14.歓迎の声
正面の大扉。
漏れ出る魔力とは別に、扉自体にも魔力が流れている。
姫様の話を聞く限り、押しても引いてもこの扉は開かなかったそうだ。
「魔力が流れている所を見ると、何かしらの条件で開くのでしょうか?」
「そうだと思うよ。下手にこじ開けたり、破壊しようとするとかえって逆効果かな」
私は扉に軽く触れ、魔力の流れと魔法式の有無を確かめる。
破壊するべきじゃない考えはどうやら正しい。
この扉には、攻撃を反射する魔法が付与されている。
もしも強力な魔法でも放っていたなら、そのまま私たちに返ってきていただろう。
それに……
「なるほどね」
「わかったんですか?」
「ええ。思ったよりも単純な仕掛けだったわ。アレクも触れてみればわかるはずよ。魔力の流れを感じ取ってみて」
「はい」
素直に返事をしたアレクは、私と同じように扉に触れる。
そして目を瞑り、魔力の流れを感知する。
数秒の間を経て、彼は閉じていた目を開ける。
「扉の外から内側へ魔力が流れている? 左右の扉から流れる魔力が互いの接触面に集まって、引き寄せ合っている?」
「正解!」
いわゆる磁石の性質に近い。
左右の扉には激流のように魔力が流れていて、どちらも外側から中央に向っている。
魔力同士が引き寄せ合い、中央でがっちり腕を組んでいるイメージで。
魔法というには原始的な方法で、扉に鍵をかけているんだ。
その仕組みさえ理解出来れば後は簡単。
「アレクは右の扉をお願い」
「わかりました」
私は左の扉に触れる。
魔力の流れが鍵をかけているなら、その流れを変えてやれば良い。
この扉は外から内へ魔力が流れていた。
ならば逆に、内から外へ魔力が流れるように、私たちの魔力で押し返す。
「いくよ」
「はい!」
掛け声を合図に、扉に向って魔力を放出する。
単に流れを変えれば良いと言ったものの、簡単にやれるわけじゃない。
元の流れに逆らえるだけの魔力量と制御が必要になる。
もっとも、私とアレクにとっては無関係だが。
ギゴゴゴゴゴゴ――
鉄と石が擦れる音を立てながら、左右の扉が内向きに開いていく。
一度でも流れを変えられたら、あとは勝手に動いてくれるみたいだ。
開き始めて手を離しても、扉は自分で最後まで開く。
扉の先はまっすぐな一本道になっていた。
開ききった直後、暗かった道にはひとりでにランタンが燃える。
ランタンの炎は青く揺らぎ、道を不気味に照らす。
「行きましょうか? 先生」
「ええ」
私とアレクは互いに顔を見合わせ、こくりと頷いて一歩を踏み出す。
慎重に周囲を警戒しながら、普段よりゆっくりペースで。
「罠の気配はありませんね」
「そうみたいだね。でも油断しないで。アレクも感じるでしょ?」
「はい。扉だけじゃないんですね」
「ええ」
壁や天井、床に至るまで、等しく魔力が流れている。
奥から感じる魔力と同質。
この大迷宮そのものが生きているかのように、一つの魔力が行きわたっているようだ。
ただし魔法式の類は感知できない。
私が想像していた迷宮は、中に魔物が住みついていて常に戦い続けるイメージだったけど、それに反してとても静かだ。
青い照明も相まって、緊張感と落ち着きを保てる。
しばらく進むと、再び大きな扉に行き当たった。
「また扉ですね。同じ仕掛けでしょうか?」
「さぁね。触れてみればわかると思うよ」
軽く言いながらも慎重に、罠にも注意しつつ扉に触れる。
触れた直後、扉は勝手に動き出す。
ただ触れただけで押してもいないのに。
「開いた?」
「先生、先が見えましたよ」
「ここは……?」
扉の先に広がっていたのは、地下には不釣り合いな巨大空間。
大理石のタイルのような四角いマスが合わさり、天井、床、壁を構成している。
一面真っ白で眩いくらいだ。
明かりの類は見当たらないけど、真っ白い所為で明るさには困らない。
「広いですね……地下にこんな部屋を作るなんて」
「部屋だけじゃないよ」
「というと?」
「アレクは気づかない? この部屋の高さなら、一部は地上に出ているはずだよ」
私たちは階段を下っていた。
正確に段数を数えたわけじゃないし、高さも測っていない。
しかし測らずとも明確に、私たちが降りた高さを越えていることはわかる。
それほどの空間が、目の前に広がっている。
そう、空間だ。
部屋だけじゃなくて、空間そのものを構築している。
「だとしたら恐ろしいですね。これだけの空間を維持するには莫大な量の魔力が必要なはず」
「ええ。ドラゴンの力……なんでしょうね」
「はい。ただ気になるのは、これだけ広い空間に何もないというのが」
アレクの言う通り、巨大空間には何もない。
ぽつりと私たち二人だけが立っている。
魔力の流れは感じるけど、相変わらず罠や敵の姿もなかった。
明らかに不自然過ぎて、状況的には安全なのに、逆に警戒してしまう。
しばらく私たちは一歩も動かず、その場で様子を伺った。
何もなさそう。
と、思った瞬間――
『パッパラパッパッパー!』
「「――!?」」
突然、部屋中に声が響く。
それは高い女の子の声だった。
咄嗟に身構える私とアレク。
「先生、今の声は一体?」
「わからない。けど……」
「――ようこそワシのダンジョンへ! 主らのような勇敢なる挑戦者を待っておったのじゃ!」
ワシのダンジョン……
声は確かにそう言った。
つまりこの声は、ここを造り上げた創造者。
「ドラゴンの声?」