1.20.でっかいな~
私達は逸の地を越えて、第一層の風の当たらない場所で一夜を過ごしてから肆の地へと向かった。逸の地の山頂はやはり高度が高いようで、風がひっきりなしに吹いてきて体が何度か飛ばされそうになったのを覚えている。その度にかがんで著しく進行速度を落としてしまっていたが、二人は何の文句も言うことなく一緒にかがんでいた。
慣れている二人には必要のない行動だったかもしれないが、聞いてみると「安全第一」と笑顔で答えてくれた。随分と気を使ってもらっているなと感じながら、何とか逸の地を降りて肆の地に入ることができた。
逸の地を降りていくにつれて霧が深くなり、完全に下山した所では霧が濃すぎて数メートル先は見えなかった。
霧が濃いというのに肌寒くもなく、しっとりとしたような空気でもなく、なんだか妙な空間に放り込まれたように感じた。
道がわかっているのかわかっていないのか、二人はずんずんとただ真っすぐに突き進んでいく。
「な、なぁ。道あってんのか?」
「ん? 多分あってないよ?」
「!? 私達今遭難してんの!?」
とんだ爆弾発言に思わず突っ込んでしまった。どうやらこの二人にも道はわかっていないようだ。だというのに何の迷いもなくどうしてここまで突き進むことができるのだろうか……。
そんな心配をしていると、柳刃がこの地について説明をしてくれた。
肆の地。別名死の地。
この霧の中には巨大で強大な混餓物が何匹も住み着いているらしい。しかしここにいる混餓物は、こちらから手をださない限りは襲ってこない大人しい混餓物ばかりなのだという。可能性は低いが出会うこともあるという事なので、その時は極力驚かずに静かに通り過ぎるのがいいらしい。
どれほどでかい混餓物がいるのかはわからないが、驚かずにいられる自信はあまりない。あのトカゲより小さいのであれば問題ないかもしれないが……。
だが、私はまだ混餓物の知識についてはほとんどと言っていいほど持ち合わせていない。姿形もわからない生物をみて驚くなと言うほうが無茶なのだ。
でも極力は平静を装うようにしようと心の中で決めた。私のせいでこの二人に迷惑をかけるのは忍びない。
因みにこの地の由来だが、ここで戦った者達は必ず死ぬという事から付けられたものらしい。しかし死の地、では響がよくないため、四つ目にある地、という事で肆の地と呼ぶようになったのだという。
なんと物騒な地なのだろうか。ここで揉め事なんて起こしたら確実に両成敗されてしまうという事だろう。だが実際にその光景を見ているわけでもないし、巨大な混餓物を見ているわけではないのであまり危機感はない。よろしくない傾向ではあるが、私は平和な時代を過ごしすぎだ現代人……。こういうことにはとんと疎いのだ。許してほしい。
まぁそんなことはとりあえずおいておこう。今は問題に直面している。なんせ遭難中なんだ。この霧の中で迷わずに突き進んで出てこいだなんて無理難題にもほどがあるので、遭難するのも仕方がないだろう。
だが柳刃達は、歩いていればいずれは巴の地に着くというのだ。言っていることがよくわからない。
「で? なんでこの道で大丈夫だって言えるんだ? わからないんだろ?」
「うん。詳しくはわからないんだけど、この地にいる混餓物が自然と出口に案内してくれるんだ。邪魔だから出てけってね」
「わ、わりといい奴……」
どうやらこの地にいる混餓物のおかげだったらしい。何故この地の混餓物はこうして人を送り届けてくれているのかと言うのは、まだよくわかっていないらしい。私は混餓物と話ができるみたいだから聞ければいいよねーなんて話をしながらテキトーに歩いていく。本当にテキトーだ。
それと肆の地は割と小さいらしく、半日ほどあれば出ることができるらしい。その分巴の地は大きく、ちょっと強い混餓物が出没するそうだ。巴の地に入ったら戦闘は避けられないだろうと言われてしまった。ちょっとだけ緊張してきた。
「にしても……霧濃いな。こんな霧は初めてだ」
「あー。昔は都会にいたんだっけ? そりゃあ霧とはほとんど無縁の生活だよねぇ」
「まぁな。でもさ、こんな地に住んでて何か不便なこととかないのか? テレビもないし、ゲームとかできないだろうし……日用品とかどうしてるわけ?」
