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進化した剣士の放浪記  作者: 片魔ラン
第零章 亡命と覚醒
13/21

再会と終焉

プロローグの描写に戻りまーす。

「ひゃぁっ!」


宙を舞うリリヤの左腕。鮮血が散ることはなく、代わりにタンパク質を焦がしたような焦げ臭いが辺りを満たしていく。リリヤは何が起きたのか把握出来ず、真上にあった木の枝に飛び乗ってから取り敢えず闇魔法で完全に気配を遮断する。


(なんだ!?くそっ!左腕を持ってかれた!って団長じゃねえかよ!起きんのはええんだよ…ってなんで気配がわからなかったんだ!?)


 左腕を不意打ちで失った程度で動揺していてはAランク冒険者は務まらない。リリヤは状況を冷静に分析し、騎士団長の気配が完全に遮断されている事に気付く。


(あいつ!なんで魔法使えてんだよ!隠密系魔道具なんて…あっ!ちょっと前に自慢してたじゃねえか!)


 そこまで考え、リリヤは騎士団長が以前、少量の魔力で発動する隠密系魔道具を手に入れた、と自慢していた事を思い出す。性能は最高水準にも関わらず、初級の魔道具と同程度の魔力で発動出来る空間遮断系の隠密魔道。それが何故今発動出来たのかはわからないが、腕を飛ばされ一度気配を補足出来た以上、後は空間の歪みに気を付ければ対処は可能だろう、とリリヤは踏んでいた。…実は魔道具が発動したのはリリヤが施した闇魔法に原因がある。炎神薬の効果で、消えた意識を体が無理矢理起こそうとした結果、魔力が魔道具に流れ込んでしまったのだ。が、リリヤはこの事実を知る事はない。


「めんどくせえ…炎神化した騎士から逃げつつ、魔法剣ぶん回す団長をダメージを与えないようにいなしながら逃げなきゃいけないのか…流石に団長に炎神化されたら死ぬしかねえしな…うおっ!」


 リリヤは急激な回避運動をとり、木の上から飛び降りる。標的を見失った炎神騎士達が無数の風刃を全方位に放ったのだ。その攻撃で当然騎士団長も傷付く。


「おいおい…フレンドリファイアーで炎神化とか洒落にならねえぞ…くっそ!炎神はS〜Bランク相当の魔物とか言ってたのだれだよ!」


 時の大賢者である。そして、実際にこれはほとんどの場合は正しい。そこまで実力の高くない炎神薬使用者は瞬殺されるため炎神化はしないのでランクで表される事はなく、炎神化する個体は総じて強いのだ。また、この様な一体を炎神化させない様に炎神複数体と戦闘を行う、などと言うのは想定されていないため、既存の評価が当てはまらないのは仕方のない事であった。リリヤもこの事は理解しているものの、悪態をつかずにはいられないのであった。


「どうせあと数分だ!逃げ切ってやる!」


 それからの五分間はリリヤにとってまさに地獄、の一言であった。逃げれども逃げれども身を襲ってくる風の暴威と気が狂いそうになるほどの熱射。少しでも気を抜けば命ごと体を持っていかれる、と言う恐怖。先に騎士二人がその命を燃やし尽くし、灰と化した時は思わずガッツポーズをしてしまった。


 そして、今やっと騎士団長の時間が尽きようとしていた。


「はあ…長かった…でもこれでこいつらがうちの一行に行くことはなくなったな……リッグいるんだろ?出てこいよ!」


 リリヤは仰向けに倒れ込み、澄んだ空の色を鑑賞しながらリッグを呼びつける。その声にリッグは瞬時に姿を現す。


「なんだ死ぬ覚悟でも出来たか?」


 倒れ伏しているリリヤにリッグは問うた。


「ちょっとだけ時間をくれねえか?」

「なぜ」

「ちょっと野暮用でな。それにお前が俺を殺った後にうちのパーティーに総出で来られたら困るだろ?なに、さっきまで鍛えてた坊主のとこに行くだけだ。他のやつらが来たら見つかる前に離脱するって約束するさ。」


 リッグはリリヤのこの提案に暫く考え込み、承諾する。別に彼はリリヤを殺せ、としか命令を下されていないのだ。片腕を失い披露した状態のリリヤであれば、被害を被る事なく屠れるため、リッグには特に反対する理由はなかった。


「わかった。が、条件は付けるぞ。俺とお前の現状を伝えるのはナシだ。ちょっと聖都に戻る用事が出来た、と伝えておけ。後もちろんだが回復はナシだ。片手とはいえ全快状態のお前とやり合うぐらいなら今この場で殺す。」


 リリヤはリッグの言葉に薄らと笑みを浮かべ、了承する。リッグが畜生にまでは堕ちていなかったのが嬉しかったのだ。


「ではすぐ行くぞ。場所はわかってんだろうな?」

「ああ。探知は終わってる。」


 リッグはリリヤを引き起こし、尻を叩いた。二人はゆっくりと森の中へと歩んで行った。



 時は遡る事数十分。リリヤがタイシを置いていった場所に戻る。


「あー…身体中痛え……」


 身体中の繊維という繊維をぶち壊すような訓練を終えた直後、リリヤに放置されたタイシは、太い木に寄りかかり、遠くを眺めていた。この行為で別段何かが変わるわけではないのだが、身体中を蝕んでいる激痛から多少は解放される気がしたのだ。


