城が傾くのに、謀すら必要なくて。
こんにちは、遊月です!
泉先輩が生徒会長と付き合っているらしいことを聞いてしまった愛莉。少なからず動揺した愛莉、その変化に気付いてしまった先輩は……?
本編スタートです!
「愛莉ちゃん、最近元気なさそうだけど、大丈夫?」
「え、あ、はい、えっと、大丈夫ですよ……」
「そう、だったらよかった♪」
雨が静かに降る放課後、グラウンドが使えなくて廊下で練習しているらしい運動部の声が、少し遠く聞こえている。
拓也から泉先輩と生徒会長さんの関係を聞いてから、数日が経った。もちろん、そんなのわたしが気にすることじゃない、だって泉さんは女の人で、会長は男の人。普通はそっちで付き合うものだもの、わたしが胸を痛めることじゃない。
だけど、わかっているけど……。
泉先輩の顔をみるのが、少しだけ辛かった。
「何かあった?」
「いえ、別に……」
「愛莉ちゃん」
作業にかこつけて逸らそうとしていた顔を、ぐい、と寄せられる。久しぶりに真正面から見た泉先輩の顔は、少しだけ寂しそうだった。悲しそうにすら見えて、心臓がとくん、と跳ねた。
「そんな風に目逸らされたりしたら、私すっごく寂しいの。愛莉ちゃんの言いたくないことなら聞かないけど、けど、できれば頼ってほしいな」
「え、え……?」
「だって、私は愛莉ちゃんのこと大事に思ってるから。愛莉ちゃんが悩んでるならそのこと知りたいし、力にもなりたいの。ねぇ、何かあったの?」
「えっと……」
「今なら先生もいないし、私だけだから、ね?」
言葉に詰まったのは、わたしの抱えているものが泉先輩のプライベートに関わることだったから。でも、大事に思ってる――そう言ってくれた泉先輩に、これ以上悲しい顔もさせたくなかった。
こうなったら、言ってしまおう。
今までだって先輩は、わたしの言ったことをちゃんと受け入れてくれた。だからわたしも、ちゃんと受け入れなきゃ。そのことが本当ならそれはそれで仕方ないし、もし拓也の勘違いなら……そんな期待までしながら。
「い、泉先輩って、せ、生徒会長と付き合ってるんですか……」
「うん、そうだよ」
間も置かれずに、即答されてしまった。
そうだよね、泉先輩くらい美人なら、付き合ってる人だっているよね……泣きたくなるくらい悲しいのに、不思議と納得できて。そう納得できてしまう自分が、たまらなく悔しかった。
泉先輩はずっとわたしの顔を見つめて、それから柔らかく笑った。
「でもね、愛莉ちゃん。別に付き合ってるのと、愛莉ちゃんのことを大事に思ってるのとは何も変わらないんだよ?」
「……な、なに言ってるんですか?」
「愛莉ちゃんのことも、私は好きなの」
そう囁く泉先輩の目が、うっすら濡れているように見えた。
だから、期待してしまった。
期待して、口が滑った。
「それ、証明してくれるんですか?」
尋ねた瞬間、わたしの口は泉先輩の唇で塞がれていた。
ん、ちゅっ――、くちゅ、れる、ぷは、ちゅ……っ、
口のなかを、泉先輩に愛撫される……忘れられないようなファーストキスだった。慣れた舌遣いで舌を引っ張り出されて、ぬるぬると絡み付く唾液を喉の奥まで流し込まれて。
飲み込んだ唾液は、泉先輩っぽい甘い味がした。
息が苦しいのに高まる熱を抑えられなくて、舌だけでどこかここではない場所まで飛ばされてしまいそうなくらいだった。
気持ちいいのに、怖い。
怖くて、でもやめられなくて。
「ん、ゃ、ぁ――、」
「ちゅ……っ、可愛い」
囁くような笑い声を聞いていると、全身に鳥肌が立ってくる。膝から崩れ落ちそうになった身体を泉先輩に支えられたところで、長いキスは終わった。
「はぁ……、はぁ……、」
まだ、心臓がうるさい。
あのままキスしていたら、どこまでいっていたんだろう? もう一度……なんて考えてしまったとき、そんなのお見通しとばかりに笑いながら「だぁめ」と止められて。
「愛莉ちゃんへの気持ちは証明したでしょ? 先生もそろそろ戻ってきちゃうから、続きはまた今度ね?」
「…………、」
「いいよね?」
「ぁ、……はい、」
その日の作業中は、ずっと考えていた。
泉先輩は、いつもあんなキスしてるの?
そんなキスを、どうしてわたしにもしてくれたの?
わかんない、わかんなくなるよ、先輩……。
雨が、ずっと降り続いていた。
* * * * * * *
「あのさ、愛莉。俺ら、付き合わねぇ?」
「え?」
雨が続いた1週間、ようやく晴れた金曜日の朝。
一緒に登校している最中、突然拓也から告白された。雨上がりの空はいつもより綺麗で、濡れた木々に見下ろされる通学路がいつもと少し違う雰囲気を纏っている。
非日常は、案外すぐ近くにあったのかもしれない。
「愛莉?」
「えっ、ううん、なんでもないっていうか、え、なんで?」
「なんでって……、中学校卒業する辺りからさ、なんか、急に……その、可愛くなったっつーか、」
「え、何それ?」
拓也から告白されて最初に感じたのは、「なんで?」という戸惑いだった。だって、今まで普通に話してたよ? 小さい頃からずっと一緒だからわかることもあったし、気も許せてたし……。なんでそれを変えなきゃいけないの?
怖かった……泉先輩としたキスとはまた違う、嫌悪感に近い怖さだった。
「あ、あの、ごめん!」
「あっ、愛莉、」
拓也の顔をそれ以上見ていられなくて、わたしは走り出した。逃げるように走って、息が切れて、早く泉先輩の顔が見たくて、ひたすらに前へ。
学校に着いてから、どうしようかと迷った。
教室にいれば拓也が来る、どうしよう、どうしよう?
「愛莉ちゃん?」
「あ、い、泉先輩……っ」
空き教室から出てきた泉先輩と目が合った。何かあったの、そう尋ねる先輩にありのまま卓也とのことを話した。怖くて、思わず逃げてしまったことも、全部。
「……そっか。寂しかったね、愛莉ちゃん」
「え?」
「そんなの意識しなくても傍にいられた関係が急にそんな風に……怖かったし、寂しかったよね。もう、大丈夫だよ」
「先輩……」
「話してくれてありがとう、愛莉ちゃん」
わたしの手を痛いくらい握り締める泉先輩の手には、赤みが差していた。
前書きに引き続き、遊月です!
突然関係が変わるというのはある種の恐ろしさすら孕んでいると思います。変わらず保たれると思っていた日常が存外可変的なものであることを突きつけられる感覚に似ているのかも知れませんね。
はたして、泉先輩は何を思うのでしょう……?
また次回お会いしましょう!
ではではっ!!