1.3.混餓物の地
お互い自己紹介をし終わったところで、私と……藤とかいう爺さんは今……倒したばかりのトカゲを処理している。
どういう原理であの化け物を倒したのか聞いてみたが「まだ早い」とか言われて何にも教えてくれなかった。ていうか爺さんが腹減ってるだけなんじゃねぇのかよ!
そう思いながらも口には出さず……とりあえずこの爺さんの言うことを聞いておくことにした。爺さんは慣れた手つきでトカゲの皮をはいで内臓を取り出す。そしてひっくり返して血抜きをするようで、近くにあった池に放り込んでいた。いいのこれ?
「うむ、では一時間待とう」
「そんなに待つの!?」
「当り前じゃ。ただ吊るして血が出なくなったから血抜きが終わったと勘違いする若い阿呆がおるが、こうして水に付けて数時間放置するのが一番いいのじゃ。ま、これはワシらの場所でやっていたことだし、他にも流派があるだろうからその辺は口を出さぬがな」
「爺さん何者なの……」
「ただのしがない猟師じゃよ」
嘘つけ。じゃあなんで銃持ってないんだよ……。
爺さんは近くにあった切り株に腰を落として休憩している。綺麗な服を着ているようだが……汚くなることを躊躇していないように感じる。
「ほれ、若造。お前も座らぬか」
「え、あっはい」
言われるがまま適当な場所に腰を落とす。本当は爺さんみたいに切り株とかに座りたいけど、周囲に座れそうなものがないので地べたに座ることにした。
ズボンを土で汚さないように、靴を尻に敷いてあぐらをする形で座る。それを見ていた爺さんは私が座るなりすぐに話しかけてきた。
「お前はどうしてここにおるんだ?」
「え、どうしてって……わかんねぇよ。気が付いたら埋められててさ……急いで這い出したよ」
「埋められてたじゃと?」
「うん。てかここ何!? 何処!?」
「記憶喪失なのか?」
「いや、ちゃんと私の名前も覚えてるし記憶はあるけど……ここが何なのか知らない。殺されたまでは覚えてるけど……」
その言葉に爺さんは目を見開いて驚いていた。口に手を添えて何かを考えているようだったが、すぐに目線を戻して口を開く。
「蘇りかの?」
「うーん……私的には転生とかそっち系かなーって思ってるんだけど……」
「なんじゃ転生って」
おっと!? これをお爺様に説明するのは骨が折れるぞ!?
「あー……なんていうのかな……私は別世界で死んでこの世界に生まれなおしました! みたいな?」
「……なんで生まれなおしてるのに子供の姿をしておらんのだ」
馬鹿野郎そういう説明しか私の頭ではできないんだよ。細かいこと聞かないでくれ……。
私はこの説明だけで何とか押し通して話を進めるように求めるが……納得がいかないようでしきりに首をかしげていたがやっと折れてくれた。
前世(?)でもお年寄りの人と関わる機会があまりにも少なかったから、こういう時どうすればいいのかちょっとわからない……。藤と名乗る爺さんは悪い人ではなさそうだけど、なんか怖い印象が残る。
十中八九、先ほど見たあの能力いよるものだと思うが……。
「ふむ……とりあえずわかった、ということにしておこう。お前のことに関してはうちの若い連中のほうが詳しそうだ。」
「若い連中? ってことは村か何かあるのか!」
「? 当たり前ではないか」
それを聞いて心底安心する。なんとか暮らせる場所を提供してもらうことにしよう。爺さんの機嫌を損ねないようにな。
とはいっても私もこの爺さんに聞かなきゃいけないことが山ほどある。この世界のことを少しでも知っておかないとすぐに死んでしまいそうだ。
爺さんの使っていた能力のようなものも非常に気になる。村にいる人たちも全員こういう能力を持っているのだろうか? 考えれば考えるほど疑問が次々と出てくる。
「爺さん、此処のことについて教えてくれよ。いろいろ知ってんだろ?」
「ふむ、お前は風はもとより、波も知らなければ混餓物も知らないんだな?」
「わからん……なにそれ……」
多分風は自然現象で吹いてくる風のことではないだろうし、波も海の波ではないと思う。おそらく何かの呼び名……だと思っている。爺さんが自己紹介をしてくれた時、自分のことを『風』と言っていた。何かの団体名だということはわかったがそれだけだ。何をしているのかとか全くわからない。
だが混餓物は本当にわからない。元居た世界でも聞いたことがないのだ。
爺さんはまた何かを考えるようにしていたが、またすぐに視線を戻して私をまじまじと見てくる。
「……おお! そうか! お前はクルセマと同じなのか!」
「…………はい?」
「なるほどなるほど、通りでよくわからん話をするわけだ」
腕組をしてうんうんと頷きながら一人で納得している。私は全く話の内容を理解できず頭に疑問符を浮かべまくっていた。
「お、おい爺さん! 私にもわかるように説明してくれ!」
「ああ、すまんすまん。お前は確かに蘇りじゃ。此処とは別の世界から来たのであろう?」
「あ、ああ」
私が説明したことを我が物顔で復唱しやがった。もう理解してくれてるなら別にいいけど……。
「うむ、お前は『浄化遺物』じゃ」
「……ん?」
ん? 何言ってんだこのじじい。私は純粋無垢な人間様でございますよ? ていうか! またわからない単語が出てきたぞ! わかんねぇこと教えろって言ってんのにわかんねぇこと出してくるんじゃねぇよ! 混乱するだろうが!
