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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

在りし日の彼に捧ぐ

作者: TKミハル

戦闘シーン、残酷な描写ありにつき、ご注意ください。

広大な森林と、火山のある地帯。僕はそこで生まれた。


その時のことは、実はあまりよく覚えていない。ただ、よくわからない窮屈で真っ暗な場所、そこから出たくてジタバタしたら、包んでいた硬い壁が割れて、光が差し込んだ。


とても大きくてカサついた鼻が僕の匂いをフンフンと嗅いで、次にベロリと舌が触れ、

『おはよう、4番目の子ども。おまえに‘ウィード’と名付けよう』

そんな優しいけど凛とした声が降ってきたんだ。


僕たちは小型の飛竜。飛竜は、魔力で風を起こし、翼を使って空を飛ぶ。

二、三回脱皮を繰り返すと、背中に瘤みたいのが二つ出てきて、さらに脱皮をするとそこから羽が生えてくるんだって。


『リューリック、ウィード、おみやげよ。あんたたちまだ小さいんだから、しっかり栄養つけときなさいよ』


二番目。姉さんが獲物ガゼルをドサリと置いて、皮膜を大きく広げ、羽ばたいてまた空へと飛び立つ。


赤褐色の体が太陽の光を受けて、ぐんぐん遠ざかっていく様子は、なぜだか胸を高鳴らせた。


『リック、リック!ぼくも!ぼくもあれしたい!』

『まだ、まだだな。おまえがあれやったらそこから落ちてベチャ、だぞ。ベチャ』


すぐ上の兄は、僕よりひとまわり大きかった。萌黄色の体。茶色の僕より薄い。


父さんは火竜の属性を持っていたから、赤が濃いほど父さんの血が濃いらしい。


一番目の兄さんがもろにそれで、ここに帰ってくることはまったく、ない。

僕が目にしたのはたった一度きりで、二言三言母と交わして、さっさと出ていったその後ろ姿を覚えている。


姉さんもほとんど帰って来ないから、僕と

遊んでくれるのは、すぐ上の兄さんだけだ。


竜は個人主義で孤高の存在でいることを尊ぶ。


だから本当は、仲の良すぎる僕とリューリックが異常らしい。


兄弟の多い弊害か、なんて母がこっそりぼやいていたのを、覚えている。



本来、竜であれば、一頭、多くとも二頭が完全にひとり立ちするのを待ち、また再び番う。


父は好戦的な性格で常に母を置いて飛び回り、姉が生まれた後数年、そこら中暴れまわって昂りが収まらないまま、母を無理やり、だったらしい。

それが二回続いて、僕らが生まれた。



雌は貴重だから、喜んだんだろう、とは

母の言だ。


食べて、寝て、時折体がかゆくなってボリボリ掻くとまず鱗が剥がれ、脱皮をする。

脱皮をしたすぐ後はまだ体がぬるりとして、乾くまでは傷つきやすいから要注意だ。


それを何回か繰り返して、竜の子は、鱗と皮膚が硬く強くなっていくんだって。


羽が生えた。もう飛べるんだ!


僕は、喜び勇んで崖の中腹にある、巣からバサバサと羽ばたいて、そしてジャンプ!


