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進化した剣士の放浪記  作者: 片魔ラン
第零章 亡命と覚醒
12/21

炎神

 禁忌の強化薬、炎神薬を服用し、襲いかかって来た騎士をリリヤは慈愛に満ちた目線で見つめる。リリヤと襲いかかって来た騎士は、知らない仲ではない。何度か飲みに行ったこともあれば、一度奥さんに挨拶をしたこともある。が、そんな事よりも、リリヤにとって、彼は守るべき国民の一人であったのだ。継承権争いに嫌気が差し、弟と国を逃げ出したリリヤだが、王族としての教育は彼の根幹に根付いている。故に、国民は守るべき存在であり、導くべき存在であり、奉仕をする存在であるのだ。その国民が自分の部下なのであれば、その想いは殊更である。そんな庇護下に置くべき存在が、自分の不甲斐なさを起因に、命を捨てることになったのは許せなかった。…実際はリリヤには責任はないのだが、彼の中では未だに自分が国を捨てていなければ、自分が召喚を止めることができていれば、と言う思いがあり、それが自責の念に繋がっていた。


「すまん。」


 リリヤは小さくそう呟くと、腰の鞘から剣を引き抜き、上段から一閃、袈裟斬りに振るった。その動作だけで、一直線に突っ込んでいた騎士は肩口から両断される。炎神薬は使用者に限界を超えた能力を与える代わりに、思考能力を奪ってしまう薬である。脳機能はたった一つの命令のみ、辛うじて覚えていることができる程度に低下し、思考を伴った戦闘は行えなくなる。結果、使用者は出力の高い単調な攻撃と、身体に染み込んだ反射動作しか行えなくなってしまう。


(こいつは戦闘向きの騎士ではなかった…Cランク中位程度の実力にも関わらず、小規模集団戦闘における知略でこの絵にまで辿り着いた天才だ…そんな奴に炎神薬を使わせても意味はないというのに…あのバカはそんな近衛の能力すら把握してなかったのか…そしてそれを教え、ただしてくれる相手すらいないのか…)


 そう、たった今リリヤが斬り殺した騎士は、場を支配し、その頭脳で戦闘を補助するタイプだったのだ。戦闘能力は、何十年も鍛えて既に上限に達しているにも関わらず、Cランク程度の人間であった。そんな相手が炎神薬を、いくら最大薬効の分量とは言え、使ったところでAランク上位にまで到達しているリリヤには赤子同然である。リリヤはやるせない思いを抱きながら、騎士の死に反応して動き出した五人に意識を向ける。


(…厄介だ。戦闘力はAランクには到達してる騎士団長にBランク中から上位程度の騎士四人か…炎神薬での思考能力を考慮しない出力なら団長は俺と同程度、他の四人は多少下回る程度まで上がってるとみたほうがいいな。にしてもあいつ、こんな所で貴重な上位戦力を六人も捨てるとか正気なのか?いや…狂ってるのか…そうじゃなければそもそも全世界を相手に戦争を行おうだなんて思わないか…)


 突っ込んできた騎士の剣を軽く躱し、後続の剣をいなしながらリリヤは命を燃やしている騎士達の情報を思い起こす。


(団長は炎の魔法剣で剛の剣、他の四人は三人が風の魔法剣士で一人が火の魔法剣士だったな。全員騎士の剣だったっけ…団長は炎神薬とは相性抜群か…)


 炎神薬はその性質上、力押しをするタイプと相性がいい。逆に、騎士の剣とは相性が悪い。近衛が扱う騎士の剣とは、守りの剣である。護り続け、僅かな隙をつくことにその真髄はある。また、騎士団長を除く他の騎士が持っている剣はロングソードである。ロングソードは小さい動きで振るい続ける剣である。故に、制限時間があり、動きが大きく乱雑になってしまう炎神薬とはとことん相性が悪い。事実、リリヤは本来なら梃子摺るどころか瞬殺されなければおかしい出力を誇る四人の攻撃を、難無く処理していた。と、そこで騎士団長が動くのをリリヤは捉えた。


「ほら!こいよ!殺れるもんなら殺ってみろ!」


 故に、リリヤは相手を煽るような台詞を残し、全力で逃げた。


(俺は防ぎ切れば勝ちだ…!あんな化け物相手に出来るか!)