「おい爺さん。あんたもしかしなくても説明するのクッソへたくそだろ」
「なぬ!? 今の説明でわからんのか!」
「わかるか!! 私はこの世界に転生してきたばっかで何もわかってねぇって言ってんだろうが! 話し飛ばしすぎだ! もっとかみ砕いて説明しやがれ!」
ここまで言わねぇとわからないのかこの爺さんは……。
私が注意したのに対して爺さんは納得のいかない表情を浮かべている。なんで今の説明でわかると思ったのかをまず説明してほしいがこのままでは時間の無駄だ。
いや爺さん。「今の説明でなんでわからないんだよ」って言ってるような顔してんじゃねぇぞ? いい加減殴るぞマジで。
「よし、わかった。私がわからないことを爺さんに聞いていくから、それを答えて行ってくれるか?」
「むぅ……いいだろう」
これで整理しながらこの場所についてのことが聞けるはずだ。
風、波のことについても聞きたいが、まずはここがどんな場所でどういう世界線なのかを知っておきたい。
一番初めに聞きたいことは……。
「混餓物ってなんだ?」
「混餓物はこの地に住む生物のことじゃ。今血抜きしているトカゲも混餓物と呼ばれておる。混餓物の中には人を襲う個体もおるので恐れられておる」
「それだけ?」
「後は異常に進化速度が速いことかの。人を襲う生物など生かしてはおけぬと、世界政府が駆逐作戦を決行したことがあったが返り討ちにあったの。戦いの中で世界の兵器に対抗できる進化を、混餓物は遂げたのじゃ」
何それ怖い。脅威に対抗できるように進化するっていうことか……。てことはこのトカゲ……私がもし逃げ切れた時は、獲物を逃さないような体にまた進化する……とかそういう感じなのだろうか?
てなると世界の兵器が混餓物の進化によって完全に無効化されたということか……。なかなか恐ろしい生態系を持っているじゃないか。
……もしかしなくても混餓物って生物兵器?
「なんとなくわかった……やべぇやつってことはわかったよ」
「大雑把に説明するとこんな感じじゃ。住んでいる場所によって生態系が違うのは、日本にいた生物たちと何ら変わりないがの。後は強い混餓物ほど強大な力を有しておることじゃの」
なるほどなぁ……ってことはこのトカゲ……雑魚の部類に入るの? 嘘やん……。
でもこの爺さんを見る限り、この混餓物とか言う化け物に対抗できる術を持っている人がいるということで大丈夫そうだ。なんせ村があるんだからな。混餓物に対抗できなければ死んでいるのが普通だ。
実際爺さんがあのトカゲを倒してしまったのを見ている。村にいる人たちも戦えるはずだ。
「うん、混餓物についてはわかった。じゃあここは何処なの?」
「此処は『混餓物の地』じゃ。始めに言っておくが日本ではない」
「は!?」
日本人居るのに日本じゃないとかどういうことだよ! 確かにここは異世界だが……そういう系の日本ってことじゃないのか!?
