誤解の解消
両親との別れを終えたタイシが次に姿を現したのは、豪華な絨毯の上であった。周囲には共に転移したクラスメイトが全員揃っており、さらにその周りには重厚な鎧に身を包んだ大柄な男が所狭しと佇んでいた。そして、タイシの視線の先、絨毯の続く先に座っているのは、老練な雰囲気と、向かい合うだけで体が重くなる様な覇気を放つ人物だ。
タイシはそんな現状を把握すると、徐に首の周りに手を伸ばす。そして、そこに二つの指輪が通った、一本のネックレスがかかっていることを認識すると、思わず安堵の溜息を漏らす。それも仕方のないことだろう。タイシの両親の行動は博打であったのだ。タイシはおそらく元の世界に戻ったのであろう両親に、心の中で成功の報告をする。
タイシは報告を終えると、周囲を見渡す。見えてくるのは泣き腫らしたクラスメイト達の顔。しかし、その大半はどこか吹っ切れた顔をしている。彼らもタイシ同様、理解出来たのだろう。そもそも帰れるかどうかすらわからないが、仮に帰ったとしても自分達の居場所はないと。これからは、自分の力だけで新たな地で生きていかねばならないと。
この時点で、タイシを含めた二十八人は、この認識に疑問を持つことはなかった。なぜ、そう思うのかもわからないし、さらに言うならば彼ら、彼女らは、自分達に最後の機会を与えてくれた人物との会合を忘却していた。彼らの認識では、異世界に呼ばれ、自分達は元の世界では存在しなかったことになってしまった。そして、何故か家族と最後の言葉を交わす事ができた。となっているのだ。彼らが、この認識の不自然さに気付くのはもっと後の話しである。
タイシを含めた二十八人が周囲を見渡していると、小面に座っていた男が立ち上がる。そして、彼は両手を広げると、周囲に響き渡る低く、落ち着いた声でタイシ達に話しかけた。
「ロンブルへようこそ。勇者とその仲間達よ。我々は貴方達を歓迎しますぞ。私はエリンシア聖王国、国王のレインワース・エリンシアである。」
レインワースはそう言って、纏っていた覇気を消し去り、薄く貼り付けた様な笑みを浮かべた。
「よいな?では勇者様方の現状を説明させて頂く。終え次第、質問は受け付けるので申し訳ないが聞き届けてくれ。」
要約するとこうである。
タイシ達が呼び出したのはロンブルと呼ばれる世界のアメリー大陸にある、エリンシア聖王国。このロンブルには二つの種族、人間族と異族がおり、異族は人間族を滅ぼさんと動いている。タイシ達は、これを阻止するために異世界から呼び出された。
既に異族は周辺諸国に取り入り、人間族に混じって暮らしていると言う。エリンシア聖王国は、異族の悪しき計画を知っており、その情報を周辺諸国に拡散しているが、どこも聞く耳を持たないそうだ。そこで、人間族の正義の象徴、御伽噺の勇者を呼び、その勇者に周辺諸国に訴えかけてもらうと共に、異族を排してもらおうと考えたらしい。
「身勝手な理由で召喚を行なってしまい、申し訳ありませんでした。しかし、この方法しか我々には残されていないのです。どうか…どうか私たち人間族をお救いください!」
レインワース王は最初の威厳もなにもなく、深々と頭を下げた。その様子を見ていた配下の者達は、諫めることなく自分達も頭を下げる。
この状況に声を上げたのは勇気であった。性善説を本気で信じ、人を導くことを心情とする彼には国王が頭を下げる、と言うことに思うところがあったのであろう。
「わかりました!悪しき異族を滅し、必ずや人間の幸せを掴み取りましょう!俺は自分が勇者であったとしても、なかったとして全力であなた方を助けると誓います!なので頭をお上げください!」
