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進化した剣士の放浪記  作者: 片魔ラン
第零章 亡命と覚醒
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別れ

どれほどの時間が経ったのであろうか。耳の痛みが引き、目蓋の裏の光が収まり始めた頃、大志はゆっくりと目を開ける。他の生徒達も同様のタイミングで目を開いたらしく、タイシの周囲には困惑の声が広がる。周囲を見渡す者の目に入るのはよく整えられた日本庭園。まるで、皇居の庭の様な美しさを持つその庭園の中心に二十八人の制服を着た男女が立っていた。


 しかし、首を除いて、体が動かない。このことに気付いた者達は、次々に焦りの声を上げる。そして、混乱と同時に蔓延し始めたのは恐怖。これはしょうがないだろう。未知の状況に置かれ、首から上以外動かせない不自由さに子供が耐えられるはずもない。


 恐怖に侵された面々はやがて涙を流し、発狂する。そんな中、タイシやその友人達は冷静に状況を分析していた。幸いにも、彼ら四人は教室での立ち位置、三人が大志を囲う様な形、のままであった。互いに意見を出し合うには最適の形である。


「勇気、蘭、美桜さん。今の状況をどう分析する?俺がパッと思いついたのは誘拐だ。無音の閃光弾と意識を奪う何らかの音波で意識を奪い、集団で誘拐。で、意識を取り戻しても動けない様に薬を打たれた。って感じ。動機も美桜さんがいるからある。ただ、その場合はこの周囲の状況が説明つかない。何で庭なんだ?あとなぜ全員さらう必要があったのかもわからない。」


 タイシの冷静な分析を聞き、三人は真剣な面持ちで考え始める。そして、美桜が声を発しようとしたその時、どこからともなく男の声が響いた。


「皆。注目!ほら、“静かに”!」


 男の声がそう言うと、不自然な程唐突に、二十八人の泣き声や、叫び声が消える。



「ん。静かになったね?じゃあまず自己紹介するよ。僕の名前はアルファ、とでも覚えておいて。さほど重要ではないからね。次に状況説明だね。時間がないから端的に言うよ?君達は異世界に転移する途中。そこに僕が介入して一瞬だけここに留めてる。これから君達には家族とお別れする時間を与えるよ。理由は教えない。でも、これが最後になると思ってね?なにせこの転移が終了すると同時に君達が元の世界で生きた、って事実が消えるから。あー…混乱するのもわかる。だからちょっとごめんね、“受け入れろ”。」


 アルファの一方的な言い分を聞いていたクラスは、各々が困惑や憤怒、そして何故か少数は歓喜の表情を、浮かべていた。しかし、それも男の最後の一言で全て消え去る。まるで、迷う必要が最初からなかったかの様に、乙男の言葉が真実である、と脳が受け入れたのだ。その様子に満足したのか、アルファは話を進める。


「じゃあこれから君たちの家族、と言っても二親等までだけど、の意識と君達を引き合わせるよ。本当にごめんね。僕の力で用意出来たのは五分だけ。君達の状況は既に相手には伝わってるから最後の一瞬まで有効にね…じゃあ、始めるよ。」


 アルファは何故か哀愁漂う声でタイシ達に謝る。その事を不思議に思いながらも、タイシの意識は微睡、やがて落ちる。それは他の者達も同様で、次々とクラスの面々の意識は落ちていくのであった。



「翔ちゃん。お疲れ様。」


 凛とした声で、点灯している画面の前に座る男に話しかけるのは、長い金髪を靡かせた西洋美人だ。その声に反応し、男は座っていた椅子を回す。


「ああ。これで無駄死にする奴が減るといいんだけどな…帰ることに執着して大切なものを失いまくった挙句、帰ったら絶望を味わう、なんてのは俺だけで十分だ。」


 そう返した男の声は、先程タイシ達に話しかけていたアルファのものと同じ声である。


「そうね。諦めることはできないでしょうけど…それでも、現状を把握し、別れを告げられただけでも、救われる者はいるわよ。一人でも運命が変われば翔ちゃんのやったことは無駄にはならないわ…」


 女性はそう慰めの言葉をかけながら、男の頬をそっと撫でる。


「ああ…そうだといいんだけどな…それなら力を尽くしたかいがある…ああ…俺らの時も…だれ…か…が……」


 男はそこまで言って座っていた椅子から崩れ落ちる。女性はスルスルと椅子からこぼれ落ちていく男の身体を抱きとめ、その頭をそっと撫でる。そして、唇をそっと男の耳元に寄せ、囁く。


「ええ…きっと救われるわ…だから今はゆっくりとお休みなさい。千年でも二千年でもゆっくりとね…貴方が起きたその時は私もエリーゼもシェリーも待ってるからね…よく頑張ったわ…本当によく頑張った………ねーんねーん、ころーりーよーおこーろーりーよー…」