「新大陸とでも思ってくれ。日本に帰る方法はないぞ」
こ、この希望を速攻で消し炭にしてくる読心術なんなんですか。
だけどその話からするに……この爺さんも異世界人? ということになるのではないか? 多分この事は爺さんに聞いてもわからないだろうから、村にいる若い人たちにこのことは聞こう……。
「それと……今の混餓物の地の状況について話しておこうかの」
「状況?」
「うむ。いや、その前に風と波について話しておかなければならんな」
「あ、お願い」
確かにそれも気になる。風というのは団体名だとは思うが、波はわからない。それについて爺さんが話してくれるらしいので、大人しく聞いておくことにする。
「まず風じゃ。風は日本に侵略をしていた混餓物を打ち払う力を持ち、今も強大な力を持っている混餓物に対抗するために活動をしている者たちのことじゃ。あの挨拶は自らが風であるということを知らせるための挨拶なのじゃよ。わざわざ言わぬでもよいのだがの。そして風は、浄化遺物を保護している団体でもあるのじゃ」
想像通り混餓物と戦える力を持っている人達が風だそうだ。だが、浄化遺物を保護する団体というのがまだよくわからない。そもそも浄化遺物が何かわからない……。
「浄化遺物って結局何なんだ?」
「浄化遺物は、混餓物に人間の地を侵略された時……その地を元の人間の土地に戻すのに必要なもののことを言う。それでわしらが元々いた日本も、何とか取り戻すことができたのじゃ。じゃが浄化遺物は普通、木であったり、石、金属、岩だったりするのだが……今回は人となってしまったようじゃの」
つまり……混餓物に奪われた領地を取り戻すには、浄化遺物が必要不可欠ってことなのか?
だとしたら、人間側にとって混餓物が脅威である場合……浄化遺物って喉から手が出るほど欲している物なのではないだろうか。
「そんなに心配せんでもよい。わしら風にとって浄化遺物はもう必要ない物なのでな」
「え……そうなのか?」
「うむ。今浄化遺物を必要としているのは『波』のほうじゃ。波はの……ワシらの住んでいた日本に、混餓物を送り付けてきた人間なのだよ」
「…………お、おう」
「ピンと来ておらんな?」
流石にこれだけじゃわからねぇよ……。私は頷いて詳しい説明を爺さんに求める。
「この世界が『波』の住んでいた世界で、混餓物と波が常に戦いをしていたそうじゃ。ワシらの住んでいた世界は別世界ということになるの。波はワシらの住んでいた世界に混餓物を送り付け、混餓物のいる場所を切り取ろうとしたらしいのだが……ワシには難しくてようわからんくてな……このことは若いのに聞いてくれ」
爺さんもわかってないんかい! いや聞いててそんな感じしたけどさ。
と、いうか……。話聞いてるとなんかすごい話になってない? これ多分平衡世界とかパラレルワールドとかそういう次元のお話だよね……?
確かにその手の話だと爺さんは無理だろうなぁ……小説とか読んだことなさそうな顔してるもん。新聞とかもちっちゃい漫画しか読まずに投げてそう。
「じゃあ、その波はなんで浄化遺物を?」
「混餓物を消すため……と言えばわかるかの。混餓物の住んでいる領地は年々少なくなっておる。それは波が浄化遺物を集めまわって地を浄化しているのが原因じゃ。住む領地がなくなれば生まれることもままならなくなってしまう。しかしワシら風としてはそれは避けたいのじゃ」
「なんで?」
「ワシらは混餓物の力を利用して力を得ておる。それに恩義を感じている者も少なくない。でなければワシらのいた日本は壊滅しておっただろうからの。だからできる限り共存していきたいと考えているのが風達じゃ。それに……こうして混餓物が狩れなくなると……食料の問題も考えなければんらなくなってしまうからの。これはこちらの勝手な事情だが、助かっていることに変わりはない」
確かに害虫だから全部殺しましょうとか難しいし、そこまでしようとは思わないわな。でも私の住んでいた日本には人を食う奴なんていなかったし、いたとしても外国の蛇とかワニとかサメとかだろ? 人喰うから絶滅させましょうってのは流石になかったぞ……?
風達はそこまでして混餓物を消そうとは思っていないのだろう。
……とりあえず、風や波、混餓物のことについてはなんとなくわかった。風は混餓物を大切にしていて、波は混餓物をただの敵だとしか認識していない。
本当なら波からも話を聞いてみたい気もするが……それは難しいだろう。だが風達が浄化遺物を保護してくれるというのだから、とりあえず浄化遺物ということになっている私も保護してくれるだろう。
「じゃあ爺さん、話を戻してくれ。今の状況? だったっけ?」
「ああ。波と混餓物は今も戦い続けておる。そして、混餓物はワシら風のことを波と思い込んでいるようで見かけると襲ってくる。さらに……浄化遺物を保護している姿勢に異議を唱える波との争いがある」
「ちょちょちょちょ! ちょっと待った! まるで三つの勢力が戦争をしているみたいじゃないか!」
爺さんは私の目をまっすぐ見てから、ゆっくりと頷いた。
「まじかよ……」
世界観の説明回でした。