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混餓転生  作者: 真打
第一章 人間の世
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1.13.訪問者


 目が覚めた。まだ視界はボヤッとしているが意識だけははっきりしている。見知らぬ部屋に少し戸惑いを覚えたが、すぐにここが赤山の家だという事を思い出して冷静になった。


 どうやら私は下で眠ってしまったらしい。赤山とクルセマには迷惑をかけたと頭を掻きながら部屋の中を見渡してみる。

 ここにはベッドと簡単な机と椅子、備え付けのクローゼットくらいしかない簡素な部屋であった。家具が少ないため部屋は小奇麗にされている。それに加え定期的に清掃しているのか、長く使われていなかった古臭さもなかった。

 見ず知らずの人間にここまでしてくれた赤山には感謝しておかなければならないだろう。


 体を起こそうとして身じろぎをすると右足のあたりに何か柔らかいものが当たった。それは熱を持っていて息を立てているようだ。

 何かと思って見てみるとクルセマが布団の中に潜ってスヤスヤと気持ちよさそうに寝ていた。このまま動いてしまえば起こしてしまいそうだったのでベッドから出ることを諦めてもう一度横になった。


「随分と懐かれたな……」


 誰に言うでもなく小さく呟いた。

 クルセマの言葉を理解してくれる人は少ないと聞いた。クルセマは人とは違うと自分ではわかっていても、やはり普通に話すことはしたいはずだ。珍しい客人が混餓物語を理解してくれるのはクルセマにとっては嬉しかったのだろう。


 初めて会った時も、どうせ言葉がわからないだろうからと適当に声をかけてくれたのかもしれない。だが私は混餓物語を日本語として理解できる為普通に話をすることができた。クルセマはそれに驚きこそはしなかったようだが、それからとっても饒舌になった気がする。


 付き合いが長いわけではないのでわからないが、私とクルセマで技を開発しているときはなんだかんだ言っていたけど楽しそうであった。実際私も未知数の力を試すことができて面白かったのだがな。


 クルセマにとって普通に言葉を交わせる人物は特別な存在なのだろう。別に子供は嫌いではないので懐かれる分には別の問題はない。だが子供の扱いがよくわからない。それが問題だ……。


「……寝れん」


 完全に目が覚めてしまった。こうなってしまっては寝るのにすごく時間がかかってしまう。とは言ってもやることも何もない。クルセマがいて動けないしもうこれは詰んだと言っていいだろう。やることのない暇な時間程やるせない物はない。どうしようかと考えていると腹部に強烈な裏拳が飛んできた。


「ぐ!!? ぅぅぉぉぉお……!」


 痛みに堪えながら一体何が起こったのかを確認してみると、クルセマの手が私の腹部に乗っかっていた。どうやら寝ぼけて私の腹をぶん殴ってしまったようだ。本当に痛いしもう寝ることすらできなくなってしまった。どうしてくれる。


 流石にこのまま近くに置いておくと更なる追撃がきそうだったので、起きることを覚悟してクルセマを動かした。熟睡していて起きることはなかったが随分と嫌気な顔をしていた。しかし今回の非はクルセマにあるのでこれくらい許して欲しい。


 腹いせにちょっと布団でクルセマの両腕をクルクル巻いておく。これでもう一度殴られたとしても大したダメージを負うことはないだろう。それに今日の夜は暖かいので布団なしでも寝れる。布団をかぶらなかったと言って風邪をひくことはないだろう。


 今度こそ体をベッドの上から動かす。おもむろに窓を開けてみると冷たい夜風が部屋の中に入ってくる。暖かいのは家の中だけのようで外はしっかりと寒い。窓を開けたまま寝るのであれば布団は欠かせないだろう。

 だが起きているのであれば別だ。冷たい風が肌を刺激するが逆にそれが心地よい。窓の冊子に体を預けて空を仰ぎ見る。


 街灯がないため星空が綺麗に見えた。前世で見た夜空とは全く別だ。なにせ月が二つある。随分と大きな月だ……。この惑星の近くを周回しているのだろうか。

 月が二つあるため月明かりが影を作るほどに明く輝いている。これなら夜だって出歩けてしまいそうだ。


「……これから私……どうなるんだろうなぁ」


 随分と風達に世話になっている気がするが、自分が何をしたいだとかが今の私には全くない。目的もなくこんなところに放り込まれても困るのだが……。神様がいるのであれば私は問いたい。お前なんでこんなところにぶち込んだのかと。確かに私はスリルを求めて死んだけどさ……この展開は違くない?


