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混餓転生  作者: 真打
第一章 人間の世
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1.26.混餓物の地の地図


 東雲(しののめ)兄弟に案内された宿に入り、三人分の部屋を手配してもらった。入った宿は民宿のようで、ここは柳刃が初めてこの地に来た時に泊まった宿らしい。

 しかし、柳刃が止まった時とは様子が違っているようだ。なんでも政府と波との戦いの時に、この巴の拮抗という中間拠点も襲撃を受けたらしく、ほとんどの建物が半壊状態にされたというのだ。


 戦争とは恐ろしい物で、その地に住んでいる人々のことは全く考えずに、世界の持つ最高の武器で風達に挑んできたらしい。相手方の認識で言えば、そこに住んでいる人は全て敵と言う認識なのだろう。


 風達もそれに何とか抵抗はしようとしたが、戦闘機からばらまかれる焼夷弾を全て防ぐことはできなかったようだ。


 ……戦争のことはこれくらいにしておこう。こんな話を聞いても面白くはないし、聞いていてもいい気分にはなれない。


 まぁそんなこんなでベールをくぐった後、生き残った人達で建物の建て直しをしたのだそうだ。この宿もその内の一つ、という事らしい。


 柳刃の記憶より一回り大きくなった宿は、風達がよく利用する宿になっている。様々な地に向かって混餓物を調査したり、生態を観察したりする風にとって、安全に泊まれる宿は何よりも疲れを取る場所に適しているのだ。

 柳刃もここに来た時は必ず利用しているらしいし、他の風も勿論利用している。


 であれば今日も他の風が止まっているかもしれないと思ったのだが、今日は生憎、私達しか泊まっていない様だ。残念。


 私は宿屋の店主からあてがわれた部屋に入る。部屋は小奇麗にされていた。ベッドがあり、ハンガーのかけられている引っ掛け棒、後は机が置かれているだけの簡素な部屋ではある物の、どことなく落ち着いた雰囲気の部屋であった。

 置かれているベッドに腰をかけてみると、ゆっくりと沈む。とても柔らかい良いベッドだ。これなら旅の疲れも取れるだろうと考えながら、とりあえず大の字になって寝転がってみる。


「……やばい! これ寝る!」


 気を奮い立たせて何とか悪魔のベッドから体を起こして立ち上がる。あのまま寝ていれば確実に意識を刈り取られていたことだろう。

 一体何の素材で作られているのか気になるところではあったが、それを聞いたところで「へー」としか言えないので気にしないようにした。混餓物の素材が使われているのであれば尚更理解することはできないだろう。だがここまでふっかふかなベッドは見たことがない。やはり混餓物の素材が使われているのだろうか……。


「「天地兄ちゃーん。はーやーくー」」


 どこまでも息ぴったりな東雲兄弟の声が聞こえた。本当であればこのままゆっくり休みたい所ではあるのだが、東雲兄弟に見せたいものがあると言われたのだ。


 私一人の判断であれば明日にしてくれと頼んだかもしれないが、柳刃とクルセマが見るべきだと私に勧めてきたのだ。四人からの勧めであっては断るわけにもいかなかったので、とりあえず部屋に入って少し休憩したらロビーに集合しようということになった。


 少し休憩……とは言ったのだが、東雲兄弟は私が部屋に入って五分もせずに声をかけてきた。これは休ませる気はないのかもしれない。

 無視していても、東雲兄弟は暫く私の名前を呼び続けるだろう。なんせ子供だからな。諦めが悪いのだ。


 私は部屋を出て東雲兄弟と合流した。私が出てくると東雲兄弟はすぐに手を取り、また何処かへと案内してくれた。

 その道中、優香がふと私の顔を見て首を傾げた。


「……天地兄ちゃんって風なの?」

「いや、風ではないな」

「じゃあ何?」

「何って言われてもなぁ……」


 ここで浄化遺物と答えて良い物かどうか……。この宿を出れば人は沢山いるし、また五十三(いさみ)のように何処かで私達の会話を聞いている奴がいてもおかしくない。

 子供だからと言って安易に自分の正体を口にしてしまえば、面倒ごとが増えるかもしれない。ここは慎重に行かなければならないだろう。

 口は災いの元、とはよく言ったものだ。


「ま、何処にでもいる普通のお兄さんだよ」

「「ふーん」」


 当たり障りのない答えではぐらかしておく。

 それ以降、東雲兄弟が何か私に聞いてくることはなく、途中で柳刃達と合流して目的地へと向かった。勿論私はその目的地が何処なのかはよくわかっていないのだが、他の四人は知っているようなので大人しくついていくことにした。



 ◆



 連れてこられた場所は、小さな一軒家だった。家であるのならば表札があるだろうと思い探してみるのだが、ない。

 首を傾げていると、東雲兄弟はそそくさと扉を開けて家の中に入っていってしまった。


「なぁ、この家って誰の家なんだ?」

「ん? この家かい? この家の持ち主はさっきの双子だよ」

「……子供が?」

「そ、子供が」


 なんとこの家は東雲兄弟に家であるらしい。そんなことがあるのかと驚いたのだが、風である以上はそれなりに優遇されるのだという。だとしても子供が持つには広すぎる家だと思ったのだが、問題なく生活できているらしいので心配することはないとのことだ。


