1.30.お久しぶりですくそ野郎
時を刻む音だけが、静かな寝室の中に響き渡る。
それは体内の中でも同じように刻まれており、目玉をキラキラさせながらその時が来るのを今か今かと待っていた。
その針が背伸びをするように一直線になるとき、その時は訪れる。
目覚まし時計とは素晴らしい物で、今から聞く物よりも優しく人々を起こしてくれることだろう。
だが、この場所にそんな生ぬるい目覚まし時計などは存在しない。
何故ならば、目覚まし時計を作る必要性がないからである。
目覚まし時計を作る必要性がない、という事は、今その寝室の中に目覚まし時計は存在しないということになる。
ではここの人々はどうして朝早くに起きることができるのだろうか。
朝が苦手、夜勤だった、と言う人々は少なからずいるはずであるが、ここの住人は全員がとても早起きなのだ。
その理由は勿論ある。
目覚ましの代わりとなる物が、ここにはあるのだ。
カチリ、と時刻が朝の六時になった音が響き渡る。
その瞬間! 目をかっぴらいて、肺の中に精一杯の空気を貯め込み、息を合わせるかのように一斉に声を出した鳥がいたのであった!
『ぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!』
「ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!???」
ベッドから転げ落ち、その暴力的な轟音から鼓膜を守るべく耳を塞ぐ。
塞いでいてもなお聞こえる轟音は、家を揺らしているようにも感じられるが、今の私にそれを確認している冷静さはない。
ひたすらに耳を強く抑え、暴力的な轟音に耐え忍ぶ。
数十秒経った後、その声はようやく鳴りを潜めて静かになった。
未だにキーンとする耳を抑えながら、何とか立ち上がってベッドに腰かける。
「何故……なぜ此処にもいるんだ……」
呪うかのように出た言葉に自分でも驚いたが、柳葉もいつかこの鳥は殺すと言っていたことを思い出し、あながち今の反応は間違いではないのではないだろうかと考える。
だが殺意を覚えたのは間違いがないので、もし柳刃があの鳥を全滅させると言い出したのならば、私もその作戦に混ぜてもらうことにする。
時刻を見てみれば朝の六時だ。
昨晩寝たのがいつだったか覚えてはいないが、そんなに早く寝た記憶はない。
もう少し寝たいと思ったが、何故だかもう目をつぶる気には慣れず、よろよろとする体を支えて身支度を整えていくことにした。
ふと窓から外を見てみれば、すでにこの住人達は外に出て動き始めているようだった。
あの声を聴いた後でよく動けるなと感心しながら、自分も外に出て皆と合流するためにテキパキと身支度を整えるのだった。
◆
外に出てみれば、すでに全員が私を待っていたようで、姿を見るや否や立ち上がってこちらに歩いてきた。
「おはよう。最悪な目覚めだったみたいだね」
「マジで。あいつらマジでいつか殺す」
「その時は呼ぶよ……」
これには流石に東雲兄弟も思う所があるのか、苦笑いを浮かべながら私達のやり取りを見ていた。
唯一あの声が利かないクルセマは、何故そんなことをしなければならないのだろうか、とでも言いたげな表情をこちらに向けていたが、私達の気持ちは一生クルセマにはわからないだろう。
「で、今日はどうするんだ? もう行くのか?」
「そだよー! 速い所君を影島に見せないといけないからね!」
「ああ、そう。東雲兄弟は?」
「「皆の見送り。外には行けないから」」
少し寂しそうにしながら、東雲兄弟はそう言った。
本当はついていきたいのだろうが、この二人は私から見てもまだまだ実力不足だ。
しかし柳刃は、この二人には才能があると言っていた。
だが実力を見るに、東雲兄弟はそこまで強いとは思えない。
まだ出会ったことは無いが、巴の拮抗を管理している朱雀と言う人のお気に入りであるという事は教えてもらっていたが……気に入ったのは能力ではなく、子供だからかもしれないと、薄々感じてきた。
朱雀と言う人物、割と謎である。
そんなことを考えている間に、私達は巴の拮抗の門まで辿り着いた。
柳刃は顔パスで門を通れるようで、門番は柳刃に一礼をしてから、また職務に戻っていく。
東雲兄弟は門の中から手を振って私達を見送ってくれていたので、それに手を振り返す。
出るときにどちらも何も言わないのは何かの風習だろうか。
柳刃と黒珠は手を振ることもなく前に進み、クルセマは一度だけ両手を振ってからすぐに前を向いた。
私もずっと手を振っているわけにはいかないので、手を下ろして前を向いて歩く。
「暫く会えないっていうのに、別れの挨拶はしないんだな」
「ああ、藤屋君には言ってなかったね。風達は別れの挨拶をするとそれが本当の最後になると言われててね……。ほんと、死ぬ直前じゃないと別れの挨拶なんて言わないよ」
「……」
後姿しか見えないので、今の柳刃がどのような表情をしているのかはわからなかったが、その背中は何処か寂しそうに見えた。
黒珠もいつもの元気はなく、ただ柳刃のことを少し心配そうに見ているように肩に乗っていた。
その様子から、過去に何かあったのだろうと容易に察することができるが、その内容を聞くのは無粋だ。
黒珠が黙っているのだから、そんな軽い話ではないはずだろう。
とにかく私も、風の人達を見送ったりするときは、別れの言葉は言わないようにしようと、心の中で誓ったのだった。
◆
一つの目玉が暗闇の中を移動していた。
暗闇で周囲の様子は全く分からないにも関わらず、その目玉はまるで道でもあるかのように躊躇なく進んでいく。
『ここか』
辿り着いた先には青色の輝く一部が欠けてしまっている石があった。
目玉はその石を注意深く観察し、目を細めて不機嫌そうにしてその欠けた部分をじっと見ていた。
『まさかそこまでの力があるとは……侮れんの。だが……奴なら何とかなるであろう。このまま零の地に向かわせ、風を見せてから動かすことにすればよいか……』
目玉は目を閉じ、暗闇の中に解けていく。
そこに残っているのは青く輝く石……地玉・巴だけであったが、一瞬だけその輝きが失われたと思えば、フッと消え去るようにその場から地玉も消え、そこにはただの闇が広がるだけとなった。




