森の奥の小さな家
ミレーヌが初めて出会ったとき、エアは推定二十代前半の成人男性だった。
黒髪に黒の瞳で、藍色のローブを身に着けた魔法使い。
「そんなに泣いてどうした。家族は」
森の奥深く。
梢の向こうに、わずかに日暮れの燃えるような空が見える夕方。
辺りの空気は青く澄みはじめ、木々の間から冷風とともに夜の気配が漂い始めていた。
幼いミレーヌには、エアがどこかから突然現れたように見えた。
そのことを不審がれば良いのか、恐怖すれば良いのかすらわからないまま、「いない」と告げる。
「たしかに、見渡す限りこの辺に人間はお前だけのようだ。なぜ子どもがこんなところまで、ひとりで」
泣きすぎて腫れた目、汚れた頬。くしゃくしゃの髪。着古して擦り切れたワンピースに、シミの付いたエプロン。ぼろぼろの靴。
ろくにしゃべることもできない、みすぼらしい子ども。
エアは言いかけた言葉を飲み込み、ひそやかなため息をついた。
「俺の名前はエアという。子ども、名前はあるか」
聞かれているので、答えなければならないと思ったが、声は出なかった。
エアは、その場でそれ以上何かを無理強いすることもなく、「とりあえずわかった。ついてこい」と一人で何かを了解した。背を向け、歩き出す。
ミレーヌには他にあてがなかったので、ついて行った方が良いのだろうと思った。
足が動かなかった。
エアは数歩進んでから「ん」と声をもらして、振り返る。
「手を……つなげばいいのか? 俺が? いや、そもそも歩けない?」
戸惑っているせいか、悩みが全部口をついて出てしまっていた。
その間、袖口から大きな手がのぞき、躊躇いながら差し出され、引っ込められる。
やがて、引き返してくるとその場に膝をついて背を向けてきた。
「背負う。乗るように」
体の線が出ないローブ姿だったので、それまでよくわからなかったが、大人の広い背中だった。
疲れすぎていたミレーヌは、倒れ込むようにその背に体を投げ出す。すぐに腕を回され、しっかりと支えられた。
エアは立ち上がり、森のさらに深遠へと至る道を歩き出す。
温かくて、骨ばって固くて、大きな背中。
ミレーヌはほどなくしてうとうとと眠りかけた。
ああ、そうか。
寝ている子どもは重いんだな。
そんな呟きが耳をかする。
まぶたが完全に閉じて、暗闇の中に意識は途絶えた。
* * *
森の奥の小さな家。
薬草を扱う魔法使いエアは、材料調達に便利だからと、そこで一人で暮らしているという。
「俺は人間を必要としない。孤独を愛している。薬の材料さえあればそれでいい」
森で見つけたミレーヌを、自分の住み家に連れ帰ったエアは、胸に手を当ててそう言った。
「私も、誰も必要としない。私にははじめから誰もいないし、誰かがいれば水をかけられ、殴られる。誰もいなくて良い」
暖炉の前の絨毯に座り、エアの作ったミートパイを食べ、蜂蜜をたらしたミルクを飲み終えて、ミレーヌはたしかそのような意味のことを口走った。
パキッと小気味良い音をたてて暖炉の中で薪が爆ぜた。
赤々とした炎の光を浴びてエアを見上げると、胸に手を当てたままエアは動きを止めていた。
ミレーヌは、エアから目をそらして、その背後の窓の外を見た。暗い。
(森の中でこの大人の背に身を預けたのは、疲れていたから。他にどうにもならなかったから。食べ物をくれた。働けばいいのだろうか)
「誰かはいたはずだ。人間は人間から生まれる。そういう仕組みだ」
困惑したエアの声。
視線を戻して、言葉を連ねた。
「いない。死んだ。私がまだ赤ちゃんの頃に。育ててくれたひとはいたけれど、家族ではなかった。いつも誰よりもたくさん働けと言われ、食べ物は無かった。そして今日、もうお前の場所は無いと言われて、森に行くように言われた。私にはどうすることもできなかった」
当時ミレーヌは、推定七歳。記憶にあるほどに、理路整然と話せてはいないはず。ただ聞かれたことに答える形で、自分が孤児であること、すでに働き手であること、捨てられたことを伝えた。
エアは考え込んでしまった。
「何人たりとも、『子ども時代』を奪われてはいけない。子どもは子どもとしてきちんと生きなければ。衣食住を脅かされることなく、安心して眠られる夜を。その日一日を過ごすことに怯えなくて済む、健やかな朝の目覚めを」
エアの信念。彼はこのときすでに、ミレーヌをこの小さな家の住人とすることを決めていた。
そして、ミレーヌに告げた。
「この家には、生憎と俺という大人しか暮らしていない。隣家までは山一つ隔てている有様だ。食べるものにも着るものにも困らないようにする。勉強も教える。それでも、幸福で完璧な子ども時代を送るにあたり、どうしても欠けているものがある」
「なに?」
(それ以上に必要なものは、いったい何?)
