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1:プロローグ

「いよいよだな、クヌギ」


「ああ。この部屋の中にいる魔王を倒せば俺たちは英雄、お前もようやく元の世界に帰れるぜ」


「ゲイル、ホランド。そんな話は魔王を倒した後にしてくれない? そういうの、クヌギの世界じゃ死亡フラグって言うんでしょ?」


 魔王城の最奥部、薄暗い廊下の突き当たりにある重厚な扉の前で、僕たちは息を殺して囁き合う。

 ゴツい大剣と大盾を装備した重戦士のゲイルと、彼とは対照的にショートソードにバックラーという軽装のホランド、そして紅一点の魔法使いのマチルダ。彼らは僕と2年近くも一緒に戦ってきた、頼もしい仲間たちだ。


 僕の名前は功刀蒼真(くぬぎそうま)、今年で16歳になる。今から2年前に、魔王を倒すべき勇者としてこの世界に召喚された。

 そこからごく短期間の厳しい訓練を経て、僕たち勇者パーティの実戦参加と同時に人間界のほぼ全ての国家が参加して編成された諸国連合軍、数十万に及ぶ将兵が本格的に魔界へ進攻。それから2年近くの熾烈な戦闘を潜り抜けて、ついに僕たちはこの扉の向こうに魔族の首領である魔王を追い詰めた。


 もう一歩だ。さっきホランドが言ったように、この先にいる魔王を倒せば戦いは終わり、僕は元の世界に戻ることができる。そして今ここに来るまでに、そのための準備も整えてきた。

 僕は手にした剣にこびりついた血の汚れを拭う。『滅魔の剣』(デモンズスレイヤー)、ここに来るまでに数多くの強力な魔族たちを屠ってきた、最強の武器だ。


 ……もうあと、ほんの一歩だ。




「ははっ、確かにマチルダの言う通りだ。取らぬ狸の何とやら、だな。気を引き締めて行こう。……頼んだぜクヌギ、お前は魔王に集中だ。それ以外のザコは全部俺たちに任せろ」


「わかった、ゲイル。いつも通りに頼むよ。みんなも、気をつけて」


「ああ」

「そっちこそな」

「回復が必要なら早めに合図するのよ、いいわね?」


 そう言い合いながら、僕たちは握った拳の甲を軽くぶつけ合う。

 それはこれまでにも数え切れないくらい繰り返してきた、大きな戦いの前の儀式。うん、これでもう大丈夫、僕たちは誰ひとり欠かすことなくこの戦いを終えるんだ。


「じゃあ行くぞ。思い上がった魔族どもに、俺たちの力を思い知らせてやれ!」


 装備も心も臨戦態勢を整えると、最年長でパーティの司令塔でもあるゲイルが最後にそう気合を入れて、重そうな扉を押し開けた。



 ◇



 結論を言えば、魔王の間での戦闘は予想以上に呆気ないものだった。


 僕たちの突入と同時に魔王が炎系の大魔法を放ってきたけれど、それをゲイルがミスリルの大盾で防ぎ、左右から一斉に襲いかかって来たオーガの戦士たちを、逆にホランドの神速の剣とマチルダの風魔法が次々に切り刻む。

 この広い部屋で僕たちを待ち受けていたのは、魔王を護る30匹近いオーガの戦士だった。だけど彼らは僕たちに対する奇襲に失敗して、完全に浮き足立っている。


 僕たちはここまでの2年間に及ぶ戦いの中で、魔王軍五勇将と呼ばれる各種族最強の戦士たちや、それに匹敵する強さの魔族たちを倒し尽くしてきた。

 だからここにいる護衛たちは、ごく普通のオーガ兵だ。……とは言っても常人にとっては1匹に対して5人がかりでも太刀打ちできない脅威的なバケモノだけれど、そんなのはもう今の僕たちの敵じゃない。


 ゲイルとホランドが、マチルダの支援魔法を受けながら自分よりも一回り以上大柄なオーガたちを危なげなく斬り伏せて行くのを頼もしく横目で見つつ、僕は魔王へ向かって一直線に走った。


「【豪腕】【金剛】【閃光】【刹那】【不屈】【心眼】っ!」


 ここまで来たからにはもちろん、技も魔力も出し惜しみはなしだ。僕は早口でスキルのトリガーを唱え、複数の身体能力強化を一気に発動させた。大量の魔力消費に伴う副作用で、一時的にカッと身体が熱をもつ。

 ほんの一瞬だけ軽い目眩のような感覚に襲われたあと、すぐに術の効果が現れて身体が羽のように軽くなり、感覚は研ぎ澄まされて周囲のもの全ての動きがスローモーションのように見える。


 この世界に生きる生物はすべて、魔力を持っている。そして僕の持つ魔力量は、人間としてはかなり多い方なんだそうだ。

 とは言ってもその魔力量は超一流の魔法使いであるマチルダなんかに比べれば全然大したことはないし、そもそも僕には残念ながら魔法使いとしての適性はまるっきりなく、その魔力を魔法の形で体外に出すことができない。

 だから僕は直接魔力によって敵を攻撃することも仲間を治療することもできないけれど、魔王を倒すことを目的として召喚された勇者である僕は、その代わりに魔力を消費することで僕自身のあらゆる身体能力を一時的に上昇させることのできる力を授かっている。これが身体能力強化のスキルだ。

