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6:ミノタウロスの少女②

「ありがとうございました! 怪我はありませんでしたか!?」


「ああ、何とも……」


 あちこち焼け焦げた熊の魔獣の骸を眺めていると、先ほど【炎虎】という高度な攻撃魔法を放ったミノタウロスの魔法使いが慌てて駆け寄ってきた。

 僕は何気なくそちらを振り向いて「何ともないよ」と言いかけ、そのまま固まってしまう。


 …………めちゃくちゃ美人じゃないか!


 ええっ、ちょっ、ちょっと待って。ミノタウロスってこんなだったっけ!?

 いやでも確かに、髪の毛と同じ亜麻色の短い毛に覆われた長い耳がぴょこんと真横に伸びてるし、その上にはちょっと短いけどこれも特徴的な角が生えている。ここだけ見れば間違いなくミノタウロスだ。

 だけどその顔はもう、超のつく美女……いや、美少女か。年齢は僕と大して違わないだろう。透き通るような白い肌に空色の大きな瞳、そしてその整った顔から少しだけ視線を下に向けると…………


 …………ホルスタインかな?


「ああっ、やっぱり切れてるじゃないですか! いくらオーガさんだからって、防具もなしに魔獣の爪を受けるなんて無茶もいいところですよ。こっちも、ほら、こんなに!」


「えっ? いや、あの……えっと……」


 そのホルス…… ミノタウロスの美少女は躊躇なく僕の手を取ると、傷の具合を確かめるようにぺたぺたと触れてくる。

 【金剛】の効果で痛みも出血も抑えられているから気が付かなかったけど、どうやら2、3回ほど魔獣の攻撃を受け損なっていたらしい。でもこの程度の傷なら、あとで【不屈】に切り替えておけば自然に治ってしまうだろう。

 だけど今の僕はもう、それどころじゃない。


 近い。めっちゃ距離が近いよ。手のひらの感触は柔らかくて気持ちいいし、あとなんかすっごくいい匂いがする。そんでもって胸の谷間! ヤバい、見えてる、もうかなりの部分見えちゃってるよ!?


「全部まとめて治しますから、できるだけ力を抜いてじっとしていて下さいね」


「うっ、あ…… うん」


「それでは…………【快癒】」


 もうこれ以上ないってくらい動揺している僕に構わず、彼女はすっと手を伸ばして手のひらを僕の額に当てる。

 そして彼女が魔法発動のトリガーを唱えると同時に、最初は少しひんやりしていたその手のひらがどんどん温かくなり、それが身体中に伝わって行くことで魔獣との戦いで負った傷が綺麗さっぱり消え去った。

 やっぱりこのミノタウロスの美少女は凄腕の魔法使いだ。術者によっては治癒の過程で痛みや違和感を感じたり、治癒後に疲労感があったりするものだけど、それらが一切なかった。

 これまでに治癒魔法は数え切れないくらい掛けられてきたけど、こんなに身体に負担なく早く治ったのは初めてだ。


「どうですか? まだどこか痛みます?」


「あ、うん。もうすっかり治ったみたいだ。ありがとう」


「いいえ、お礼を言うのは私の方ですよ。助けていただいて、ありがとうございました」


 そう言ってミノタウロスの美少女が微笑み、ぺこりとお辞儀をする。

 その笑顔に僕はまた一層ドキドキさせられてしまう。


「ところで、私はヴィルマ。ヴィルマ・ブロワーズと言います。オーガさんのお名前を教えてもらえますか?」


「あ。僕の名前は、功刀(くぬぎ)……」


 そう名乗りかけて、ふと嫌な思いが頭をよぎる。


 この世界に引っ張り込まれてから2年間、パーティーのメンバーも諸国連合軍のお偉いさんや兵士たちも、みんな僕のことを『クヌギ』と呼んでいた。

 僕が最初に『クヌギ・ソウマ』と名乗ったから、そっちがファーストネームだと思われたらしいんだけど、それから何度訂正しようとしてもその呼び方はとうとう変わらなかった。

 今にして思えば、彼らにとって僕の呼び名なんかはどうでもよかったんだろう。そして仲間だと信じていたゲイルたちに裏切られて殺された今では、『クヌギ』と呼ばれることに嫌悪すら感じる。