 まぁそのおかげでクルセマや赤山に会えたんだけどね。アイツらは本当にい奴だ。波は悪い奴だとしか今は認識していないが……実際はどうなんだろうな。浄化遺物を狙ってくるから悪みたいな感じだけど。あと混餓物は普通に怖い。あんなバカでかいトカゲに襲われたのは初めてだし自分よりデカい生物に追い回されることもなかったので恐怖心がより一層深くなっている。もうアイツとは会いたくない。


 風達がここに来てどれくらいの間混餓物と波と戦っているのかはわからないが……ここに来る前から敵対的だったんだ。風達がここに来てからずっと戦争しているかもな。ほんと……なんで波は風のいた地球に混餓物を送り付けるなんてしたんだか……。

 何か目的はあったのだろうけど……碌なことじゃなさそうだなぁ。


 はぁ……考えるのもめんどくさくなってきたな……。


「はぁ……」

「えっらい深いため息吐くね~君」

「どぅぉおお!?」


 窓の外から声がした。驚いて後ずさりしてしまったが、相手を確認するべくもう一度窓の外を見てみる。が、誰もいなかった。


「……あれ?」

「ああ、ごめんこっち」

「わあああ!?」


 いつの間にか私の後ろに立っていた。その人物は狐のように細い目でニコニコと笑いながら手を後ろに組んでいる。バーテンダーのようなその恰好はとても綺麗に着こなされており、驚くほど綺麗な姿勢で佇んでいた。皺一つない服からは気真面目さと清潔さを感じさせる。

 年齢は二十代後半くらいだろうか……。顔だちからは私と近い年齢に見えるのだが立ち振る舞いからしてもう少し年上のような気がする。


「ごめんごめん。こんなところで私の能力を使うものではなかったね」

「だ、誰ですか……」

「ああ、私は五十三 善人(いさみ ぜんと)。しがないバーテンダーさ。式の地でひっそり店を開いているから是非とも足を運んでほしい。君は未成年ではないよね?」

「あ。すいません今は十九歳です」


 私が未成年であると言った時、五十三は首をカクっと傾げた。笑顔こそ崩さないが意外そうな表情で私を見ている。年上に見られることは今までも多かったがここまで露骨に疑われると少し気分が悪い。


「…………うん! 大丈夫! 私の店は十八からなら大丈夫だと決まっているからね! オーナーが言うんだこれは間違いない!」

「おい」


 それは駄目だろう。別世界だから年齢制限が違うのかと思ったがこの言い方からして絶対に違う。この辺は私が前にいた世界と何ら変わりはないのかもしれないな。


 急なことに思いっきりため口で突っ込んでしまったが、五十三は気を悪くすることはなく笑顔のまま軽く笑って話をつづけた。


「はっはっは! 冗談だ。でもまぁ君がうちに来たなら水の水割りかウーロン茶ロックを奢ってあげよう」

「はぁ……まぁ、有難う御座います。で……一体どういうご用でこちらに?」

「その前に君の名前を教えておくれ。私だけ名乗るのは不公平だ」

「あ、すいません。私は藤屋 天地です」

「ほう。では君が浄化遺物か」


 それを聞いた瞬間少し身構えてしまった。知らない人物が私のことを浄化遺物だという事を知っているという事実に少し恐怖を覚えた。この人物は風と名乗らなかったし波の一味だという場合もあり得る。

 もしそうだとしたら俺は勿論、寝ているクルセマも危ない。どうしようかと思考を巡らせていると五十三が困ったように声をかけてきた。


「ああ……ごめん。喧嘩しに来たつもりはないのだが……」

「いや、不法侵入で捕まってもおかしくないのですが」

「あう……それもそうだね。んーどうしたらいいかな……」

「じゃあ聞きますけど、貴方は波ですか? 風ですか?」

「あ、風だよ。流の風(るのかぜ)って言われてるんだけど」

「転生っていうか転移してきたばかりなのでわかりません」


 とりあえず味方だということはわかったので構えを解いて楽にする。それを見て五十三もほっと胸をなでおろした。本当に戦う意思はなかったらしい。


「で……ご用件は?」

「君を見に来ただけだよ。あとちょっとした助言を」

「助言ですか」


 どんな助言であろうと今の私にとっては全てのことが役に立つ。逆に役に立たないことを叩きつけられるほうが稀なはずだ。私はそれに少し期待をして五十三が口を開くのを待った。


「見に来ただけって言っても姿形を把握しておきたかっただけなんだよね。じゃないと守るときに守れないから。それと助言だけど……見た限り随分と強力な力を持っているようだね。君の場合は風の力を利用して身を守ることをお勧めするよ。水や火といった他の技では威力が強すぎて余計なものを巻き込む可能性があるからね」

「…………」

「? ど、どうかした? 私の顔に何かついているかい?」


 あれだけ妙な行動をとってからもったいぶるように言った助言がすでに分かり切っていることだとは誰が思うだろうか。この人物は逆に才能があると思った。


「遅い……遅すぎる……!」

「遅いって……あれ、もしかしてもう試してた?」


 それに黙って頷く。五十三はバツが悪そうな顔をしておろおろとしだしてどうしようか悩んだように動き回った。暫く好きにさせていると何かをひらめいたように人差し指をピンと立ててそのままの状態でカクッとこちらに向き直った。