 そして僕はこの力のおかげで、これまでに数多の魔族の強敵を葬ってくることができたというわけだ。




「─────────!!」


 目の前に迫る魔王が、何かを叫んでいる。僕には聞き取れない魔族の言葉だ。

 浅黒い肌に銀色の瞳、同じく銀色の髪から伸びる羊のように捻れた2本の角。僕よりも頭ひとつ以上背の高い巨躯。まさに魔王の名に相応しい威容だ。

 だけど接近戦には自信がないのか、端正と言ってもいいその顔には怯えか戸惑いのような表情が窺える。


「せぃやああぁっ!!」

「────!」


 思い切り懐に飛び込んだ僕がその首を狙って剣を振るうのと同時に、魔王が大きく跳び退がって魔法を発動させる。その瞬間、床から僕を刺し貫こうと何十本もの石の槍が次々と飛び出してきた。

 けれどもその程度の攻撃魔法では、動体視力、予見能力、俊敏性その他諸々にブーストが掛かっている僕の足止めにすらならない。

 僕はその石の槍衾を難なく避け切り、続いて至近距離から同時に放たれた5つの火球を全て剣で斬って潰す。


「────!?」


 そして再び魔王に肉薄した僕は、今度こそ逃れられない間合いで剣を薙ぐ。

 僕の愛剣『滅魔の剣』(デモンズスレイヤー)は、苦し紛れに突き出された魔王の腕をその鎧ごと容易く切断し、その勢いを衰えさせることなく確実に彼の首を撥ね飛ばした。


 ……これで、終わったのか?


 驚愕の表情を張り付かせたまま床に転がる魔王の生首と、切断面から鮮血を噴きながらずるりと力を失って倒れ伏した巨躯とを交互に眺めつつ警戒を続ける。

 これがファンタジーRPGとかなら、ここから「第二形態だ」とか「本当の姿だ」とか言いながら何事もなかったように立ち上がってくるのが定番だ。

 だけど実際にはそんなことは起こらず、その後しばらく待ってみても、魔王はもうぴくりとも動かなかった。




「やったな、クヌギ!」

「おめでとう!」


 背後からいきなり声をかけられ、ちょっと驚いて振り向くと、そこには鎧のあちこちにオーガの返り血を浴びたゲイルがいた。その隣にはマチルダの姿もある。どうやら護衛のオーガも全滅したみたいだ。

 二人ともいい笑顔で、傷を負った様子もない。まあ少しくらい怪我をしていたところで、もうマチルダの魔法で治療済みだろうけど。

 魔王の死と仲間の無事を確認したことで僕もようやくほっと一息つき、掛けっぱなしだった数々の身体強化を解除した。いつもの事ながら急に体が重く、五感が鈍ったようなもどかしい感覚に襲われて思わず苦笑する。これが僕の持つ本来の身体能力だってのに。


「ありがとう。あれっ、ホランドは?」


「……ああ。それが、実は、ヤツは……」


 姿の見えない仲間の名前を出すと、途端にゲイルとマチルダの表情が曇る。……えっ、まさか、そんな……

 最悪の事態を覚悟してゲイルの言葉の続きを待っていると、突然、背中にトンッと軽い衝撃が走った。


「俺ならここにいるぜ、クヌギ」


 そして、すぐ後ろからホランドの声。

 なぁんだ、元気なんじゃないか。さてはみんなで僕を驚かそうとして一芝居打ったんだな? この状況でそれはちょっと悪趣味すぎるよ。

 でもまあ、みんな無事でよかった。一人も欠かさずにこの戦いを終わらせることが……


「……あれっ?」


 後ろを振り返れない。体が動かないぞ?

 なぜだか身動ぎするたびにじくじくと痛む胸を見下ろすと、そこからはどういうわけだか、見慣れた仲間の剣の切っ先が生えていた。

 ……なにこれ? なんでホランドの剣が、こんなところに? ……どうなってるの?


「魔王なんてご大層な名前でどんな強敵かと思えば、この程度かよ。これならコイツに頼らなくたって、俺たちだけでも倒せたんじゃねぇか、ゲイル?」


「かもな。だが計画は計画だ。お偉い方々には、俺たち下っ端には分からない考えがおありなんだろうよ」


「そんなのどうだっていいじゃないの。とにかくこれで私たちは魔王を倒した英雄なんだから。さぁ、早くやっちゃいなさいな、ゲイル!」


「……な、なに、みんな…… なにを……」


 目の前にいるゲイルとマチルダが、これまで見たことのない酷薄そうな視線を僕に向けている。何がどうなっているのか、さっぱり分からない。

 胸は脈打つようにズキズキと痛み、頭がぼうっとして、手足に力が入らない。それに、なんだかとても寒い。


「すまんな、クヌギ。実を言えば、お前が元の世界に戻る方法はない。お前はここで死んで…… いや、お前は最初からいなかった(・・・・・)ことになる。そういう命令だ。俺を恨むなよ」


「私もよ。恨むなら王様を恨んで頂戴ね、クヌギ」


「おいおい、どうでもいいから早くしてくれよ。コイツ、スゲェ馬鹿力で…… クソっ、剣が曲がっちまう!」


「分かった。もう少しだけ押さえてろ、ホランド」


 そう言うとゲイルは僕の手から『滅魔の剣』(デモンズスレイヤー)を奪い取り、それを横一閃に振り抜いた。

 そしてほんの一瞬だけ首元に感じた違和感のあと、僕の意識は暗闇へと沈んで行ったのだった。

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