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4:オーガになって森の中③

 剣角牡鹿(ソードホーンバック)の魔獣を倒したあと、僕は行くあてもなく森の中をただ歩き続けていた。

 気のせいかもしれないけど、さっきから少しずつ気温が下がってきているような気がする。枝葉に遮られて太陽が見えないからはっきりしないけれど、もしかすると日没が近いのかもしれない。


 でも考えてみると、この世界に来てから、こんなふうに自分で進む方向を決めて自分の足で歩くなんて初めてのことだ。

 これまでの僕は、馬車に乗せられて戦場から戦場へと移動し、ゲイルの指示に従ってそこにいる魔族をただひたすらに倒していただけだった。


 人間と魔族との戦争というのは、基本的には元の世界での戦争と同じように諸国連合軍と魔王軍との、多数対多数のぶつかり合いだ。

 ただ魔族の中には時折、普通の兵士が何十人、何百人束になってかかろうと敵わないような強敵がいる。

 諸国連合軍が作戦行動中にそうした『常人には勝ち目のない』強敵と遭遇してしまった場合には、闇雲に切り込んで無駄な犠牲者を出すようなことはせずに、いったん兵を引いて僕…… つまり勇者パーティを呼ぶ。

 そして勇者パーティが現地に到着してその強敵を倒し、あるいは押さえ込んでいる間に、他の兵士たちが城砦の攻略や都市の占領といった本来の目的を達成する、というわけだ。


 そしてそんな強敵たちの中でもとりわけ『魔王軍五勇将』と呼ばれる各種族最強の戦士たちは、もう本当に本物のバケモノ揃いだった。

 魔王軍五勇将のメンバーは、オークのアルカンドラ、リザードマンのギリーゼン、サイクロプスのドーキジャッコ、オーガのリュシーカ、ミノタウロスのテオドロス。五匹とも僕が苦戦の末にこの手で倒してきた。

 特に最後の二匹、リュシーカとテオドロスは別格の強さで、それもただ身体が大きくて力があるってだけじゃない。技も経験も気迫も、それ以外の何もかもが僕より数段上手だった。本当に僕自身、よく勝てたものだと不思議に思うくらいだ。


 そんな命懸けの過酷な日々を、今まで僕は魔族との戦争に勝つため、魔王を倒して元の世界に戻るためだと思って何の疑問も持たずに過ごしてきた。

 だけど、仲間だと思っていたゲイルたちに裏切られて殺された今となって考えてみれば、なんのことはない、単なる兵器として扱われていただけだ。

 そんなふうに表向きはどうあれ、心の中では僕のことを人間扱いしていなかったからこそ、魔王を倒して用済みになった時、あんなにも簡単に切り捨てることができたんだろう。

 ……もう要らなくなった道具を処分するように。




 ああ、ダメだ。そんな事を考えてると、どんどん気分が落ちこんでくる。せっかく運良く……かどうかは分からないけど転生して命を繋げたんだから、もっと前向きにならなきゃな。

 でもなんで魔族かなぁ…… もう元の世界に戻れないのは仕方ないとしても、せめて人間に転生させてくれれば良かったのに。

 褐色の肌や逞しい体型はまだいいとして、猛獣のように伸びた牙と額に生えた2本の角、それにオーガだからたぶん普通の人間よりも頭ひとつ分くらいは背が高いだろうし、鏡がないから分からないけどきっと凶悪な顔をしていることだろう。

 それはもう、一目で魔族と分かる姿。見境なく人間を殺し、その肉を食う悪鬼の姿だ。こんなありさまじゃ、もう絶対に人間の社会で暮らしてなんかいけない。……かと言って、今まで倒すべき敵としてしか認識していなかった魔族の間で生きていける自信もない。


 憂鬱だなぁ…… なんかお腹減ってきたなぁ……


「ああっ、そうだ! さっきの剣角牡鹿(ソードホーンバック)、あれの肉をちょっと切り取って持って来ていれば……」


 ……って、切り取ろうにも刃物を持ってないんだった。それ以前に獣の解体なんてのもしたことがないし。

 それに肉があったところで、僕は火起こしの道具を持っていない。木と木を擦り合わせることで火種を作る事ができるってことくらいは知っているけど、それだって経験も知識もない者がすぐに成功できるほど簡単なものじゃないだろう。


 ああダメだ。マイナス思考が止まらない……

 こうなったら、何か無理やりにでも良いことを探そう。えーと、えぇーっとぉ……


 …………………………


「……そうだ、この身体になってもスキルは使えてるぞ」


 身体能力強化のスキル。これは僕にしか……と言うか他の世界から召喚された勇者にしか使えないものだったはず。

 ついさっきだって、この力のおかげで剣角牡鹿(ソードホーンバック)の魔獣を無傷で倒すことができたじゃないか!