「もしかしてこういうのをこれから何度もやるのか…?つれえ…」


 ぴくりとも体を動かすことができず、呻くタイシ。


「寝るか。」


 急激に眠気が襲いかかり、保護の結界も護衛の犬のような何かもいることですっかり安心しきったタイシは、ゆっくりと眠る事にした。



「んぅ…んん…」


 なにやら息の詰まりと顔面に乗り掛かる質量を感じ、タイシは目を覚ます。目を開こうにも、顔に乗っている何かに阻害され、体を動かそうにも痛みでままならないタイシは、護衛の犬が気付く事を祈って小さく呻くことしかできない。


「ん゛んん゛!」

「おっ!起きたかぁ?」

「!?」


 タイシの耳に聞こえて来てはいけない声が届く。


「いやあ長かったがこれでお前は終わりだ〜。後はどうやって蘭と美桜の心に付け入るかだが、まあお前が死んだって言えば俺にコロっと行くだろ。お前亡き今、右も左もわからない異世界で勇者って力を持ってる俺以外に頼る奴なんているはずもねえしなあ!お前もそう思うだろう!」


 少年はケタケタと笑いながらタイシの頭を踏みにじる。


「三年!僕の大事な三年をお前は使ったんだぞ?まああの二人が手に入るんだから意味のある三年だったとは思うが…って、なんだお前その印は?」


 踏みつけていた足を退けられ、反応する前にタイシは身を引き起こされる。そして、相手を見やる。


「んんん゛!」


 視線の先にいたのは想像通りの人物であった。この二日間で勇気に対して言いたいことが募っていたタイシは、痛みも忘れ体をバタつかせる。


「喚くなよゴミが。大人しくしろ」

「んっ!?ん゛ん゛ん゛ん゛!!!!」


 肝が冷えるような声でそう言い放った勇気は、タイシを地面に放り投げると、腰の剣を抜き振り下ろした。そしてタイシを襲う激痛。県の扱いに慣れていない勇気は、高いステータスを誇るにも関わらずタイシの腕を一撃で切断できなかったのだ。


「ちっ!オメエが動くから行けねえんだよ!」


 もう一度、剣を振るう勇気。今度はタイシの右腕が完全に切断された。されたが、肘の真上の切断面より上に一度目の一閃で付けられた深い切り込みが入っており、タイシは想像を絶する痛みに苛まれている。


「呻くなっつってんだよ!!!」


 そう叫び、何度も剣を振るう勇気。数秒後、タイシだったモノは、無数の切り傷をその身に刻んだダルマとなっていた。猿轡を真っ赤に染め、白目を剥いて気絶しているタイシ。


「なに寝てんだよこのクソ野郎!」


 勇気はタイシを蹴飛ばしながら、聖王に渡されたポーションのうちの一つをタイシに振りかける。直後、意識を取り戻し、空気をなんとか吸い込もうと痙攣するタイシ。勇気が振りかけたのは強力な痛み止めを含んだ気付け薬で、拷問によく使われるモノだ。


「てめえは俺の質問に答えろ!お前のその首についてる奴隷紋はなんだ!?」

「んん?」


 強い薬効を持つ痛み止めで体中の痛覚が遮断されたタイシは、勇気に怪訝な目線を向ける。奴隷紋、というものに心当たりがなかったのだ。もしやいつの間にかつけられていたのか、と思うが、今し方勇気が行っていたことを思い出す。


(こいつ!冒険者紋章を奴隷門と勘違いしてやがるのか!)


 勇気が世界の常識や知識を一切探ることなく二日間を過ごして来たのだとすれば納得がいく。タイシはこの勘違いを利用する方法を必死に考える。


「答えろっつってんだよ!」

「お゛」


 横っ腹を蹴られたタイシは、痛みを感じないものの、自然と変な声が出る。絶望的なステータス差で蹴られたのであばらの殆どと内臓のいくつかが壊れたのだ。


「あっおめえ猿轡してんじゃねえか。それじゃあ返事できねえわな。」


 そう言ってタイシの猿轡を外す勇気。


「っ!てめえ勇気!クソ野郎が!こんなやつだったとh、グフッ」


 悪態を吐き、再度蹴り飛ばされるタイシ。


「おめえに俺に勝手に喋る権利なんてねえんだよ!俺は勇者!てめえは奴隷だ!靴舐めてでも発言権求めるべきなんだよ!!」


 どうやら勇気の中でタイシが奴隷、というのは決定事項のようだ。


「すびばせん…」

「わかりゃいい!で!答えろ!蘭と美桜はどこにいった!」


 この問いにどう答えるべきかタイシは迷う。が、直ぐに勇気の性質を思い出し、語り始める。


「実は…奴隷商に特別な奴隷として連れていかれて…」

「どこにだ!」

「聖王国の王都でオークションにかけるとか…」


 実はこの勇気という男、人間として色々と欠落している。その欠点の一つに言われた事は無条件で信じ込み、その後は自分の目で確認を取るまで認識を覆さない、と言うものがある。故に、タイシの策に見事にハマった。