全然思い付かずに尋ねたミレーヌに向かい、エアは眉をひそめ目を伏せて答えた。
「友だちだ。遺憾ながら俺が兼ねるしかないだろう」
「友だち……?」
いまいちぴんとこない言葉に、ミレーヌは首を傾げて聞き返す。
エアはミレーヌの前に膝をついて向き合い、告げた。
「俺が友だちになる。よろしく、ミレーヌ」
これがその後十年に渡る二人の「友人」関係の始まりだった。
* * *
「森の奥に住むのはたいてい、悪い魔法使いだ。子どもなんぞ見つけたときには、待っていましたとばかりに食べてしまう」
エアはミレーヌを「薬作りの助手」に任命した。
二人で森に分け入り、薬に使える草を摘み、家に帰って薬を作る。エアは時折街に行き、この薬を売って生活しているとのこと。
乾燥させるもの、刻んで煎じるもの、葡萄酒に漬けるもの。手分けして作業をしている間に、エアは様々な話をする。
「悪い魔法使い? 子どもを食べる? エアも?」
それまで聞いたこともない話の数々は、ミレーヌを大いに惑わせた。
器用な指先でフェンネルを束ねていたエアは、軽く眉を持ち上げて「まぁな」と面白そうに笑う。
「往々にして魔法使いは悪者だ。世の中の物語にはたいていそう書かれている。森で会った魔法使いなんて信用してはいけない。……ああそうか、ミレーヌは『本』や『お伽噺』を知らないのか」
身を寄せていた家では、物心ついたときから、その家の子どもたちと扱いが違った。夜寝る前に、暖炉の近くに集まって何か話していたのは知っている。そこに近づくことを許されなかったミレーヌは、内容までは知らない。
二人の間で会話が途絶えた後、エアは考えながら話を再開した。
「たとえば、口減らしのために、森に置き去りにされる兄妹の話がある」
「私みたい。私の場合、ひとりだったけど」
作業台に手の届かないミレーヌは、靴を脱いで椅子に立って作業している。森で草花を摘んできた籠の中身を広げ、種類ごとに分けて並べながらエアに言い返した。
エアはさりげなく手を伸ばしてきて、ミレーヌが同じものと見誤った草をつまんで抜き取り、並べ直しながら、話を続けた。
「嫌な予感がした兄妹は、たとえ置き去りにされても迷わないで帰れるように、目印にするためにパンを道々撒きながら歩いている。しかし、鳥に全部食われてしまう。もはや帰り道がわからぬままさまよい歩いてたどり着いたのは、お菓子でできた家」
「なんですって」
「お菓子だ、お菓子。屋根や壁はビスケットやパイ生地やチョコレートで出来ている。飾りはマジパンやマカロンで華やかに。窓は飴細工で虹色に輝き……」
片目を瞑って、エアはちらりとミレーヌへ視線を向けた。
手を止めて聞き入っていたミレーヌは、目が合うと言い訳するように素早く呟いた。
「とても素敵。きっと甘くて美味しいのね。食べたことがないものばかりだし、見たこともないけど、わかるような気がする。ねえ、パンくずを食べてしまう鳥がいる森の中で、お菓子の家はどうやって守られているの?」
「魔女の魔力かな……。そこまでさまよい歩いてきた兄妹は、思わずお菓子の家にかぶりついてしまって、そこを魔女にとらえられて……」
話しながら、エアの口調が上の空になる。考え事をしているときによくあるのだ。やがて言葉を途切れさせ、話すことも忘れてしまったように動きを止める。
ミレーヌがおとなしく待っていると、ぽつりと言った。
「作ってみるか。お菓子の家」
「作れるの?」
予想外の提案に、ミレーヌは驚いて目を見開く。
エアは柔和な笑みを浮かべて、力強く頷いた。
「もちろん。俺は魔法使いだ。この家をお菓子にすることまではできないが、ミレーヌが食べきれないくらいのお菓子で家を作るなんて、やってやれないことはない」
