6.魔法とドラゴンの国
森を抜け、広大な自然が眺める崖の上へ。
気持ち良い風を浴びながら、澄んだ空気を大きく吸って吐き出す。
「すぅーはぁー……それで? 結局これからどうするの? 私と一緒に帝国の追手から逃げ続ける? アレクが味方してくれるのは心強いけど、きっと今まで以上にしつこくなるよ?」
「でしょうね。実を言うと僕以外にも先生を追う部隊はあったんです。他に先を越されないかヒヤヒヤしていました」
「そっか。そういえば今日まではアレク以外の部隊が追いかけてきてたわね」
我ながらこの数年、よく逃げ切ったものだ。
酷い時は三日三晩追われ続けて、寝る暇もないほど慌ただしい毎日を送っていて。
決して弱い相手ばかりじゃなかった。
下手に傷つけたら今より追手が増えると思ったから、やり過ぎないようにセーブして、戦うことよりも逃げることを優先してきた。
今から思えば、もっと強く追い返すべきだったのかもしれないな。
反省しよう。
今日からは私一人じゃないんだから。
「そろそろ行きましょう。彼らも直に動けるようになります」
「ええ。って待って、どこに行くの?」
出発しようとした彼を呼び止める。
最初に質問した答えは、未だ聞けていなかった。
これからどうするのか。
私の逃避行に彼が加わるだけなのか、あるいは別の方法があるのか。
立ち止まった彼は自信を匂わせる表情で答える。
「魔法とドラゴンの国、アフタリアですよ」
◇◇◇
アフタリア王国。
その誕生は、世界でも唯一と言えるだろう。
始まりは二千年ほど昔。
一人の魔女と、一匹のドラゴンが出会ったことをきっかけに、かの国は誕生した。
「世界でただ一つ、魔女が作った国……アフタリア王国かぁ」
「同じ魔女の先生なら、アフタリアにも訪れたことがあるんじゃないですか?」
「ううん、名前だけは知っているけど、実際に行ったことはないわ。私が生まれた時にはもう、あの国に魔女はいなかったみたいだし」
誕生から二千年経過した現在、アフタリアを統治しているのは魔女ではなく、その末裔だ。
今の王族は魔女の血を引いているらしい。
とは言え、その血も長い年月で薄れているから、魔女らしさは残っていないとか。
私とは直接関係もなかったし、関わる機会も生まれなかった。
宮廷魔法使いとして働いていた期間も含めて。
「そんな所に行って大丈夫なの? 確かにあそこは魔女狩り令にも従ってない珍しい国だけど、私は世界中に指名手配されてるし……」
数年逃げ続けている中で、私の名前は世界中に広まった。
もちろん謂れもない罪とセットで。
「さすがに追い出されちゃわない?」
「大丈夫ですよ。もう事前に話はついているので」
「え? 事前に?」
「ええ」
自信満々な表情でアレクは頷いた。
驚きと疑問を同時に感じる。
私でも行ったことのない国、交流のない場所なのに。
「話をつけたって、誰に?」
「それはもちろん、アフタリア王国を統べる者ですよ」
「そ、それってまさか……国王に?」
「はい。まぁ正確に言えば、最初にコンタクトを取ったのは国王ではなく王女のほうですが。彼女は少々読めない性格ですが、魔女に対しても理解のある人物でして……先生聞いてますか?」
あまりに驚きすぎて、言葉を失っていた私。
彼にトントンと肩を叩かれたお陰で現実に引き戻される。
「はっ! え、ええ聞いてるわ。で、でもどうやってつながったの? 場所は大陸の反対側だし、接点なんてなかったでしょ?」
「それはまぁ、頑張ったんです」
「頑張ったって……」
「先生と合流した後、行く宛がないんじゃ困りますからね。せめて少しでも安心できる場所を見つけたかったんです。幸い僕は先生から魔法を教わっていましたし、他の者たちに気付かれず探すくらいは出来ましたよ」
彼はそんな調子で淡々と教えてくれた。
さっき言葉を失ったばかりだけど、改めて彼が歩んできた道のりの壮大さを痛感する。
私が逃げ回っている間、彼も奮闘していたんだ。
魔法使いとしての力を付けながら、私を探して、私を守るための準備を入念にしてくれていた。
「本当……大きくなったわね」
「このくらいで褒められても困りますよ。僕の成長はこれからたっぷり見ていてください。きっと驚きますから」
「今より驚いたらきっと倒れちゃうわ」
「その時は僕が抱きかかえて運びますよ。あの頃は子供だったので無理でしたけど、今は先生よりずっと大きくなりましたから。力も強いですよ」
そう言ってあざとく力こぶを見せるアレク。
少しおかしくて笑ってしまった。
身体もたくましく成長しているのに、言動は時折子供みたいに聞こえて。
なんだか昔を思い出す。
宮廷魔法使いとして働き、子供だった彼に指導していたあの頃を。
「さて、行先も共有できましたし、そろそろ本格的に急ぎましょうか」
私たちは街道を歩いていた。
彼はそう言ってピタリと止まり、指をさして目的地を示す。
方角というより、方向を。
彼が指を刺したのは雲が穏やかに流れる青空だった。
「ここから王国までは遠いですからね。歩いていくのは骨が折れる。だから僕らは、僕ららしく行きましょう」
「ふふっ、そうね。私たちらしく」
私は魔女、彼は魔女の弟子。
長所は言わずもがな魔法なんだ。
歩いていくより、空を飛んでしまえと。
「風よ」
「大気よ」
「「我が身を包み運びたまえ」」
私たちは重ねて詠唱を始める。
これくらいの魔法なら、詠唱を唱えなくても発動できるけど。
今はお互いに、あえて唱えたい気分だった。
「「――【微風羽靴】」」
同じタイミングで飛び上がる。
風を纏い、味方につけて、大空を舞う。
「魔力の制御も上手くなったね」
「まだまだですよ。先生はもっとすごいです」
「そうかな? アレクにそう思い続けてもらえるように頑張らないとね」
私たちは空を飛ぶ。
当たり前のように、穏やかに会話しながら。
目指すは大陸の東の果て。
魔法とドラゴンの国アフタリア。
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