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クリスマスの夜、女の子を拾った。  作者: true177
四節 高校に行けることになりました。

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014 復学して早速、心の芯の強さを発揮した。

 満員電車には、結局ドア付近で人海戦術の圧力に耐える羽目になった。幸紀には『嘘つきー』とやじられたが、電車には乗れているのでいじられる理由はない。


 圧死しそうなほどのすし詰め状態を辛うじて耐えきった広海と幸紀は、ほうほうのていで高校までたどり着いていた。


 教室内は、いつものように派閥を作っている女子たちが隅で女子会をしていて、活動的な男子軍団は他クラスへ遠征しにいったようだった。もう始業の一分前だというのに、机はすっからかんだ。


 担任の教師が、やれやれと月曜日の朝から疲れた風に教室に入ってきた。教壇の前に教師が立ったからと言って、教室が静まり返ることは無かった。中には、知らんぷりでスマホを弄っている生徒もいる。


「……校内でのスマホの使用は……」

「いいだろ? 文句あんの?」


 校則でスマホの使用は禁じられているのだが、そんなことはお構いなしだ。机に脚を組んで乗せているが、特に指摘する様子はない。


 こういう悲惨な状態になってしまっている理由としては、治安の悪さだ。ヤンキーが集まっている高校に比べたらマシだが、たまにタバコと缶ビールの飲み捨てが学校裏に捨ててあることがある。


 一概にではないが、偏差値の低い高校ほどこういった傾向が強まり、教師陣の体制もしっかりしていないことが多い。


 ……もっと勉強しとけば、違うんだったんだろうけどなぁ……。


 同じ学区内でも、治安の差が大きいことを初めて知った時は驚いたものだ。練習試合の遠征時に、校舎の掃除が行き届いていて驚愕した記憶がある。


 しかし、通う高校が違えば幸紀と満員電車でおしくらまんじゅうをし合うことも無かったわけであって。


 ……結果的に、良かったのか……?


 なるほど、人生の中には奇妙なことが起こるものである。悪い方向に転んだはずが、結果だけを見ればナイスプレイだったということはよく発生する。当てにした時だけは、必ず失敗する。


 チャイムが鳴っても、着席する様子が無い。担任はと言うと、あくびをしながらのんびりと生徒が全員揃うのを待っている。


 ……担任がこれだからな……。


 この学校は、実質的に生徒派閥のトップが政権を握っているようなところである。生徒会長選挙ではほぼ百パーセントの得票率で選任され、独裁政権を築く。白票を投じれば、某国のように矯正施設に入れられる。


 幸紀も、何という高校に復学してしまったのだろうか。


 ……でも、幸紀ならやっていける……か……?


 自信満々に宣言しようとして、暴力には勝てなさそうだと自己評価を下げた。集団でのいじめには、いかに幸紀と言えども太刀打ちは出来ないだろう。願わくば、そういった状況にならないようにしてほしいものだ。


 始業の本鈴が鳴ってから、五分ほど経ってからだろうか。ようやく、クラスの全員が着席した。とは言えど、既に空席になってしまった座席も一定数存在する。余りの素行の悪さで退学になった生徒の席だ。


「……えーっ、みなさんに大切なお知らせがあります」


 いつもは空気で点呼だけ取るとそそくさと退散する担任だが、今日はやけに胸を張っている。


 案の定、面倒くさがりでホームルームが長引くことを良しとしない生徒群が、強烈なヤジを浴びせる。


「校長みたいな長話なんか、誰も聞きたくないんだよ!」

「いつもみたいに、さっさと出てけよ!」


 不謹慎だが、前者には広海も同意する。


「……今日から、このクラスに復学した子が入ってきます。みなさん、優しく接してあげてください」


 そこまでを言い切ると、おもむろに黒板へ転入生の氏名を書き始めた。


『宮形 幸紀』


「ひろのり? 喧嘩弱かったら、さっそく奴隷にしてやろうかな……」

「いや、女子かもしれないぞ。ゆきちゃん、かな?」


 気持ちの悪い会話が繰り広げられている。


 ……幸紀が、同じクラス?