宣言通り、エアは思い描いたお菓子の家作りに着手。
マカロンがうまく作れなかったり、パイ生地がいまいちサクサクしていなかったり、何回か失敗もした。それはそれで二人で美味しく食べた。
試行錯誤の末に、お菓子の家は完成。
ときには森で迷った兄妹のように、ときには家を破壊する侵略者の巨人のように。
出来上がったそばから、二人で美味しく食べた。食べすぎてお腹が苦しくなるほど。
* * *
「エア、大変。この物語の中で、人食い巨人たちが『子どもの肉で作ったパイ』を食べているの。エア、作れる!?」
文字を習って本が読めるようになると、ミレーヌは物語の中で見つけた気になる食べ物についてエアに持ちかけるようになった。
「子どもの……肉さえ調達できれば……? でも食べたいか、本当に?」
拾われたときより栄養状態は抜群に改善されたミレーヌは、溌剌と健康的に成長しており、数年で身長もしっかり伸びていた。
作業台に向かうときには、もう椅子の上に立つ必要もなくなっており、草の種類を見間違うこともない。
「そうね……。代用するなら何が良いかしら。鶏肉? それとも、兎? 美味しそうだったのよね、パイ。ああ、それを見た主人公の少年は震え上がっているのだけれど。エアは読んだ?」
「読んだ。ロゼッタ国物語の三巻だ」
ミレーヌが話を振ったときから、どの本か見当がついていたに違いない。
本棚にはもとからたくさん本はあったが、ミレーヌのためにエアがどんどん買い足している。あるときそのことに気付いたミレーヌがエアに「無理をさせていないか」と尋ねた。エアは「俺も読むから」ときっぱりと答えた。
嘘ではなく、本棚の本はミレーヌが収めた位置と違うことがよくあった。
話題を振れば、エアはすぐに乗ってくる。
急に話を遮って「ネタバレはやめるように」と言うときは未読らしかった。
そういうときのエアは、年齢不相応に子どもっぽい。それが本来の性格なのか、ミレーヌに合わせているだけなのかは謎であったが。
幸福で完璧な子ども時代のために。
エアは生真面目に、ミレーヌの良き友人であり続けようとしていた。
それで、子どもたちで暮らす森の奥の小さな家は、いつも居心地が良い。
* * *
子どものミレーヌから見て、大人の年齢は正直よくわからない。
ミレーヌはすくすくと成長していたが、出会ったときすでに大人であったエアは、年を経てもそれほど変化しているようには見えなかった。
十年が過ぎた。
二人で薬草を摘み、薬を作り、街に売りに行く生活は変わらない。必要なものを買い込み、一緒に本を選んで家路につく。
「子どもの頃、絵本で見たパンケーキが食べたい」
ミレーヌが言い出すと、エアも「食べたい」と言って夜中でも作り始める。熱いお茶や甘く煮詰めて作った木苺のジャムをたっぷりと用意して、二人で笑いながら食べるだけ食べて眠りにつく。
いつもどおりに気ままに過ごしたその日、ミレーヌは少し油断してしまった。
寒い夜で、暖炉の前に座って話し込んでたせいもある。
いつ寝落ちてしまったかなど、到底覚えてなどいない。
頬に冷ややかな空気を感じて薄く目を開けると、エアの腕の中だった。
(運ばれている)
小さい頃から、何度かあった。
エアは一面ではミレーヌの保護者であって、テーブルマナーを始めとした行儀作法をうるさく躾けられた。
その一方で悪友であり、寒い日の夕食後は、暖炉の前であぐらをかいておやつをつまむことなど日常茶飯事。
二人とも別々に本を読んでいるときは、気がつくとミレーヌが寝落ちていることもよくあった。
朝、ベッドで目を覚ます。エアが運んでくれているらしかった。