『おい死ぬ気か!』


ベシャッ


……噛まれた尻尾と、下の壁に打ちつけた顎が痛い。


『どうして止めるんだよぅ!』

涙目で訴えれば、

『おまえは阿呆か!俺たち竜は、この羽だけじゃなく、風を起こして飛ぶんだ。風に乗るのだって、練習しないとうまくできない。母さんに言われたことを忘れたのか!?』

『あ……』


あれ、そんなこと言われたっけ、と首を傾げたけど、リックも母さんも怖い顔をしているから、ごめんなさい、と頭を下げた。


『どうも、ウィードは抜けているようだね。リック、教えておやり』

『……はい、母さん』

少し上から溜め息。

『それから、ウィード。おまえはもう少しで死ぬところだった。気高き竜の子が、飛べもせず無様に落ちて。おまえの犯したことの重さを、よく考えるといい』

今日おまえに夕食はあげられない、と告げる母さんは、抗議の声が上げられないほどの威圧感を放っていた。



押さえても、身を伏せても収まらず、腹の虫はクゥクゥ鳴く。ぐるりと背を土につけ一回転してみた。お腹がひときわ大きな音を立てる。


『ひもじい……』

『おまえ、本当に阿呆だよな……ほら、隠しといたおやつ、やるから泣くな』

『な、泣いてなんかない!ちょっと目に土が入っただけ!』

『わかったわかった。だけど、反省しろよな。それだけ心配させたんだ』

『母さん、も?』

『ああ、もちろん』

力強く頷くリック。


『飛ぶのなんて、すぐできるかと思ってた』

『きちんと練習すれば、の話だろ。今日はもう寝ちまえ。明日はたくさんやることがあるから』

『……うん』


それから、母さんだけでなくリック兄ぃもからんだ厳しい修行が始まり、走ったり、大地を蹴って跳ぶ練習、体の中にある、熱い塊、核を意識して、魔力を外へ吐き出し、自在に操る練習もした。


『まず、下の風の層を分厚くすることを意識しなさい』

『いいか、飛び立つには下に押す風の力が必要なんだ。それにはまず、身体の上の空気の流れを速くして……』


母さんの話をリック兄ぃがわかりやすく伝えてくる。最初はさっぱりだったけど、何回も何回もっているうちに、自然と体が覚え、


『いいぞ!いち、に、さん!』


地面を蹴るのと同時に、羽ばたき、風を身体と、羽全体を強く支え、循環するように送る。

身体がふわりと浮く。


『やった飛べた!見てよ!』


けれどそう言った瞬間、僕はドサリと地面に落ちていた。


『え、なんで……』

『魔法を維持させなさい、ウィード』

『阿呆。風を止めたら落ちるのは当たり前だろ』


うわ……恥ずかしい。


リックは、飛ぶのが本当に上手だった。見本を見せてやるとか言って、ほぼ助走をつけずに羽ばたきから、空へ。


私の血を濃く受け継いだのだろう、とは

母の言葉。


母さんは昔は誰にも負けないほど、速く軽やかに飛べたんだって。


くるり、と鮮やかに空で宙返りを舞ってみせるリックを見上げ、僕は鼻息も荒く再び羽を広げ挑戦する。


楽しく忙しい日々が過ぎるのは早い。魔力を多く持つ竜の寿命は長いらしいけど……僕らにもやがてひとり立ちの時はやってくる。


僕らの棲む洞穴は、火山の近くで、広がる森は鉄分を含み、訪れる人間を惑わせる。


『ニンゲンってなあに?母さん』

『弱く脆く、強い、群れる生き物だよ。彼らに近すぎてはいけない。餌だと思っても侮ってもいけない。我らの鱗も血も肉も骨も、彼ら人間には喉から手が出るほど欲しいもの』

『ニンゲンて僕らより弱いクセに、丸ごと僕らを食べちゃいたいなんて、馬鹿だなあ。やられる前に滅ぼしちゃえばいいのに』

『……奢るのもいけないよ、愛しい子。一つの命の価値は竜族も人間も同じ。そして、我ら竜族がこの地で孤高の存在でいるその意味をよく考えるといい』


この時の僕がこの言葉や、その眼差しの意味に気づいていたら!


この時の僕はただ、外という新天地への期待に胸を高鳴らせているだけだった。



簡単な魔術や、飛ぶのが上手くなっても、すぐにひとり立ちってわけじゃない。


竜たちは、母さんのように辺境の森林に隠れ棲むものもいれば、空高くそびえる山の頂上に棲まうもの、変化してヒトに紛れるものなど、さまざまらしかった。


母さんは、ニンゲンのことも詳しく教えてくれた。ごちゃごちゃした小さな山のようなニンゲンの棲みかには近づかない方がいい。

ニンゲンは知恵を使う。魔力は竜に遥か及ばなくとも、火を吹く筒や、燃える水などの道具を使い、小賢しく立ち回る。


竜殺ドラゴンスレイヤーなる者たちのことも教えられた。


強大な竜を捕まえ、殺すことに長けた者たち。


でも、近くの村にこっそり見にいったことのある、僕は知ってた。


ニンゲンは本当に小さい、鱗も羽根もない、ぶよぶよした変な生き物だ。


あんなやつらに、僕たちが負けるわけがない。


早く、早く旅立ちたい。その思いは日増しに強くなる。


陽の落ちる線の向こうには、いったい何があるんだろう?



