表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
混餓転生  作者: 真打
第一章 人間の世
2/37

1.1.理解不能


 今、私は真っ暗な中、真下に落ちている。勢いはそこまで早くなく、水中に沈んで行っているような感じがする。ただ、すでに感覚がないので水の中なのかどうかは全く分からない。落ちているということしかわからないのだ。


 だがやけに意識がはっきりしている。先ほどまでだんだんと暗くなっていく視界と合わせて意識を手放したと思っていたのだが、気がついたらこうしてゆったりと落ちているのだ。「これが閻魔様の場所に行く魂のあれてきなあれなのかな!?」と、語彙力を恐ろしく喪失していることに気が付いて、やはり頭を強く打って、あのクソ女に殺されたのだなと諦める。


 実際、私は現代社会には飽き飽きしていたので、未練などは全くない。むしろ今の状況を楽しもうという思考が働いている。

 まずは今の状況について考えるのがいいだろう。私は確かに殴られて死んでしまったようだ。現在進行形で真っすぐ下に下にと沈んでいる感じがまだ続いている。いやこれが植物状態とか言われたらマジで泣きたいけどその考えはとりあえず放棄だ。

 死後の世界には全く興味がなかったが、ここにきて「何故興味を持たなかった過去の私」……と嘆いてしまう。死後の世界で知ってることと言えば、閻魔様に会いに行く。その前に三途の川がある。閻魔様に裁かれる。天国か地獄どっちかに輸送。くらいしか知らない。

 もし天国と地獄があるなら、出来れば天国に行きたいのだが……昔からいいことなどあんまりしてないなーと思い返す。

 とかいって特段悪いことをしたわけでもない。やったとしてもいたずら程度だ。でも善行より悪行のほうが多いのは確かだろう。そんなことを考えてちょっと憂鬱になる。


 ヒヤッ


 …………? 意識を集中すると手と腕にひんやりとした感触が伝わってきたことがわかった。さっきまで全く感触がなかったので少し驚いた。私はそのひんやり物質が何なのか確かめるべく腕を動かしそうとするが……動かん。

 どうなっているんだ? とまた思考を巡らせようとしたとき、今度は体中に負荷がかかったような重さがのしかかってきた。あまりの衝撃に目を見開く。


「ファバッ!!」


 突然のことに肺の中に何故かあった空気を全部吐き出してしまう。急いで新しい空気を入れこもうとするが、何故か非常に息がしにくい。目を開けても真っ暗なその空間に一瞬戸惑うのだが、あまりの苦しさにその思考を一度放棄した。まずこの窮地を何とかしようと体を動かす。この場を逃げ出そうと体中に力を込めて上体を起こす。


 すると案外あっさりと体は持ち上がった。ぼろぼろぼろっと体から何かが落ちていく感触と共に胸いっぱいに新しい空気を入れて吐き出す。


「ぜーーっぜーーっぜーっ……げっふぉげっほ」


 体を起こしたところで視力が回復して周囲の状況が把握できるようになった。そして把握した今の現状が理解できなくて固まってしまう。

 今いる場所は外。緑色の葉がそよそよと風に揺られて音を奏でている。鳥のような声も聞こえるが、今まで聞いたどんな鳥よりも美しい声で鳴いているようだった。


 そんな自然豊かな環境の中。私は地面から上半身を起こして呆けている。


「…………………………………?」


 ちなみに足は未だ埋まっている。


「………………?????」


 理解が追い付かないが、とりあえず両足を地面から出して土を払っていく。その顔は自分でもわかるほど無表情なもので、死んだ魚の目のようになってるんだろうな~と乾いた笑いが口から洩れる。

