1.17.竜の風
休憩を終えた私達は、やっとの思いで山頂に辿りついた。もっともやっとの思いでここに立っているのは私だけだ。他二人は涼しい顔で先頭を歩いていた。だから後ろ確認しろや。
山頂は風が強く吹くのでとても涼しい。遠くに海が見えるが、陸は何故か霧に包まれて見ることが出来ない。妙な感じだ。
海は何処までも続いていて陸地が見えない。ずっと水平線が続いていた。他の大陸も勿論あるのだろうけど……。んー世界地図を見てみたいな。覚えていたら街に辿り着いた時に聞いてみよう。
二人が待っているのでとりあえず合流する。近づくと二人のいる少し前が崖だという事がわかった。もう少し近づいてみると、対岸も巨大な崖だという事がわかった。なんだなんだと思い走って近づき、その崖を見てみることにした。
絶景だった。大きく抉られた深い穴があった、私達を飲み込まんとしているかの如く深い穴が続いていたのだ。アビス。そうとらえるのが一番いいかもしれない。
覗き込んでみると何層かに分かれているようで、洞窟や歩くための道が多くあった。緑も豊かで、なぜか日の当たらないであろう場所にも木々が生えており、小さな森を作り出している。ツタが壁に張り付いていたり、花が咲いていたりしていた。
「どう? いい場所でしょ?」
「すげぇ……」
「じゃ、二層まで降りるよ」
柳刃はそう言うとすぐに歩いていく。私もそれに続いて歩いていった。山頂部分にはあまり緑はない。あると言えば枯れた木や白くなった流木のようなものばかりである。何故白くなっているのだろうか?
降りていくにつれどんどん道幅が狭くなっていく。車も通れそうなほどあった道幅が今では二人が横に並ぶことができる程度である。しかもその右隣は見下ろす崖。左には見上げる崖。もう逃げ場がありません。
そんな道を何とか進んで下層まで降りていく。道中の勾配はあまり急なものではなく緩やかなものだったのが救いだ。しっかしここは広い。一体直径何キロの大穴なのだろうか?
「クルルルルル」
そんな声と共に強風が吹き荒れた。とっさに伏せて飛ばされまいと耐える。
「お! クー! お迎えか?」
「クルルル!」
「そうかそうか。でもな、ちょっとはばたくのやめてくれないかな!? 風で飛ばされそうなんだ!」
「クルルル」
なにか柳刃が話していたようだったがそれどころではなかったのでよく聞いていない。次第に風がやんで何とか立てるくらいになった。普通に焦った。
「柳刃、さっきなんか言ってた?」
「ん? ああ、クーとちょっとね」
そういって先に進んでいく。同じように進んでいくが先ほどの風のこともあって少し歩くのが怖い。こんな危ない所歩いたことがないからな。一歩間違えば崖だし……。とりあえず早くこの狭い道から脱出しよう。
あの場所から広い所に出るまではそう時間はかからなかった。だがそこは、大きな横穴が開いている場所だった。一体何メートルある横穴なのだろうか……。確かに先ほどの場所よりは安全だが……なんか薄暗い。
洞窟の中に木が生えていて、所々に光源がある。人工物ではなさそうだ。光っているのはどうやら木の実のようだった。詳しく見てみるとリンゴ……いやミカンに近い形をしている。落ちているものも光っているので木から離れたら光が消えるという事はないのだろう。
だが薄暗いこの森にぽつぽつと光があるのはなんだか綺麗ではある。魔女の森? そんな感じだ。
見ていると後ろから何か大きなものが歩いてくる足音が聞こえた。ばっと振り返ってみると柳刃の目の前に四メートルほどの大きなドラゴンがいた。色は茶色で綺麗な鱗を纏っている。
だがドラゴンと言っても、想像していたドラゴンではない。翼と前足が繋がっていて、四足で常に歩いている。モンスターをハンティングするゲームで似たような奴がいるな。ティガなんたら。あれに近い形をしているようだ。
「クルルル」
鳴き声めっちゃ可愛いやん。見た目からしてギャウとか言うかと思ったが……。これがギャップと言う奴なのですね。
「ご苦労さん。お客人が来たから連れて行ってくれるか?」
『わかりました』
「すげー。幻竜って喋るんだなぁ……」
声的に男かな? 柳刃も声が聞こえているのだろう。普通に会話していたしな。でもくるる~って鳴くのはなんでだろう? まぁ幻竜としてはこっちが言葉理解するとは思ってないだろうからな。それが普通か。
幻竜がずんずんと歩いていく。私達はそれに続いて歩いた。
奥に進んでいくと幻竜の姿がちらほら見え始めた。随分多いようだ。でも何故だか警戒されているようだな……私が浄化遺物だからか?