「オーガさん? やっぱりまだどこか痛いですか?」


 ふと気づくとミノタウロスの美少女、ヴィルマの心配そうな顔がすぐそこにあった。

 また心臓がドクンと跳ね上がる。だから近いってば。……正直言って凄く嬉しいけど。


「いや、なんでもないよ。僕の名前は蒼真(そうま)だ」


「ソーマさん、ですか。ではあらためて、ありがとうございました。ソーマさん」


「……あー、うん。えぇっと……どういたしまして」


 そうしてまたヴィルマは大輪の花が咲いたように微笑み、僕を挙動不審にさせるのだった。



 ◇



 そしてそこから、ヴィルマの質問攻めが始まった。


 どこから来たのか、なぜこんな森の中にいるのか、ここで何をしていたのか。

 それは別にこちらを詰問しているという雰囲気ではなく、単純に不思議がっているだけのようだったけれど、それでもまさか正直に本当のことを答えるわけにもいかない。

 そこで聞き覚えのある適当な魔界の街の名前を答え、そこから旅に出て森に入ったところ、道に迷って出られなくなってしまったのだという事にしておいた。

 その出任せは幸いにもそれほど不自然な設定ではなかったようで、ヴィルマは「えーっ、そんな遠くからですか!」と驚いてはいたものの、一応は信じてもらえたようだ。


「私は、すぐ近くのドラークという街から魔獣討伐に来たんですよ」


 ヴィルマが言うには、彼女の家は代々そのドラークという街を外敵から守る役目をしている家系なんだそうで、今日もさっきの熊の魔獣の出現報告を受けて、それを討伐するためにやってきたらしい。

 ただ本来それは戦士である彼女の父親か弟の仕事であり、彼女は時々その援護という形でついて行くだけだった。ところが今日に限ってその父親も弟も不在にしており、そこでヴィルマがそれならば自分一人でも、という意気込みで飛び出して来てしまったのだと言う。


「それなりに自信もあったんですけど、やっぱり一人じゃダメですね。偶然あそこにソーマさんがいてくれなかったらどうなっていたことか。本当に助かりました」


「いや、ヴィルマはあんなに凄い魔法を使えるんだから、たとえ僕がいなかったとしてもあの魔獣は倒せていたと思うよ」


「えっ、そうですか? ……そうですかね、えへへ」


 魔法の腕前を褒められて照れるヴィルマが、体の前で両手をもじもじと組み替える。

 そうするとただでさえ自己主張の激しい彼女のアレがさらに強調されて物凄いことになってしまい、それまでなるべくじろじろ見ないようにしようと頑張っていた僕の努力も虚しく、自然に視線がそこへ惹きつけられてしまう。

 ……だってしょうがないじゃん。大きいんだもん。どうしたって視界に入って来ちゃうんだよ。


「どうかしました、ソーマさん? …………ああっ!?」


 ヤバい! ガン見してるのに気付かれちゃった!?

 いや、そりゃあ普通気付くよな、こんな至近距離から見てたら。「何見てるんですか、この変態!」とか「うわ最低、それ以上近寄らないで。むしろ今すぐ消えて」とか言われちゃったらどうしよう?

 ……って思ったんだけど、実際のヴィルマの反応はちょっと予想外のものだった。


「やだもう、そんなに見ないでくださいよぉ。それはまぁ、私なんてオーガの女の子に比べれば太くて不格好かも知れないですけど、これでもミノタウロスとしては結構頑張ってる方なんですからね? ……確かに、時々ちょっと食べすぎかなぁとか、運動不足かなぁとかって思ったりすることもありますけど………… でもやっぱり、もっと痩せなきゃダメですよね?」


「いやいや、そんなことないよ。ヴィルマは全然太ってなんかないし、格好いい……って言うか、これまで見たこともないくらいすごい美人さんだよ。今のままで十分に魅力的だ」


「ふぇっ?」


「……あっ」


 やけに自己評価の低いヴィルマの言葉に慌ててフォローを入れようとして、自分がとんでもなく恥ずかしいセリフを口走っている事に気付く。

 一瞬でカッと顔が熱くなって変な汗が噴き出してくるけど、そこはヴィルマも道連れだ。彼女の顔も見事なくらい真っ赤になっている。


「……それは、どうも…… お褒めいただきまして……」


「いやその…… いきなりたいへん不躾なことを……」


 暮れて行く深い森の中で、僕たちはしばらくの間そうしてお互いに赤面しながらお見合いしていたのだった。

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