理由
状況を完全に理解するためにはある程度の時間を要した。
ソラさんが出会って即尋ねた『君、過去に未練あるでしょ?』という言葉が何度も頭の中を反芻する。
なぜなら、この言葉が、声が、私を助けてくれるような気がしていたからだ。
「じゃあ、私がここにいるのは、未練を消すため?」
私は、ようやくつかめた趣旨を確認するかのようにソラさんに問いを投げかけた。
「未練はどうしようと消せない。人の心は変えられない。それに、この世界は普通ではないんだ。」
完全に理解したと思った直後、その考えが覆された。
そして、新たな謎である『普通ではない』という言葉が脳内を駆け回っていた。
「普通ではないってどういうこと?」
よくよく考えてみれば未練を消せないことくらい当たり前なのだけれど、焦りのあまりそんなことを考えている余裕などなかった。
急に『普通ではない』なんてことを言われてもよく分からない。
私は、『普通ではない』という言葉に何かが隠されていると思った。
そうでなければ何も言わないはずだ。
だから、問い詰めるように聞いた。
「ごめんね。言いすぎちゃった。」
ソラさんは焦り、何かを隠すように髪の毛をクシャッと触った。
そのソラさんの姿を見てまで、深く問い続けようとは思わなかった。
ソラさんを責めてまで自分の得となるように進めようとすることは、いくら自分の得になることだとは言え、本意ではないような気がした。
「分かった。ありがとう。」
「24時間後に分かるはずだから。」
ソラさんが自分の発言に責任を持ってからなのか、私を前向きにさせるように言った。
私は5歳児の妖精さんにそこまで気を遣わせる私は失礼だと思った。高校生になってまで。
自分の行動ではありながらも自分の今の姿には呆れた。
「気を遣わなくていいよ。」
私はそう言うと、ソラさんから貰った案内の紙を読んだ。
そこには、『普通ではない世界』での諸注意などが書かれていた。
私は、すぐにでもこのどうにもならない感情から抜け出したかった。
はやく日常生活を取り戻したかった。3年前の穏やかな日常を。
そして、あの頃の何にも縛られない自分を取り戻したかった。
この世界でできることは限られているのかもしれないが、何とかなる気がした。
自分にできないことはない、と。
そんな単純な話ではないことは即答でわかることなのだけれど、目の前のお宝に目を光らせている私にはわかるはずもなかった。
「24時間しかこの世界にはいられない。そして、この世界から帰りたくなったら、大切な人の名前を1度言うんだ。心の中でそっと。」
「もし帰れなかったら?」
「この世界から一生帰れなくなる。二度とこの世界から抜け出せなくなってしまうんだ。だから、時間だけは守ってほしい。」
ソラさんに真剣な眼差しで言われたものだから、私は何と答えればいいのか分からなかった。
でも、それだけソラさんが私に真剣に向き合ってくれていることが伝わり、心が突如ホッと温かくなった。
「分かった。」
私は、そう告げるとさっそうと背を向け、早歩きで『普通ではない世界』に飛び込んだ。