距離
「星、散歩でも行かない?」
自分の足では思うように行きたい場所にすら行けない私を気遣った姉が散歩に誘ってくれた。
最近ようやく乗れるようになった車椅子にやっとの思いで乗ると、姉に車椅子を押してもらい、病室をあとにする。息苦しくなるような密室から出られたことが何よりの幸せだった。
姉は、見舞いの度に私を病室の外へ連れ出してくれる。
姉との二人きりのじかんは、懐かしくも、どこか新鮮だった。
当たり前だが、失った時間が戻ることはない。だが、失った時間をこれからの思い出で補うことはできる。
少しずつではあるものの、姉妹の絆も三年間という空白の時間をも埋められつつあった。
「どこ行く?」
病室を少し出た辺りで姉が車椅子を止めた。
「屋上。」
私は、その問いにはっきりと答えると、ただ前を見つめ微笑んだ。
私がそう言うと、姉は驚いた様子だった。それには無理もない。
なぜなら、通常では考えられないようなことを私がしようとしていたからだ。
通常なら、憩いのスペースや景色を見ることの出来る大きな窓のある廊下など、屋内で休憩をしていた。
これは、気分転換目的でもあったが、想太さんを探すのいうのが真の目的だった。
常夜灯で出会い、自然と関わりのある場所で共に過ごした想太さんなら、自然にまつわる場所に居るに違いないと思った。
だからこそ、散歩で訪れる場所も固定化されてきていた。
だが、今日は屋上に行きたいと思った。
いつもは寒すぎて誰もいない屋上
に。
勿論、そこには誰もいないわけだから、想太さんに会える確率もかなり低い。
だから、今回の目的は、想太さんに会うためではなく、自然に触れるためだった。
たまにはそんな日も必要だ。
それに、想太さんもリハビリ病棟に入院中だろうから、そう急ぐことではなかった。
そんな考えから、久しぶりの自然との触れ合いに心を躍らせていた。
「星は退院したらどこ行きたい?」
「常夜灯。」
迷うことなく即座に答える。
私が行きたい場所は紛れもなく常夜灯だった。
勿論、想太さんとすごした場所の聖地巡礼もしたい。
だが、私が変わるきっかけの常夜灯には叶わなかった。
あの時は正面から向き合うことの出来なかった景色に向き合い、自然に涙したい。
一度全てを忘れ、ありのままの自分で自然を感じたい。
そんな思いがあった。
「常夜灯?」
「うん。」
なにも知らない姉は、驚きを隠せない様子だった。
まさか姉が聞き返してくるとは思わなかった。
私にとっては当たり前の常夜灯も姉からしてみれば、当たり前ではないどころか、全くと言っていい程の関わりもなかった。
何せよ、近所でもなければ人の寄り付くような場所でもないのだ。
「ふーん。星、私に何か隠してるでしょ。」
姉は勘が鋭いから、これくらいの事なら分かって当然なのかもしれない。
だが、気づかれたくはなかった私は必死に隠す。
「隠してないよ。」
冷静に返そうと思うも、上手くは隠せず、少し笑いながら言う。
「ならいいけど。いつもの星なら遊園地や動物園に行きたがると思ってたから。」
「いつの話よ。」
隠し事があることは何とかバレずに済んだみたいだ。
その発言を聞いた時、私は笑いが堪えられなくなった。
私は姉に子供扱いされているではないか。確かに、それらは幼い頃に好きだった場所には間違いない。
だが、もう高校生だ。
ショッピングだの旅行だの、もう少し大人びたことを好んでもおかしくはない時期だろう。
友達と遊んだり、部活に励んだり、たまには恋をしたり。
そんな毎日に憧れを抱く。
たまには失敗して、その悔しさに押しつぶされそうになる。
でも、それこそが青春かつ自立に繋がっていく。
それこそが理想の高校生だ。
そして、現実の高校生だ。
そこで気がついた。
私の時計は動き続けているものの、姉の中での私は3年前で止まってしまっていることを。
そう思うと、やはり三年という空白の時間を作ってしまったことを申し訳なく思う気持ちと寂しさが込み上げてきた。