1.18.幻竜
しばらく寝転がったままぼーっとしていたがそろそろ戻らないと心配するだろうと思い、重い体をよいせと持ち上げて上体を起こす。
怪我がないかもう一度確認するが、かすり傷一つ負っていない。浄化遺物としての能力なのか……はたまた夜見が手加減してくれたのか……。いや、前者だろう。あの目は本気だったし蹴りも本気だった。幻竜を心の底から愛しているというのはわかるが、それを他人まで擦り付けるのは勘弁してもらいたい。私でなければ死んでいたぞ。
『時に汝。名を何という』
大きな黒い幻竜が思い出したかのように聞いてきた。隠す理由もないので普通に教えてあげることにする。
「藤屋天地だ」
『怪我はないか?』
「この通りぴんぴんしてるよ。えっと、そういうあんたは名前あるのか?」
『我は幻夢竜の夢元だ。主より名前を授かった』
夢元。そういえばさっき夜見が自分の服装を自慢していた時にそんな名前が出てきたような気がする。
黒珠から教えてもらった姿とは大きく違うが、多分強いのだろう。何と言っても喋り方から漏れ出る風格が「自分は他の奴らとは違うぞ?」と主張しているようだ。
「なるほどなぁ……。聞きたいんだけど夜見って人……どんな人なの?」
『……少々変わっておられるな。それに我は他の幻竜を束ねている。そのような質問は風華に聞くがよい』
「風華って白い幻竜の事だよな?」
『うむ』
さっき紹介してくれたしな。しかしずっと夜見の近くにいるではないか。私がもし風華に夜見のことを聞いても隣にいるから意味がない気がする。まぁ……聞かなくても大対こういう人なんだなぁってのはわかってきたけどさ。
てか向こう側どうなってんだろ。私が吹き飛ばされたのは柳刃もクルセマも見ているはずだ。なのに誰も私を心配して見に来てくれない。どうなってんだ。
「じゃあ夢元。私は戻ってとりあえず無事だという事を伝えてくるよ」
『……よく生きてたな』
「やっぱ普通死ぬ?」
『夜見の身体能力は、幻夢竜と幻冥竜を使役している時点で大幅に上がっている。あの阿呆……名前を何と言ったか……おおみ……だったか。そやつと同じほどの力は有しておる。使い方はまるで違うためどちらのほうが強いかとは明言できぬがな』
大峰のことだよな? あの赤山にふっ飛ばされた。
あ。そういえばアイツどうしてんだろ。あのまま完全に放置してたぞ? ま、まぁあの夜見と同じくらいの力を持ってるって言うなら死んではないだろうな。
でも大峰の力をちゃんと見たわけではないので何がすごいのとかはよくわからないな。まぁあの蹴りを喰らって生きているってだけですごいってことはわかった。なんてもの喰らわせてくれるんだまじで。これ私怒っていいよね?
うん。怒るまでとはいかなくてもちゃんと注意くらいはしておこう。それくらいは夢元も許してくれるだろう。
夢元の話を聞いている最中、先ほど私が吹っ飛ばされた来た方角からまた大きな音がした。急なことだったので驚いてしまったが、特に何も変わっていない。何か起きたのだろうが、音だけだったのでよくわからない。
はて? と首を傾げていると、夢元は鼻で大きくため息をついた。
『またか……』
「また?」
すると私と夢幻の間に何かが滑り込んできた。ものすごい勢いだ。数回バウンドして空中で一回転し、そのまま地面に叩きつけられてゴロゴロと転がってやっと勢いを失った。
砂煙を盛大にまき散らしながら来たため煙たくて仕方がない。手で顔の周囲に漂う砂煙を払いながら、一体何が飛んできたのだと目視で確認する。するとそこには大の字で寝転がっている柳刃がいた。
「柳刃ああああ!?」
「し、死ぬかと思った……てか藤屋君無事だったんだ」
なんと私だけではなく、柳刃も蹴飛ばされてきたのだ。一体何した。
とりあえず駆け寄って体を起こしてやる。しかし柳刃も怪我を一切負っていない。普通の人間であれば致命傷のはずだがヘラヘラと笑う余裕があるようだ。これは柳刃の持っている混餓物……黒珠の能力だろうか?
そう思っていると黒珠が柳刃の影からぽちょんと飛び出してきた。
「危なかったね!」
「ほんとだよ……黒珠が入ってなかったらどうなっていたことか……。いや、入ってることわかって蹴飛ばしたなあの野郎」
「え? なにどういうこと?」
「ああ。黒珠は俺の中に入ると俺の防御力がとても高くなるんだ。だから蹴飛ばされても無傷ってわけ」
どういう理屈で体の中に入ったら防御力が上がるのかとかはわからないのでそのへんは割愛する。まぁ無事で何よりだ。
そんなことよりどうして柳刃まで蹴飛ばされたのか。理由を聞いてみると、クルセマと柳刃は私が蹴飛ばされたことにより重傷を負ってしまったと勘違いしたらしい。
二人して怒っていたけど夜見が逆上して柳刃を攻撃。不意打ちだったのでまともに喰らってしまい、ここまで吹き飛ばされたらしい。
なるほど。夜見を怒っていたから来なかったわけね。いやでも重傷を負ってしまったのかもしれないって思ったんなら一人くらい来てくれてもよかったくない?
てかいまクルセマ一人じゃん。大丈夫なのだろうか?
「ああ、クルセマ君なら大丈夫だよ。流石に子供にまで攻撃しないだろうしね」
「それならいいんだけど……つーか。戻るの怖いんだけど」
「どっちも第一印象最悪だったからねぇ~はははは!」
黒珠は愉快そうに笑っている。柳刃はそりゃそうだと頬をぽりぽりとかいてこれからどうしようかと少し迷っているようだ。夢元は相変わらずそのままずっと私達を観察している。暇なのだろうか? あ。ならば。
「夢元~。お前が何とかしてくれよ」
『……何?』
「夜見って幻竜大好きなんだろ? だったらその大好きな幻竜から何か言われたら断ったりはしないんじゃないかなって」
『……風華のほうがそういうことは得意だ。だが風華には伝えておいた。もう戻ってもよいぞ』
「おう! 有難うな!」
ぶっちゃけ私を殺しかけた夜見とはなるべく距離を取りたいが、思った以上に夢元がいい竜過ぎたので仲良くしておきたいというのが本音だ。夢元と仲良くてその主と険悪とかどうやって会いにくればいいんだよ。
ま、そんなわけで仲介役をしてくれたので私はすぐに夜見のいる場所に戻ることにした。クルセマが心配というのもあるしな。
しかし何故か柳刃がその場から動かない。黒珠もそうだ。一体どうしたのかと声をかけてみるが、私と夢元を交互に見て口をパクパクとさせている。何かしたか?
「? 柳刃? おーい。やーなーぎばー?」
「……ふ、藤屋君……って混餓物と会話できるの?」
「? 黒珠も喋ってるし普通の事じゃないの?」
「いや、黒珠は特別なんだ。黒珠が日本語を喋っているだけ。俺も夢元とは話ができない」
「あれ? ここまで案内してくれた幻竜とは話してたじゃないか」
「いやあれは……何と言うかその場の雰囲気で適当に……」
黒珠以外の混餓物はほとんど言葉を喋らないらしい。それは夢元も同じ。試しにその辺にいる幻竜に話をしてみたところ、普通に会話ができた。
どうやら私は……全ての混餓物と会話が可能だったようだ。なんてことでしょう……。