「王都か!ハハッそりゃいい!勇者の立場を使えば奴隷の一匹や二匹ぐらい手に入る!やっとだ!やっと手に入るぞ!」


 タイシは喜ぶ勇気を見つめる。正直、タイシにはなぜ勇気が蘭や美桜にここまで執着するのかわからないのだ。普通、小学生や中学生が自分を完全に偽り、三年もかけて策を実行するか。答えは否、である。故に、最後の機会になるであろう今、聞いて見る事にした。


「あの、なんで蘭と美桜にそこまで…」

「あ゛あ゛?あーお前は知らねえか。いいぜ、冥土の土産に教えてやる。」


 それから勇気の口から語られたのは、どこまで本気なのかよくわからない内容であった。曰く、小学校の時に出席したパーティーで美桜と出会った。その時一目惚れした勇気は、美桜と婚約している。また、小学校高学年の時のパーティーに美桜は自分に献上するために蘭と言う美しい妾を連れて来た。そして、高校に入り次第、自分と生活させる予定であったが、二人は中学で自分にゲームを仕掛けて来た。曰く、モブであるタイシに惹かれている役を演じていて、勇気はそこからさらってくれる王子役だったと言うのだ。


 この話を聞いたタイシは、光堂院勇気という人間が、最初から壊れていた、ということに気付く。目の前でケラケラと笑い声を上げている少年は、この世の全てが自分を中心に回っている、と本気で思っているのだろう、と。実は、タイシは美桜が小学校二年以降に出席した全てのパーティーに同伴していた。故に、彼女が自分を物のように見てくる無数の男性の目線に僻意していたことを知っているのだ。彼女にとって、パーティーで会う人間は将来のための顔合わせ。将来的にビジネスパートナーになるかもしれない、程度の相手としか見ていない。実際、勇気とは美桜は中学に入って初めて会ったと本気で思っている。勇気に言えば戯れ言と一笑されるかもしれないが。


「そうか…じゃあ王都に戻ったら蘭と美桜を頼むぞ。」


 タイシがそう言えば、勇気は勝ち誇った笑みを浮かべた。今この瞬間、彼の中で勝ちが確定したのだ。


「ああ!祝福してくれてありがとうな!じゃ、俺はもう行くわ!三年間めんどくさかったけど楽しかったぞ!じゃあな!今殺してやるよ!あの世で俺の幸せでも眺めててくれ!」

「!?」


 タイシは目を見開く。今勇気はなんと言った。いや、わかってはいるのだ。いるが、飲み込めなかった。これはタイシの誤算である。彼は、勇気にとって自分が無用となればそのまま去るだろう、と思っていたのだ。その後は、救出係の到着と失血死のどちらが早いかの博打に持っていけるはずであった。のに、勇気は自分を殺す、と言ったのだ。


「お前!殺さなくてもっんんんんん!」


 叫び散らそうとしたところで再び猿轡を嵌められるタイシ。勇気はタイシを見下すと、うっすらとした笑いを浮かべる。


「は?なわけあるかよ。お前魔族なんだろ?どういう仕組みかわかんねえがタイシの記憶は持ってるようだがな。まあ、殺すしかねえだろ。お前には俺からタイシを殺るって楽しみを奪ったからな。楽に死ねるとは思うなよ!ぴぃーぃぴー」


 勇気は唸っているタイシを無視し、指笛を吹く。すると、待つこと数秒、勇気の周りに真っ黒な狼が十体以上集まっていた。


「こいつらは俺に指揮権が与えられた従魔だ。ま、もうわかんだろ。お前は踊り食いの刑だ。聞いた話だとこいつらは魔族を与えれば強くなるらしいからな。安心しろ。死んだ時点でやめるように伝えといてやる。俺に死体を弄ぶ趣味はねえからな。」


 何だその拘りは、と叫びたいタイシを横目に、勇気は命令を下す。


「じゃ、お前ら。そいつを食い殺せ。あっ、頭はやめておけよ。泣き叫ぶ面が見えなくなっちまう。魔族とは言ってもタイシの顔だからなあ!いけ!」


 勇気の号令と共にタイシに殺到する狼たち。舞い散る肉に内臓。タイシは先ほど振りかけられた薬の影響で痛みを感じる事も、気絶する事もない。が、それもやがて限界を迎える。いつまでも血が回ってこない脳は徐々にその機能を停止していく。タイシは段々と朦朧としていく意識の中、楽しそうに笑う勇気に言葉にならない音で怨嗟の声を叫び続けるのであった。


狂ってる人間には話を合わせて距離を取るのが一番です。まあ、変な言質を取られたりしないように細心の注意を払う必要はありますが。

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