1.16.零の地へ!
朝一で私達は陸の地を出発した。随分と早い時間に起こされたなと思ったらあの鳥の騒音を防ぐためだった。マジで感謝しておく。あんな声を寝ているときに喰らったら本当に鼓膜が破れてしまう。
まずあの鳥は何なんだ。毎朝鳴き散らして来るようだが勘弁して貰いたい。柳刃にあの鳥のことを聞いてみたが、いつの日か駆逐する混餓物ランキング堂々の一位を獲得している混餓物だと言うことしか教えてくれなかった。
ここに来て間もない頃、相当弄ばれたらしい。今でもそのことを根に持っているようだった。
そんな話をしながら陸の地を後にした私達は逸の地に足を踏み入れた。この地を一言で言うなら山脈だ。初めはゆるやかな坂だったが次第に勾配がキツくなり初めた。それがずーっと続いていく。足はパンパンになるし何故だか腰も痛くなってきて歩くのがとても辛い。
だが柳刃とクルセマはひょいひょいと上がっていってしまって、私だけが後ろの方に取り残された。あの二人は待ってくれるとかそういう優しい心はないんですか?
「だぁああ! しんどい! 無理! ちょっと休憩……」
ドスンと腰を下ろして足を一気に伸ばす。足に降りていた血液が逃げ場を見つけたとばかりに体の上の方に上がってくる。足がしーん冷たくなっていき、重さが一時的に抜けた感覚がした。
暫くはこのまま休憩させて貰おう……。多分あいつらは山頂で待ってくれているはずだ。
「まさか……ガチの山登りをする事になるとは……」
そのまま寝っ転がって空を仰ぎ見る。寝転がると疲れが一気に出てきて体が少し重たくなった気がした。
空は明るく雲一つ無い晴天であり、随分と綺麗な空だ。夏では無いと思うが雲の白色がはっきりと見えるので美しさを感じる。
この世界は空気がいつでも澄んでいるのだろうか? まぁバスも電車も車もない世界だから温暖化とかいう心配は要らないのだろう。
それに山だからかはわからないけど、空気も綺麗だった。そういえば自然豊かな森に囲まれるのは初めてではないだろうか。小さい頃から都会暮らしだったので、山なんか中学校や高校の時の旅行や研修くらいでしか入ったことはない。山と言っても麓付近だし奥までは入らなかったけどな。
ぼーっと陸の地を見ていると後ろから誰か降りてきた。柳刃とクルセマだ。
「ご、ごめん藤屋君……後ろ見てなかった」
「天地兄ちゃんおそーい」
「おーう。ちょっと私には山登りはキツかった。休憩させてくれー」
まったく。もう少し周りを見てほしいものだ。口には出さないがそう言ってしまいたくなる。
二人は私の隣に座り込んで休憩し始めた。柳刃が収納風呂敷からお菓子を取り出して私とクルセマに渡してくれた。ついでに水も。
「ありがとう」
「どういたしまして。どうだい? 混餓物の地は」
「ただただ疲れるばかりだわ……転生して三日目、まさかもうあの場所から移動するとは思わなかったよ」
「ま、それもそうか。でも君は今危険な存在だからね。守ってくれる人は増やしておかないと」
「で、次は誰に会いに行くんだ?」
「ああ、竜の風だね」
柳刃はコップに注いだ水を飲み干してから教えてくれた。
竜の風? なんだかとんでもない名前の風が出てきたもんだな。混餓物に竜の形をした奴がいるという事なのだろうか? もしそうなら見てみたいがすごく危険な予感がする。大丈夫なのか……?
「竜……か」
「信じられないかい?」
「おとぎ話や小説とかでしか見たことないからなぁ。ピンとは来ないな」
「じゃあ見せてあげよう。黒珠」
「はーい」
見せてあげるとはどういうことだろうかと考えていると、黒珠が肥大化した。驚いて口を開けていると、黒珠はぐにゃぐにゃと変形しながら真っ黒なドラゴンの姿に変身した。
鱗や目の部分も再現してはいるのだろうが、如何せん黒すぎてよく確認できない。だがその迫力だけは申し分ない。
これがこの世界にいるドラゴンだというのか……?
「これは幻夢竜っていう個体だよ。この世界の中で一番大きな竜だね。もう一匹幻冥竜っていう個体がいるんだけど、これはあまり大きくない。だけど素早さは幻夢竜を遥かに凌ぐよ。この二匹は使役されないと進化しない個体なんだ。普通は幻竜って呼ばれてる竜がいっぱいいるね。で、竜の風はその竜たちのリーダー何だよねぇ」
ちょっと何言ってるかわからない。いや、竜の説明はわかった。それはもう完璧にわかりましたよ。三種類しかこの世界にはいないんだよね? 多分。いやそれとも一種類か? まぁどちらにせよ今この辺りにいる竜型の混餓物はこの三種類でいいはずだ。
で、わからないのがその竜のリーダーが人間であるという事だ。一体どういうことなのだ……? てかこんな山奥に住んでるの!? 何者だよ!
「人間が竜のリーダーになれるのか!?」
「あ、彼女はちょっと特殊でね」
「彼女!? 女の人なのかよ!!!」
「あ、そうだよ」
完全に男の人だと思っていた私はこれにも驚かされていまった。風っていったいどうなってんだよと叫びたい。
話を聞いてみるとその人物の名前は夜見華香というらしい。柳刃とこの混餓物の地を一緒に踏破した人物であり、幻竜をまとめあげてベールから迫りくる波の襲撃を食い止めるのに一番貢献した人物なのだそうだ。
優しい人であるとは聞いたが、竜を使役している人がそんなに優しい人物であるとは思えなかった。もちろん口には出さないが不安が募る。
で、なぜ夜見が竜たちのリーダーをしているかと言うと……。幻竜の本当のリーダーは夜見の使役している幻冥竜と言う個体らしい。この地でいろいろあって幻冥竜は幻竜たちのリーダーとして君臨したのだそうだ。で、その幻冥竜を使役しているのが夜見。つまりリーダーの幻冥竜よりも上の存在。そう言ったことから何故か夜見が幻竜たちのリーダーになってしまったのだとか。
でもそのおかげで幻竜のリーダー争いはなくなり、今ではようやく個体数が増えているらしい。幻竜のリーダー争いは過激で、リーダーの肉を食った竜がリーダーになるらしい。個体数も減るはずだ。
「竜の子供たちの世話をしているのをよく見るかな」
「かわいいよねー幻竜の子供」
「へ、へぇ……」
まさかこんな会話を聞くことになるとは思ってもみなかった。アニメや小説の中でしか聞いたことないもんな……。
黒珠がポンと元の姿に戻って柳刃の影に入っていった。これにはもう驚かないからな。驚いてばかりだと私の身が持たない。
「よし、じゃあ行こうか!」
「まじかー……」
重い腰をあげて立ち上がる。先ほどよりは幾分かましだ。それにもう山頂は見えている。何とか登りきることはできるだろう。