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mas menos vida マスメノスビーダ  作者: 棒王 円
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不明少女

本日は二話投稿しました。







 セオは足場の悪い森の中を急いで駆けてゆく。

 一刻も早く知らせなければならない。この場所は遠すぎて伝達の魔法が使えない。セオの魔法力では先の村を越えた町に行かないと、王都まで届かないのだ。

 焦っては駄目だ。

 自分にそう言い聞かせながら走るセオの耳に、小さな声が聞こえた。


 足を止めて耳をすます。

 まだ村からそんなに離れていない。もしや誰かが森に入っていたのだろうか。


「も……だれ……」


 声のする方へ歩いて行くと。

 大きな木の下に変わった格好の少女が倒れていた。


「…やだ…もう…」

「大丈夫ですか?」

「……へ?」


 声を掛けたセオに驚いたような視線を向ける。セオは倒れている少女の頭の所に屈み込むと、その眼をじっと見つめた。


「大丈夫ですか?お姉さん」

「き、君はどうしてこんな森の中に居るの?」

「動けますか?」


 セオは少女の問いかけには答えず、逆に質問をする。


「…無理……」

「そうですか。申し訳ないのですが、僕は急いでいます」

「うん」


 少女は小さく頷く。まさかこんな森の中で会った、こんな小さな男の子に何を言う訳にもいかない。急いでいるのなら早く行けばいい。そう思っていた。


「ですので、失礼します」

「え?」


 少女が何かを言う前に、セオはひょいと少女を抱きかかえた。


「ひょえっ!?」

「走りますので口を閉じててくださいね、舌を噛みますから」

「ま、ちょ、ひゃああ!?」


 少女の意見は聞かないまま、セオは再び走り出した。


「ちょ、待っ、降ろし、痛っっ」

「だから、口は閉じててください」


 少女はあまりの速さにセオから飛び降りる訳にもいかず、恐怖心に促されるまま自分よりもはるかに小さな子供にしがみついていた。


「…すみません。前が見えないので腕は首に回してくれませんか?」


 ハッとして自分の腕をセオの頭から首に降ろす。

 やっと開けた視界にほっとしたセオは、更に速度を上げて森の中を走った。幸いにも辺りに魔獣はいない。きっと、西の向こうにある大勢の同族の気配に怯えて身を顰めているのだろうと思いながら、更にさらに速度をあげる。


(ジェットコースターじゃないんだから!)


 少女が何を思っているかはセオには分からない。


(お姫様抱っことか初めてなのに!相手がこんな小さな子とか誰にも言えない!)


 さっき噛んだ舌が痛かったので口に出してはいないが、少女は疾風のように駆けていくセオにとんでもなく驚いていた。そしてお姫様抱っこにも驚いていた。

 流れていく風景の中、森の向こうに小さな集落が見える。しかしセオは速度を落とさず、そちらに行く気配もない。


(どこまで行くんだろう、この子)


 不安に思ったところで運ばれている身では、どうしようもない。

 少女を抱えたまま走り続けたセオは、日が落ちる前に目標の町に着いた。町の入り口で門番をしている男が、走って来たセオを見て、ただ事ではないと判断する。


「通れ!ガキ!」

「有難うございます!」

(いいの!?それで!?)


 抱えられている少女は驚いたが、セオはそれに構っていられない。

 中央の通りらしきところを抜ける。広場を抜ける。市場の通りを抜ける。まだ止まらないセオに少女は不安になってくる。かと言って降りられない。

 しかし森の中と違って街の中でこの格好は、軽く拷問かと思う。


「あった…」

(ほんと?止まる?止まってくれる?)


 セオが目指していたのは古い教会だったと、壊れた窓から抱えられたまま中に入った少女は知る。中に入るために一旦遅くなったものの、また凄い勢いで階段を掛け上がっていくセオに少女は涙が出そうになった。

 それでも何も言えない。


(だってこんなに急いで、こんなに必死で。もう何時間も走り続けている。声なんて掛けられないよ)


 教会の一番上が塔のように高くなっている。セオはそこの最上階に辿り着くと、もどかしいのか足で扉をけ破った。廃墟の教会の扉は案外簡単に壊れて二人を迎え入れた。

 やっとセオは少女を床に下ろす。


「ここ、どこ?」

「…ごめんなさい。後で話します」


 少女はこくりと肯く。

 セオはゼエゼエと喉を鳴らして息をしている。それでも休まず背中のリュックを降ろすと、中から小さな木箱を取り出した。

 少女はよく見たかったが、窓の小さなこの部屋に差し込んでくる光は夕暮れ時の弱々しい光で、模様のある木箱としか分からなかった。


 セオはその木箱を両手で捧げ持つと、しっかりとした声で呪文を唱える。


「今ひとたび我の声を聞け!<穿つ声明>!!」


 箱がきらりと光り、セオの手を離れて空中に浮いたままクルクルと回りだす。一秒後には声が聞こえた。


『誰だ?これを使えるのは、』

「セオといいます。西の結界砦が破られました」

『なに!?ジラとユノはどうした!?』


 一瞬セオが息を飲む。


「…死にました。時間がありません、数日もすればこの町にも魔獣の群れがやってきます。<ボルテオン>の使い手を送ってください」

『なに!?お前は何故そんな事を知っている!?』


 座り込みそうな足に力を入れて、真っ直ぐに顔を上げて箱を見たままセオは言う。


「ジラとユノから聞きました」

『どうやってだ!無理矢理秘密を聞きだしたのか!?』

「二人は僕の父と母です。最悪の時にそうしろと言われていました、ファフニアーク王」

『!!』


 ヒュッと息を飲む声が箱の向こうから聞こえた。

 セオは無音になってしまった箱を見上げたまま、王の答えを待っている。

 

『分かった。大賢者グレムアをそちらに向かわせる。待っていろ、大至急だ』

「はい。有難うございます」


 それきり箱は沈黙した。光が消えて空中から落ちたのをセオが両手で受け止める。安心したのか足の力が抜けるようだ。


「大丈夫?」


 声を掛けられて、少女の存在を思い出したセオは振り向こうとした。

 そしてそのままパタッと倒れた。


「…あれ…?」

「ちょ、大丈夫じゃないよね?どうしよう?私何も持ってないし」


 セオの前まで来て座り込んだ少女が泣きそうな顔でおろおろしているのを見ながら、セオは意識を失いそうになる。


「ちょっとだけ寝ます。ごめんなさい、お姉さん」

「…早く気を失っちゃいなよ、私は大丈夫だから」

「ごめんなさい、すぐ、に…」


 それが限界だったのか、セオは目を閉じて気を失うように眠りに落ちた。

 少女はセオの顔をしみじみと見ながら、ふうっと息を吐く。汗で濡れた自分のブラウスを指先で持ち上げてちょっとしかめ面をする。それから辺りを見回した。

 どう見ても廃墟の、ガラクタや埃まみれの部屋に座っている。


「今晩はここで寝るのかな。…雨風はしのげそうだから良いけど」


 今度は腕を鼻に当てて、くんくんと匂いを嗅いだ。


「…お風呂に入りたいなあ。何日入ってないんだろう…」


 セオを起こさないように小声でつぶやきながら、少女は窓の外にある月を見上げる。それは薄紫色をしていて。


「風情のない色だなあ。わびさびが無いよ…」


 泣きそうな声で、少女が呟く。

 寝息を立てているセオには、分からないだろうと思いながら。




お読みいただき有難うございます。


これからもよろしくお願いいたします。

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