勇気のこの言葉を聞き、タイシは思わず頭を抱える。これは勇気の悪い癖である。彼は、まるで刷り込みを行われた雛鳥の様に最初に与えられた情報を信じてしまうのだ。そして、その後、最初の情報を完全に否定できる様な証拠を自分で、見つけない限り考えを変えることはない。この癖はこれまで散々タイシが直そうと奮闘してきたが、今のところ治る見込みはない。それもそのはず、これまでは信じ込んだ情報は基本真実であったのだ。これは、この癖を知ったタイシが徹底的に勇気を利用しようとする輩を排し、勇気がアホな思い込みをしても否定する証拠が見つかる様に誘導していたからである。
しかし今はまずい。相手の思惑がわからないのだ。もしかしたら本当のことを言っているのかもしれないし、もしかしたら騙しているのかもしれない。しかも、ここは相手の本拠地だ。仮に相手が嘘を吐いてるとして、それを否定する材料がそこらへんに転がっているとは到底思えないのである。故に、勇気の思い込みは非常に危険なのだ。
だが、現状タイシに出来ることはない。ブン殴っても証拠を自分で見つけなければ考えを変えないのが勇気である。難儀な友を持ったな、と内心ため息をつきながら、タイシはレインワースと勇気の話の続きを聞く。
「おお!そうか!手伝ってくれるか!」
「ええ!ですが一つだけお願いがあります。」
「ふむ。なんだ?支援は惜しみなくするし生活は保証するぞ。」
「勇者以外の者には自分達で身の振り方を考えさせてほしいのです。」
タイシは勇気の提案に内心苦い顔を浮かべると同時に賞賛も贈る。これで自分が勇者に選ばれでもしていたら溜まったものではないのだ。と、そこでレインワースの顔を注視していたタイシは王の顔が一瞬歪むのを見た。
(っ!なんだ今のは。何故表情が歪む…欲しているのは勇者だけではないってことか…?いや、それとも自由にされると何か不都合が…?)
タイシが頭の中で様々な仮説を立てていると、レインワースがその口を開いた。
「…了承した。“勇者”ではない者にはこの城に留まり、勇者を支援する道と、金銭援助と身分保証と共に自由にする道を与えよう。」
「ありがとうございます!」
勇気はレインワースの言葉に即座に感謝の意を示す。が、タイシの顔色は明るくない。勇気が勝手に決めてしまったが、道が二つに絞られてしまったのだ。使命に縛られて城に残るか城を追い出されるか。タイシが狙っていた、城に留まり情報を集める、と言う道が実質潰えてしまった。現に勇気は周囲のクラスメイトによくやった、と声をかけられている。既に相手方には総意、として受け取られてしまっているだろう。ここは召喚魔法のある異世界。口約束に魔法的拘束力が生じてもなんら不思議ではないのだ。
「ではこれでよいかな?それではまず勇者様を見極めることとしよう。その後は歓迎の宴だ。騎士達よ。ステータスプレートを。」
レインワースがそう言うと、周囲に控えていた騎士達がタイシ達一人につき一名、歩み寄ってくる。そうして騎士から手渡されたのは十センチ四方程度の、金属プレート。突然目の前に来た騎士と、手渡されたプレートを困惑の表情で見つめる生徒達に、レインワースの隣にいた騎士が説明を始める。
「今渡したプレートの中央に円が描かれているだろう。その中央に唾液を一滴垂らしてくれ。そうすれば君達は所有者登録として登録される。あとは頭の中でステータスオープン、と念じるだけでいい。そうすれば自分のステータスが目の前に表示されるはずだ。表示されたら隣の騎士に申告してくれ。ああ、嘘は言うなよ?騎士は全員嘘を判定する魔道具を持ってるからな。」
生徒達はこの説明を聞き終えると、徐にプレートに口を付けた。タイシはその様子を見守る。プレートが隷属の術であったりしては堪らないのだ。が、タイシの隣にいる騎士はそれを許さなかった。
「何をやっているのだ。早く登録をしろ。こちらも予定があるんだ。」