それから僕にとっては、長い長い年月が過ぎた。……いや、それはあっというまだったかも知れない。


『……ウィード。我が子よ。時が来たようだ。留めることはできぬ。空渡る鳥を引き止めること叶わぬように』


……相変わらず母さんは、難しいことを言う。


やった、ここを出られるんだ。思わず喉をグルル、と鳴らした僕を見やる、母さんの表情は曇ったまま。


……調子でも悪いのだろうか。


思わず首を傾げると、母は何かを振り切るように頤を上げ、

『祝福しよう、我が子たちよ。風の助けがあるように』

『……これまでの恩を、感謝します』

旅立つのを今日まで遅らせていたリックがそう真面目に告げて、母さんは深く頷いた。


しばらくは、リック兄ぃと一緒だ。


僕の心は、沸き立つ。


ヒトの姿に変じて、鱗や尻尾など、姿に変な部分がないか確かめて。



そうやって森を出て、最初に入ったニンゲンの村は、さまざまな臭いと音と、よくわからない物とでいっぱいだった。


こんな低い平らなところにごちゃごちゃした巣を作るなんて、本当にわけがわからない。そもそも、身体に布切れをわざわざ巻きつけるなんで、邪魔じゃないか!


彼らは、ビュウビュウ風を切って飛ぶ楽しさや、高く上がって小さく広がる大地を見下ろした時のわくわくする気持ちなんて、きっと理解できないに違いない。



『こいつら、目も悪いし、足が遅いなあ』


僕がさっと、目の前に並んだお肉をとっても、気づきもしないなんて。


『やめろ。こそ泥だぞ、それは』

顔をしかめてリックが言う。


『何が悪いんだよ。あんなとこで見せびらかしているのがいけないんだろ』

『見せびらかしているわけじゃない。あれはミセと言って、オカネと交換で物を渡しているんだ』

『……変なやつら』


ごちゃごちゃしたムラやマチを抜けて、森や、黄金色の穂が一面に広がる場所を歩いていくのは本当に気持ちがいい。草原に、ゴロゴロ転がるのも。


そうやって旅を続けてそのうち、僕らは四角く切り出した石や焼いた土くれを集めて火山の一部を真似したような、ちょっと違うような、これまでよりは大きくて変なニンゲンの巣に到着した。


『……ここは変だ。早く抜けよう』

『そうかなあ。いろいろ面白そうじゃんか』


なんと言っても、ニンゲンの数の多いこと!馬や豚、牛もいるし、これだけあれば食事に困らず、何ヵ月も楽して暮らしていけそうなのに。……臭いけど。


「あちこちに、嫌な感じがする。……離れるな」


これまでほぼ鳴いていたのを、リックは急に、切り替えた。


竜のことばからヒト語へ。とっさに聞き取れなかったけど、僕もまた頷き、

「……わかった」

とヒト語で返した。


土くれを焼き、石を積み上げた家がたくさん並ぶ、狭い道を僕らは歩く。


竜は鼻や耳はヒトと違って鋭いから、いろいろな音が、空気を震わせ伝わってくる。


『リック、またあっちでケンカしてるよ。ヒトって気が短いね』

『…………』


リックの顔つきは険しい。僕は、つまらなくなって、まるで掃き溜めのような臭いのする、辺りを同じように真面目くさった顔つきで、歩いていく。



急に何かピリッとしたものが頭に走った。だいぶ遠くに人だかり。ドッと沸く声。


「ウィード!」


リックの鋭い声が止めるのも聞かず、僕は走り出す。


顔をしかめるような鉄と、血の臭い。檻に入れられたあれは……同族!


