されたことがあって。……広海は、そんな人じゃないよね?」


 幸紀の丸い目が、警戒しているように細くとがっていた。


 広海が悪事を働いているわけではない。それなのに、心がギスギスと痛む。


 ……こんな悪気の一切ない幸紀を騙して、金を巻き上げようとしてたやつがいたのかよ……。血も涙もない……。


 こんな思いは、もう彼女にさせてはならない。


「そんなアコギな商売はしてないよ。ほら」


 改めて、ツナマヨおにぎりを幸紀の手のひらに乗せた。


「……ありがとう。……人から何かもらったの、炊き出し以外で初めてだから」


 手にしているものが安心安全であると分かり、緩慢とした動作でおにぎりを包んでいるビニール袋を破いていった。


 ……おいしそうにたべるな、幸紀は。


 おにぎりをほおばって、口の周りに米粒がつくのも気にせずガシガシとあっという間に平らげてしまった。


 ……それはそうか。まともに店の食べ物食べられてたとは思えないしな。


 小銭すら持っていない幸紀は、きっとコンビニ弁当やおにぎり、サンドイッチもショーウィンドウに飾られた高級品に見えていたのだ。それが目の前に降りてきたとなれば、迷わずかぶりつく。


 品の無い食べ方だと批判される筋合いはない。幸紀は、生きるために必死で一日一食食べられるかどうかも怪しかったのだ。食べておけるものは、その場で全て食べてしまう。


 マヨネーズは、美味しさの源。病みつきになると、どの料理にもマヨネーズをかけるようになってしまうほど、油分が旨い。幸紀は、たった一年前まで日常の食品の中に含まれていたものでも感激するほど舌が薄くなっていたのだろう。


「……ごちそうさまでした」


 頬に付いた米粒を順番に取っていき、まとめて口の中に放り込んでいった。


 幸紀が、満足している。満腹になっているのではないだろうが、九か月ぶりのまともなコンビニ食品にありつけて、一時的に食の欲求が満たされているのだろう。


「……におい、臭くない?」


 思考が生理的なことから離れることが出来るようになった幸紀。このような質問をするということは、風呂に入れていないのだろう。


 ……臭いかと言われれば、匂いはするけど……。


 以前に想像していたほどの悪臭、というほどではなかった。僅かに匂ってくる、という程度のものである。


「……体洗ってないの?」

「……捨てられてたバケツを使って、一週間に一回くらい体は水洗いしてるよ。公園の飲み水を一生懸命汲んで、それを使ってる。実は服、もう一着あって、それをタオルにしてる」


 法律に触れていないかは不安だが、広海の仕事は法律違反の浮浪者を補導することでは無い。明るみに出なければ、それは犯罪として検挙される事はありえない。


「……ちょっとだけ、な」


 これは、自身でも匂いに気付いていることだろう。それを分かっていて、わざと広海に尋ねてきたのだ。


 案の定、といった感じで幸紀が肩を落とした。


「やっぱり……。冬だけど、寒さを我慢してまで水浴びしてたのに……」


 そう幸紀は言っているが、外に素っ裸で行水をする勇気を持てること自体が相当なメンタルの持ち主なのだ。野生のサバイバル術を、もういくつか身につけているのではなかろうか、彼女は。


 つくづく、精神の構造が違うのだと身にしみて感じさせられる。広海など、寒気と肌が直接ふれただけでも悲鳴を上げそうなのである。慣れもあるだろうが、風吹く夜に(明るいうちだとわいせつ行為で捕まる可能性大)水浴びをしていられない。


「そこまで努力してるから、幸紀はきれいなんじゃないか?」

「……そう? 髪なんて、前髪は見えなくなるからどうにかして切ってるけど、後ろ髪なんてロングより長くなっちゃってるよ……」


 幸紀は、手入れされていない水洗いだけのボサボサ後ろ髪を手に垂らした。


「外見はそうかもしれないけど、中身もだよ。自分が悪い訳じゃないのに、今の状況をよりよくしようとしてる。独りぼっちで怖いはずなのに、勇気をもって一歩踏み出してる。それだけで、幸紀は頑張ってるんだよ」


 言いたいことが、全て出てしまった。クサいセリフをここまで人に、それも異性に伝える日がくるとは、一昨日の広海には予想だにしなかっただろう。


 彼女の口は、ゆるゆるになってとろけ落ちそうになっていた。


「……そこまで……。そんなの、誰にも言われたことないのに……」


 赤面しているところを見ると、照れているようだ。中学校に一人はいたであろう王子気取りの男子も言わなかった事柄を、広海は言ってしまっていたことになる。


 今日あたりの出来事は、大まかなあらすじだけ覚えておこう。そう契りを交わした広海であった。


 ……幸紀が、恥じらってる。何か、魅かれるなぁ……。


 お世辞にも、彼女の身だしなみは広海のタイプとマッチしているとはとてもいいがたい。と言うか、ホームレスを相手の想定に入れていないため、本来は一次審査の書類選考で恋愛オーディションから落ちてしまう。


 しかしながら、このオシャレの欠片も無い格好は、生き延びるためにこうするしかなかった格好でもある。ちょっと後ろ髪を切るだけで、モデルに変身するかもしれない。幸紀は、特別審査で文句なし突破させる。


 何より、まだ明かされていない謎を大量に秘めている。根が優しいのは、言動から読み取れる。複雑な心境であろう幸紀が作る笑顔は、ファストフード店員の作り笑顔ではなく、単純な感情から形成されるもの。陰の無い異性の笑顔ほど、人を魅了する武器はないのだ。


 幸紀が落ち着いたところで、温めていたニュースをカバンの中から取り出した。


「幸紀、一つニュースがあるんだ」

※毎日二話連載です。内部進行完結済みです。


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[良い点] おにぎり一つで喜んでくれる幸紀いいな。一度優しさの振りをしてお金を取ろうとした奴がいたから、久しぶりに人の優しさに触れられて相当嬉しいだろうな。 広海は中々にクサい台詞を言ってるけど、幸…
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