1.7.己の状況
できれは比較的速やかに手を放してほしいと表情では訴えているものの、坂本は全く気にすることなく想像以上に強い力で肩を掴んでいる。こんなひょろい体のどこにそんな力があるのか不思議なくらいだ。
「藤屋君! 僕の研究を手伝ってくれ!」
「え、いやです」
「なん……こ、この混餓物語の研究がどれほどすごいことなのかわかっていないようだね……よし! では一から説明してあげよう」
「いや結構ですから」
「まずは……」
「聞けよ!!!」
とりあえず手は放してもらったが一方的な会話は全く止まらない。もう無視しておいてもいい気がする。
藤のじいさんめ…こんなところに一番初めに連れてくるか? 完全に場所を間違えているんだが。全く勘弁してくれ。
私は坂本の話を無視して藤のじいさんを呼ぶ。
「藤のじいさん?」
「なんじゃ?」
「結局俺はここでどうしたらいいの?」
一番気になっていることだ。ここに住まわせてくれるのは構わないし嬉しいのだが、タダで住まわせてもらおうなんて俺も思ってはいない。俺にできる範囲のことであれば何か手伝おうとは思っている。しかし研究は嫌だなぁ……。
「まずは天地の身の安全を確保せねばならんからの。今は戦争中で、波達は浄化遺物を狙っている。そして人型の浄化遺物は浄化能力が極めて高く、天地が浄化遺物であると波達に知られることになれば確実に狙われるだろう」
「あっれ? いつの間にか私やばい立ち位置に立ってない?」
「だが安心せい。わしたちもお前を守ることに協力するが、自分の身を守れるようにも訓練をしてやろう」
どうやら俺は、敵にとっても味方にとっても重要な存在のようだ。とりあえず私も独学ではあるがそれなりに武術をたしなんでいる。対人戦ならそれなりの自信はあるが……藤のじいさんみたいな奴が出てきたら速攻で殺される気がする。
私を訓練してくれるって話だし、もしかしたら藤のじいさんの能力のこともわかったり、私もそういう能力を使える可能性があるのでは?
うん。この話は受けておいても問題ないだろうが……これでは施しを受けてばかりだ。何か返せる方法を教えてもらわなければ。
「あー藤のじいさん。それはすっごいありがたいんだけどさ。私も施しを受けてばかりでは申し訳ないから私でもできることを教えてくれないか?」
「ふむ……良い心がけじゃの。わしらから言えば天地がここに居るだけで助かっているとは思うのだが……ふーむ……」
そう言われればそうか。私という浄化遺物を波達に奪われなければそれだけで相手の目的の阻止ができる。
だがそれだけでは私が風達の役に立っているとは思えない。風達からすればそれでいいのだろうが私が許せないのだ。
「ねーねー! 天地兄ちゃんの指南役僕がやってもいい?」
「……すまん天地。通訳を頼む」
「クルセマが私の指南役を買って出ているが……」
「ほぉ。それでいいのではないか? クルセマは浄化遺物だったしなにか通じるところがあるやもしれんしな」
こうして私の指南役がクルセマに決まった。私はクルセマの声を普通に聞くことができるので問題は全くないだろう。
藤のじいさんがクルセマが指南役でも問題ないというのだから、もしかしてクルセマってそれなりに強かったりするのか?
まぁこの中で一番まともなのがクルセマだから指南役としては別に異論はない。藤のじいさんはあんまり教えてくれないし、訓練時にクルセマにいろいろ聞いてみよう。
「じゃ、それで決定じゃの。混餓物については後々覚えていくといい。とにかく、天地がしなければならないことは、『自分が浄化遺物だと波達にばれないこと』と『自分の身は自分で守れるようになること』の二つじゃ」
「わかりやすくていいね。バレないうちに力を付けて、バレても簡単にはさらわれないようにすればいいんだよな」
「…………いや出来れば終始バレないでくれ」
まぁそれが一番いんだろうな。でもそれって結構難しい気がする。風達にもあまりばらさないほうがいいのだろうか……。
まぁその辺は藤のじいさんに任せることにしよう。
「よし! クルセマ! 早速私に修行を付けてくれ!」
「わかったー!」
「ちょっとまって! 藤屋君! 研究を手伝っ───」
そうして研究室から逃げ出すように走り出す。坂本と一緒にいると頭が変になりそうだ。後ろから私たちを呼び止める坂本の声が聞こえたが知った事ではない。どの道あの体では追いかけてくることは不可能だろう。不健康さを呪え。
クルセマと二人で研究所を出る。背丈の関係でクルセマのほうが足は遅いと思っていたが私と同じくらい速くてびっくりした。
それからはクルセマに連れられて近くの大きな広場に行くことになった。
「ここでいいかなー」
「クルセマって想像以上に足速いな」
「天地兄ちゃんも速いね! 部活か何かしてたの?」
「ああ、部活とかはしてないけど、学校やバイト帰りに走って帰ったりしてたな。私はインドア派だからどこかで体を動かしておかないとな」
鍛錬していてよかったとここで初めて思った。そうだよな、無意味なことなんて絶対にないもんな。まぁ走って帰るのは早く家に帰ってゲームしたかっただけなんだけど……。
そう言えばネット友達とか私が死んだこと伝わっているのだろうか。学校や親族には伝わっているともうがネットには伝わりづらいのが現状だしな。親とかにもネットの友達が多くいるとか言ったこともないし私がSNSをやっていること自体知らないだろう。
まぁ別に向こうの世界で思い残すことはないし、新しい人生を楽しめればそれでいい。なんか戦争中だし私重要人物にいつの間にかなってるし……普通に楽しめそうだ。いや楽しむのはまずいか? 適度な緊張感を持つ感じで行くか。
今の日本平和すぎるのが一番の問題だと思うんです。まぁ私はその中で死んだんですけどもね。
「よーし、じゃあ天地兄ちゃん。まず簡単な奴を見せるね」
そういってクルセマは地面に手を付ける。一度深呼吸した。
「地岩」
一言そうつぶやくと地面が変形して細い棘のようなものが数十本飛び出してきた。その速度は異常に早く、私の目ではとらえきることができ無かった。もしあの場所に生物がいたら完全に串刺しにされていることだろう。
「こんな感じでやってみて」
「いやマジでか!?」
その説明でできるのは天才だけだぞ? 流石にこれを見ただけではできそうにないのでコツを教えてもらった。
「うーんとね、イメージだよイメージ。ここにこんなものを出して! みたいな感じでイメージすると簡単にできるよ。僕は浄化遺物だったころの力は出せないけどこれくらいならまだ簡単にだせるんだ」
「浄化遺物だったクルセマができたんだから俺もできなければおかしいっていうことか。だから指南役を買って出たんだな?」
「せいかーい。僕と同じ能力はすでに使えると思うよ」
「よし、えーっとイメージイメージ……」
地面に手を付けて先ほどクルセマが棘を出現させた場所に岩でできた棘を出現させるイメージを脳裏に浮かび上がらせる。
そのあとはクルセマと同じように声を出して技名を叫ぶ。
「地岩」
そうつぶやいた瞬間に、先ほどクルセマが出した岩を壊しながら数百本の棘が出現した。想像以上の威力にクルセマも前かがみになって驚いていた。
棘はしばらくするとボロボロと崩れていき、元の地面に戻っていった。
「……え、すっごい」
「や、やったぜ」
やったぜ by天地