聖王国の闇
タイシから離れ、リリヤは一人森の奥に進んでいた。
「さーて出ておいで〜。素直にやられてくれるなら殺しはしないよ!」
突如立ち止まったリリヤは、何の変哲もない、一本の木にそう呼び掛ける。
「早くしないと洗脳する暇がなくなっちゃうから殺すしか道が残らないぞー!」
そう笑って言いながら、リリヤは目の前の木に向けて、剣を横に振るった。木は根元からスッパリと切れ、リリヤが剣先で軽く押すと倒れ始めた。と、同時に木の上から緑色の甲冑を身に纏った騎士が四名降ってきた。
「四人で同じ木に固まるとか見つけてくれって言ってるようなもんじゃん。あと二人いるよね?そっちも出てきなよ。」
降ってきた騎士達が動いても対処出来るように気を向けつつ、リリヤは倒した木の斜め後ろ方向に声を掛ける。すると、そこに二人、それまで何もなかった空間に、急に姿を現した。リリヤは姿を見せた人物を一瞥すると、軽く口笛を吹いた。
「騎士団長さんかよ!これまたいい獲物がきたようで。だが六人じゃ足らんぞ?Aランク上位を舐めてんのか?お前らの国みたいな小国じゃ全戦力向けてやっと倒せる可能性が生まれるかどうかのってとこだ。」
そこまで語りかけたところで、リリヤの顔が歪む。これまでのリリヤの話に、一人を除いて一切反応を見せなかったのである。あの忠誠心の高い、聖王国の騎士が、自国を小国、と言われても一切反応しなかったのである。リリヤは一つの最悪な可能性を頭に浮かべながらも、唯一反応を見せた男、騎士団長と共に現れた軽装の騎士、に語りかける。
「おい、お前。これはどう言うことだ?」
リリヤの言葉は先ほどまでとは違い、低く、心の底から凍えるような声色だ。更に、魔力放出に伴って殺気を発しており、下手な人間が今のリリヤと相対すれば直ぐに気絶、最悪の場合は絶命するだろう。
「もう一度聞く。どう言うことだ。」
二回に渡り、明らかに自分だけに向けられた疑問と殺気を受けた騎士は、小さく肩を竦める。
「わかっているでしょう?彼らはその使命に身を燃やすんですよ。名誉の炎に中で死にゆく栄誉を与えられたんです。」
リリヤは騎士の返答を受け、額を軽く抑える。
「炎神薬なんてもん隠しもってやがったのか…お前らはそこまでアホだったのか?勇者とか言う計算出来ない戦力を除いたら今のお前らの最大個人戦力はそこの騎士団長だろ…ソレを消費したら勝てる戦も勝てなくなるぞ?」
「ああ、そんな事ですか。その男はうちの戦力じゃないんですよ。」
「は?」
「召喚の真実を知ってしまいましてねえ。クーデターを企てて身を潜めてたんですよ、そいつは。」
「は?」
リリヤは心底理解が出来ない、と言った様子で問い返す。
「は?って今言ったことが理解できないんですか?」
「いや、そいつ忠誠心の塊みたいなもんだろ?なんでクーデター企てんだよ。」
「ああ、あなたもご存知なかったのですね…」
「何をだ?」
「数週間前、そこの元騎士団長さんの娘さんが病気で亡くなったでしょう?」
「ああ。」
騎士が言っている話をリリヤは肯定する。それもそのはず、当時、愛娘を失った騎士団長は荒れに荒れ、リリヤが無理やり押さえ込んだのだ。たった数週間で忘れるはずがなかった。
「あれ、嘘なんですよ。」
「ハア?」
「だから、娘が病で死んだ、ってのが嘘なんですよ。」
「お前ら、もしかして殺したのか?ばれたら暴走するとわかっていて?」
「いえ、殺した、と言うか生贄、と言いますか…」
「お前らまさか…!」
生贄、と言う単語でリリヤは最悪の想像をしてしまった。
「ええ。うちの国王陛下は召喚の生贄に犯罪者では足りないと知って、愚かにも魔力の高い貴族の子供を大量に拐って生贄に捧げたんですよ。その中の一人がそこの男の娘だったんです。」
「あのバカ兄貴、そこまでアホだったのか…勇者以外は暫く使いもんになんないだろうに…自国の戦力ダウンするとか…ってん?」
リリヤは今の騎士の言い分に何やら引っかかるものを感じ、言葉の途中で止まる。
「今お前愚かにも、って言ったか?」
「ええ。愚か、浅慮、脳足らずどの表現でもいいですが。」
「お、おう。いや、言葉の選択じゃなくてなんでいまだに命令に従ってる騎士のお前が罵倒すんだ?」
「ああ、そんな事ですか。これですよ、これ。」
騎士はリリヤの疑問に首の部分につけていた装備を外した。そして、その下に見えたものにリリヤは絶句する。
「お、おまえそれ…」
「ええ、奴隷の首輪ですよ。笑えるでしょう?一昨日の晩餐前に騎士が全員呼ばれ、暗部に奇襲されて付けられたんですよ。どうやら王は近衛さえ信じることをやめたようで。」
「あいつ…」
「かけられた誓約は命令絶対遵守。ですが、主の罵倒をするな、とは一切言われてませんので。」
自国の騎士を隷属する、と言うあまりにも愚かな行為にリリヤは天を仰ぐ。そもそも、リリヤが悠長に証人としてタイシ達を亡命させていたのは、王が民無くしては国が成り立たないことを理解している、と判断したからだ。正攻法で攻めても、民は滅びないだろう、と判断していたのである。が、騎士を隷属したのであらば話は別だ。もしかしたら、速攻王城を滅ぼす必要があるのかもしれない。リリヤは此度の戦闘が終わり次第、世界会議に取り次ぎを願おう、と決めた。
「で?やらなきゃいけないんだな?一つ聞いていいか?」
「ええ、特に質問に答えるな、とは言われてませんので。」
「そこの四人に与えられた炎神薬はどのレベルだ?」
「ああ、その事ですか。勿論、最大です。まあ、もう与えてから既に三十分ほど経過していますので、あと三十分ってところですかね。これでも貴方達を見つけてから最速で与えたんですよ?この貢献を認めて私は人たちで屠ってくれませんかねえ。」
悲壮感ではなく諦観を覗かせている騎士の言葉にリリヤは悲しそうに頷く。彼はわかっているのだ、奴隷の首輪は死んでも外れることはない物である、と。目の前の騎士にとって死が確定事項である、と。
「ああ、わかった。苦しむことなく、逝かせてやる。」
リリヤはそう言って剣を構えた。
「では、お願いしますよ。」
唯一意識を保っていた騎士は、腰のポーチから真っ赤な丸薬を取り出すと、口に放り込んだ。炎神薬、別名狂人薬である。命を神に捧げ、燃やし尽くすことで本の刹那だけ、己の最大ポテンシャルを大きく超えた力を与えてくれる、と言う禁忌の薬である。その生産と使用は世界会議によって固く禁じられており、流通しただけで国が殲滅対象になるほどである。
そんな薬を服用した騎士は、やがて体から力が抜ける。そして、人間というよりは獣に近い動きで、リリヤに飛びかかった。