すると突然刺すような……視線を感じた。その強い視線は向けられている位置までしっかりとわかるほどだ。一体なんだと思ってそちらを向いてみると……クソでかいドラゴンがいた。真っ黒だ。四枚の翼があり腕と翼はわかれている。こいつは一般的なドラゴンの姿をしているようだ。翼は四枚あるけど。
その真っ黒なドラゴンは寝転びながらこちらを凝視していた。
『汝よ』
「!? 喋った!」
『主に妙な真似はするなよ。すれば食うからな』
「は、はーい……」
なんだろう。めっちゃ警戒されているのって俺が浄化遺物だからと言うわけではなさそうな気がしてきた。
「おーい、天地兄ちゃーん! はーやーくー!」
「お、おう!」
逃げるように駆け足でクルセマ達に追いつく。まだ見られているけどできるだけ気にしないようにした……。
なんだあの生物……眼力やばすぎる。見た目的にあれが幻夢竜か? 黒珠が再現してくれたけど、あれよりよっぽどでかいじゃねぇか。嘘つきやがって。
私達は魔女の森っぽい雰囲気の森を進んでいった。すると最奥に強い光が見えた。そこは木々に囲まれており、一つの大きな家のようになっているようだ。巨木の中にある樹ではなく樹に囲まれてできた家みたいだな。おそらくあの場所に竜の風という人物がいるのだろう。
道案内をしてくれた幻竜は一度頭を下げてから元来た道を戻って行ってしまった。どうやら道案内はここまでのようだ。
「よし、ここまで来たから言って置くけど、絶対に許可があるまで近くにあるものを触ったりしないでね?」
「へぁ?」
「そーそー。夜見姉ちゃんすっごい怒るもん。乙女の部屋に何たらかんたらーってね」
「……そういうことだ」
「いやどういうことだよ」
わからないではないけどさ? まぁ何も触らなければいいんですね。わかりましたわかりました。そのようにいたしましょう。
私達はツタで作られた自然の暖簾をくぐる。木の根っこみたいなので作られた洞窟を通っていくとすぐに大きな部屋に出た。
木の実がそこら中に転がっていて、天井にもいくつかの木の実がぶら下がっている。他にも部屋があるのか、木の扉が何個かあった。
そして、小さな竜……幻竜が沢山いた。恐らく子供だろう。キュアキュア言いながらその辺を走り回っている。他にも寝ていたりじゃれ合っていたり、光っている木のみを投げ飛ばしたりと各々好き勝手に遊んでいるようだ。
その部屋にいる大きな幻竜。白色だ。爪は透き通っていて少しだけ青い。鱗も光に反射して輝いているようだが、眩しすぎることのない落ち着いた光だ。この白い幻竜はほかの茶色い幻竜達とほとんど姿形は変わらない。少し大きいというくらいだ。
そしてその隣にはめちゃくちゃに子供幻竜を愛でている女性の姿があった。黒髪のセミロングでカチャカチャと鳴る黒いマントを羽織っている。茶色の鱗で作られた防具のような服を着ていて、動かないようにベルトで固定していた。
顔だちは可愛らしく、子供幻竜を愛でるときの顔つきはとろけていた。
「みーーーちゃん! かわいいねー!」
子供幻竜はなで繰り回されているが嫌なそぶり一つ見せずにされるがままになっている。その隣では白い幻竜が心配そうに子供幻竜たちを見ている。どっちが保護者なのだ?
