22.帝都強襲
ソルシエール帝国の王城
同敷地内にある王宮の執務室には、テーブルに積まれた資料に目を通すフレールの姿があった。
その傍らには三人の魔女の一人であり、彼の秘書を務める青い髪の女性の姿がある。
「アクア。この資料もまとめておいてくれるかい?」
「かしこまりました。本日中にしておきます」
「ありがとう。君が補佐してくれるお陰で仕事の効率があがったよ」
「勿体ないお言葉です」
にこやかに彼女を褒めるフレール。
アクアは冷静そうな表情をしているが、内心は喜んでいた。
すると、そんな彼女を羨ましそうに見る二人が。
「ずっるーいアクア! また自分だけ点数稼ぎ?」
子供みたいに拗ねているのは、同じく三魔女の一人イエロ。
言動に似て少年チックな顔立ちや小柄な体系の少女で、黄色く短い髪が特徴的である。
「あたしらだって頑張ってるのにぃ! あたしのことも褒めてよフレール様ぁ」
「こらイエロ。あまり我儘を言ってはいけませんよ?」
「えぇ~ クインだって褒められたいでしょ~」
そんな彼女を勇めるのは、カールがかった桃色の髪にお淑やかな口調。
三魔女の一人クイン。
三人の中で一番の年長者で、二百年以上生きる魔女。
お姉さん的なポジションの彼女は、駄々を捏ねるアクアを慰める。
「フレール様はちゃんと見てくださっているわ。私たちの中で誰か一人を贔屓したりしないわよ」
「うぅ~ あたしは一番が良いのにぃ」
「もうこの子ったら」
「二人とも陛下の前です。もう少しお静かに」
「はははっ、賑やかなのは悪くないさ」
三人を見てフレールは気の抜けた笑顔を見せる。
本心を見せない作り笑顔は今も健在。
この笑顔にどれだけの人たちが欺かれてきたことだろう。
もっとも、この場にいる三人に限っては、彼の本性を知った上で共にいるのだが。
「はーあ。なんか面白いこと起きないかなー」
「退屈なら書類仕事が残っているわよ」
「えぇ~ それはやだよ~ あたしは戦いが好きなんだもん。誰でもいいから攻めて来たりしないかな~」
「ふふっ、残念ですがありえませんわ。もし仮に帝国に攻め入る者がいれば、世間知らずの大バカ者以外ありえません」
断言するクイン。
イエロはそうだよねとため息をつく。
世界最大の国家となった帝国、その本拠地の帝都。
三魔女が共にいること知らずとも、敵対しようなんて考え自体が浮かばない。
ただしそれは、人間の常識で図るなら。
彼女たちは知る。
遥か彼方で目覚めた太古の存在の魔力を感じ取る。
「「「――!?」」」
「ん? どうしたお前たち」
「な、なんだこの魔力は?」
「めちゃくちゃ遠いのに、凄まじさがここまで伝わってくるよ」
「ありえませんわ。私たちを遥かに超える魔力なんて……」
驚愕する三人に対し、フレールは依然気付かない。
彼もリザリ―から魔法を学んだ教え子だが、その実力は十年前から成長していなかった。
残念ながら彼には、同じ元教え子のアレクシスほどの才能がなかったのだ。
聡明な彼は早々に気付き、自分ではなく他者の力を利用する方法に転換した。
その結果、三人の魔女を従えている。
魔法使いならば魔力を感知する能力は必須。
しかし実力によって差が生まれ、大小問わず離れた場所での魔力は感知しにくい。
それが可能なのは一部の才ある人間と、魔女のみ。
故に彼は未だ気付けない。
遠方の偉大なる存在の気配に。
だが、そんな彼でも――
「――な、この魔力は!?」
はるか遠くではなく、視界に入る近位ならば感知できる。
フレールは膨大な魔力の出現を感知した。
否、彼だけに留まらない。
帝都中の人々が、魔法に精通していない一般人ですらも、その存在に気付かされた。
「気配が近くに?」
「ちょ、嘘でしょ? 一瞬でここまで移動してきた!?」
「そのようですね。おそらく転移魔法ですが、結界をすり抜けるなんて」
「何をしているお前たち! すぐに外へ向かうぞ!」
焦りを感じさせるフレールの指示に従い、三人は共に執務室を飛び出す。
気配の位置は明らか。
帝国の上空に出現した何者かが、圧倒的かつ強烈な魔力を放っている。
この日、この瞬間、誰もが天を仰ぎ見ていた。
フレールたちは王城へかけ、最も高い部屋のベランダへ向かう。
そして、彼らは視界にとらえた。
「なんだ? あれが気配の主か?」
と同時に驚愕した。
絶望を感じる程巨大な魔力を放ちながら、微かにしか視界に映らない。
脳内に浮かぶイメージの巨大さとのズレに困惑し、うっすらと見える少女の姿に驚きを隠せない。
「ただの少女じゃないか。あんな小さな子供がこれだけの魔力を持っているというのか?」
「見間違いではありません陛下。あの者が間違いなく魔力の主です」
「あたしよりちっさいのに……なんて魔力」
「見ているだけで息苦しくなりますわね」
普段から強気の三魔女が怯えている。
それに気づいたフレールは静かに息を飲む。
流れ落ちる額の汗が地面を濡らした時、少女は口を開く。
「聞くが良い人間ども! ワシの名はフィアンマ! 赤を背負いし誇り高きドラゴンじゃ!」
「ドラゴン……」
「嘘でしょ? あれが?」
「にわかに信じ難いですね。ですが……」
「……ドラゴンだと?」
その名に目を疑う者も多い。
しかし信じずにはいられない。
彼女の放つ魔力が、存在感が、それ以外の可能性を否定する。