 まぁ周囲が周知しているのであれば問題はないのだろうが……なんだか不安だ。

 そう思いながら私は家の中に入らせてもらった。子供だから落書きとかしてるのだろうなと思っていたが、そんなことはないようで、家の中はとても綺麗だった。


 優香が玄関に立っており、私達を一つに部屋に案内してくれた。どうやらそこは客間のようで、大きな机が中央に置かれていて、その周囲にはいくつかの椅子が配置されていた。

 その中では辰馬が丸められた大きな紙束を持ち、よたよたと危なげに歩いてくる。随分と重そうな紙束だが、それは羊皮紙のような物でとても分厚い。辰馬はそれを何とか机の上に置いて、一仕事終えたといわんばかりに満足そうな表情を浮かべていた。


「座って~」


 優香にそう勧められて私達は椅子に座った。それを確認すると、辰馬は机の上に置いた分厚い紙束を広げた。


挿絵(By みてみん)


「……これは……」

「ね、これは見るべき物でしょ?」


 そこには簡易的ではあるが、この混餓物の地の地図が描かれてあった。零の地から拾の地までが線で区切られており、何処から何処までがその地の領地なのかがわかりやすく示されている。


 混餓物の地は全体的に細長い。逸の地と陸の地が一番面積が大きいようで、零の地に向かうにつれて細くなっている。陸の地から拾の地までは、面積こそ広くない物の、次の地に行くまでの距離は他の地と比べて遥かに長かった。これを越えるのは時間がかかるだろう。


 零の地、巴の地、陸の地にはひし形でマークが付けられてあった。これがなんなのか聞いていると、これは拠点のある場所らしい。随分と適当なマークだ。これが地図として役に立つかどうかはこの際おいておこう。だが混餓物の地の全体を把握できたのは少し有難い。


 混餓物の地は一日で地と地を移動できるほどの距離しかないのだ。今何処に自分がいるか、というのは非常に重要である。簡易的でも地図があり、それを見れたという事だけでもここに来た甲斐はあるという物だ。


 しかしなぜ私にこのような代物を見せてくれたのだろうか。衛星写真もないこの世界では、地図を作るのにそれ相応の時間をかけたはずだ。恐らくこの地図の価値は相当なものだろう。そんな簡単に見せて良い物だのだろうか……?


「何故……私にこの地図を見せたんだ?」

「「有効活用してくれそうだから」」

「は、はぁ……」


 東雲兄弟のその回答に更に首を傾げることになってしまった。有効活用……。地図を有効活用するといわれても……ただ迷わないように歩くことができるようになる程度である。これが有効活用と言うのであればそうなのだと私は思うのだが……。


「あ。因みにこの紙。混餓物だから」

「嘘だろおい!」


 もう何が混餓物で何が混餓物ではないのかわからなくなりそうだ。勘弁してほしい。

 だがよく見てみれば確かに紙の端っこが動いている。かすかな動きではあるが、しっかりと動いていたのだ。


 だがこの混餓物は特に何をするわけでもなく、かすかに動いているだけだ。何故この混餓物に地図を描いたのか……。そもそもこの混餓物は何なのだろうか。


「な、なぁ。この混餓物ってなんなんだ?」

「これは混紙(まし)っていう混餓物。そのままの意味なんだけど、こいつは混餓物の地の特別な木から剥がれ落ちるんだよね。俺達はその木を混木(まき)って言ってるんだけど、この混餓物に文字を書くと、その書いた文字が永久的に頭の中に書き記されるんだ。思い出そうと思えばほぼ完ぺきな形で思い出すことができる。まぁ変な紙だね」

「それは変を通り越して異形なのでは」

「そうともいう」


 この混餓物の能力を簡単に言うのであれば、強制記憶装置……と言ったところだろうか。どういう原理で私達の頭の中に地図をインプットしているのかはわからないが、とりあえず害はないらしい。

 だがこの混餓物は何が目的で人の脳に情報をインプットするのだろうか。その理由が皆目見当もつかない。

 もうこの際気にする事でも何だろうが……。


 とりあえず、本当にこの地図が完璧に思い出せるのかどうかを試してみたい。目をつぶって先ほど見た地図を頭の中に描いてみる。

 するとどうだろうか。本当に頭の中に地図が浮かび上がった。まるで頭の中にある記憶を実際に目で見ているようだ。

 しかし、なんだか目の感覚がおぼつかなくなる。動いていないはずの眼球があっちへ行ったりこっちへ行ったりと妙な動きをしている……ような感覚に陥った。


「……なんか……気持ち悪いな」

「慣れないうちはね~! 強制的に情報をぶち込まれてるんだから仕方ないよ!」

「耳元で騒ぐなくそ珠……」


 片方の耳を人差し指で押さえながら、柳刃は黒珠を肩から降ろした。


「天地兄ちゃん。この混餓物は便利だけど入れ込みすぎると頭おかしくなっちゃうから気を付けてね」

「ああ、やっぱそうなんだな」


 便利な能力には、代償は付き物のようだ。


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