 ふと、後頭部をさすってみるが、痛みは全くなく怪我もしていないなかった。確かにぶん殴られて死んだと思っていたのだが……一体どうなっているのだろうか……。


 そしてハッとしたように一つの結論にたどり着く。

 勢いあまって私を殺してしまったことに気が付いて、あの不良五人組は山に遺体を遺棄したのではないだろうかということに。


「そうだよ、そうさ! きっとそうに違いない! 奴らは人殺しをしてしまったことを恐れて遺体を遺棄しようと山の中まで入ってきた! そして私を埋めたのだろう。奴らが考え付きそうなことだ、だがしかぁあし! 私は生きている! そう! 生きているのだ! あいつらには殺害未遂の前科がある若者として社会的に殺してくれるわ! さてと! 何処じゃ此処あああああああ!!!!!」


 生きていたなら話は別だと全力で恨みのこもった言葉を並べる。あの時のことを思い出してみると無性に腹が立ち始め、大声をあげながら此処はどこだとツッコミを入れる。

 あの不良五人組がこんな辺境の地である山奥にこの私をどうやって連れてきたのかもわからないのだが、兎にも角にも街に出なければならない。場所はどこでもいい。本来なら携帯を使用して場所の把握をしたい所だったがバックごと盗まれているため無一文どころか服しか持っていないという悲惨な状況だ。


 とりあえず下山する事を目的に森の中にある一本道を下っていくことにする。整備されているのでおそらく近くに町か何かがあるはずだが……なぜ私は整備のされている道路らしき場所に埋められていたのだろうか……。


「わからん! ま、とりあえずこのまま下山すればどこかにつ───」


 ドゴォオオオオオン!


 背後から大きな音がした。なんだ!? と、バッと後ろを振り返る。数百メートル先に土煙が発生している。爆発でも起きたんじゃないかというほど、その範囲は広大でまだ空中にとんだ土の塊や岩が落下している最中だ。それに伴いなかなか土煙が晴れない。


「グゥウウゥウウウゥウウ」

「……んっ?」


 明らかに人の腹の音のようなものが聞こえたのだが……その音の発生源があの土煙の中だと気が付いて頭の上に疑問符が出現する。その土煙の距離は、今私が立っている場所から数百メートルあるのだ。そこから腹の音が聞こえるというのは少しおかしい。

 私、藤屋天地(ふじやてんち)は興味を持ってしまった。その土煙の中にいる何かに。何かを確かめないなんて論外である。私はじっと土煙が消えるのを辛抱強く待つことにした。だが、土煙の中にいたその存在は煙が晴れるのを待つほど暇ではないようで、自らが体を土煙の中から出してくれた。


 体長約10mの硬そうな鱗鎧を体全身にまとわりつかせているトカゲだった。その鎧は所々鋭利そうな部位があり、触れただけで切れてしまいそうだ。全体的に紫いろのその鱗は明らかに「俺はやばいぞ?」と訴えかけてきている。明らかに毒素を持っている化け物だ。


 それを確認した瞬間、私は逃げ出していた。

 今まで一度も発動したことのない自分の中に眠っていた警告音がけたたましく鳴り響いていたのだ。距離は数百メートルあり、そう簡単には追いつけないだろうと踵を返して自分の持てる最高の速度でがむしゃらに走っていた。


「なんだあれ! なんだあれ! 聞いたことねぇ見たこともねぇ!!!」


 後ろを振り返ってみると巨大トカゲは追いかけては来ていないようだった。走るのをやめ、荒れた息を整えてから草むらに隠れる。

 座り込んで先ほどの怪物は何だったのか、此処はどこなのか何なのか、これからのことについて思考を繰り返さなければならないのだが、動揺していてなかなか頭が働かない。だがそれと同時に興奮もしていて体の底から何かが湧き上がってくるのを感じていた。


「おっほっはっは~~……いいぞ? いいぞぉ?」


 心臓がバクバクと鼓動している。得体のしれない生物、見知らぬ場所、生きて帰れるかなど頭の中でいろいろ思案しているが、それよりなにより『楽しい』という感情が自身の体を侵食していた。