「おーい。夜見さん」
「後でねー! うりうりうり~」
「後にするなよ! 気づいて!」
「ふぇ? ああ! 柳刃君! お久しぶり~クルセマちゃんも!」
夜見はようやく子供幻竜を放して私達の方を向いた。カシャカシャと音を立てながらこちらに歩いてくる。毎日こんな硬そうな装備着ているのか?
「何か用かしら?」
「ああ。この人の事なんだけど……」
そう言って柳刃は私を夜見に紹介してくれた。勿論浄化遺物であるという事も伝えてくれた。そのあとに夜見が挨拶をしてくれた。
「なるほどね~クルセマちゃんと同じタイプか~。初めまして、私は竜の風、夜見華香。今は幻竜たちの子育てをしているわ」
「随分と……多いんだな」
「でっしょー! やっとここまで増やせたの! 今では品種改良とかもしたいなーって思ってるんだけど風華がめちゃくちゃ怒るのよ~……。だからせめて強い個体を作れないかな~って模索中!」
ブリーダーかな? ていうか風華って誰だろう?
「夜見ー。まだその防具着てるんだね」
「あったりまえじゃない! 風華と夢元! そして子供達の鱗で作ったものなのよー! 最高でしょ~!」
その場でクルクル回って着ている防具を見せびらかしてくる。確かにかっこいいけど……。なんだろう。魔王の配下にいる幹部。うん。女幹部。いい意味でね? いい意味でそう思う。
その後に何処から取り出したのか白い刀を取り出した。それは見事なもので白い刀身には傷一つなく、周囲の光を集めるように輝いている。柄頭からキーホルダーのように透明な牙がぶら下がっている。
それからマント、防具、剣の順番に指をさしていき、その都度名前を言っていた。
「これがー夢元。これが~子供達。そしてこれが風華! 綺麗でしょ! ね!」
「えーっと……風華って?」
「あ! 紹介するの忘れてたわね! あの子が風華よ」
そういって白い幻竜を指さした。風華はそれに気が付くと頭を軽く下げた。人間の言葉がわかるのだろうか? いや、先ほどの黒い幻竜……幻夢竜も言葉をしゃべっていたしな。こいつも理解できるのだろう。
「で? 柳刃君。他に何か用はある?」
「まぁ顔合わせってだけだからこれ以上はないんだけど、何か知りたいことがあったら教えて上げてほしいんだ。俺達は藤屋君が何を知りたいかは知らないからね」
「そっか~。じゃあ藤屋君、何が知りたい?」
そんな急に降られてもな……。まぁとりあえず幻竜のことについて聞くか。
「じゃあ……幻竜のことについて教えてくれ。他にも竜がいたら聞いてみたい」
すると夜見はニコォっと狂気じみた笑顔をこちらに向けた。なんだなんだと思い、クルセマと柳刃のほうを見たのだが、二人とも「あっ」みたいな顔をしていた。こいつら何か俺に伝え忘れてただろ。絶対そうだろ。
「私に……」
「え、はい」
「私に幻竜たち以外の竜のことを聞くなぁ!!!!」
私に綺麗な回し蹴りが炸裂した。その威力はとんでもなく強くて、思いっきり吹き飛ばされた。新幹線に乗っているかのように視界が高速で移動していき、ゴロゴロと転がってようやく失速して止まった。だが痛みはない。怪我もしていない。これも浄化遺物の能力なのだろうか?
しばらくあおむけになっていると、上から声がした。
『おい』
あ、さっきの幻夢竜さん。
どうやら先ほどあった幻夢竜の所まで吹き飛ばされてしまったようだ。本当にどんな馬鹿力なんだあの人……。
「なんすか……」
『なにをした?』
「いや……幻竜たちと他の竜のことを聞こうとして……蹴り飛ばされました」
幻夢竜は一度大きく鼻でため息をついた。
『助言するまでもなかったか……』
「いやもっと別のこと助言してほしかったです」
『……すまん』
なぜかこの瞬間だけ私は幻夢竜と対等に会話していた。