「なんだァ、てめえは」

「その檻を開けろ!」

僕は、吼えた。竜の遠吠え。助けを、知らせるために。


応えは、ない。檻に入れられた竜は、羽を手足をもがれ、すでに死んでいた。


僕は再び吼え、長く伸びた爪と牙で、そのニンゲンの喉を、たやすく斬り裂き打ち捨てる。


「逃げろ!竜だ、竜がここにいるぞ!」

誰かの叫び声。構うものか!


ズシリ、と一帯の空気が重くなった。殴られたかのような衝撃が、頭に走る。


これまで目にすることのなかった、フードを目深にかぶったニンゲンが魔術を操り……

大剣を軽々と持つ男が、目の前に立つ。


「こりゃ運がいい。一攫千金とは」


唸る剣を慌てて避けたが、今度は魔術で作った細かな網のようなものが僕の身体に絡みつく。


『ウィード、転変しろ!』


リックの声がして、気持ちの悪い網が魔力を込めた風で引きちぎられ、僕は自由になって転変し、大きく羽ばたいた。


おかしい、いつもより上手く飛べない!


空はいつもと違って高くはなく、薄い壁に覆われていた。壁はすぐに破れそうに見えたが破ろうとしても跳ね返り、慌ててバランスを取り直す。


リックの咆哮。壁が一瞬揺らいだ。小さな尖った山の集まり。ヒトの巣の中心から、ゾッとするような音を立て、太い杭が飛来した。


ワァワァ喚く声がうるさい。ギリギリまで近づき、天辺にいるニンゲンを尻尾で薙ぎ倒す。


空中で見事に杭をかわしながら、リックが吼えた。ニンゲンたちが放った羽つきの棒切れが、豪風で吹き飛ばされていく。


キィィイイイ


突然、頭を引っ掻きまわすような甲高い嫌な音が聞こえ、僕はバランスを崩した。とっさに立て直したものの、視界の隅で何か、太い筒に光が集まっていく。


頭を前足で抱え、フラフラと飛ぶ。なんとか、避けないとーーーーーー。


萌黄色の体躯が横切り、ドンッと横から体当たりされた。


バリバリバリバリッ


凄まじい音と雷撃の柱が、隣を突き抜け、肉の焦げる嫌な臭いが。


僕を庇ったリックの、左翼の半分が、ない。羽を削がれ、ぐらりと傾くと、下めがけて急速に墜ちていく。


必死で羽ばたくが、太い杭が飛来し、彼の腕に体に、羽に突き刺さり、血が流れた。


「やったぞ、引き寄せろ!」


言葉にならない鳴き声を上げながらなんとかリック兄ぃを掴もうとした僕にも巨大な弓を横にしたような道具から、太い杭が飛ぶ。突き刺さるのも構わず、僕は叫んだ。


ギュァアアアアッ


口から、血と白い炎が吐き出され、土くれと石の城の一部と、町に放たれた。


攻撃がゆるみ、リックが最後の力で咆哮し、まわりに集まっていた人間を吹き飛ばす。


僕には彼の声がはっきり届いた。逃げろ、と。


僕を狙っていた太い杭は、体を捻ったリックの頭に突き刺さり、そのまま彼の体がドゥッと墜ち、巨大な弓を押し潰す。


空はドームのように魔力で張られた結界が覆う……僕は先ほどの雷撃の柱が突き抜け、開けた穴を目指し、高く高く高く飛ぶ。


片目はすでに潰れ、見えない。羽に突き刺さった杭からは血が流れ、じくじくと痛む。


それ以上に心が痛み、僕は叫び、泣きながら飛んだ。


後ろを振り返ることもできず、泣きながら飛び続け、雲の中へ突っ込み、さらに羽を羽ばたかせる。


長い時間が過ぎ、速度が落ちてきた。疲れて雲を抜け、低く飛べば、何か鳥のようなものがぶつかり、とっさにそれを、噛み砕く。


甘い、甘い血が口内に迸る。悲しい、悲しい。




……ここは、どこだろう。広い、広くて青くて端の見えない湖の上にある、崖っぷちへ、僕は舞い降りた。

陽が沈む。憧れていた、地平線の彼方にある所。でも、ちっとも嬉しくなんてなかった。