タイシは騎士の横柄な態度に若干腹を立てつつも、自分が騎士に叶わないことは理解できる為、仕方なくプレートに唾液を垂らす。すると、プレートが一瞬淡く光、文字が刻み込まれる。光が収まり、刻まれた文字を見ると、そこにはタイシ・オオバ、十五歳。と書かれていた。
何故フルネームや年齢までわかるのか不可解に思いつつも、タイシは脳内でステータスオープン、と念じる。すると、まるで拡張現実の表示の様に、タイシの眼前にウィンドウが表示された。
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タイシ・オオバ 15 男 ヒューマン
職業:剣士 魔法適性:雷
筋力:D
魔力:E
スタミナ:E
敏捷:E
物理防御力:E
魔法防御力:E
スキル:進化、剣術I、言語理解、雷魔法I
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まるで、VRゲームのステータス表示のようである。タイシはしばらく自分のステータスを眺める。
「おい、早くしろ。ステータスを言え。」
と、そんなタイシを騎士が急かす。タイシは若干不愉快な表情を浮かべるも、反抗しても仕方がないので素直に自分のステータスを告げる。すると、そのステータスを書き記していた騎士の顔が歪む。
「おい。本当にこれであってるのか?」
タイシは騎士がそう言って見せてきた紙を一瞥し、不備がないことを確認すると頷く。
「ああ。間違ってないぞ。何か問題」
不意にうおお、と歓声が上がり、タイシは言葉を止めた。声が聞こえてきた方向を見ると、そこには勇気と、その前で跪いている騎士の姿があった。
「貴方が勇者様でしたか!真っ先に状況を把握し行動したその胆力、他者を思いやるその心意気。まさに勇者様の鑑です!どうか我らをお救いください!」
どうやら勇者は勇気であったようだ。勇気は何故か涙を浮かべている。
「ああ!俺は人を救うぞ!みんなもお願いだ!俺を手伝ってくれ!」
タイシはなにやら感涙している勇気から目を逸らし、自分の前にいる騎士に視線を戻す。
「すまん。ちょっと驚いた。んで、ステータスそれであってるか、だよな。合ってるぞ。何の不備もない。何だなんかまずいのか?」
「ああ…何て言うか…低いんだよステータスが。俺らが伝えられてた勇者一行のステータスは平均がD高ければCで職業も上級職か特殊職。さらにスキルもユニークが一つ以上って話だったんだが…お前は平均がEで職業も極々平凡な剣士。確かに魔法属性は特殊だがそれだけ。あとスキルがマズい。進化は一部の異族しか持ってないはずなんだよ…これを知られるとお前が排除されかねねえ…」
タイシは最後の部分を聞き、顔が真っ青になる。初手で詰んだ。そう思ってしまった。が、先ほどまで横柄な態度で合った騎士は憐みを含んだ目タイシを見ると、持っていた紙を丸めて腰のポーチに仕舞い込んだ。そして、新しい紙を取り出すと、なにやら書き込みを始めた。
「いいか。お前は進化なんてスキルは持ってない。そう言うことにする。わかったな?」
タイシは騎士の言葉に思わず目を見開く。
「い、いいのか?アンタに迷惑がかかるんじゃ…」
「いい。この場にいるのは全員近衛だ。疑われることはない。俺にはお前と同じぐらいの弟がいてな。勝手に誘拐しておいて殺す、なんて仕打ちを出来るわけがねえ。ただ一つだけ言うぞ。できるだけ早く城を出ろ。お前がここにいればいる程バレる危険性が高まる。お前のこのステータスなら国も喜んで追い出すだろう。それでいいか?出たらすぐに冒険者ギルドに行け。あそこに保護されれば国は関係ない。大変だろうがこれが俺に出来る精一杯だ。理解したな?」
タイシは騎士の発言を聞き、騎士の認識を改める。当初は横柄で好きになれなかったが、今では命の恩人である可能性すらあった。まあ、全ては終わって見ないと決定的な評価は下せないので、断言はできなかったが。
