登録
第三話として投稿してました。第四話です。
タイシ達が冊子の内容を読み込むこと五分、バランが部屋に帰ってきた。
「これが冒険者カードだ。今から登録してもらう。と、その前に偽名も決めておけ。登録を終えたら上から偽名を被せる。じゃ、カードを手に取って魔力を流せ。」
バランはそう言って名刺サイズのカードを手渡してくる。
「あ、あの…魔力の流し方がわからないんですが…」
バランは目を見開く。彼にとって、魔力とは生まれたときから付き合ってきたものである。実はこの世界では、科学というものが魔道具、と言う形で発展している。使用しているエネルギーが魔力であるのと、複雑怪奇な法則性が乱雑に混在する魔物の素材を使用している、と言う点を除けば、実は技術水準は二千年代初頭の地球を凌駕しているのだ。それにしては街並みは中世並みなのだが、これは世界を動かす者達の責任だ。世界の頂点に立つ者達は総じて長命である。これは、魔力保有量が高くなればなるほどマナを魔力に変え、循環させる力がある、と世界が判断し、最盛期で体の状態を保つ力が働くからである。その影響で長命化した者達が世界を牛耳っている関係上、保守派が強いのだ。下の層で世界の見た目を変えるような発明が成されても、あらゆる方向から潰されるのである。
閑話休題
そんな魔力の使用が欠かせない世界で育ったバランにとって、十五にもなって魔力を扱えない、と言うのは想像することも出来なかったのである。故に、一瞬呆けてしまった。
「そ、そうか。お前らの世界には魔力はなかったんだな?うーん…なんて説明すりゃいいのか…目閉じて右胸に意識集中させてみ?なんか感じたらそれを手に移動だ。」
タイシ達は何故右胸なのか疑問に思いつつも、言われた通りに実行する。
(右胸…右胸…うおっ!なんだこれ?冷え…えーと…これを手に移動…)
右手に冷たい何かが移動したことを感知したタイシは、右手を顔の前に持っていき、ゆっくりと目を開ける。
「うわっ!」
タイシは小さく叫んで転ぶ。驚いたのも無理はない。タイシの手は光っていたのだ。白色に淡く光っているその手の中にあるのは先ほど渡されたカードである。そのカードも淡く光っており、タイシの眼前で文字が刻み込まれている。
「それが魔力ってやつだ。大気中のマナを取り込んで体内の魔力機関で魔力に変換。それをエネルギー源として魔法を使ったり魔道具を使ったりする。」
バランはどこか得意げに説明している。その視線の先には身に起きている現象に呆気に取られているタイシ達がいる。すると、三人の手の点灯が終わり、カードを包んでいた光も消える。
「うっしそれでギルドカードは登録終了だ。失くすなよ?それはこれからのお前らの身分証だ。まあ身分証って機能以外にも魔力パターンが判明してる魔物なら倒せば討伐記録を残してくれる優れものだ。あとは紋章を刻み込んでカードの名前偽称して終わりだな。紋章はどこに刻む?」
「あのー紋章ってどれぐらいの大きさでどう言う形なんですか…?」
「ああ、そうか女性には死活問題か。」
バランは蘭に反応して執務机の引き出しを漁る。
「ほら、これだ。」
バランはそう言って一枚の紙を差し出す。その紙に描かれていたのは幻想的な花の紋章描かれていた。
「おお!綺麗!ねえみんなで同じところにつけようよ!」
蘭は楽しそうだ。彼女にとって、タイシと同じところに刺青を入れる、と言う行為は望むところなのである。
「これって偽造されないんですか?」
タイシの疑問は至極当然のものである。偽造しようと思えば簡単に出来そうなデザインなのだ。更にランクで変わるのは色だけである。
「ああ。それは無理だぞ。九大陸全てでこの紋章と同じ模様の絵が生み出されるたびにわかるようになっている。仕組みは古の大賢者様しか知らんが、実際にこれまで数千年、一度も偽造事件は起きていない。」
「す、すごいんですね。」
