ドS師匠リリヤ
短いッス_(:3」z)_
逃避行二日目、一行の馬車は、聖王国と隣国である、オムザ公国との国境を覆う森に差し掛かっていた。馬車の時速は一度御者台に座ったタイシの体感で時速五十キロメートル。昼食時と夜は止まっているが、既に三十時間以上は走っており、千五百キロ以上は走っている計算となる。これで大陸でも領土面積が下から数えた方が早いほど小さいと言うのだから驚きである。
現時刻は昼食が予定されている時間の四時間前である。にも関わらず、一行の馬車は森を抜ける手前で停まっていた。まだ昼食の時間には早い、と思いながらも、魔力循環の修行中であったタイシと玲二は、馬車の外に出された。
外には蘭や美桜、炎鬼が待っており、何事か、とタイシが首を傾げていると、リリヤが前に出た。
「今から森の中に実習に行くぞ。ここは弱い魔物ばっかだからな。薬草とか毒草とかキノコの種類とかは実地で叩き込むには最適なんだよ。タイシは俺、レイジはオリバー、エンキはブレメ、ランはエリー、ミオはメリダと一緒に行け。集合は三時間後。はい解散解散」
急に出てきたリリヤの捲し立てる立てるような口調に一瞬ポカン、とするも、タイシはすぐに質問を投げかけた。
「あの、そんなことしてて大丈夫なんですか?追手とか…」
「あ?大丈夫だ。そもそも今の聖王国に俺らを相手取れる奴はいないんだよ。まあ、一個大隊でも寄越してきたらちょっと面倒ではあるが、この短時間で追い付けるような追手は来たとしても少人数だ。それなら遅れを取らねえから大丈夫だよ。」
リリヤ達の強さをあまりよく理解していないタイシ達は、何か言いたげな視線を他の亡命補助メンバーに投げかけるが、全員微笑み返してくるばかりだ。やがて、タイシは諦め、ため息を吐いた。
「わかりました。みなさんがそう言うのであれば…でも何かあっても絶対に守ってくださいね?」
恥ずかしげもなく、守って、と言ったタイシの言葉に他の面々も頷く。自分たちに戦う力がないのはわかっているのだ。現に、馬車を引いているダチョウのような魔物にも恐怖を抱き、近寄れてすらいないのである。現時点では、恥や外聞など気にせず、守ってもらうしか出来ない。そんなこんなで、タイシ達の初の異世界探索が始まることとなった。
♢
と、言う事で
「お前には薬草の知識は最低限しかつけねえ。ってかそこら辺は追々覚えろ。代わりにお前に教えるのはこう言う不安定な地形における剣の型だ。対魔物用のな。」
「リリヤさんって騎士ですよね?対人ではないんですか…?」
「ハッ、俺は八十年冒険者やってたんだぞ?殺したのはアホなことやった奴数人と盗賊ばっかだ。対人なんざできるわけがねえ。」
騎士とは、とタイシは思ったが、そもそもここは異世界である。近衛でも対魔物の方が慣れているのである。戦争慣れしているのは歩兵と戦争屋と呼ばれるCランク止めの人々のみである。そう、現在戦争にBランク以上の冒険者が参戦するのは禁じられているのである。故に、各国は躍起になって冒険者を貴族に叙しようとする。つまり、騎士になっている者の大半は元冒険者であり、対人の剣術を教えられている者は少ないのだ。リリヤも元王族であるが、教えられた剣術は対魔物剣術である。
「まず、だ。お前の使いたい剣はなんだ?俺がある程度まで教えられるのは長剣、大剣、連接剣、双剣だな。どれがいい?」
「その中なら長剣がいいです。他のはイメージすら付きませんし。」
「ほう、わかった。次は確認だ。お前、剣術スキルのレベルⅠ持ってるよな?」
「はい。」
「今まで剣術を学んだ事は?」
「ありません。真似事もないです。」
「ほお!よかったな!」
「よかった、とは…」
「練習も何もなくさ一緒からスキルを持ってるのを才覚者って言ってな。まあ言ってみりゃ天才だ、と世界が認識してるって事だ。まあ、お前の場合は召喚術式になんかあって才能が植え付けられたのかもしれないがな。そうであるにしろないにしろ、お前は剣術を極めることができる可能性を持つ。どうする?数千年間洗練され続けた流派に弟子入りするまで習わないってのも手だぞ?」
「いえ、ここで教えてください。俺に必要なのは洗練された剣術ではなく泥臭い戦闘術です。剣に人生を捧げた人よりも闘いに人生を捧げているリリヤさんの方がいい。」