「恩に着る。」
タイシは小さく頭を下げる。
「全員ステータスは確認したな?では騎士は前へ。情報を提出しろ。その間に職人にはステータスの説明を行う。まず最初に職業だ。これは世界の認識を示していると言われてる。まあつまり周りから見たらこう表現されるであろう職が表示されるってことだ。次に能力値だ。能力値はFが全世界の平均であると言われている。魔物や他者を倒す事で存在力、と呼ばれる力を吸収でき、これを一定値吸収する事で能力値は上がる。一般的にCに達すれば高い、と判断され、Aに達すれば最高水準と言われている。これは鍛錬や、レベル上昇で上がる。最後にスキルだ!これは言ってみれば覚えている技能を表したものだな。一つだけ、魔法は魔法スキルがなければ使うことはできない。以上。これ以上のことを知りたければ後で城のものに聞け。今はこれから歓迎の宴だ!勇者様方はその準備の間、用意された個室に入ってもらう。いいな!では先ほどステータスを見せた騎士に従って行動してくれ!」
騎士が話を切り上げると、先程の騎士がタイシの元に戻ってきた。
「じゃあ、案内するぞ。ついてこい。」
そう言われ、タイシは素直にその騎士の後を追い、広間を後にする。
♢
タイシ達が全員退出した後、広間ではタイシ達のステータスの確認が行われていた。そんな中、顔を真っ赤にしているのはレインワースである。
「本当にいないのか!?ハイヒューマンだ!もう一度見直せ!不老不死と恩恵授与のスキルでもいい!絶対にいるはずだ!見つけろ!」
レインワースはステータスを精査している騎士達に激昂している。
「ハイヒューマンがいると言うから勇者召喚をしたんだ!いないはずはない!」
が、その言葉虚しく、何度紙を精査しても結果は変わらない。
「今日の晩餐が終わり次第ステータスを書き写した騎士を呼べ!誰かが嘘を吐いてるはずだ!」
レインワースはそう叫ぶと、そのまま広間を後にした。
♢
タイシは現在自分に与えられた部屋で横になっていた。手元にあるのはこの世界の常識が書き記された本。これは、先程の騎士が、最速で城を後にするために情報が必要だろうと差し入れてくれたものである。
「一日は四十時間で一年は一ヶ月三十日の十四ヶ月か…完全に異世界だな…確認されてる文明大陸は九つ…街の外は魔物が跋扈するので街道から外れるべからず、冒険者の護衛は必須…冒険者ギルドは九つの大陸全てで権威を持つ…こりゃ冒険者になるしかないな。取り敢えず冒険者登録していくらか稼いだら隣の国に行くか。異族と人間の関係もこの目で知りたいしな。」
他にも大体の金銭感覚も掴むことができた。
白金貨一枚 一千万
金貨一枚 百万
精霊銀貨一枚 一万
銀貨一枚 千
銅貨一枚 百
鉄火一枚 一
全て円換算である。この通貨は主要な九大陸全てで共通であるらしく、その価値は完全に保証されているらしい。
情報を得て、大まかな方針を決めたタイシは本を閉じ、体を起こす。と、丁度部屋の扉がノックされた。
「開いてるぞ〜」
自分に害意があるならノックなどしないだろう、と判断し、タイシは無警戒にドアが開くのを待つ。そして、開いたドアから入ってきた二人の人物を見て、笑顔になる。
「お前らか。蘭、美桜さん。どうした?」
そう。入ってきたのは二大美姫にしてタイシの友人である蘭と美桜であった。
「ター君と話に来たの!」
蘭は天真爛漫な笑みを浮かべてそう言う。美桜も隣で頷いている。
「ええ。今後の方針などを話そうかと。」
「ああ、俺はなるたけ早くここを出ていくぞ。なんかあの王を信用する気になれなくてな。ってか俺の方針確認してどうすんだ?お前らは勇気についてくんじゃないのか?あいつの彼女だろ?」
タイシのこの発言に空気が凍りつく。
(うおっ!さむ!)