魔法の利便性に驚くも、どこか納得してしまうタイシ。そもそも、今現在タイシ達がいるのは魔法の蔓延する異世界である。少なくとも自分達の認知する範囲では魔法の存在していない世界で生まれ育ったタイシには何が可能で何が不可能なのか想像することすら出来ない。
タイシは蘭と美桜に視線を向ける。
「で?どこに入れる?」
「防具着用時に視認できる必要があるんでしょ?普通に考えたら手の甲とか頬じゃない?」
「頬は嫌よ!」
「それもそうね。なら手の甲にする?」
「うーんそれだと手袋つけられないんだよね…バランさんのオススメはあります?」
決めきれないタイシはバランに尋ねる。
「ふむ。後方支援は首筋が多いな。前衛は頬や額だ。だが別に戦闘中は見えてなくてもいいんだぞ?護衛依頼中や討伐依頼中に聞かれて直ぐに提示できる場所なら大丈夫だ。」
「ああ、なら俺は首筋にするかな。二人ともそれでいいか?」
蘭と美桜は肯定の意を示すために頭を上下に一度振る。このやりとりを見ていたバランは再度執務机に寄ると、引き出しの一つから、青いオーブを三つ取り出した。
「このオーブに冒険者カードをセットして紋章を入れる箇所に当てて魔力を通せ。」
タイシ、蘭、美桜は言われた通り、オーブを首筋に当て、魔力を通す。すると、オーブは一瞬淡い光を放ち、収まる。
「おお!蘭、美桜!いい感じに入ってるぞ!」
「ター君もいい感じ!でもこのデザインやっぱ女子用だよね…一応剣も入ってはいるけど…」
「タイシさん、それを魅せる感じで今度女装しない?」
蘭はタイシの首筋に手を当て、見惚れ、美桜は手をワキワキさせながらタイシに近づく。タイシは特に抵抗することもなく、美桜のボディーチェックを受ける。以前までならば勇気に申し訳ない、と思い、抵抗していたが、いまはもう何も気にする必要はない。
「次はお前らの偽名だ。名前を決めて、ギルドカードを俺に預けろ。明日までに変えといてやる。」
バランがタイシ達の戯れあいを止める。
「偽名だって。どうする?」
「うーん蘭的にはなんでもいんだけど…ねえ、バランさん!この偽名って亡命先に着いたら外すんだよね?」
「ああ、基本的に四ヶ月で自動的に外れる仕組みだ。それより早く着いても向こうの冒険者ギルドで外してもらえる。」
「なら、本当になんでもいいや。あっ、一つだけあった!ター君の事をター君って呼べるような名前がいい!」
タイシは蘭の要望に苦笑を漏らす。
「なら俺はトリスタにしようかな。」
出た名前が聞き覚えのないものであったので、蘭も美桜も首を傾げる。てっきり、ゲームなどでのハンドルネームとして使用していたブラッド・アイルをもじったりするものだと思っていたのだ。…それでは偽名として機能しないのだが。
「なんで?」
「ん?ああ、トリスタンってアーサー王伝説の騎士がいるだろ?そこからだ。まあ、トリストってのは悲しみ、って意味なんだけどな。友だと思っていたものに裏切られてたこととお前らに確認しなかった、失うところだった後悔を今は忘れないためだ。まあ、三ヶ月の間に感情に一区切りつけろよ、って自戒でもあるんだが。」
タイシの説明に蘭と美桜は目を潤ませる。言葉の端端から二人のことをしっかりと考える、と言うタイシの思いが滲み出ていたのだ。ブランチメインズ、イゾルデ
「なら蘭はイゾルにする!」
「お前馬鹿それじゃ行先は悲恋になるじゃねえかよ!」
「しないもん!私は取られる前に逃げ出せたもん!」
蘭は意外にも伝説を知っており、トリスタンの嫁の名を冠することに決めた。なぜ知識を持っていたのかと言うと、それは幼少期にタイシがアーサー王伝説に関する小説を読み、蘭に勧めた事に起因する。彼女はタイシとの大事な思い出、として何度も読み込んだのだ。が、残念な事にその小説にはトリスタンと実際に結婚する女性の存在は書かれていなかった。故に、美桜に上を取られてしまう。
「なら私はブレンチメインズからブレメ、とでもしようかしらね。じゃあバランさんそれでお願いします。」