そういうとき、同年代の子どものように振る舞っていても、彼は大人の男性なのだと否応なく気づく。
いわゆる「年頃」に差し掛かってから、ミレーヌは細心の注意を払って、エアとの不用意な接触を避けるようにしてきた。
細々とした生活に必要なものは、自分が受け取っているお金で買う。街では別行動もしていた。出会ったひとと話すことももちろんある。
ある日、行きつけの店で「奥さん」と呼びかけられ、ひっくり返りそうになった。
何年間も自分たちの暮らしを見てきた人々は、ミレーヌがエアの養子であって、配偶者ではないことはわかっているはずだと思っていた。
「二人で暮らしているから」「綺麗になったから」
悪びれなく笑って言われて、(これはいけない)と思った。
男性に声をかけられたことも一度や二度ではない。心はぴくりとも動かなかった。迷惑としか感じなかった。エアがいるのに、とほとんど無意識に考えている自分に気付いて(これはいけない)とさらに強く思った。
その頃には、自分にとってのエアが保護者と友だち以外の何かなのではないかと疑うようになっていた。
それはエアにとって受け入れられる感情ではないはず。絶対に隠さねば。
ずっとそう思っていたのに、その晩はミスをしてしまったのだ。
エアの腕の中で、目覚めたことを気づかれないように、目を瞑り続ける。
蝶番の軋む音。床を踏みしめて、歩く足音。ベッドのカバーをまくりあげて、そっと降ろされる。足から片足ずつ靴を抜き取られて、毛布を肩の上まで引きあげられた。
その間、ミレーヌはひたすら寝たふりを続けていた。
エアの乾いた手が、前髪を押しつぶしながら額に触れた。
おやすみ。
低い声が耳をかすった瞬間、押し込め続けてきた感情が溢れ出してしまった。
ドアが閉まる音。足音が遠ざかる。
毛布から両手を出して、両目をおさえた。
感情が高ぶりすぎて、涙が溢れ出してくる。止まらない。
(どうしよう。好きだ)
一生無視し続けようとしてきた感情が歯向かってきて、心臓を傷つける。
胸の痛みは耐え難く、ミレーヌはしばらくひとりで泣いた。
* * *
翌朝、立て続けに三枚の皿を割った。
片付けようとして、台の上にあったマグカップを肘にひっかけて落としかける。
音もなく近寄ってきていたエアが空中で受け止めて、ぼそりと言った。
「今日はもう何もするな」
思いがけないほど近い位置で響いた声に、ミレーヌは「ひっ」と息をのむ。
逃げ腰になり、実際に逃げ出そうとして、何もないところで転んだ。
床に倒れ込むほどに派手にひっくり返ったミレーヌに、エアは「えっ」と声を上げる。
「近寄らないで!!」
助け起こそうとしてくれる気配を感じて、ミレーヌは声を張り上げて牽制した。
すでに腰を落として側にかがみこんでいたエアは「なに……?」とぴんとこない顔のまま呟く。
出会った頃から、あまり変わったようには見えない、見慣れた顔。
意思の強そうな眉。澄んだ黒の瞳。通った鼻筋に、よく笑う唇。
(毎日見ていたのに。意識した途端になんかぜんぶ心臓に悪い)
エアが自分を引き取ったのは、行き場所が無く、自力では行きていけないほど小さな子どもだったから。
ときどき距離が近かったのは、あくまで「友だち」だったからだ。
それらすべてを勘違いして、もっと違う関係になりたいだなんて、望んで良いはずがない。
ミレーヌは危機感から、思いついたことをつい口走ってしまった。
「この家を出て……、どこかで暮らそうかと思っているの。魔法は使えないけど、薬草販売業になった暁には、同業他社としてエアと競合してしまうかもしれない」
「おお? なんの話だ。独立したかったのか?」
言うに事欠いて、開業を宣言してしまった。