物理的な寒気を感じたタイシが二人の女性に視線を向けると、そこには揃って不機嫌になっている美少女がいた。
「ター君なに言ってるの!?あいつはター君の友達!それ以上でも以下でもないよ!好きなわけないじゃん!」
「ええ。貴方が何故あの自己中でナルシストで身勝手な偽善者の友人なのかは理解しかねますがそれは受け入れています。ですがアレに懸想している、などという勘違いは到底許容出来ません。今すぐに撤回してください。」
タイシは美少女二人の雰囲気に気圧されている。
「あ、ああ。わかったが…以前あいつに告白したって聞いたぞ?で、フラれたけど諦められないから二人で慕い続けるとか…」
「「はあ?」
この瞬間、タイシは死を覚悟した。それほどまでに二人が発する圧がやばかったのだ。と言うか部屋の気温が明らかに下降している。テーブルに置いていたぬるい水の入ったコップに霜が降り始めている。
「ち、ちがったのかそうか。」
タイシはそう言うも、内心首を傾げる。なにせ、この情報を伝えてきたのは勇気本人なのだ。一年の冬休み明けに伝えられていて、聞けばすぐわかることだし嘘ではないのだろう、と判断して受け入れていたのだ。同時に、蘭に抱いていた恋心も捨て、応援してすらいた。
「ねえ、ター君。正直に言って。誰からその噂聞いたの?」
「へ?ああ勇気からだけ…」
タイシはそこまで言ってしまった、と言わんばかりに口を噤む。本来ならこの後勇気本人に確認し、その後四人で話し合いを行おうと思っていたのだ。普段から嘘を吐いたら殺意すら覚える、とまで言っている正義マンがなにか重い事情なしに嘘を吐くとは思えなかったのだ。大方、ストーカーあたりに狙われているのを守るため、とかではないだろうか。とタイシは考えたが、それならそれで蘭と美桜が知らないことは不自然であるし、勇気ならばそのために流す、と前置きしているはずだ。
「タイシさん。他に彼から私たち関連で何か聞いていたことはありますか。」
タイシはこの問いに暫く唸る。実は他にも色々勇気から聞いてはいたのだ。だが、三年間信じた友を本人がいないところで一方的に売るのは気が引けた。…ここで“売る”と認識しているあたり、タイシが既に勇気に疑いを持っていることが窺える。
「ター君。今ター君が言ったことで光堂院を断罪するとかはないから。教えて。なんて言われたの。」
この言葉にタイシは折れた。蘭はタイシの幼馴染みである。幼稚園の頃から知る彼女が、トーンの低い声で話した時は本気で怒っている時だとタイシはよく知っている。同時に、その状態の蘭には素直に従うのが最善であることも知っている。
「えーと、中二の時にお前ら二人が誰か一人じゃなくて二人ともって言い出したので折れて付き合いだした。で今年の夏には身体の関係まで持った。既に美桜とは婚約してて蘭とは内縁の妻になることがけって…お、おいお前ら大丈夫か!?」
タイシがそこまで白状した時点で、蘭と美桜は泣き始めていた。それを見たタイシは慌て始める。
「ねえター君、スンッ、なんで私たちに確認してくれなかったの?」
「タイシさん。もしかしなくても中学二年の夏からあのゴミを交えない会話が急に減ったのはそう言うことなんですよね…」
タイシは涙を流している二人の友人を前にして頷くことしかできない。
「蘭は元々アイツの事嫌いだしありえないんだよ!なんで確認してくれなかったの!?ねえ!ター君!なんで!なんで!」
蘭はそう叫びながらタイシの胸を殴っている。美桜は美桜で静かに泣いている。
どれぐらいの期間かは定かではないが、二人の友人の好意の矛先を勘違いし続けていたようなタイシでも今のような状況になれば嫌でも一つの事実を察する事が出来た。自分は友だと思っていた人物に謀られていたのだ。中一の時に告白された、と言われ、素直に信じた自分がバカバカしい。中二の時に受け入れた、と言われ、十年以上育んでいた自分の気持ちを封印した自分が情けない。今年の夏に遂に関係を持った、と知らされ、祝福すると共に枕を濡らした自分がアホらしい。