 そう、騎士団長の力はリリヤを大きく上回っていた。同程度の出力に、炎神薬では変わっていないであろう、金を惜しまず集めた防具を盾とした一太刀で相手を斬り殺す愚直な剣。二段上位種のリビングアーマーとして捉えれば、戦えないこともない。が、周囲でちょっかいを出してくる無視できない存在がいるのであれば話は別である。リリヤには時間切れ以外の勝ち筋が見えなかったのだ。


 重い鎧の重量を、闇魔法で殺しながら木々の間を跳ねるリリヤ。そんな彼は一キロメートル程進んだ地点で急に空中から墜ちた。


「うわっ!」


 闇魔法でクッションを生み出し、間一髪で地面との衝突を防いだリリヤは地面に着地する。その直後、彼を大きな水の塊が襲った。


「ガッ!?」


 リリヤは持っていた剣に魔力を通し、水の中で一閃した。すると、リリヤを包んでいた水塊は崩れ、大きな音を立ててリリヤを解放した。


「ゴホッ、ゴホッ!」


 咳き込むリリヤは、咄嗟に回避動作を取る。直後、リリヤが居た場所を切り裂く剣。その剣の造形を見たリリヤは、大きく目を見開く。


「おいおい…なんで副団長様は正気を失ってないんだよ!」


 背後から襲って来た剣を紙一重で迎え撃つリリヤ。彼は下手人に目を合わせる。


「リッグ!二重スパイだったのか!勝ち馬がわからん奴じゃないだろ!」


 驚きと焦燥を混ぜ合わせたかのような表情で叫ぶ。それもそのはず、襲いかかって来た相手は、リリヤが離脱後も内部でスパイとして動く予定であった近衛兵団の副団長、リッグだったのだ。


「答えろ!いつからだ!!」


 リリヤの怒声に副団長は小さく顔を歪める。


「…一ヶ月前だ。」

「何故だ!」

「…ライラを人質に取られた。奴隷の首輪を付けられていて全てが終わるまで主人登録をしないと…。」


 リッグは泣きそうな顔でそう言う。ライラ、とはこのリッグの嫁のことである。この告白にリリヤは大きく目を見開く。そして、剣戟を交わしながら呟く。


「お前…二ヶ月前に家族の亡命は終わったと…」

「ああ!僕もそう思ってたさ!牢に入れられ、奴隷にされたライラを目の前に出されるまではな!!」


 強まる語気と共に剣の速度。


「僕だってこんなことはしたくないんだ!あの腐った王国を裁きたい!だけど!だけどライラの方が大事なんだ!もう誓約書は交わした!もう後戻りはできないんだ!」


 リッグは血の涙を流し始める。世界によって調停される魔法誓約書に署名してしまった以上、彼にもう後はない。激情と共に高まる出力と共に、リリヤは防戦一方になってしまう。と、そこで不意にリッグは大きく後ろに下がった。


「なんだ!」

「僕が与えられた任務はリリヤを抹殺し、その証拠を持ち帰る事。そこの脳筋とお前の戦いに巻き込まれたら俺が死にかねない。ここは引かせてもらうよ。」


 リッグは素早く木の枝に飛び乗ると、そのまま姿を消してしまった。が、リリヤにそんなことを気にしている暇はない。背後から襲いかかってくる人類最高峰の剣を躱すのに精一杯である。


「っ、くそっ!」


 飛び退き、躱したリリヤはそのまま上方に高く飛び上がる。騎士団長の炎を纏った剣は、衝突した地面から半径二十メートルの範囲を陥没させ、焦土としてしまったのだ。


「この出力馬鹿が!」


 リリヤは、焦りを滲ませながら、状況を冷静に分析し始める。


(あの化け物は時間切れ狙い一択。他の四人を処理するしかないか…さっきの様子だと逃がしてはくれないようだしな…)


<<闇よ我が敵の意識を誘い その深淵に落とせ 二度と目覚めることのない深き眠りを 深淵の眠り>>


 リリヤは詠唱を行い、魔法を発動する。標的とされた騎士団長は、頭部を闇に包まれ、やがて頽れる。


(炎神化考えて持って後十分か…その間に団長とやり合う体力を残しつつ、四人を始末しなきゃな…)


 今し方リリヤはが使った魔法は、思考で簡単にレジストできるという制約を持つ代わりに、一度掛かれば二度と目覚めない、と言われている闇の上位魔法だ。その性質上、睡眠時でもレジストされてしいまい、基本的に使われる場面はない。が、炎神化とは非常に相性が良かった。魔力を大量に消費するため、連発はできないのが玉に瑕であるが。


「さあ!では始めようか!俺らの戦いを!」


 自分を鼓舞するかのように吠えるリリヤ。その雄叫びが木々を揺らした刹那、リリヤに全方位から凶刃が襲い掛かった。リリヤは剣に魔力を通し、その場で一回転をした。いくら四方向同時攻撃でも、直線的な剣筋ではリリヤを害せるわけがない。剣を弾かれた四人は、全員身体を強引に捻って風や火を纏わせた剣を力任せに横薙ぎにした。これもまた、炎神薬のデメリットである。同じ基礎を学び、同じ剣技を学び、同じ戦場を駆けた者は動作がほぼ同一のものとなってしまうのだ。


「一人目!」


 リリヤは真上に飛び上がり、刃を回避すると、闇魔法を発動して騎士の一人を拘束した。そして、そのまま木偶の坊のように固まっている騎士の首筋に剣を入れた。これは本来ならば、弾かれてしまう攻撃だ。騎士は瞬時に攻撃された箇所の防具に魔力を通す訓練を行なっている。が、炎神薬で思考能力を失った騎士は、火の魔法剣への魔力供給を切って防具に魔力を通す動作に澱みが出てしまった。結果、その騎士の首は宙を舞うこととなった。


