1.21.ロッズアイク
目が覚めると先ほどまでいた肆の地特有の霧の中にいた。私はどうやら気を失ってしまったらしい。先ほどの場所から一切動いておらず、クルセマが隣でうたた寝をしていた。
体を起こして、なにがどうなったのかを確認すると、未だに一つの目玉が私の方を向いていた。流石に驚いてしまって眠気はすっ飛んだが、出来るだけ静かにしなければならないという言葉を思い出して声だけは何とか殺した。
目玉はまだ私の方を向いているが……不思議とあのトカゲのような恐ろしさは感じなかった。だがこいつには口が無いし、言葉も理解しいてくれるのかという事もわからない。私から話しかけて良い物か……話しかけれれるのを待ってしばらくこの巨大な目玉と見つめ合わなければならないのか……。
前者だ。とりあえず声をかけてみることにした。
「あ、あのー……」
『……』
目玉はゴドッと岩の瞼を半分落としてじとーっと私を見てくる。何か心の中を透かされているような感じがしたが、気のせいだと割り切って挨拶をしてみることにした。
「私は藤屋。藤屋天地です。貴方は?」
『…………』
反応はない。それどころか不機嫌そうになってしまった。ただ挨拶しただけなのに、なんでなの。
目玉は口を聞いてくれそうにもないのでとりあえずクルセマを起こそうとした。だが眠たいらしくうにゃうにゃと言ってなかなか目を覚ましてくれない。小さい子供の眠りは深いから仕方がないな。
今度は柳刃を探そうと思って見渡してみるのだが、柳刃の姿はなかった。もしかしたらここで一泊することも考えて枝木などを回収しに行っているのかもしれない。
また迷惑をかけてしまっただろうか。いや、今回はこの目玉が悪い。てかなんだよお前……恐いわ。
そう思って岩の目玉をもう一度見てみる。目玉は一つ。そして瞼は岩。地面に埋まっている大きな岩に目玉が一つだけあったのだ。
今も目玉はゴドッゴドッという音を鳴らしながら瞬きをして私をじとーっと見ている。気味が悪い。
しかしこうなってしまうと柳刃が帰ってくるまでは暇になってしまう。クルセマも寝ているし話し相手にはなってくれない。せめて黒珠がいてくれたらなと思ったのだが、あいつはいたらいたらでうるさそうだ。
これからしばらくこの目玉とずっといなければならないと思うと気が滅入ってくる。どうしてこうなった。
『……おい』
「おわぁああ!? びっくりしたぁ!!」
急にドスの利きまくったひっくい声が俺に届けられた。急なことだったので心底驚いてしまい、後ずさりしてしまった。急に知らない声が目玉の方から聞こえてきたのだ。驚いてしまうのも無理はない。
対する目玉はと言うと、何故か目玉を開ききっていた。それはそれで怖いのでやめてほしい。何やっても怖いなこいつ!
