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東方 輪廻譚  作者: 時久
1/1

前兆

ー 3月28日 寅の刻と卯の刻の間

眠りの静寂を破ったのは耳を劈くような鐘の音だった。白狼天狗の哨戒班が緊急事態を告げる音だと射命丸文は微睡の中で気が付いた。外が騒がしくなる。寅の刻(午前3時)か卯の刻(午前4時)だろう。窓から差し込むいまだ朱色に照らされぬ暮色と、行きかう提灯の光が窓ガラス越しに文の顔を照らした。

身をよじらせ布団から出て窓を開ける。春の到来はいまだ感じられぬ冷気が肌を刺し、けたたましく鳴り響く鐘の音が耳朶を脅かした。

天狗の里は喧噪の最中にあった。二階から見下ろすと、射命丸と同様に鐘によって叩き起こされた天狗たちが驚愕の声を上げ、北方の夜空を指さしていた。

文は彼らと同様に北方の空へ目を向けた。その時、それまで微睡の最中にあった射命丸の意識は無遠慮に現実へと引き戻された。北方の夜空には目を見張るほどに美しく雄大に揺蕩う七色の光彩がまるで川のように揺らめいていたのだ。

光彩は赤から緑、あるいは紫から紅へと色を変えながら夜空を遊泳していた。

「天女だ!」

誰かがそう叫んだ。

射命丸は我に返り、窓から身をひるがえし、箪笥をこじ開け、強引に黒色のソックスを取り出し、ハンガーにかけられた純白のブラウスと黒色のスカートを着衣し、机に置いてあったカメラを手に取り身支度を整えた。そして、沓脱の几帳面に揃えられたショートブーツを履き、外へ飛び出した。光彩はまるで、夜空の星々を奏でる楽譜のようである。

射命丸は闇夜に似た漆黒の翼を広げ飛び立った。


「さっむ・・・」

わずかに白み始めた夜空で射命丸は身を震わせた。西側の空には月が煌々と照っている。雲ひとつ無い夜空だ。

せめてコートを羽織ってくるべきだった。と白い息を吐きながら悪態をついた。

星空に目を向けると、歪曲を描いた北斗七星が輝いている。そしてその向こうの地平線上では、七色の光彩が煌々と輝き、揺らめいて、波を立たせうねりを帯びていた。

「きれい・・・」

射命丸は感嘆の声を漏らした。これまで悠久の時を過ごしてきたが、これほどまでに美しい情景は未だかつて見たことがなかった。春の冥界の桜。夏の太陽の花園。秋の紅葉。冬の雪景色・・・そのどれもが霞んで見えるほどの絶景に射命丸は眩暈を起こした。

「あや?」

ふと地上へ目を向けると、すでにいくつかの人間の住まう里や集落を越え、無名の丘を眼下に見ていた。

しかし、光彩までは未だ遠く、むしろ距離が全く変わっておらず、近づいてさえいないように思えた。

「幻想郷ってこんなに広かったっけ?」

そう言った瞬間だった。光彩の光が段々と薄く、消えかけていることに気がつた。

「あっ!ちょっと待って!」

射命丸首にかけられたカメラを手に取り、光彩に向けてシャッターボタンを押した。このカメラは河童お手製の特注品で夜間でも鮮明に撮影できる優れモノである。

撮影後、すぐさま保存された画像を確認する。しかし、そこには、光彩は写っておらず、ただ夜空の星々が燦然と輝いているだけだった。

「え・・・?なんで?」

レンズの不調かと思い、確認するがこれといった損壊は確認できない。前方へ目を向けるとそこには、徐々に消えつつあるが、光彩は射命丸の肉眼ではっきりと視認できた。

もう一度、カメラを光彩へと向ける。ファインダー越しに確かに光彩が見える。シャッターボタンを押す。一度、二度、三度、四度・・・

何度目かの撮影で射命丸が顔を上げると、そこには光彩の形は無く、完全に消失していた。

画像を確認する。一枚目、二枚目、三枚目、四枚目・・・

全ての画像を確認したが、そこには、ただ、静寂な星空があるだけであった。

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