1.魔女の宮廷魔法使い
リハビリも兼ねて連載版開始しました!
魔女――
圧倒的な魔法、無尽蔵な魔力。
美しい女性の姿をもつ彼女たちを、人々は畏れ敬った。
彼女たちは人々の暮らしに寄り添い、時に英知を与え、時に試練を与えた。
故に、人々は魔女をこの世で最も強き者だと認めた。
世界が誕生して数千年。
命は増え、新たな国が生まれ、暮らしは進化していく。
その進化の根本には、魔女たちの協力が不可欠だっただろう。
人々は感謝するべきだ。
もっと敬い、尊び、慈しむべきだ。
幸福な今があるのも、彼女たちの存在があってこそなのだから。
それでも、彼女たちは強すぎた。
強大過ぎた。
姿形は美しい人間の女性であっても、その中身は天と地ほどの差がある。
多少の恐怖を抱いたとしても、誰も責めることなんてできないだろう。
◇◇◇
「先生! 僕、大きくなったら先生みたいな立派な魔法使いになります!」
銀色の髪と瞳の少年。
教え子の一人、今年で十歳になったばかりのアレクシスは、よく私にそう宣言していた。
私はそれをにこやかに聞きながら、彼の頭を撫でる。
「君ならなれるわ、アレク。なんたって最年少で私の教え子になったんだから」
「本当ですか? 僕も先生と同じ魔女になれますか?」
「ふふっ、魔女にはなれないわよ。貴方は男の子でしょ?」
「そう……なんですか……」
ショボンと落ち込むアレク。
可愛らしい悩みを微笑ましく思いながら、私はいつものセリフを口にする。
「魔女にはなれないけど、君はそれ以外の何にだってなれる。立派な魔法使いにも、強くて格好良い魔法騎士にもね? 君は剣も得意だし、きっとたくさんの人から慕われる。帝王様も期待しているわよ」
「魔法騎士……騎士になったら、先生を守れますか?」
「私を?」
思わぬ一言に驚いてしまう。
それは初めて言われた言葉だったから。
「僕は先生みたいな魔法使いになって、先生のことを守ってあげたいんです」
「……」
「先生?」
「あ、ううん、ありがとう。アレクは優しいわね」
子供の無邪気な言葉で、たぶん他意はない。
それでも私には嬉しかった。
魔女である私を守りたいなんて言ってくれる人は、これまで一人もいなかったから。
たとえ相手が子供だとしても、その言葉には活力を貰えた。
「だったら私も頑張らないとね。アレクが立派な魔法使いになるためにも、これからもっと厳しくいくわよ?」
「はいリザリー先生! 僕頑張ります!」
アレクは元気にハッキリと、私の声に応えてくれた。
そんな彼が可愛くて、私は彼の頭を撫でる。
魔法騎士になれるのは十五歳からで、最低でもあと五年はかかる。
私にとって五年なんてあっという間だ。
今からその日が待ち遠しく思う。
「それじゃ、私は行くわね」
「先生? どこに行かれるんですか? 僕も一緒に」
「駄目よ。今から帝王様とお話なの。君はお勉強の時間でしょ?」
「はい……」
私と離れることが嫌なのか、彼はあからさまにしょぼくれてしまう。
子供というのは本当に素直で可愛らしい。
まぁ時折、子供らしくない子供もいるから、彼のような純粋な子ほど可愛く見えるのかもしれない。
彼と別れた後、私は王城の廊下を歩いた。
この廊下も随分見慣れた。
三百年も帝国に仕えていると、何度も代替わりや建て替えもあって、元の景色から変わっている。
それでも同じ廊下だと思えるのは、根本が変わっていないから。
私は魔女だ。
五百年前にこの世に生まれ、三百年前にこの国の王と出会った。
彼はとても優しくて人徳が溢れていて、誰よりも臆病だった。
一国の王としては気が弱くて、他国からも嘗められていたし、国民からも不安がられていた。
真面目な彼は、国民の不安を解消できるように毎日毎晩働いていた。
成果が実らなくても懸命に、直向きに。
そんな彼が心配で、放っておけなくて、手を差し伸べたのが始まり。
あの日以来、私は帝国に仕える魔法使いとなった。
肩書きは『宮廷魔法使い』ということになっていて、魔法や魔導技術の発展に貢献しながら、魔法の才能を持つ者たちの先生をしている。
アレクもその一人で、私の教え子の中で一番の才能の持ち主だ。
三百年の間、多くの生徒を送り出してきたけど、彼ほど魔法の才能に恵まれ、心が綺麗な子供はいなかったな。
長い年月を生きていると、本当にいろいろ感じるものがある。
「それにしても……」
私は廊下の途中にあった大きな鏡、みたいに姿を反射する窓ガラスに目を向ける。
ピカピカに磨かれているからか、綺麗に私の全身が映っていた。
「……身長、伸びないなぁ」
百年くらい前からずっと容姿が変わっていない。
魔女は長命で老化も遅いから、長く若い姿が続くけど、私の場合は少々幼さが残る。
見た目だけなら、人間でいうところの十六歳前後と言った所か。
「はぁ、こんなんだから威厳も何も抱かれないのよね」
今さら嘆いたところで仕方がない。
いつか変わるだろうと諦めて、私は歩みを再開する。
王座の間にたどり着く。
仰々しい扉は何度見てもやり過ぎだと思える。
金ぴかの装飾なんて必要ないのに。
なんて思いながらノックして、入室の許可を得てから扉を開ける。
「お呼びでしょうか? 帝王陛下」
「よく来てくれた。宮廷魔法使い……いや、魔女リザリー殿」
中に入ると、玉座に座った髭の男性が野太い声で私の名前を呼んだ。
彼こそがソルシエール帝国十七代目帝王、ガレス・ソルシエール。
私は彼に呼び出しを受けてやってきた。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「うむ、実は魔女殿にやってもらいたい仕事があるのだが、引き受けてもらえるだろうか? 内容は――」
陛下は淡々と話を進める。
こんな風に遜って用件を言い出すときは、大抵が無理難題だ。
なんとなく予想がついていて、聞いてみれば案の定、魔女の力を頼り切ったお願いだった。
よくあることだし慣れっこだ。
「どうだね? やれそうか?」
「はい。お任せください」
「そうかそうか! さすがは魔女殿だ! 本当に貴女がいてくれた幸運に感謝しなくてはならないな」
幸運……確かにそうかもしれない。
三百年前の出会いも偶然だった。
彼と出会っていなければ、こうして今も国に残って働いているなんてありえなかっただろう。
いやもっと言えば、彼との約束がなければ。
自分がいなくなった後も、この国を支えてほしいという彼の願いを聞き、私は今日もこれからも帝国を支えるつもりでいた。
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