『……わかるのか?』
「……は、はい……」
『ほぉ……流石と言うべきか』
目玉は感心したように瞬きをした。その度にまたゴトゴトと音が鳴っているのだが、その音がまた私の中の恐怖を駆り立てる。
先ほどから何やら品定めをしているような目線は実に気持ちが悪かった。
『さっきはすまないな。我はロッズアイク。人からそう呼ばれているだけだが』
「えっ……あ。ご丁寧にどうも……」
ロッズアイクがそういうと、次第に恐怖心が薄れていった。恐ろしくなったり気持ちが悪くなったり、はたまたその全てが流れ出たりと自分の感情の方さが下手になっているような気がしてならなかった。
こいつは絶対に混餓物だろう。それも強大な。一体こんな私に何の用だと思ったが、思い返せば私は浄化遺物。本来混餓物が守るべき存在である。
それがこんなところにいるのだ。こいつは使役されていない野生の混餓物。何をするかわかったものではない。
私がそう考えながら身構えていると、ロッズアイクは言葉を続けた。
『そう身構えるな。最後の浄化遺物よ。誰もお主のような存在に手をだそうとする高貴な混餓物はおらん』
「……ま、混餓物に高貴とかどうとかあるんですか?」
『む? 言われてみればそうだな……。ないな』
「あ、そっすか……」
ていうかあってたまるか。なんだよ高貴な混餓物って。
いや、でもそんなことはどうでもいい。それよりも気になる単語が出てきた。
「えっと……最後の浄化遺物ってどういうことですか?」
『そのままの意味だ。お主は最後の浄化遺物。そしてこの世を解決すると我の予知には出ておる』
「よ、予知?」
『うむ。しかしどのようなことを成すのかまではわからん。もっとも、未来など手でひねればすぐに変わってしまうものであるため、あまり過信はできぬ予知ではあるがな』
ロッズアイクはゴトリと瞼を落としてそう言った。
最後の浄化遺物……。私以外にはもう浄化遺物は生まれない。そう言っているのだろう。しかし……どうにも信じられない話だ。いきなり予知だとか最後の浄化遺物だとか言われたってな。
ロッズアイクは真面目に話しているのだろうけど、ぶっちゃけこいつは少し怖い。本当に味方……というか協力してくれているのかどうかすら怪しい。なぜこんなことを教えてくれるのかもわからない。疑い出せばきりがないが、ここは信じ切らない程度に話だけでも聞いておくほうが無難な選択だろう。
このロッズアイクが言っていることが正しいとしよう。そうなると私はこの世を解決するらしい。
まずこの世の解決ってなんだ? 言葉の意味が理解できん。この世界の問題という事だろうか? となれば戦争? 浄化遺物の取り合いだもんな。それ以外にないか。俺が戦争を終結させるの? どうやって? この力を使って何かするのだろうか……。
『……あまり信じておらんな?』
「まぁいきなりそう言われましてもねぇ」
『それもそうか。では助言を一つしてやろう』
「助言ですか?」
これも胡散臭いのだが、まぁ聞くだけ聞いておこう。この混餓物の名前はわかったので、後にでも柳刃かこれから会う風達に聞いてみることにしよう。そうすればこいつがどんな奴だという事がわかるはずだ。
だがここにいる混餓物って文献とかに記載されてあるのだろうか……? 滅多に遭遇できない生物っていってたし見つけることは難しいだろう。ま、駄目で元々。そんときは潔く諦めよう。人にロッズアイクって呼ばれてるって言ってたしちょっとくらいはあるだろうけどね。
そう考えている内に、ロッズアイクは助言を私に向けて伝えた。
『どちらにもついてはならん』
「……は?」
『混餓物、風、波。どちらにもついてはならん』
「え、えっと……それは……どういう……?」
『教えてやりたいが教えてしまえば未来が変わる。己で考えよ』
そう言うとゴドッと瞼を落として目をつぶってしまった。一瞬きりが濃くなったかと思ったがすぐに先ほどと同じ濃度になった。岩を見てみると先ほどの目玉はもうなかった。触って確認してみるが瞼らしき場所はもうない。動く様子もない。
あれは何だったのだろうか……。
「あ! おーい! 大丈夫か藤屋君!」
すると駆け足で柳刃が帰ってきた。腕には沢山の枝木が抱えられている。やはりここで野営をするつもりだったのだろう。
「ああ、何とかね」
「さっきの目玉は?」
「消えた……かな」
「ええぇ……」
柳刃はなんとも腑に落ちないような表情をしたまま、腕に抱えていた枝木を地面に放り投げた。
時間的にはまだ昼だ。私達はここで携帯食料を食べてから出発することになった。
先ほどロッズアイクの言っていた事を全て信じる訳ではないが、あれが正しいとするならば風達にも注意を払わなければならないという事なのだろうか。良くしてくれた人たちを疑うのは気が引ける。出来ればあの予言とやらを完全に無視して普通に生活がしたい。だが、何故だか心の端っこに引っ掛かってしまってその考えが抜けないのだった。
眼力アァアッ!




