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「焼きそば」に関する中島らも氏への異論

作者: Pハリー

夢中で読む本が無くなって久しい。

 いつ死ぬかわからないので、なにげなく見てきたものや自分が通り過ぎてきた「時代」というものを

もう一度「ちゃんと」知りたくて、調べたり学んだりしておりそれはそれで楽しい。

 しかし、フィクションには食指があまり動かなくなって今まで読んできた本を繰り返し読むぐらいになってしまった。

中島らも氏の小説やエッセイは何度繰り返し読んだことであろう。

書かれている文章はその文体と相まってちょうど長く着古したTシャツのように心地よい。

が、ときおり「ん?」と引っかかる事がある。

例えば「焼きそば」

氏は若い頃に神戸を徘徊した経験から「中国人がやっているちゃんとした中華料理屋」での焼きそばを

「是」とし、それ以外の焼きそばを「なんと貧しいことか」と切って捨てる。

これは2022年6月末日の時点でネットを少し騒がせた「サイゼリア男」と何ら変わらない。

この「サイゼリア男」なる人物はツイッターにおいて

「サイゼリアで満足する人種の味覚はなんと貧しいことか」と書き込んで炎上した男のことである。

まともな人間は歯牙にもかけない事象であり、このサイゼリア男の愚かさは多くの人間が認めることであるのでここでは深く触れない。

らも氏が言うところの「ちゃんとした中華料理としての焼きそば」は柔らかい麺(もしくは揚げた麺)に五目あんかけがかかっているものを指す。

そんなものは俺の子供時代から普通の町中華の店でも出しており、よく食べた。

並列的にこの世には「ソース焼きそば」「しょうゆ焼きそば」「塩焼きそば」等々いろんなバージョンが存在し、それぞれは全く異なる食べ物である事は周知の事実である。

そしてここが声を大にして言いたいところなのだが、それが如何なる食べ物でも美味い不味いが存在し

その値段との相対価値において評価されるべし、というのが個人的尺度というものである。

ちなみに、らも氏は神戸では実に多くの中華料理店が中国人が営んでおり実に美味い、と書いておられるが、俺は忘れもしない10年ほど前に嫁のステファニー(日本人)を伴いルミナリエなるイベントを観に神戸を訪れた際に、「中国人が営むちゃんとした中華料理店」にて食事をしたことがある。

数皿頼んだのだが、料理が出てくるのが異様に遅い(一時間近くかかった、そう混んではいなかったが)うえにはっきり言ってそう美味くもない挙句一万円近く請求された。

「味」というものは極めて「個人的」なものである。

ある人にとって美味しいものが他の人にとって美味しいとは限らない。

ましてやネットにおける店の評価やランキングは、あくまでひとつの参考にとどまるのは言うまでもない。?????という痛い経験を何度したことか。

らも氏のエッセイには関西人における東京の「黒い汁の麺類」問題もときおり書かれるが、俺は東京に行くつど「富士そば」を楽しみにするし、ごま油で揚げる黒い天ぷらも結構好きだ。

要は「俺はこれが好き」と表明するのは良いけれど他者がどうかという領域に口出しすることに関しては配慮や想像力や寛容さが必要とされるよね、という話をしたかったのかなぁ、俺は。

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