1.32.殺された仲間
巴の地で一泊し、ついに次の地である式の地に来ることができたようだ。
入った途端に混餓物の襲撃はなくなったようで、今では混餓物の声すらも聞こえない。
どうやらこの地にいる混餓物はとても臆病なようで、自分から姿を見せることは絶対にないのだという。
自分から姿を現さないという事は、相手方の索敵能力が優秀であるという事を示しており、探そうにもなかなか見つけることはできないらしい。
自分から混餓物を探しに行くとか何を考えているんだと、私は思ったが、あの研究員の坂本であればやりかねないなと考えを少し改めた。
「……なんかこうしてみると平和だなー」
「あー、それ俺がここに来た時も思ったな~。混餓物はいないし、式の地は綺麗だし、まるで遠足している気分になってたよ」
柳刃が言う通り、この式の地はとても綺麗である。
青々とした木々が立ち並び、透き通る綺麗な小川が流れている付近にはコケなども見て取れた。
その場の空気は澄み切っているようで、体の中に酸素を取り込む度に心地の良い冷たい空気が入ってくるようだった。
とても自然豊かな場所だ。
日本でこのような場所を見ることはできないのではないだろうか、と思うほどに綺麗な場所である。
男である私にはその程度の感想しか出て来はしないが、それでも言葉に表せれないような美しさがここにはあった。
「いい所だな」
「ここはね。あと虎の地もそれなりに平和だよ。危険な混餓物は一匹しかいないから」
「一匹はいるのか……」
感傷に浸っている時にそんなことを言うのはやめてほしいのだが、この情報は大切なものなので無視するわけにもいかないだろう。
少し話を聞いてみれば、その混餓物は三つの口を持った植物のような形をしているらしく、名前を『巴口』と言うらしい。
好んで人間を襲うため、風達はそれを見つけると即刻討伐しなければならないという掟があるらしい。
そういうのも、虎の地の隣は一番人口の多い街があるため、もしそこに巴口が迷い込んでしまったら大変なことになってしまうからだそうだ。
実は一年前にそう言った事件があり、数十人が捕食されてしまったらしい。
二度とそんな事件を起こさまいと、虎の地には必ず一人の風を配置し、零の地にも数人の風を常備配備しているのだという。
「でも倒しても倒しても出てくるんだよねー。何処に巣があるんだか……」
「見つからないのか?」
「いや、見つかったんだけどいつの間にか出てくるんだ。厄介極まりないね」
柳刃は帽子を取って困ったように頭を掻いた。
何が一番困るのかと言うと、重要な戦力をそこに置き続けていなければならないという事らしい。
波達や混餓物と戦争中の今、重要な戦力を零の地に置き続けるのはあまり良いことではないらしいのだ。
だが防衛手段をほとんど持ち合わせていない一般の人を放置するわけにもいかない。
今風達はそのことに大きく頭を悩ませられているようだ。
「ま、波達が攻めてきても俺や赤山君だけで余裕なんだけどねー」
「へ、へー……。因みになんだけど、波達と戦う時ってどうするんだ?」
「ん? 殺すよ?」
「……え」
笑顔でそう言われた。
その顔には何の罪悪感も何も感じていないように感じられたが、それは混餓物に向けられる物と同じものだという風に思えた。
「俺も最初は抵抗あったけどさ、殺らなきゃ殺られるんだよね。皆もそうだった。だけど初めて仲間が殺されて、皆罪悪感なんて切り捨てたよ。そいつも人を殺すことに随分否定的だったから、何百何千って敵を全部気絶させるか怪我させるくらいで終わらせてたけど、流石に限界があるよね。怪我したからって動けないわけじゃないし、弓を引けなくなったり能力が出せなくなるわけじゃない。逆に怪我した奴らってめちゃくちゃ危険になるんだよね。わかりやすく言うならばゾンビ兵さ。死に物狂いで特攻してくる。それで里川さんは──」
「柳刃」
だんだんと恨みが籠っていき、思わず強くなりつつある喋り方に焦りを覚えたようで、珍しく黒珠が強い口調で柳刃を止めた。
柳刃はぴたりと動きを止める。
自分が今言った言葉を振り返ってそれが失言だったことに気づいたらしく、口を覆って私に謝った。
「ごめん……」
「いや、いいさ。私も変なことを聞いた」
どうやらあの質問は踏み抜いてはならない地雷だったようだ。
恐らくだが、黒珠が止めてくれなかったらあのままずっと何か言い続けていたに違いない。
こればかりは黒珠に感謝しておこう。
しかし……一度重たい空気が流れてしまったので、少し気まずくなってしまっている。
どうにかしてこの空気を変えたいのだが……それらしい方法が全く思いつかず、ただ少しだけ速足で式の地を歩いた。
「おりゃー!」
少しと奥の方で先行していたクルセマが草を網状にして池の中に放り込んでいる姿が見えた。
クルセマは食料を調達してくると言って、私達よりも早くこの地に来ていたのだ。
まさかそこで漁をしているとは思わなかったが、その方法が少し面白かったので思わず笑ってしまった。
自分の持っている能力で草を網にするなど思いつきもしなかったからだ。
「ははー! やるもんだな!」
「クルセマはね、自分の能力でできることをほとんど理解してるからね! 藤屋も頑張ってよ?」
「できっかなー……。私の能力って力加減ができないからな」
「それもそっか!」
黒珠との会話でその場の空気を無理やり変えさせる。
黒珠は意外と馬鹿の子だと思っていたが、ただそういう風に振舞っているだけと言うのが今回のことでわかった。
実は気遣いも出来て力の強い混餓物なのだ。
だがやはりその真ん丸ボディを見ると、とてもそうは思えないというのが本音ではあるが、また変な空気にしてはいけないので黙っておくことにした。
クルセマを見ていると、自力で網を引き揚げて中に入っている魚を確認していたが、少し多すぎるような数の魚が入っていることがここからでもわかった。
クルセマはそれを選別し、小さい魚はまた川の中にリリースして大きい魚だけに草で作った紐を鰓に通していた。
「あ、おーい! 一杯獲れたよー!」
「あいよー! おっしゃ黒珠、包丁になれ」
「やっぱ君達僕を何かの道具だと勘違いしてるよねぇ!?」
「違うのか?」
「柳刃!?」
ようやく柳刃も会話に参加してきたことに安堵して、私達はクルセマの獲った魚で昼食を済ませたのだった。