また、瞳から涙がこぼれ落ちていく。でももう、傍にいて声をかけてくれる兄はいない。


僕が、殺した。



ォオオオゥウウウ


広い広い水平線の彼方に、悲しげな竜の鳴き声は、いつまでも途切れることなく、こだましていた。



……竜とは、本来孤高のもの。幼竜は独り立ちを迎えた際、初めて窮地に立たされ、ここで命を落とすものも少なからずいる。


いつの頃からか、その危機の際、どこからともなく目立たぬ茶褐色の竜が現れ、幼竜を助け、またいずこともなく消えていく、という噂が立った。


よく晴れて美しい夕焼けの日には、その竜のもの悲しい鳴き声が、長く長く聞こえる、とも。



かの、竜を殺してその恩恵に預かっていた国は、玉座の間に、萌黄の竜の剥製を自慢げに飾っていたが、ある日数頭の竜が国を襲い、滅ぼされてしまったという。


Side:he


コツコツ、硬い殻の向こうから、ノックする音が聞こえたと思ったら、

「クキュゥッ」

バキッと殻を割って、小さな鼻が、向こうから顔を覗かせた。


なんだ、このかわいい生き物は!


『母さん、これなに!?』

『おまえの弟だ、リューリック』

『これが、俺の弟!?』

 お腹が空いたのか、チィチィと鳴く弟に、母さんが獣肉を吐き戻して与えている。


 上の姉さんがひとり立ちして、どうやら知らぬ間に寂しく感じていたのかも知れない。

俺は温かな気持ちで、よちよちと歩くウィードを咥え、鳥の羽毛を集めた柔らかな寝床に、そっと寝かせてやった。




『独り立ちを、遅らせる?』

『そうだ。ウィードは、まだ誰かが導いてやらないと』

まっすぐ母の眼を見て告げれば、フゥ、と息を吐き尻尾をドサリと投げ出した。


『あれは……向こうみずな弱い個体だ。おそらく庇護を抜ければ、すぐに死ぬ。魔力を込めた息ブレスもできず、行使できる力も弱い。そのわりには、堪える術を知らず、自分自身と、そして仲間をも、危険にさらす』

母の瞳孔は厳しく細められ、また、深い湖のように碧く凪いでいた。


見捨てろと、言うのか。あの弟を。


ガチリ、と牙が鳴った。一歩も譲らぬつもりで見据えれば、また深い息をひとつして、母は視線をそらす。


『好きに、するがいい。おまえの自由だ。……おまえたちが、長らえることを、願っているよ』


胸中に、言いようのない思いが、渦巻く。

母よ。竜がそこまで情を交わすことなどない、異質だ、とよくこぼしていたけれど。


紛れもなく、俺は母の血を受け継いでいる。




ひとり立ちの日が来た。興奮に瞳を輝かせはしゃぐウィード、そしてこの俺にと等しく母の思いが込められている。


どうか、願わくは。





……人は脆く弱く、強い生き物。それを心に言い聞かす。


竜に比べれば、足元にも及ばない魔力とそのひ弱さに、弟の瞳に侮りの色が浮かぶ。

繰り返し言っても言っても自重しない弟に、母の言葉が甦る。


まだ、人の少ないうちはいい。だが、もしこれが増えたら?



嫌な予感を後押しするように、訪れた都は、気持ちが悪かった。


そこかしこに魔封じの結界が張られ、そこはかとなく、死臭が漂う。蜘蛛の巣に突っ込んだような不快さ。

弟はまだ気づいていないようだが……一刻も早くここを去りたかった。


不快な臭いがひときわ強くなる。背筋に寒けが走った。制止の声も間に合わず、ウィードが走り出す。


『向こうみずな、弱い個体だ。すぐに死ぬ』

母の言葉が、ガンガンと頭に響く、繰り返し。



……させるものか。俺が、守ってみせる絶対に。




この、命に代えようとも。







“在りし日の彼に捧ぐ・完”


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