見渡す限り、霧の中
こんばんは、遊月です!
とうとう完結です。泉先輩の誘いを拒めない愛莉。はたして、彼女たちが辿り着く結末とは……?
本編スタートです!
「あっ……、せん、ぱ、や――――っ、」
「ふふ、愛莉ちゃん可愛いね……もっと舌だして?」
「は、はぃ、――――っ!!」
静かな部屋の中で、泉先輩が笑っている。好きに身体を弄られて、こないだよりも更に深いキスをされて、胸も、背中も、全部がたった十数分くらいで先輩に塗り替えられてしまった。
立ったままで、脱がされた服もそのままに。
カフェから目と鼻の先にあった先輩のおうちに上がって、部屋にお邪魔した瞬間にキスされた。驚いている暇なんてないくらい口の中を愛撫されて、真似してみて、と言われてわたしからも舌を絡めて。
そうしたら、もう後戻りなんてできなかった。
「私のも……触って?」
赤く火照った頬を弛めながら、泉先輩が囁いてくる。吐息が耳にかかるたびに全身がぞわぞわして、お手本と言いたげに先輩がわたしの胸を優しく触れてきたときには、溶けてしまいそうになって。
頭がくらくらする、だけど、泉先輩にこんなに触れられるなら、なんでもいい気もする……、言われるままに、先輩の胸にそっと触れる。強く触れば崩れてしまいそうに柔らかくて、しっとりと汗ばんだ肌が、触る掌に心地よくて。耳元で漏らされる息が、脳を溶かしていく。
「んっ……、その顔、可愛い」
「え、えっ?」
「初めてのことで戸惑って、知らなかったものをどんどん知っていく途中のその顔がね、大好きなの」
「な、なに――――あぁっっ、まだ話して……んんっ、」
艶かしく笑う先輩の指先が、今まで触れられてなかった場所に入ってきて。粘っこい音がずっと聞こえてくる、中に溜まっていたものが掻き出されていく……それを全部先輩に知られている。
恥ずかしい……、顔をまっすぐ見られなくなる。
「ちゃんと感じてくれてたんだね」
愉しそうな声に心が満たされそうになるけど、それよりも、右手でずっと弄くられながら、左手で抱き寄せられた耳元でずっと小刻みな吐息と声を聞かせられ続けていると、もう何もかもがわからなくなりそうだった。
もう、全部どうでもいい。
生徒会長と付き合ってるはずのこととか、目に入る赤い痕のこととか、全部、忘れさせて……っ、先輩の手で、全部……っ!!!
「――――――、」
え?
突然、先輩の手が止まった。
なんで、なんで? もう少しで……。
「ベッド行こっか」
優しい笑顔に、少しだけ汗を滲ませた先輩の声。ただ従うことしかできないわたしは、真っ白なベッドに向かって歩く途中で、見つけてしまった。
「え……、え? これ、拓也の……?」
「あ、捨てるの忘れちゃってた♪」
絶対違う……心のどこかが、そう警鐘を鳴らしている。だって、これ見よがしに置かれた拓也のネックレスは、ベッドの枕元に置かれていたから。
イニシャルまで入れて、何年か前のお祭りで一緒に買ったネックレスが、どうして泉先輩の家に……? ううん、答えなんて先輩に訊くまでもなくわかってる。
「もしかして、さっきまで……」
思い返すのは、電話したときの上擦った、掠れたような声。
あのとき、拓也はここにいたんじゃないの? それで、その傍には…………。
「どうしてですか?」
「あなたが困ってるみたいだったから、ちょっかい出せなくしてあげたの」
だとしても、こんなのって……、こんな……。
「他の人で私が汚れたのが嫌?」
「あっ――――」
甘い声で、後ろから抱き締められてしまう。
触れた柔らかな感触がわたしの疑問を解いていく。回された手が、わたしを焦らすように撫でていく……本当に触れてほしいところには触れず、その周りばかり。
「ねぇ、言って? 笑わないから……ちゃんと愛莉ちゃんの口から聞かせて?」
「……嫌、でした……」
「何が?」
「んっ――――、せ、先輩が、他の人として、るのが……あっ、」
「ふぅん、ふふふっ、そんなに好きでいてくれるんだね」
わかってるくせに――そう言いたかったのに、言葉にならない声しか上げられない。言葉を出そうとするそばから、頭を書き換えられてしまう。
もう焦らさないで……、叫ぶことすらできなくて、脚に力が入らなくて。
「でも、ごめんね。私はまだ、愛莉ちゃんほど本気にはなれないの」
「えっ……なんで、」
なんでそんなこと言うの?
それならなんで、こんなことするの?
「でもね、――――ちゅっ、ふふふ、背中にキスしただけでこんなに震えてくれる愛莉ちゃんは可愛いから、傍にいてほしいの。たっぷり可愛がってあげたいな……♪」
首筋に舌を這わされて、指先でお腹を撫でられて、やだ、また離れて――――。
「愛莉ちゃんも、それでいいよね?」
「……え、」
「私の傍にいてほしいの、恋人はちょっとまだわからないけど、こうやってね? ずっと可愛がってあげるから、……嫌?」
「そ、そんなの……、」
それって、本命じゃないってことだよね?
ただ身体だけの関係……ううん、たぶんそれですらない。こうやって弄ばれて、その反応で泉先輩を愉しませるだけの存在になれと、言われてる。
そんなの、いいなんて頷けるわけない。
わたしの気持ちをまるで無視した関係なのに……でも。
「駄目なの?」
「あっ……、んくっ――――、」
軽く触れた指先が、囁きかけてくる。
そんなの別にいいじゃないか、って。
でも、それでいいの?
早く答えないと、たぶんもう戻ることもできなくなる。こんなのいけないって思ってるのに、わかってるのに、泉先輩を拒めない。
もう、どうしようもないくらいにわたしは…………。
「でも嫌だよね。だって私は、自分の好きな人からペットみたいな扱いされてたら悲しくなるし……ごめんね」
本心から出ているみたいな、優しい言葉。
たぶん、泉先輩は心から優しくできるんだ、どうでもいい相手だからこそ、こんなにも。それが離れていく指の温度から伝わってくる。
「――――――――、」
わたしは、離れていく先輩の指を、思わず掴んでしまう――それが、わたしの答えと見なされることなんて、わかってるのに。
でも、それでもよかった。
いかないで、見捨てないで、蚊帳の外になんか置かないで。
たとえどう扱われたとしても、もう先輩なしではいられない。想像しただけで、足下が崩れてしまいそうで、恐ろしかった。だから、どうか、傍に……。
「選んだのは、愛莉ちゃんだからね」
愉しげな声で仰向けに押し倒されたベッドには、まだ少しだけ青臭さが残っていた。
前書きに引き続き、遊月です!
書き終えました……『霧』に囚われた少女の物語です。五里霧中と言いますか、もはや自分で退路を見出だすことすらできなくなった少女が堕ちる物語と言いますか……
お楽しみいただけましたら幸いです!
また次作でお会いしましょう!
ではではっ!!