タイシの中で、何かが崩れ始めた。そもそも何故勇気は自分に近付いたのか。思い返せば彼にかけられた最初の言葉は、「おお、君が蘭の幼馴染か」であった。その時点で気付くべきだったのだろう。そうでなくとも、付き合った、と言われた時点で確認を取るべきだった。何故出来なかったか、と聞かれれば、答えは簡単である。肯定されるのが怖かったのだ。諦めた、とは言え物心がついた頃から好きだった女の子が取られたことを確認する事が出来なかったのである。きっと肯定されれば完全に壊れていたであろうから。顔を合わせることすらできなくなっていたであろうから。
(あー…本当バカだったんだな…三年間無駄にしたじゃねえかよ…)
不思議と勇気への憎悪は湧いてこなかった。自分の中でどこか気付いていたのもあるのだろう。目の前でいちゃつかないのは、自分を傷つけない為だと思っていたのだが、同時蘭が勇気に向ける軽蔑の目線にも気付いていた。だが、恋仲を詳しく知らないタイシはそういう関係もあるのか、と納得していた。色々と傾向はあった。蘭の日常は彼女からメッセージで送られてくるので把握していたが、一度も勇気とデートに出掛けた事がなかったのだ。更に、よく考えれば勇気が蘭と関係を持った、と言ってきた日、蘭は海外に旅行に行っていたのだ。当時は悲観に溢れて一週間程外部の情報を遮断していた為、気付かなかったのだ。思い返せば思い返すほど自分がアホらしくなってきた。
気付けば、タイシの頬は濡れていた。
「蘭。美桜。本当に申し訳ない。本人に確認すべきだった。本当にごめん。」
タイシはそう言って頭を下げる。
「うん。いいよ。いいけど一つだけ約束して。もうアイツには付き合わないで。蘭は許せないしかおも見たくないし出来れば殺したいぐらい嫌だから。」
「ええ。私も蘭ちゃんと同じ条件でいいです。アレには関わらないでください。」
タイシは二人の言葉を頭を下げたまま受け止める。
「ああ。そうする。そもそもアイツと友人関係でいたのは蘭があいつに付いてる、と思ったからだ。アイツから離れたらランからも離れてしまう事になると思うとどんだけ大変でも離れられなくてな…」
ま、今となってはどんだけアホなんだ、って話だけどな。とタイシは付け足す。その言葉を聞いた蘭はタイシに抱き付く。
「あんなヤツと話してたのはター君がアレと友達だったからだけだよ!そうじゃなきゃ話したくもなかった!体ばっかり見てくるしタイシと私が話してると邪魔してくるし!」
蘭の告白にタイシはあれ、もしかして、と淡い期待を抱く。が、それを確認する前に美桜が動いた。
「蘭ちゃん!協定があるでしょ!抱きついちゃダメ!」
珍しく言葉を崩す美桜。彼女とは小学一年の時以来の付き合いだが、初めて慌てるところを見たタイシは呆気に取られていた。
「協定なんて言ってたからこんなことになったんだよ!ちゃんと好きだって言ってればくだらない嘘で勘違いされることもなかったんだよ!もう協定はなし!私はやだ!」
蘭のこの言葉にタイシが反応する。
「ら、蘭、好きだってもしかして…」
「うん!ちっちゃい頃からずっとずーっとター君のことが好きなの!でもミーちゃんと出会って、ミーちゃんもター君のことが好きなんだって知ったから!知ったからター君が選ぶまで待つ、って決めたの!それまで自分からは攻めない、って!でももうなし!ター君は言わないとわかってくれないってわかったもん!」
そう捲し立てる蘭はどこか必死に見えた。
「蘭も美桜さんも俺の事が…」
「美桜。」
「ん?」
「美桜って呼び捨てにして。私は貴方が手を差し伸べてくれたあの時からずっと慕ってる。ずっと待ってた。ずっと待ってたけどもう待たない。攻める。そもそも今日ここにきたのは貴方の行動についていく為だった。知ってる?この世界では一夫多妻も一妻多夫も認められてるの。まあ後者は嫌だけれども。もう元の世界には戻れない。戻れたとしても戻るつもりはない。だってやっと私と蘭ちゃんのどっちも悲しまない方法が見つかったんだもの。だから今度は逃さない。勘違いなんてさせない。わかった?」