 まだ興奮は収まらないが、なんとか考えを巡らせることはできそうだ。


 まず此処はどこか。十中八九ここは日本ではないだろう。あんな化け物は見た事がない。あれの小さいバージョンならガラパゴス諸島あたりにいそうだが……。いや、実際行ったことないので確約はしない。


 次に、あれは何なのか。あいつはこの地に住む生物だろう。あの土煙からして何処からか飛んできたのだとは思うが……何かに飛ばされた? それとも自分で跳躍した? このへんは生態を知っていないので考えても仕方のないことだろう。


 次にこれからのことだ。サバイバル生活なんて経験もなければ知識もない。できないこともないだろうが食料確保で詰んでいる。獲物を狩る武器を持ってなければ、どんな生物がいるかもわからないのだ。さっきの生物のような奴がほかにいるとなれば食われるのは自分のほうかもしれない……。


「…………まてよ? なんで俺生きてるんだ?」


 よく考えてみれば不可解な点がある。確かに私は”殺された”筈である。思い出すだけで腹が立ってくるがいったんそれは捨て置こう。あのゆっくり落ちている感覚は覚えている。なのにどうだろう。起きてみれば地面の中にいて頭の傷はなくなっている。知らない生物、知らない場所、知らない世界…………このことを考えるに……。


「転生……? 召喚……? 転移……転生は生まれ変わるだから……どっちかというと転移のほうが近いのか? あ、でも一回死んでる……んだよな?」


 このあたりが曖昧で確定しない。確実に言えることは転生であれ召喚であれ、元居た日本という場所ではないということだろう。帰りたいとは思わないが……安定して生活できるようになりたい。そのためにもまず、どこか町に降りる必要がある。人がいるかわからないが、とりあえずコミュニケーションのとれる人型の何かと会いたい。


 私はすぐに行動に出た。まずは簡単なものでいいから武器を作ることだ。何もないのでは流石に心もとなさすぎる。幸い、森の手入れは行き届いていないらしく枝木や倒れた木が何個か見受けられる。その中から手ごろな枝木を探す。候補はいくつか見つかったが、岩にぶつけても耐えうる枝木がほとんどなく、結局二つの枝木を持っていくことになった。本当なら投擲用の枝木も欲しかったが贅沢は言ってられない。


「……転生とか召喚とかっていったら……やっぱりステータスとかだよな! あるのかな?」


 様々な小説を見漁って手に入れた知識にちょっと期待しつつ、なんとなーしに探してみるが……ない。だが諦めない。村とかに行けば教会とかがあるはずだからそこでステータスを見れるという小説も見たことがある。そうだ……まだ諦めるには早い。

 転生者といえばチート能力。だが今の自分にそれらしいものは向けられない。斬撃を飛ばせるわけでもなければ、魔法を使えるわけでもない。流石に一からわかり切ってたら苦労しないな。だができるようになるはずだ!

 そんな期待をしつつ、村のありそうな場所に向かおうとするのだが……どっちに向かおうか正直悩んでいる。あの巨大トカゲがどこから飛んできたのかわからなかったのが痛いところだ。もし分かっているのならその反対方向に行くのだが……。


 とりあえずあの巨大トカゲと距離をとるため、先ほどと同じ道を歩くことにした。しかし、流石に開けている場所を進むのは怖いので、道の隣の草むらの影に隠れながらの移動にする。

 ちなみに拾った枝木だが、1メートルの枝木と1.5メートルの枝木を持ち合わせている。二刀流モドキだが、軽い棒を扱うのなら手数勝負のほうがいい。重さがあったなら一本にするところだが簡単に用意できるのはこれくらいだ。この時は武術を学んでおいてよかったと思う。


「さて、軽いカルト音楽でも思い出しながら行きますか」


 私、藤屋天地(ふじやてんち)は足取り軽く、楽しみながら歩いていくのだった。

ちなみに今回出てきた巨大トカゲは『ゾムン・エリ』という混餓物です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