永遠の別れ
「セオ!!今すぐ用意しろ!!」
セオと母親が朝食を取ろうと台所の粗末なテーブルに着いた途端に、天井が勢いよくぶち抜かれ母親の右手側に巨大な光輝く槍がドスンと床を貫いて刺さった。
呆気にとられたのは二秒ぐらいだったか。
セオは手を伸ばしていたパンに目玉焼きとソーセージを挟み込む。残った母親の分も同じようにしてサンドイッチを作り手早く紙に巻き込んで、椅子の背に下げてあったカバンに詰め込む。
「それ、私のだぞ?」
苦笑しながら言う母親を無視して、セオは自分の部屋に駆け込み短剣と旅の道具が入っているリュックを背負って台所まで戻って来た。
「…父さんがやられたんだね」
「ああ。こいつが私の所に戻って来たからな。間違いない」
「猶予は?」
「二時間ってところだが」
母親は革鎧を身に付けながらセオと話を続ける。
「私が加勢に行けば四時間ぐらいはもつだろう」
「…わかった」
椅子の背に在ったカバンも斜め掛けにして身に着けると、セオは肯いた。
「あーあ。もう少し母親をやっていたかったなあ」
全ての鎧を身に着けて手の平に布を巻きながら、母親が苦笑する。
「僕だって子供でいたかったよ、二人の」
「そうだな。まだ六年だもんなあ」
セオは少し俯いてから母親を見上げる。
「あなたたちの息子に生まれて幸せでした」
「うん。私もセオが息子で嬉しかった」
そう言ってからギュッとセオを抱きしめる。
「ああ、本当にしあわせだったよ、セオ」
「……はい」
母親の指先で目元の涙を拭かれながら、セオは肯いた。
これが今生の別れ。最後の時間。
だが別れに時間を費やせるほど、事態は緩くはなかった。
母親は床に刺さった槍を引き抜くと穂先を天に向ける。
「じゃあ、私は行く。元気で長生きしなよ?」
「はい。……ご武運を」
「おうさ!!」
母親の身体が宙に浮いたかと思うと、屋根に空いた穴から空中に飛び出し国境のある西を目指して飛び去った。
セオは急いで外に出て西の空を見る。すでに母親の姿はなかったが、それでもしっかりと見つめた。
きびすを返したセオは、何事かと外に出て来た村人に大声で伝えた。
「西の結界砦が破られた!じきに魔獣の軍勢が来る。逃げろ!!」
その声で村人たちは大声や悲鳴を上げながら、家の中に戻る。手荷物だけを持って村人たちが転げるように家から出て来るのを見ながら、セオが叫ぶ。
「王都を目指せ!!」
「セオ君はどうするんだ!?」
村長が息せき切って駆けてきた。
「僕は皆が出て行くのを見届けた後で、森の中を通って王都を目指します。誰かいたら困りますから」
「今日は誰もキノコを採りに山の中には入ってなかったと思うが」
「それなら余計に。…大勢が移動をするので森の魔獣が興奮して出て来ないとも限らないので」
村長は困った顔でセオを見た。
「誰か連れて行くかい?」
「いいえ。皆の長旅を男衆で守ってもらわないと困ります」
子供らしからぬ冷静な判断に村長は溜め息を吐く。しかしセオの事を生まれた時から知っている彼は小さな子供の意見だと拒んだりはしなかった。
「気を付けてな、セオ君。王都で会おう」
「はい。皆さんもご無事で」
二人が話している背後では、わあわあと人々が馬に荷物を縛って引いたり馬車に荷物を積んだりしながら、足早に行動している。
セオは少しじれながらも、全員が村を出るのを待った。
村長が最後に東の道へと柵から出ていく。彼らは早足で歩きながらも自分たちの生まれ育った村を振り返り振り返り、そうやって王都を目指していった。
人や馬が立てていった砂埃が収まるまで、セオはじっとその場で待っていた。手元の魔法時計を見る。母親が行ってから三時間が経っていた。
小さく息をはくとセオは村の西側にある森に向かって走った。
森に入ってすぐの奇妙な石像の前で止まる。六年前に立てられた石像は苔むしていたが崩れてはいない。
「木々よ大地よ皆を守る壁となれ<緑光の煥壁>」
セオが呪文を唱えながら石像に触れる。ゴトゴト揺れた後に石像を中心に、光輝くベールの様な魔法が村の外側の南北に長く展開された。
「よかった。発動して」
セオは父親が作った時に、動くかどうかわからないと言っていたのでひやひやしながら呪文を唱えたのだ。
「…時間稼ぎにはなるだろう」
キラキラと輝く壁の向こうには西の空にうっすらと見える黒い煙。
母親が戦っているであろう国境の砦がある方向だ。
そのまま村の柵の外側を東に向けてぐるりと回って走り出す。森の中を抜けてセオも王都を目指さなければならない。
この事態を王都にある冒険者ギルドに伝えなければならないからだ。それはずっと前から両親と約束していた事だった。