いつになく真剣な表情で美桜に宣言されたタイシは頷くことしかできない。が、一瞬目線を天井へとやると、何か決意したような表情になった。
「わかった。だけど正直まだ気持ちに整理がついていない。ついさっきまで一生叶わないと思ってた恋に可能性が出た上にずっと最高の幼馴染だと思ってた相手に告白された経験は初めてだからな…でもこれだけは伝える。すぐにここを出るぞ。そもそも少しでも留まろうと思ったのは勇気の行く末を確認する為だ。勇気の事が信用できない上に情のかけらも失せた以上、留まる理由がない。二人ともついて来てくれるか?」
タイシが確認を取ると、二人はこれでもか、と言うぐらいに頭を縦に振っていた。
「じゃあちょっと俺の騎士を呼ぶ。」
タイシは座っていたベッドから立ち上がり、ドアを開ける。そして、ドアの横に立っていた騎士に話しかける。
「あの、」
「ああなんだ?さっき入って行ったお嬢ちゃんたちとはここではヤるなよ?」
「やりませんよ!まだそう言う関係じゃないです!そうじゃなくて晩餐前にここを出ます。」
「ハア!?確かに早く出たほうがいいと入ったけど急すぎるだろ!」
「急でもなんでもでます。このままだとなんかダメな予感がするんです。」
タイシはそう言って騎士のことを見つめる。その目を見た騎士は、折れた。
「はあ…わかった。出てくのはお前一人か?」
「いえ、さっき入って行った二人もです。」
「三人か…」
騎士はそう呟くと何やら考え出す。
「わかった。晩餐前に街を見て歩く、と言う名目で白の外に出してやる。後はギルドで登録した後、匿ってもらえ。幸いお前のステータスならEランクスタートだ。15でそれなら匿ってくれるはずだ。俺はお前らが勝手にギルドに行って匿われたことにする。いいな?」
タイシはこの提案に一もなく頷く。が、同時に疑問を解消することにした。
「あの…なんでそんなに逃がすことに協力してくれるんですか?」
騎士はこの問いに一瞬逡巡した後、答えを口にする。
「そもそもな。お前らが召喚されたこと自体不可解なんだよ。」
「と、言いますと?」
「確かに異族と戦争にはなってる。なってるが国王陛下が仰ってた様に勇者の力が必要、なんて事はねえんだ。そもそも一人でかい戦力が増えたところで変わるのは大戦だけだ。異族とこの国の戦争は基本散地的に、しかも同時多発で行われてる。勇者なんてもんがいてもいくつかの戦しか影響でねえんだよ。しかも御伽噺によれば勇者は最初から強いがそれについて来たものたちは初期の勇者と同程度に持っていくまでに数年は鍛えなきゃいけないとある。それじゃあ使えないんだよ。だから不信感持ってるってのがひとつな。後は単純に同情心だ。言ったろ?弟がいる、って。同い年のガキどもを誘拐して縛るだなんてあっちゃいけねえんだよ。」
タイシは騎士の話を聞いて目を見開く。彼は先程、自分のことを近衛だ、と明かしていた。であるのに、忠誠心が絶対ではないのだ。
「でも騎士さんは大丈夫なんですか…?逃がした事がバレて処刑されたり…」
タイシに心配を騎士は笑って流す。
「俺は王の異母弟だよ。しかも元冒険者だ。自由にしてたところをわざわざ魔法制約書まで用いてアイツが近衛にねじ込んだんだ。契約の中には王家に害意を持って行われた行動でない限り、自由に振る舞っても罰せられる事はない、ってのがあってな。俺は大丈夫だ。」
タイシはこの話を聞き、心から自分の運に感謝した。数いる騎士の中からこの人物を引き当てる事ができたのだ。不幸中の幸いとはこの事だろう。
「本当にありがとうございます。いつか必ず。必ずこの恩は返します。」
騎士はタイシが下げた頭を乱雑に撫でる。
「いいんだ。その代わり一つだけ約束だ。お前は生きろ。わかったな?」
「はい!」