憧れと理想
「ありがとう。」
「このくらい感謝されることじゃないよ。」
「私やっと気付いたの。もし、想太さんが率直な思いを伝えてくれなかったら、私は現実から目を背け続けてたと思うんだ。」
「俺は何もしていない。星が変われたのは俺のおかげじゃない。星の意志だよ。」
想太さんは情味に欠ける表情で言った。
私は想太さんが喜んでくれると思っていたがゆえ、状況が読み込めなかった。
普通なら感謝をされれば喜ぶはずだ。
でも、想太さんは私の予想とは違う表情を見せた。
冷静に自分のせいではないと即否定をする。
それが不思議で仕方なかった。
「違うよ。私は、姉に会えなくてもそれでも良いって思ってた。最悪だよ。家族を傷つけたのに反省もしないで振り切って悠々と生きてた。」
正直、何と返せば良いのかが分からなかった。
ただ、想太さんに感謝を伝えたいだけだった。
そして、それを受け止めてほしいだけだった。
少なくともはじめは。
だが、今はそんな単純な気持ち以外にも何かが複雑に絡み合っているような気がした。
そのせいなのか、また余計なことを言ってしまっていた。
「それでいいんだよ。何度間違えたって、最低最悪の人でもいいんだよ。生きている限り、またやり直せるんだから。」
「でも、傷つけたことに変わりはない。私が傷付けた傷は姉の中で一生残り続けるんだよ。」
私は熱が収まりきらなかった。
せめて、今は怒ってほしい。
新しい人生へ切り替えるきっかけを作ってほしい。
この件で怒ってくれる人は想太さんしかいない。
だからこそ、正面から向き合ってくれる想太には叱って欲しかった。
「その傷が消えないことくらい分かってるさ。なら、取り返せばいいだろ。」
それでも、想太さんは怒らなかった。
怒るのではなく、新しい道を提案をしてくれた。
本当は『こんな時くらいは怒ってよ』とでも言いたかった。
それでも、その言葉は喉につかえ、口には出せなかった。
突如、想太さんの表情が気になり想太さんの顔を覗くと、口角が少し上がっていた。
想太さんの声も、聴いていて耳が癒える、クラシックのような、そんな声になっていた。
だから、怒ってもらおう、と頼む気持ちにもなれなかった。
想太さんがどうしても伝えたいことなんだ、と思った。
怒りの中ではなく、想太さんの発する言葉の中から大切なことに自分で気づかせようとしてくれているのだ。
私を傷付けないように、甘い声で寄り添いながら。
私は、空を見上げ、大きく息を吸った。
そうでもしないと、瞳のダムが決壊してしまいそうな気がした。
想太さんがこんなにも私を思ってくれていることが、今までにないくらい嬉しかった。
「まだ会える。それはチャンスなんだ。何物でもない、幸せなんだ。」
「うん。」
もう、言い返す気にもならなかった。
そして、『ありがとう』さえも言葉にならず、ただ頷くだけで精一杯だった。
想太さんへの怒りではない、自分への怒りでもない。
そんな感情が喉に閊えてうずうずしていた。
隣には想太さんがいる。
だが、同じ世界に生きているとは到底思えなかった。
行動も考え方も、何もかもが正反対の想太さんと私がこの世界にいる。
世界は不条理で、不安に押し潰されそうな毎日の連続。
そして、自分の努力さえ惨めに思えてくる。
だが、こんな運命的な出会いもある。
心の底から笑顔が溢れ出るような幸せも。
その事実に、頬が緩んだ。