「確かに始めは不便だと感じたなぁ。でもね、やることがなさすぎると何かを探そうとするんだよね。だから俺は結構修行してたな。後、混餓物語の勉強。日用品とかは巴の地で生産してるよ」
なるほど。確かにそうかもしれない。やりたいことはいっぱいあるけどどれを優先すればいいのかわからなくなる時はあるだろう。多趣味の人はそういう経験があるのではいだろうか? 自分の持っている趣味に限ってどれもこれも時間のかかる物ばかり……。私なんて精神と時の部屋が欲しいと何度思った事か。
時間はいくらあっても足りないものだ。少なくとも私はそう思う。
だがそれらから解放される、もしくは縛られた場合、人はどうなるのだろうか? 滅多に外に出ないインドア派の人間は外に出るだろう。家にいてもやることがないのだから。
アウトドア派の人間は今まで通りの生活をするかもしれない。混餓物と言う怪異がいること以外はほとんど変わらないと柳刃は言っているしな。私としては十分刺激的な日常になると思うのだが……。
いや、しかし刺激を求めすぎるのはよくない。うん。私がそうだ。そして殺された。悲しい。
だが何もない日常にひとつまみほどの刺激はあってもいいと思う。つまらなすぎるのだ。その刺激というのは人によって意見が分かれると思うので明確にはしないが……。
それからしばらく歩いていたが、私の足に限界が来た。筋肉痛だ。
下山してから少し我慢していたが、慣れない山登りで随分と筋肉を酷使してしまったらしい。下山するときはそれほど苦痛ではなかったが、平坦な道を歩いていると少し辛くなってしまった。普通に長旅の疲れと言うのもあるだろうが、少しだけ休憩をさせてもらうことにした。
適当な岩に背中を預けて腰を下ろす。すると隣にクルセマが近寄ってきて心配してくれた。
「天地兄ちゃん大丈夫?」
「体力にはちょっと自信あったんだけどなぁ……」
「まぁ普段使いすぎない筋肉を使うとそうなるよ。でも朝からここまで歩いてきてるんだから普通の人よりは体力あると思うよ」
「はっはっはー! 昔の柳刃を見ているみたいだね!」
「てめぇぶっ殺すぞ」
そういって柳刃は黒珠を餅のように伸ばしている。黒珠は全く痛くなさそうだが面白可笑しく笑っているあたり、こいつらはこんなだが仲がいいのだなと心底思う。
ていうか柳刃も昔はこの道を通ったんだよな。私のようになっている柳刃を想像してみると少しニヤけてしまう。多分黒珠から何かを言われ続けたに違いない。
ゴドッ。
しばらく柳刃と黒珠のやり取りを見ていると、後ろから岩が地面に落ちるような音がした。上から石でも落ちてくるのかと思って上を見上げてみるが、特に何ともなかった。
そしてどうやら音に気が付いたのは私だけだったようで、二人と一匹は相変わらず遊んでいる。
ゴドッ。
また音がした。流石に気になってしまったので、少しばかり痛い足を持ち上げてその音の正体を確認をすることにした。
ここでの敵はこちらから手をださない限りは大丈夫だとは言っていたが、気になる物は仕方がない。 立ち上がって周囲を確認してみるが……やはり何もない。だがさっきの音は気のせいではなかったはずだ。
「? 天地兄ちゃんどうしたの?」
「いや……さっきから妙な音が聞こえてな……」
「音?」
ゴトッ。
さっきより少し軽い音がした。これも岩の上を何かが転がるような音なのだが……一体何だろうか。そう思っていると、柳刃が固まっていた。
柳刃が私の目線に気が付くと、柳刃は口元に人差し指を当てて「静かにしろ」と言っていた。クルセマも一体なぜ柳刃が固まっているのかわからないようで、首を傾げてとりあえず口をつぐんでいた。
柳刃は私達の後ろを指さした。どうやらそっちを見てみろと言っているのだろう。何の躊躇もなくパッと後ろを振り返った。これはクルセマも同じだ。ほぼ同タイミング。
そこで私達は目が合った。否、クルセマと目があったのではない。そこにあったのは私が先ほどまで背を預けていた岩。そう。岩があった。だが先ほどとは様子が違ったのだ。何が違うのか……。
その岩には一つの目があった。私と同じくらいの大きさの目が、私と柳刃、クルセマ、そして黒珠をギョロギョロと見ていた。瞬きをするたびにゴドッ。ゴドッ。っという音は先ほど聞いた岩が落ちるような音と一緒だった。
「でっかいな~」
無意識にそう呟いた後、私の意識は途絶えた。
ばたんきゅ~