 ……とは言っても、この身体になる前は幾つも重ね掛けできていたものが、今やたったひとつで魔力切れ寸前にまでなっちゃうんだよなぁ。

 それでもせめて気配察知の【心眼】か自動治癒の【不屈】あたりをずっと発動させていられれば、今みたいにいつどこから獣に襲い掛かられるか分からない森の中を歩くのにも少しは安心できるんだけど、試してみるとほんの10分くらいで軽い魔力切れの症状が出始めちゃうんだ。

 そうするともしも、ちょうど魔力が切れたタイミングでさっきの魔獣みたいなのに遭遇したりするとまずいことになる。


 だいたいこの身体、魔力が少なすぎなんだよ。

 『魔族』って言うくらいなんだから、もうちょっと魔力があってもいいと思うんだけど……


 ……っと。ダメだダメだ。何か良いこと…… 良いことは…………


 ……………………………………………………


「…………他の種族に転生するよりは、まだマシだったかもね?」


 そう、今の僕は魔族の中の一種族であるオーガだ。


 このオーガというのは、オスならだいたいが2メートル近い長身だけど、体型で言えば大きさ以外の部分は人間とほとんど変わらない。

 それにオーガは他の種族と比べて武技に秀でていて、戦場では剣や槍、弓など一通りの武器を器用に使いこなす。

 だから魔族の中ではこのオーガという種族が、この2年間僕が積み重ねてきた訓練と経験を活かすのに最も向いていると言える。


 ちなみに他の主な種族はと言えば、まずミノタウロス。これはオーガよりもさらに一回り大きな筋肉の塊だ。

 その200キロを超える巨体と凄まじい筋力から生み出される突進力は半端じゃなく、しかもそれでいてそこそこ小回りも利くという、単体ではおそらく魔族の中でも最も強力な種族。武器は、その戦法に合わせて騎兵が持つような大きなランスを好んで使う。


 次はサイクロプス。ミノタウロスよりもさらに大きく、身長3メートルを超える単眼の巨人。

 パワーはミノタウロスにも引けを取らないが、その代わりに動きは鈍重で、実は接近戦にはあまり向いていない。ただしその大きな単眼の視力は抜群で、遠距離から膂力にモノを言わせた巨大な弓で射る槍のような矢の命中精度は恐ろしい。


 リザードマンは身長も体格も人間に近いけれど、全身を硬い鱗に覆われていて、長い尻尾を持っている。

 自前の天然の防具があるために重い鎧を装備しなくていいこともあって、動きがかなり素早い。魔族の中でも最高レベルの速度と敏捷性を持っている。

 ちなみに爬虫類ではなく恒温動物なので、特に低温に弱いということもないらしい。


 最後にオーク。これは身長では人間と大差ないものの、体重はほぼ5割増しという立派な体格の種族。またこの種族が魔族の中で最も個体数が多く、魔王軍の中でも主力となっている。

 武器や戦法はオーガと同じく、だいたい何でも器用にこなす。


 ……と、主だったところはこの5種族だ。

 実際には魔族にはもっと多くの種族があるらしいんだけど、この5種族以外は極少数の種族だったり戦いには向かない種族だったり、あるいはそもそも魔王軍の傘下に加わらず自分たちのテリトリーに閉じこもっている種族だったりして、戦場でその姿を見ることはない。

 まあ要するに、魔族も決して一枚岩というわけじゃないってこと。




 ともあれ、こうして比べてみると、僕が魔族に転生するならオーガがベスト、次点はオークってことになるかな。

 それに魔王軍に加わっていない魔族の中には、ちゃんとした人型をしていない種族もいるという話を聞いたこともあるし、もしもそんなのに転生してしまっていたら目も当てられないことになるところだった。

 だから理由はどうあれ、オーガに転生という形で死を回避できた僕は運がいい。すごくツイてた。…………よね?


 ベキバキバキィッ!!


 そんな風に考え事をしながら薄暗さを増した深い森の中を歩いていると、突然に低木の茂みを突き破って巨大な影が姿を現した。

 距離はおよそ10メートルほど。こんなに近くに来るまで気配に気付かなかったなんて、ぼんやりしすぎだ!

 現れた影の正体は、見上げる大きさの巨大な熊。……の、また魔獣か!?


 ……それと、


「えっ、こんなところに人が!? 危険です、早く逃げてください!」


 亜麻色の髪をした、ひとりの女の子だった。

お読みいただき、ありがとうございます!

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