美桜はバランにカードを手渡す。が、ここでタイシから物言いが入った。
「お前!それはダメだろ!なんだ実はお前一人を選んで欲しくて選択間違えたら俺のことを嫉妬で殺すって示唆してんのか!?」
「あら、違うわよ?イゾルデが取られたんだもの。なら私はトリスタンのもう一人の想い人の名前にしなくちゃ。」
美桜はコロコロと笑う。実際、彼女は既に蘭とタイシと三人で生きる、と決めている。他に増えるのであればその限りではないが、嫉妬でタイシを殺す、なんて未来は存在しなかった。
「お前ら戯れるのは後でやれ後で。今はとっととバランにカードを渡せ。明日からの行動を話すぞ。」
パンパン、と手を叩く音が部屋に響き、リリヤがそう言う。
「静まったな?よし。じゃあまず。亡命は明日やる。」
タイシが顔を顰めた。
「明日ですか?」
「ああ、明日だ。お前らはここにいればいるほど狙われる。勇者召喚の禁を破った証拠の塊みたいなもんだからな。まあ、安心しろ俺も一緒に亡命するから。」
リリヤはどこか憂いを帯びた顔になり、俯く。
「ああ、元々俺は亡命予定だったんだよ。嫁も弟も既に亡命先に送ってるし、この国の不正の記録も世界会議理事局に送ってある。まあ、勇者召喚をやらなけりゃまだあのクソ兄貴を更生させるって道もあったんだがな…」
ここでとんでもない暴露が飛び出した。が、タイシはリリヤの話を聞いてどこか納得した表情であった。今まで何故リリヤが超協力的なのかがわからず、警戒を緩めずにいたのだ。だが、そう言う事情があるならば納得がいく。
「あの、二つお聞きしたいんですが。」
「おお、いいぞ。」
「では、一つ。貴方の魔法制約書とか言うのの契約は大丈夫なのか。そして、二つ。他のクラスメイトはどうなっているのか。」
「ああ、その事か。実はな、その誓約を交わすときに事前に契約相手に離脱時の条件について了承を得た上で冒険者に復帰した際、この契約は破棄される、って文を加えさせてたんだよ。で、俺は勇者召喚の計画が持ち上がった時点で勇者召喚の儀を終え次第、冒険者に復帰する、と伝え、許可を得ている。二つ目は…すまん!俺が仲間につけられた騎士の内、勇者召喚に立ち会えたのは五人だ。お前ら三人の他には後二人しか現時点では逃せない。その二人ももうそろそろここに到着するはずだ。本当にすまない!他の者達は戦争で捕虜とし、隷属魔法を大賢者様に解いて貰うまでは救えない。」
「っ!頭はあげてください!」
深く頭を下げるリリヤをタイシは止める。そんな二人に美桜が語りかける。
「あの、本当に大丈夫ですよ。薄情かもしれませんが、あのクラスの中で私たち三人が関わっていたのは勇者のみ。他の者達からは敵視され、たびたび嫌がらせを受けていました。ですのでそこまで積極的に救いたいか、と聞かれても困る程度の存在なんです。」
蘭は美桜の横で頭を縦に振っている。
「そうだよ!今ならゴミが流してた噂のせいだ、って理由もわかるけど、ほんと酷かったんだから!上履きに釘、手紙に剃刀、加工写真。元の世界にいたままなら卒業と同時に訴える準備も進めてたぐらいなんですよ!既にクラスの殆どを落とせるぐらいには証拠も溜まってたんです!」
タイシは二人の言い分に面食らった顔をしている。実は彼自身には嫌がらせはなかったのだ。これは、幼馴染二人を寝取られた可哀想な人、と見られていたためである。なお、何故男子が蘭や美緒に嫌がらせを行っていたか、と言うと、これは勇気が金を払っていたからである。彼は困らせて自分に依存させる、と言う幼稚な思惑でこれを行なっていた。当然この事は蘭と美桜も把握しており、卒業と同時に勇気も訴えるつもりでいた。
