コロッケ
薄暗い路地を抜けると、喫茶店は目の前にあった。
外見は、目新しさに欠ける喫茶店。
姉のバイト先の喫茶店とは、また少し違う系統のような気がした。
だが、内装は昭和レトロな老舗喫茶店で私にはどこか新鮮さを感じさせる場所だった。
姉のバイト先の喫茶店とは、また少し違う系統のような気がした。
他に客の姿はなく、私一人ならば、間違いなく入店を躊躇うような店だった。
だが、今回ばかりは居心地が良かった。
想太と私のためだけに営業してくれているかのような、そんな趣が今の2人には都合が良かった。
マスターから最も距離のある窓側の席に座り、歴史を感じさせるメニューをパラパラと捲った。
店内にはマスターがコーヒー豆を挽く音だけが響いていた。
マスターは久しぶりであろう客を特に気にする様子もなく、水を出すと再びコーヒー豆を一心に挽き始めた。
カリカリという音に心が癒えていくのを感じた。
いつの間にか店内をコーヒーの香ばしさが優しく包み込んでいた。
「ここのコロッケ好きなんだ。」
そう言うと、メニューのコロッケの欄を指差し、得意気に笑って見せた。
コロッケは、他のメニューに比べると、目立たないところにあった。
一方、ナポリタンやオムライスなどの喫茶店ではお馴染みの王道メニューは、大きく示されていた。
想太さんのオススメのコロッケも、メニュー上の扱いだけを見れば、そこまで人気はないのかもしれない、そう思った。
知る人ぞ知る裏メニューなのだろうか。
それとも、マスターが訳があってこの味を広めたくないのだろうか。
想太さんのおすすめであったが故に、コロッケが美味しくないはずはない。
それだけではなく、マスター特製のコロッケに魅力を感じている自分もいた。
何らかの理由があるだけなのだろう、そう思った。
「ここのコロッケは知る人ぞ知る人気メニューなんだ。」
「なら、私もコロッケにしようかな。」
想太は私の心を読んだかのように言った。
そして、その言葉に安心した私は勢いでコロッケを選んだ。
想太さんのオススメのコロッケ。
想像するだけで多量の唾液が生産され、たちまち口内に広がった。
衣はサクサクで中身はホクホク。溢れ出す肉汁に適した塩味がたまらないのだろう。
想像するだけで夢の世界へ誘われた。