 どこかのクラスに配属されることまでは知っていたが、まさか広海と同じクラスになるとまでは想像していなかった。確率にして、八分の一だ。


 嬉しい反面、広海が属している組は学校内でも特に悪評高い生徒が密集している。面倒ごとに巻き込まれないかどうか、不安になるのも致し方ない。


 担任に促されて、幸紀が教室内へ入ってきた。


「みやがた さき と言います。よろしくお願いします」


 挨拶も簡単に、軽く礼だけをした。


「席は……、春日谷の隣だな。丁度空席だから、そこに座ってくれ」


 春日谷とは、広海の苗字である。


 ……幸紀が、俺の隣……。


 夢のようだ。学校はプライベートな空間ではなく一目を考慮する必要があったとしても、幸紀がそばにいるという事実だけで肩の荷を全て下せそうだ。


 スタスタと、足取り速く幸紀が広海のすぐ左隣の椅子へと座った。彼女は普通に座っているだけなのだが、それでもこのクラスではトップクラスの模範生徒だ。


「……今日のホームルームは以上だ」


 役目は終わったとばかりに、担任は教室を出て行った。


 クラス内は、幸紀の話題で持ちきりだった。授業開始までは若干の猶予があるので、なおの事好き勝手に行動する人が多いのである。


「……あの子、かわいい……」

「……なんで、あいつのとなりなんだよ……」


 様々な雑談が送信されている中で、幸紀が椅子を広海の方へ寄せてきた。


「……えっとね、授業中に教科書見せてくれないかな? 先生に、そういわれて……」


 幸紀のことを、この学校内で唯一理解している広海に任せる。それが最善の方法だと学校側は考えたのだろう。


「……これで、教科書買わなくて済むな」

「……そうかなぁ……」


 最低でも三か月は無料で共有するのだから心配無用と思ったが、まだ懸念事項が幸紀にはあるらしかった。


「……私さ、留年でもう一回一年生するでしょ? そのとき、どうしよう……」

「俺が進級するから、俺のを使えばいいんじゃないの?」


 勝手に広海が無事二年生を迎えることが出来るようにしているが、仮に広海ともども留年なら今日と同じような配慮をしてもらえばいい。簡単にできる事ではないだろうが。


「……宮形さん、だっけ? あなた、私たちのグループに入れてやってもいいわよ?」


 ……まずいな、カーストトップのグループじゃないかよ……。


 女子のヒエラルキー頂点に君臨している女王が、もう幸紀に判断を下させようとしている。他のグループに入る前に囲んでしまえと言う、先手必勝戦法だ。


 並みの女子ならば、見たことのないオーラと圧倒的戦力差に絶望して屈してしまうのだが、幸紀は茎が丈夫で踏まれても折れにくい。広海との会話を優先して、誘いを跳ね付けてしまいそうである。


「さ……」

「春日谷くんと話してるところなので、割り込まないでくれますか?」


 女王様相手にこうも受け答えできるのは、彼女くらいではなかろうか。


 出鼻をくじかれたカーストトップの権力振りかざし集団は、悪態をついて本部へと戻っていった。


 ……目を付けられたら、厄介だぞー……。


 平穏に高校生活を楽しんでほしい、それが広海の思いであったのだが、復学初日でその夢は断たれてしまった。


 あの集団から集中攻撃されて、中立を保てた生徒は存在しないのだ。四月に委員長気取りの真面目女子がいたのだが、怒涛の追撃で芽を潰されてしまった。今や、校則を捻じ曲げる係と成り下がってしまっている。


 ……それでも、あんな高圧的なだけのヤツに幸紀が頭を下げるとも思えないし……。


 本当に、どうしようもない問題である。


「……土曜日と、火曜日と、木曜日がアルバイト。火曜日と木曜日は午前中で帰らないといけないから、……できれば授業内容を教えて欲しいな……」

「もちろん、幸紀が望むまでみっちりと千本ノックしてやるぞ?」

「百本で十分だよ!」


 幸紀は、求人雑誌から自分でアルバイトを申し込んだ。広海が学校をサボって応援に来てしまうという理由で、どこで働くことになったのかは知らされていない。


 ……この俺が、勉強を人に教える日が来るとは……。


 教師を目指しているわけでも勉強が出来るわけでもない広海が、まさか授業をする側に立つと誰が想像しただろうか。恐らくは教科書頼みになってしまうだろうが、それでいいのならミニ塾を開講する。もちろん、幸紀のために。


「今日の放課後、下駄箱で待ち合わせね?」

「人の流れで迷子になるなよ?」


 ここの生徒数はまあまあの数がいるのだが、下駄箱の狭い事といったらありゃしない。学年別で計画的に下校するようきつく言われているのだが、この高校の生徒が守るはずも無くごった返す。


「……いやー、私が……、高校に通えるなんて……」


 これまでの道のりは、果てしなく険しかった。地下の空洞で道路が陥没したり、大地震で突如平地から山脈が出現したりと、それらはもう理不尽としか言いようが無かった。


 幸紀に高校へ通って欲しいと直接的に行動したのは広海だが、それまでの九か月もの間生きる希望を失わずにもがき続けた彼女がいたことも大いに貢献している。


 彼女が今この位置に立っているのは、彼女自身が勝ち取ったからなのだ。


「気持ちに浸るのもいいけど、そろそろ授業始まるぞ?」


 広海は、机を隙間なくくっつけた。


「……高校って、男女がペアになって受けるの?」

「そんなわけないだろ」


 根本的に間違っている。教室を見渡しても、男女ペアで座席が組まれているところなど数えるほどしかない。


 天然では無いのだが、時折天然っぽさが出てきてしまうのは長所か短所か。人の見方によるだろう。


「……それじゃあ、広海が……」

「口を閉じなさい。教科書を見せるからに決まってるだろ……」


 先ほど説明したことを忘れる悪い子ちゃんになってしまった。これ以上とやかく言っても、ノーダメージでかわされるだけなのでやめておく。


「……部活のことなんだけど、どうやって入ったらいいの?」


 入学してからしばらくすると、入部届なる紙が一人一枚配られる。見学や体験を経て入部したい部活動をボールペンで書き、それを担任に提出すればおしまいだ。


 しかしこれは、あくまで新入生用のもの。転入生や中途入部は、職員室まで紙を取りに行く必要がある。


 ……ソフトテニスは……、比較的平和だったかな……?


 消去法で入部する生徒が多いテニス部であるが、今年に関しては非常に部員が少なく、男女合同で行っている。治安も他部活と比較して相対的に良かったはずだ。


「……職員室まで行ったら分かる」


 不適切な回答だが、幸紀ならば言わずとも描く通りに行動してくれることだろう。


「……広海は……」


『キーンコーンカーンコーン……』


 幸紀の質問は、一限目開始のチャイムにシャットダウンされた。


 このチャイムを聞くと浮かない気分になるものだが、今日ほど鳴ってほしくないと思ったことがあっただろうか。幸紀との雑談を止めてほしくないと思ったことがあっただろうか。


 ……休み時間になれば、またいつものように話せるのに。


 ああ、授業が終わるのが待ちきれない。

※毎日二話連載です。内部進行完結済みです。


『面白い』、『続きが読みたい』などと感じた方、ブックマーク、評価、いいねをよろしくお願いします!(モチベーションが大幅に上がります)


また、よろしければ感想も書いてくださると嬉しいです!


※本日二回目の投稿分は後ほど。

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