タイシはリリヤの提案を即座に断る。現在のタイシの行動原理はいち早く己を強化する事にある。召喚された中で唯一、上位職につけなかったばかり、ステータスも低いのだ。悠長に技を磨いていては、蘭についていけなくなってしまう。
「そうか。ではこの先に少し拓けた場所があるから行くぞ。」
タイシは大人しくリリヤの後についていく。
♢
「違う!相手が噛み付いてきたら躱せ!逃げ場がない場合は相手の進行を止めつつ、カチあげろ!絶対に牙を剣で受け止めるような真似をするな!その牙が剣より強かったらどうする!?受け止めている間に爪が襲いかかってきたらどうする!」
タイシがリリヤの指導を受け始めてから四時間。現在タイシは、襲いかかってくる野犬のような魔物、リリヤ曰くハウンドドッグと云うFランクの魔物らしい、と殺し合いを演じていた。既にこの個体で十四体目。途中、挟まれたゴブリンやリスのような魔物も含めると、二十一体目である。
つい先日まで唯の中学生で、転移時にステータスの上昇などの恩恵を授からなかったタイシの体力は既に限界に達していた。が、そんな事は知ったものか、と言わんばかりに、リリヤの足元には次に嗾ける用に瀕死状態に追い込んだハウンドドッグが五体もあった。そう、これがリリヤの修行方法である。拓けた場所で最初の魔物を倒し、血の匂いに釣られてきた魔物を瀕死状態に追い込む。そして、一体ずつ回復させ、タイシに嗾ける。移動する必要もなく、安全に連戦が行える、と言うわけだ。
「も、ハァ、ハァ、もう無理ですって!腕の感覚がないんです!なんで剣を握れてるのかすらわかりません!」
「そりゃその剣は俺が特注した解除するまで手から離れない魔道具だからな!大丈夫だ!完全に死なない限り治るポーションもある!安心して逝け!」
このドSめ、と内心毒吐きながら、タイシは向かってきたグレイハウンドに肩と背筋の力のみで剣を向ける。既に腕には力が入らず、一閃一閃、体全体で手放せない剣を振るうしか攻撃手段が残されていないのだ。
力を溜め、爪を伸ばして飛びかかってきたハウンドドックを下から斜めに切り上げmカチ上げると、そのまま全体重を乗せて剣を下に振り下ろすタイシ。ハウンドドックは咄嗟に牙で剣を受け止めようとするも、間に合わず、体を真っ二つに切り裂かれ、絶命する。
「よーし!よくやった!あと五匹だ!それが終わったら昼食いに戻るぞ!」
実は他の面々からは既に馬車に戻って昼食に入っている、と連絡を受けていたのだが、それは言うべきではないだろう、とリリヤは判断していた。リリヤは倒れそうなタイシに闇魔法の洗脳魔法で体を動かすように暗示をかけ、足元に倒れ伏していたハウンドドックの一体にポーションを振りかけると、タイシの方向に投げつけた。
急激に身体が動くようになったハウンドドックドッグは、背後から発せられている殺気から逃げるようにタイシに襲いかかる。ここでタイシを通り過ぎて逃げることを選択しなかったのは、タイシの背後に物々しい気配を放つ、真っ黒な狼のような何かが待ち構えていたからであろう。
「ほら躱せ!斬れ!対応を間違えれば痛い思いをするのはお前だぞ!実際の戦闘なら間違えた時点で即死なんてのは往々にしてあり得る!足を動かせ!剣を振るうだけじゃだめだ!」
蘭や美桜が見たら絶叫しそうなほどボロボロになっているタイシは、かけられた暗示に従い、体を動かす。身体中が悲鳴を上げるも、意識が朦朧とするも、精神は壊れていない。一度八匹目で死にかけたが、リリヤはしっかりと回復をさせてくれたのだ。リリヤは死んでも死なせてはくれないだろう、と言う根拠の薄い信用を抱き、故に安心して心を暗示に委ねていたのである。
♢
「や゛っと終わった…」
タイシはそう言い残して、今し方殴殺した二十六匹目の魔物の上に、顔から倒れ込んだ。リリヤはそんなタイシに近付き、体力回復ポーションを飲ませようとしたところで、動きを止める。
「あー…追手か……」
リリヤは心底嫌そうに顔を歪める。そして、タイシに体力回復ポーションと気付薬を飲ませる。すると、タイシの意識が一瞬の内にして回復する。
「ん〜、?」
「タイシ、ごめんな、ちょっとアホが来たみたいだから迎撃に行ってくるわ。迎えの人員呼んでおくからここで待っててな。隠蔽結界張ってあるから動かないように。あと護衛に闇犬一匹置いておくから。」
語りかけられたタイシが何か言う前に、リリヤは素早い動きで離れていく。残されたのは、いまいち状況が把握できていないタイシと、その横に静かに佇む真っ黒な犬だけであった。