エアは素直に困惑していた。確かに、これまでミレーヌからそんな相談をしたことがなかったので、「何を突然」といった疑問は当然だろう。
「独立というか……。ここに暮らしていると、みんなに『奥さん』って言われる……」
「なんだって」
眉を寄せて深刻な表情になってしまったエアを前に、ミレーヌは慌てて言い募った。
「エアも困るよね。まだ若いのに、他人の子どもを育ててばかりで、この先どうするの? 私のこと友だちだなんて言ってくれていたけど、本当はこんなに年齢差がある友だち大変だったよね!? 私こそ気づかないで、ごめんね」
甘えてしまっていた。
エアの人生を食いつぶしていることに気づかぬまま、いつまでも楽しく暮らしていけると信じていた。
(本当に、子どもで……)
無言でミレーヌを見つめていたエアは、ぽつりと呟いた。
「俺は楽しかったよ。いつまでもこの生活が続けばと思っていた。俺は大人だから、大人として生きていたけど。ミレーヌの友だちをしている時間は、子ども時代が少し延長したみたいで、本気で楽しんでいた。嘘じゃないの、わかるよな?」
唇にも目にも、いつもの優しい笑みが浮かんでいる。
それを見ていたら、もうだめだ、とミレーヌは軋むように痛む胸を手でおさえた。
目には涙が盛り上がってきて、嗚咽がもれた。
「もう子どもじゃない」
「そうだった。子ども生活が楽しすぎて、俺もそれを見てみぬふりをしていた。悪かった」
転んだミレーヌを助け起こしたそうに、手がさまよっている。
その手を掴めるものなら掴みたい、と思いながらミレーヌは迷いを断ち切って尋ねた。
「子どもじゃなくても、ここで暮らしていて良い? 今までずっと一緒に暮らしてきたから、これからもうまくやっていけると思う」
「俺はもう保護者は引退だと思う。それでも、まだ友だちという線が残っているなら、ぜひ」
すかさずエアが答える。
見つめ合ったまま、ミレーヌは床に座り直し、膝を両腕で抱え込んでからさらに言った。
「私、エアのこと好き。実はエアが街で女性に興味をもたれているのも、ずっとずっとずーっと前から気付いていた。私が最近『奥さん』って呼ばれるようになったのは、たぶん相手の勘違いだけじゃない。そうさせる何かが私にある。間違いない。……大丈夫?」
遠回しのような。
核心に近づいているような。
エアはくすっと笑ってから、迷っていた手を差し伸べてきた。
「いずれにせよ、俺はミレーヌ以外と暮らすつもりはない。この先の関係は要相談ということも含めて前向きに検討しよう」
ミレーヌがその手を取ろうとした瞬間、不意に出会ったときのエアの言葉が思い出される。
――ああ、そうか。寝ている子どもは重いんだな。
「もう大人なのに、寝落ちして運ばせてごめんね。寝ている子どもよりずっと重いよね」
手を取ることができずに躊躇った。自分はやはり彼の重荷ではないかという思いがよぎる。
そのミレーヌの手を掴み、助け起こしながら、エアは破顔して言った。
「嫌だと思ったことはない。この先何度でも任せてくれて構わない」
ただ、そうだな、と付け足して言った。
もう子どもじゃないというのなら、今後もしよければ一度起こしてみようかな。
それで、朝まで一緒に過ごすのもいいね、と。
ずっと痛んでいたはずの胸を癒やす仄かな甘さに、ミレーヌはエアの顔を見ることもできずに「考えてみます」と答えるにとどめた。
子どもたちは大人になっても、森の奥の小さな家で暮らし続けている。
そこはいつも、いつまでも居心地がとても良い。
★お読み頂きありがとうございます!
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