「…。次だ次!」


 本来ならば防がれ、弾かれた剣を切断系の効果から内部破壊波動効果に切り替え、今度はヘルメットを叩く事で頭部を破壊する予定だったリリヤ。騎士が、それまで何十年と鍛え続けた技術を発揮する事なく屠られてしまったことにやるせない表情を見せる。が、すぐに気持ちを切り替えて襲い掛かってきた三人に対処する。


(残りは全員風属性。妨害魔法を扱えるのか否かで対応が変わるな…)


 内心で様々なパターンを想定しながら剣戟を交わすリリヤ。が、七分が経過しても妨害魔法どころか単純なウィンドブレットや、魔力を通すだけで発動出来る魔道具すら使う気配を見せない三人。騎士団長との戦いまでのタイムリミットが迫る中、リリヤは一気に攻めに出る事にした。


 先ず、襲って来ていた騎士の中で最も剣筋が大味だった騎士の剣を弾き上げ、そのまま剣の柄で胸を殴打。この際、柄の爆裂術式を仕組んだ魔道具を発動。騎士が魔力を通して防ぐ前に吹っ飛ばした。そしてそのまま刀身の発動魔道具を衝撃波発生魔道具にし、吹っ飛ばした騎士の背後に周り、背中を殴った。結果、騎士は爆音を鳴らしながらくの字に折れ曲がった。地面に崩れ落ちて数度痙攣した後、動きを止めた騎士。


「本当に魔法を発動出来ないっ!なんだ!?」


 今し方手に掛けた騎士を一瞥しながら呟いていたリリヤは、暴力的な魔力の奔流を感じ取り、一気に距離を取った。そして魔力源に視線を向ける。


「おいおい!炎神化早すぎんだろ!」


 そう、そこには人型の炎が二つ存在していた。緑色のソレの周りには、先程まで騎士達が身に付けていた鎧と、握っていた剣が転がっている。


「炎神化倒す方法なんて相反属性ぶつけるしかないだろ!無理だっつうの!」


 焦りを顕にして悪態をつくリリヤ。が、それも仕方のない事である。それほどまでに炎神化と言うのは恐ろしい状態なのだ。炎神、とは炎神薬を服用した人間の生命力が一定以下に下がった際に成る状態で、残った寿命の消費を倍にする事を代償に、人の身を可視化された精霊にまで押し上げる。その燃え盛る炎を身に纏ったかのような外見から炎神、と呼ばれ、炎神薬の名前の由来となった現象である。その出力は絶大で、過去にはAランクの冒険者が炎神化した結果、Sランク冒険者を追い込んだ、という逸話まで残っている。最後に観測されたとされるのは二千三百年前。その時はBランクの冒険者が町中で成り、Bランク冒険者五人が犠牲になったと言われている。


「逃げてえ!本気で逃げてえ!」


 退路を確認しつつも、逃げてもリッグと炎神達に挟み撃ちにされるだけだと理解しているリリヤ。今の彼の唯一の勝ち筋は、炎神の時間切れを引き起こし、その後控えているであろうリッグを打ち破るといったものだけである。


(無理がある…損耗皆無でもリッグには勝てないんだぞ!?闘技場で二十年間エースやってた人間に魔物狩り専門家がどうやったら勝てんだよ!)


 焦燥を隠そうともしないリリヤは、動き回りながらそこらかしこに闇魔法で落とし穴を生み出していた。これからの五分間は、リリヤと炎神達の鬼ごっこが行われるのだ。歴史上の記述が正しいのであれば、一撃でも擦ればリリヤは絶命する。その場から逃げ出せばリッグが襲いかかってくる事がわかっている以上、リリヤは森の中で風の精霊から逃げ切るという負け確定のゲームを行わねばならないのだ。


「さあ!来い!」


 聴覚が今だに存在しているのかわからないが、取り敢えず微弱な魔力を発しながら炎神二体を挑発するリリヤ。炎神はバッ、と反応し一、リリヤ目掛けて一直線に駆けて来た。


(掛かった!)


 リリヤが設置した落とし穴群に炎神達は差し掛かり、何事もなく通過した。


「なっ!もしかして本気で精霊化してんのかよ!引力付与すらしてあるんだぞ!?」


 いくら精霊の如き力、と言われていてもその根幹には人間としての素体が存在していると思っていたリリヤ。彼は先程までの剣戟の中で、騎士達に植え付けたマーキングを引き寄せる術式を落とし穴に付与していたのだ。が、それはスルーされた。しかも、探知魔法を使っていない事から彼らは落とし穴にかかるほどの質量も持っていないことが伺えた。


「無茶苦茶だろ!」


 突進して来た猛牛を躱すかのように、ヒラリと身を避けたリリヤは、再度大きく距離を取る。


「ひゃぁっ!」


 急に体を襲った衝撃に情けない声を上げるリリヤ。回避先で急に真後ろから吹っ飛ばされのだ。


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