合流
「タイシ!」
リリヤと別れ、示された方向に向かって駆けていたタイシは、聞き覚えのある声が聞こえて来たので止まる。
「オリバー!」
「よかった!」
オリバーは安堵を隠さず、笑顔でタイシに駆け寄った。が、タイシに抱きつく直前で動きを止めた。
「…タイシ目が金色に…」
「は?」
「いや、今はいいや。髪は青くないし…そんなことよりリリヤは?」
「リリヤはリッグと一緒に聖王国に戻る、と…通信魔道具は壊れたそうです。」
「リッグと…?それだけ?」
「ええ…あっ、そうだなんかこの指輪を貰いました。魔力通すとなんか脳裏にリストが浮かぶんですけどなんなんです?これ。」
タイシは指輪が見えるように右手を掲げる。オリバーは訝しげに指輪を見つめ、やがて大きく目を見開いた。
「そうか…それを君に…渡すときに設定は言ってた?」
「ええと…生涯設定だと…」
「そうか…そうか…」
オリバーは悲しげに顔を歪めると、俯いてしまう。
タイシは急に泣き出したオリバーに何も言えず、そのまま数分が経過した。
「よしっ、もう大丈夫だ!」
「あ、あの…何があったんです…?」
「うーん。いつか教えてあげるよ。彼が言わなかったんなら今はまだその時ではないんだろうね。そんなことより!その指輪だったね!それはね、時間停止型の亜空間格納庫だよ。」
「格納庫…?」
「うん!それは世界中探しても同じレベルのものは片手で数えるほどしかないだろうね。どんなものでも生きてさえいなければ百個まで収納できる。しかも密閉されてる箱に入れれば理論上無制限に物を入れられるタイプだ。小石も屋敷も一つの物、として処理されるからね。で、君の脳裏に浮かんでるリストは今格納されてる物だよ。そのリストに書かれた文字を言った後に放出、って言えば右手の先から出てくる。逆に魔力を通した右手で触れながら、格納、と言えば格納されるよ!」
「は、はあ…」
実際、タイシが託された指輪、基格納庫は世界に三つしか同種のものが存在しない最上級の品である。しかしタイシには実感が湧かない。そもそもそのような物であるとして、何故であって数日の自分に託したのか理解ができないのだ。
「まあ、今はそんなことはいいの!走れるよね!走るよ!みんなは追手を追い払ってもう森を抜けた。僕たちも急いで追いかけるよ!国境超えたとこにある街で待ち合わせってことになってるから!あっちだよ!ほら走った走った!」
タイシはオリバーに尻を叩かれ、困惑しつつも示された方向に走り出した。オリバーはそんなタイシの背中を見つめ、目に涙を溜めて呟く。
「隊長…あんなろくに考えてもいなさそうな、なよなよしたヘタレに託してよかったんですか…どうせなら立派な男に仕立て上げてから託せばいいのに…あんな状態であの指輪を持ってたらみんな面倒を見ざるを得ませんよ……」
遂には泣き出してしまったオリバー。十秒程涙を流すと、目を擦り、涙を止めた。
「まあ、いざとなればあの糞爺にでも預ければいっか!」
オリバーはいつもの明るい様子でそう言い残し、タイシを追いかける為に木の上に飛び乗り、跳び去っていった。
♢
夜の帳が下りてから二時間。発光する石畳で整えられた街道を二つの人影が走り抜けていく。片方は百六十センチもない華奢な体型の少女で、もう片方は百八十センチは超えるであろう男だ。二人はしばらく疾走した後、不意に止まった。男は少女を見つめ、何やら苛立たし気に貧乏揺すりを始めている。
「タイシ!落ち着いて!ただ単にもう直ぐ街だから上半身裸じゃマズイってだけだから!」
少女は必死に男を宥める。
「そんなこと言ってもしょうがないだろ!どうしろって言うんだよ!」
男は苛立ちを隠さず、叫び散らしている。