「ではもう一つ!」

「はい。なんですか」


 あまり期待していないように返事をした。わかりやすいように返事をしたつもりだったが、五十三はそれがわかっているのかいないのか、そのままの調子で話し出す。


「波とベールについて」

「あらかた聞いた」


 五十三はカクンと首を落とした。だがそれでも気を取り直して考え直す。顎に手をを当てたまま先ほど同じ調子で口を開く。


「混餓物につい──」

「知ってる」

「浄化遺物とは──」

「それも聞いた」

「実は昔──」

「混餓物の起源についても聞いてるよ」


 だんだんと敬語が離れて行っているけどもう気にしない。相手もそれを何とも思っていない様だし、私が喋りやすいように話させていただくことにする。


「じゃあ君は何を聞いていないんだい!」

「それを私に聞くなよ!」


 ついにキレてしまったようだがあんまり怖くない。どちらかと言うと私に怒ったのではなくて自分に怒っているようにも感じられた。

 だが五十三はどうしてここまで私に何かを話そうとしてくるのだろうか。


「五十三さんはどうしてそこまで私に何かを話したがるんですか?」

「えっ! いや、なにそのー……気まぐれ?」

「んなわけないだろいい加減にしろ」

「ヒエッ……」


 もう完全に敬語が取れてしまった。この人物にはこれくらい威圧的なほうが良いのかもしれないが、どうも掴みどころがない。向こうも随分とあからさまに話を振ってくるのにも少し違和感があるのだが……ていうか違和感しかない。そろそろ本性を現してくれないと面倒くさくなって窓から放り出してしまいそうだ。


 五十三は観念したように両手をあげた。


「参った参った……だからそこまで怒らないでおくれ」

「じゃあさっさと私の質問に答える。本当の要件は?」


 五十三は手を下げて後ろで組んだ。その途端、先ほどまでへらへらしていた表情は一変して鋭い顔つきになり、声もワントーン下げて低くなった。うっすらとではあるが目が開いており、瞳の色は黒色と白色が逆だった。


「……君が浄化遺物としてどれくらいなものなのかと言う品定め。浄化遺物はその中に宿している力によって浄化能力が変わる。ましてや今回はクルセマに続く人型の浄化遺物……。そして今回はクルセマと違って私達にもわかる言葉を話す完全体だ。それに見たところ君の中には相当強い力が眠っている。もし君の体の一部が地面に埋められたとしたら、混餓物は全滅してしまうかもしれないねぇ」


 五十三は最後まで言葉を言い終えるとくつくつと笑った。何がおかしいのか一切わからないが、五十三のおかげで自分がどんな存在なのかわかった気がする。


「……で、私はどうすればいいんだ?」

「フフフ……今は何もしなくていいよ。あ、でもこの世界に馴染むのであれば混餓物のことは多少知っておいた方がいいかもしれないね。もし何かあっても風が守ってくれるさ。勿論私も守るけどね。大丈夫、ここに居る人々は全員君の味方だ」


 五十三はいつの間にか先ほどの表情に戻っていた。先ほどの鋭い表情が嘘のように消え去っている。コロコロと表情が変わるため、本当の五十三がどれなのかわからなくなりそうだ。


「まぁやることを言うとすれば……まず風達と挨拶をして顔を覚えてもらうことでしょ? それとさっきも言ったけど混餓物に対しての知識、そして混餓物の地について。あとは巴の地に行ってみるのもいいかもね。ここよりは比較的安全だよ。もし武器が欲しいなら坂本に頼めばいいし、稽古したいなら八角がいるし……ほかにも──」

「おっけ分かった出てけ」

「冷たいねぇ……」


 五十三はやれやれと言った表情で窓に近づいた。別にそこから出ていかなくてもいいとは思ったのだが……別に止める理由もないので好きにさせておこう。

 窓の冊子に触れた五十三は振り返って俺の方を見た。


「最後に、藤屋君」

「なんだ?」

「その力はあくまでも君の力だ。君の使いたいように使うと良い」


 そう言った瞬間、五十三はぶれる様にして消えてしまった。それに驚いて窓に近づいて外をもう一度見てみたが、もう五十三の姿はなかった。こういうのを見ているとつくづく風という存在は強そうだなと感じてしまう。

 赤山の言っていたようにああいうのが混餓物を使役して手に入れた力なのだろう。私の能力はこれだけでも十分チートだと思っていたが……自然を使わない技はもっと強いかもしれないと思った。


「寝よ……」


 そう言いながら窓を閉めてもぞもぞと布団に潜り込む。クルセマに巻いておいた布団を引っぺがして一緒に寝ることにした。今度は殴られないようにと祈りながら……。


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