3.さよならは突然
「魔女リザリー! お前には国家反逆罪の嫌疑がかけられている!」
「事実無根です陛下! 私は反逆など企てておりません!」
殿下の誘いを断った翌日のことだった。
普段通り仕事を始めようとした私の元へ、騎士たち複数名が押しかけて来たんだ。
突然のことで驚いている私に、騎士の一人が陛下と同じセリフを言い放った。
もちろんそんなことを企ててはいない。
弁明するためにあえて拘束を受け入れ、大人しく陛下の前に連行されたわけだが……
「お聞きください陛下! 私が反逆など考えるはずもありません! 今日まで三百年もの間、この国に仕えてきた私が、どうしてそんなことを考えられるでしょう?」
「私とてそう思っていた。信じておった……裏切られ痛恨の極みだ」
「陛下! 私がそのようなことを考えている根拠などありません」
「根拠ならあるとも。フレールが教えてくれたのだ」
陛下の言葉に驚き目を見開く。
しかし同時に、納得した自分もいる。
心当たりはそれしかなかった。
昨日、私が彼の誘いを断ったことが原因なのだろう。
だとしてもなぜ?
私は殿下の考えこそ否定したけど、敵対するつもりなんてないし示してもいないのに。
「ならばフレール殿下にお話をさせて頂けませんか?」
「ならん! フレールは酷く怯えておった。昨夜お前に国を乗っ取ろうと脅されたと」
「なっ……それは殿下のほうから提案されたのです! 私はそれを否定して」
途中まで話して、しまったと思った。
私としたことが少し感情的になって、言葉の選択を誤った。
息子の言葉と私の言葉、果たしてどちらを信じるのか。
そんなことは考えるだけ無駄だろう。
「ふざけるな! フレールが私に反逆を企てたとでもいうのか! この期に及んでフレールに責任をおしつけようとは……何と卑劣な魔女め」
「違います陛下! 私はただ――」
「もはやお前の意見など聞く必要もない。忌々しい魔女よ、国家反逆罪で死刑に処す!」
「死刑?」
死刑……殺される?
そんな……どうして?
私は三百年もずっとこの国を支えて来たのに。
彼との約束を守ってきたのに。
そんな私の言葉も聞いてもらえなくて、罪もないのに殺されるっていうの?
「その女を処刑場へ連れて行け。魔封じの錠をしておるのだ。いくら魔女といえど魔法さえ使えなければただの女にすぎん」
「はっ!」
「立て魔女!」
「……」
私がしてきたことは何だったの?
帝都を守る結界の維持だって、私を軸に構築されている。
国中で使われている魔導具の数々も、私が考案し作り上げた物がほとんどだ。
この国の生活は、私が時間をかけて積み上げてきた物たちで支えられているのに。
「おい聞いているのか! いいから立て!」
「……」
「無視するとは……もう良い。無理やり連れて行くぞ!」
騎士の手が私に伸び、紫色の髪に触れかける。
嫌だ。
殺されるなんて……絶対に嫌だ。
「触らないで!」
「なっ」
「こ、これは!?」
瞬間的に込み上げてきたのは怒りだった。
帝王に対しての怒り、その言葉を信じて従う騎士たちへの怒り、そして……
フレール殿下、私を陥れた幼い策略家に対する怒りだ。
「ば、馬鹿な! 手錠が?」
「……私は魔女です。こんな手錠程度で魔法を封じられると思わないでください」
「くっ、その者を捕らえよ! 場合によってはこの場で処刑しても構わん」
「捕まるものですか!」
こんなふざけた理由で捕まるものか。
殺されてなるものか。
襲い掛かってくる複数の騎士たち。
彼らの中には剣技だけでなく、魔法に精通している者も多い。
生き残ることが目的なら、下手に戦う必要はない。
そう判断した私は、即座に転移の魔法を発動させる。
「【空間転移】!」
「き、消えた?」
「転移魔法か。あたりを探せ! まだそう遠くへは行っていないはずだ!」
◇◇◇
空間転移に成功した私は、自室に戻ってきていた。
転移先を自由に選べるのは、私を中心にした一定領域内だけだ。
自室で必要なものだけ回収して、すぐに王城の外へ行くつもりで急ぐ。
するとそこに、ガチャリと扉が開く音が聞こえる。
私が警戒しながら振り向くと、扉の前に立っていたのは意外な人物だった。
「フレール……殿下」
「こんにちは魔女リザリー、どうやら自力で逃げのびたようだね。さすが魔女だ」
「……なんのつもり? 護衛も連れずに私の前に現れるなんて」
「必要ないよ。だってここへはお別れを言いに来ただけだからね」
フレール殿下は落ち着いていた。
穏やかな表情で語るその姿は、一種の狂気に満ちている。
「一人で来て、報復されるとは思わないの?」
「したければすると良いよ。でもそうした所で未来は変わらない。私を殺せばより反感を買うだけだよ」
「……」
そう、だから私も動けない。
感情的に、怒りに任せて彼を襲えば、今以上の罪を背負うことになる。
いくら私でも、大国を一人で相手に出来るなんて思いあがっていないんだ。
今の私に残された選択肢は、彼らから逃げ延びて隠れ住み、代が変わるまで待つことくらい。
荷物を集め終えた私は、彼に警戒しながら後ずさる。
「おや? もう行ってしまうんだね。それじゃさようなら、二度と会うことはないだろうね」
「ええ、そうね」
確かに二度と会うことはないでしょう。
「最後に一つ聞かせてもらえる? どうして私を嵌めたの?」
「そんなの決まっているよ。魔女はとっても強力な存在だ。味方になれば心強いけど、そうでないなら危険なだけだ。私の思想に頷かなかった時点で、貴女はただの障害なんだよ」
「……そう。そんなことだろうと思ったわ」
聞くまでもない質問だった。
彼は最初から最後まで、子供みたいで子供らしくない。
素直で可愛いアレクとは正反対だ。
「さようなら」
「ええ、さようなら。せめて生き延びられると良いですね」
「……悪いけど、今のは殿下に向けてじゃないわ」
ごめんなさいアレク。
先生はもう、この国にはいられないみたい。
最後まで成長を見守れなくて残念だけど、貴方なら誰よりも立派な魔法使いになれる。
アレクはどうかその力を、正しく使ってね。
「【空間転移】」
こうして、私は帝国を去った。
多くの遺産と、後悔を残しながら。
それから十年後――