「格納庫に服飾棚とか装備棚って書かれたのない?あったらそれ出して!ってか君口調崩れすぎでしょ!」
「それはオリバーが散々蘭と美桜の事でからかってくるからだろ!受け入れろ!で?なんだっけ、ああ棚か。うーん…あっあったぞ!装備品格納棚ってやつか?」
「そうそれ!出して!」
オリバーに請われたタイシは右手を体の前に翳し、装備品格納棚放出、と呟いた。すると、一瞬閃光が走り、タイシの目の前に幅二メートル、高さ四メートルはある大きな棚が現れた。
「そうこれこれ!じゃあ開けてみて!確かその棚は指輪持ってる人にしか開けられないはずだから!」
タイシはオリバーにそう言われ、棚の扉に手をかけた。そして開かれる棚と固まるタイシ。
「どうしたのさ!ほら入った入った!」
タイシは固まっていたところを背後から押され、棚の中に吸い込まれていった。
「入った入ったじゃなくてなんだよこれ!」
押された事でバランスを崩し倒れたタイシは起き上がりながら悪態を吐く。それも無理はない。なんせ、棚の中には十五畳ほどのウォークインクローゼットの空間が広がっていたのだ。
「なんだって言われてもリリヤの装備と服、としか。さ!この中から自由に選んで!リリヤのことだし、中の服は全部サイズ自動調整と清潔保持の魔法陣が組み込まれてるはずだから!じゃ、僕は外で護衛してくるね!」
オリバーはそう言い残し、クローゼットを後にしてしまった。残されたタイシは、何がなんだかわからず取り敢えず身近にあった黒いTシャツと、ローブを羽織り、外に出た。
「おっ!その二つにしたんだ!お目が高いねえ〜」
「なんだよその言い方」
「ん?ああいやいや馬鹿にしてるわけじゃなくてね。そのシャツ、下手なCランク冒険者の鎧より防御力高いんだよ。あとそのローブはランページドレイクって言うBランクの魔物の鱗を内包してる上に防御結界の魔法陣が組み込まれてる代物でね。あっあとフードを被ってれば風の結界で頭を斬撃と刺突から守ってくれるはずだよ!一度頭に被ったら自分で外すまで外れないて機能もついてたはず。あの棚の中にあった中でも一、にでもを争うローブ装備なんだよそれ!まあ、リリヤの本装備には負けるけどね!」
「へえ…」
適当に選んだ服の予想外の性能にタイシは感嘆の声を漏らす。装備はよければいいほどいい、とタイシは思っているのだ。事実、勇気と対面した時にこのローブを身に纏っていれば、切り刻まれ、食い殺されることはなかっただろう。
「まあ、それはいい。さっさと行くぞ。あそこに見えてる光が目的の街なんだろう?」
タイシは再び棚に触れ、収納、と呟きながら視線の先にあった光を指差した。
「うん!そうだよ!」
「門限とかないのか?」
「ああ!ないない!街道と町には強力な魔除が施されてるからね!夜で視界が悪くても門は開いてるんだ!」
「そうか。じゃあ急ぐぞ。」
そう言って、タイシはキャピキャピとしているオリバーを背に、町に向けて走り出してしまった。
「もう…急ぎすぎなんだよ…」
オリバーもタイシを追いかけようと足に力を込めた瞬間、通信魔道具から通信が入った。
「はい!こちらオリバー!あっランス!うん!あと数十分で着くよ!うん!えっ…ああ…そっか…そうかあ…随分と隊長粘ったんだなあ…うん…ああ、いや…隊長、タイシくんに指輪を預けててね。うん、生涯設定で。うん。そうだよ…タイシくんに伝えるのは暫く待って、ってみんなに伝えておいて。うん。あの子達をギルドに近づけるのも禁止。引き返そうとされちゃたまらないからね。うん。じゃあね。はーい」
オリバーはそう締め、通信を切った。そして、雲ひとつない星空を数秒見上げると、視線をタイシに戻し、その後を追いかけるのであった。