 女性はその瞳を涙に濡らしながらも、優しい声で子守唄を唄う。しかし、それもやがて嗚咽に変わって行く。それを聞いたのか、新たに女性二人が部屋に飛び込んでくる。そして、現状を把握し、彼女らも泣き始める。三人は安らかな表情を浮かべて寝息を立てる男を中心に、暫くの間、抱き合っていたのであった。



「う、うぅ…」


 タイシは、呻き声を上げながらそっと目を開ける。ゆっくりと視界が戻り、見えてくるのは人間二人の輪郭。周囲は真っ白で、その二人以外には何もないし、誰もいない。


 やがて、タイシの視界が完全に回復する。


「ああ…親父、お袋。来てくれたのか。」

「ああ。来た、と言っても気付いたらここにいただけだけどな。」

「ええ。しかも何故か貴方の状況がわかるわ。そう…これでお別れなのね…私たちの記憶から貴方は消えるのね…」


 タイシの声に反応したのは五人の中心にいた男女である。二人は、どこか諦めの表情を浮かべるも、その目には涙を溜めていた。


「ああ。どうやらそうみたいだ。ま、全部が夢で、ってこともあるのかもしれないが…」


 タイシはそう言うも、その表情は陰りを見せている。何故だかはわからないが、彼には理解できるのだ。今自分のみに起きていることは真実だと。この時間が、肉親との最後の逢瀬の時であると。しかし、タイシの目に宿っているのは悲しみではない。決意の光である。


「俺、異世界だか何だか知らないけど向こうに行っても頑張るよ。そっちは俺のことを忘れるのかもしれないけど俺は忘れないから。親父、お袋。今まで…育ててくれて、助けてくれて、愛してくれてありがとうございました。」


 タイシは頭を下げる。その様子に、タイシの両親は堪らずタイシに抱きつく。二人はタイシの存在を確かめるかの様に、感触を焼き付けるかの様にきつく抱きしめる。タイシはそんな両親に抵抗することもなく、おとなしく抱きしめられている。


 どれほどの時が過ぎたであろうか。やがて、タイシを抱きしめていた二人は、示し合わせたかの様にその手を離す。


 そして、母親は、その左手薬指につけていた指輪を外すと、父親に渡す。指輪を渡された父親は、首の周りにつけていたネックレスを外し、そのチェーンに渡された指輪を通す。


「タイシ。ここでのものが向こうに持っていけるのかはわからない。わからないがこれを預けるよ。お前がいる俺ら…今の俺らにとっての人生の証はお前だ…そのお前の感触は…記憶は…その全ては俺らの脳裏に焼き付いてる。だからお前にも俺らの証を植え付けてやる。受け取れ。」


 父親はその手に持ったネックレスをタイシの首の周りにかける。その様子を何とも言えない様子で見ていたタイシは、父親と母親の瞳を真っ直ぐ見つめてから二人まとめて抱き締める。


「ああ…絶対に忘れない…忘れてたまるもんか…養子の俺に…全てを捧げてくれた親父とお袋のことを忘れるなんてできるはずがないだろ…」


 タイシが絞り出す様に発したこの言葉に両親は共に目を見開く。


「お、お前気付いてたのか…そうか…気付いてたのか…」


 父親はそう言うと、押し黙ってしまう。


「ああ…とっくの昔にな…でも今言ったろ?二人は俺にとっての親父とお袋だ…たとえ血は繋がってなくても唯一の家族なんだよ…だから忘れない…絶対に…絶対に忘れない…」


 タイシは抱き締めていた手を緩め、二人を手放す。そして、再度二人の瞳を真っ直ぐと見つめる。


「そろそろ時間だな。親父、お袋、じゃあな。」


 別れの言葉を告げ、手を振るタイシ。そんな息子を二人は肩を抱き合って眺める。やがて、タイシの体は薄れて行き、その姿は完全に消え去る。


「行ったな…」

「ええ…行っちゃったわね…」


 母親はそう言うと、父親にしがみつき、嗚咽を漏らし始める。そんな妻のことを優しく抱きとめる夫は自分たちの体も薄れはじめていることに気がつく。


「じゃあな、馬鹿息子。頑張れよ…」


 父親がそう呟くと同時に二人の姿は消える。後に残されたのは真っ白の空間と、床に溜まった涙の後だけであった。




だいぶ前に既に構築済みだった世界観を基に殴り書きしたものですのでそこまでは書いてません。同じ世界観での長編物語は書いていますが、この世界にたどり着くまでが長くてまだたどり着けていないのでこっちを先に公開します。まあ一年以内ぐらいにはもう一つの方も投稿します。更新頻度は期待しないでください。御目汚し失礼しました。

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