なお、何故勇気が流していた交際の噂を知らなかったのか、と言うと、これはただ単に運が悪かっただけである。嫌がらせを行なっていた総勢五十人を超える面々が一度も漏らしていなかったのだ。が、実は美桜の実家はこの情報を掴んでいた。そして、美桜本人に心に決めた相手の有無を聞いた所、タイシの名が出ていたのでこの話が嘘である事も把握していた。が、美桜本人に知らせれば激情に駆られて詰める前に動いてしまいかねなかったので、情報を止めていたのである。彼女の実家は政治家も多数輩出している大財閥の本筋だ。その家訓はやるならば徹底的に、であり、娘には感情に任せて詰めを見誤るような真似をさせたくなかったのである。
閑話休題
タイシは後で二人から詳しい話を聞くと心に決め、今はリリヤとの問答を続けることのにする。
「あの、勇者召喚が終わり次第、って条件を提示していたのであれば既に王国側に貴方の離脱が把握されてるのでは…」
リリヤはタイシの疑問を笑って流す。
「大丈夫だよ。奴らは勇者召喚は勇者の育成終了時まで、だと思ってるから。まあ、そう思うように誘導したんだけどね。誓約のない口約束で勇者の育成を手伝うって言ったり、王の勇者召喚に関する認識を少しずつ変えたりして、ね。さあ、質問は終わりかな?うん。じゃあ君たちの亡命先を教えるよ。」
「は、はい。」
タイシの顔が引き締まる。
「亡命するのは三ヶ国隣にある、リバインシュタイン帝国だ。このロンブル大陸最大の国だね。その帝国の帝都にまず行って、世界会議評議員の前で君達の証言を取る。まあ、この国を追い詰めるため、だね。そのあ後はいくつか道は用意してる。個人的なオススメは迷宮都市に行って冒険者学校に入学することだけどまあ、それは後で決めよう。旅程は三ヶ月半。亡命には俺の元パーティーが護衛に入る。当然戦闘訓練も冒険者としての常識も教えてやるから安心しろ」
なんとも至れり尽くせりな内容であった。既にタイシはリリヤを信じる、と決めているため、特に反対する理由もない。故に、彼はリリヤに頭を下げる。
「本当にありがとうございます!本気でいつか、いつか恩返しします!」
タイシの左右では蘭と美桜も頭を下げている。彼女達にしても、リリヤには感謝の気持ちで一杯であった。
「よせよせ、本当は俺が一生をかけてでも償わなきゃいけねえ罪なんだ。召喚を止められなかった俺は感謝されていい人間じゃない…」
リリヤは心の底から悔しそうに呟く。彼にとって、今回の件は人生最大の汚点なのだ。冒険者ギルドの上層部から、依頼として聖王国の騎士に復帰することを打診され、その理由を聞いた時、彼は本気で勇者召喚を食い止めるつもりでいた。が、結局宰相と騎士団長を出し抜くことができず、五年が経ち、召喚は為されてしまった。故にこれは彼なりの罪滅ぼしなのだ。二十八人の若者の未来を奪い、死地を与えてしまうことに対する。
(救えるのは多くて半分だろう…戦争で彼らだけ狙って捕虜にするのは至難の業だ…Bランク以上の参戦も誓約で禁じられている以上、これはどうしようもない…)
「では今日はこれまでだ。このギルド内に個室を用意してある。こんばんはそこに泊まり、明日一番で王都を出るぞ。どうやら君達の仲間との合流は正門前になるようだしな。」
「あれ?先程はもうすぐここに合流する、と言ってませんでした?」
「ああ、その予定だったんだが連れてきたのが引っかかりまくったせいでこの支部にはたどり着けなかったらしい。今日は別の支部で登録と保護を行うことになったらしい。さっき通信魔道具経由で連絡があってな。だから合流は明日だ。」
一見防具と武器しか装着していないリリヤが通信魔導具、というものを身につけていると知り、感嘆するタイシ。彼はこのギルドまでの道中、見た街並みから文明を中世程度、と考えていたのだ。しかし、実際にはもっと進んでいるのかもしれない、と評価の確定を中止する。長距離通信、それも超小型無線機での通信が行えるようになったのは地球でもつい最近だ。そんなものが存在している以上、下手をしたら現代日本よりも技術水準は上な可能性もあった。
「ほれ、飯は部屋に持っていってやる。部屋の外に職員が待ってるから行った行った。」