0.プロローグ
同時進行で書いている『混餓物』と世界設定は同じです。
2019年2月17日……何曜日だっけ?
と、細かいことはいいとしよう。実際今日が何年で何日とか至極どうでもいい。
私は今、ベットの上で休日を過ごしている最中だ。明日は学校で若干憂鬱になっているわけだが、実はそれすらも凌駕する絶望感に現在進行形で襲われている最中だ。
そう、私は昨日ちゃんと寝たはずである。3時に。いや、わかっている。この時間に寝るということはまぁ誰の目から見ても生活リズムはボロックソなわけである。
なんでそんな時間に寝るかって? 決まってるじゃないか、ゲームが面白いからだよ! 私が好きなゲームなど興味がないだろうしここで言うのもなんだしで言わないが、あえて言うのであればRTSと呼ばれるジャンルに入るゲームだ。
こういうゲームは奥が深いのだが……熱中しすぎると死ぬ。主に時間が。
っと話がずれた。私が絶望している理由だったな。
窓を見ればわかるのだが……そう、暗いのだ。私は早く起きすぎたのだろうと思って近くにあった目覚まし時計に手をかけて時間を確認するとそこには理解に苦しむ数字が浮かんでいたのだ。
『20:38』
「……………………?」
実際、私は何が起こっているのかは完璧に理解しているはずである。だが、だが! だがしかし!!! 信じたくない! と現実と理想が今、頭の中で戦いをしているのだ。
『お前はあれから何時間寝たのだ! 寝たのは3時! そうだ……お前は18時間も寝ていたのだ!』
現実と書かれたTシャツを着た小さい私が右肩の近くで叫ぶが、左肩の近くにいる理想と書かれたTシャツを着ている小さい私が反論をする。
『何を言っているのだ! その時計は壊れているのだ! だからそんな時間になっているのだよ! そう……お前は……お前は……えっと……だな、外が暗いのは……日食が……始まっていて……えっと……』
うん、理想の私。もういい……もういいんだ……よくやってくれたよ……現実には勝てないよな。
頭の中で理想の私を労うと、理想の私は膝をついて泣きながら消えていき、現実の私は腕組をして呆れた表情のまま消えていった。
私が絶望している理由はもうわかってくれただろう。寝すぎて貴重な休みをつぶしたということだ。ただでさえ不規則な生活リズムに加え、深夜までゲームをしていたら体の疲れは殆どといって取れないだろう。そして積み重ねたこの生活リズムに歯止めが利かなくなったのか、18時間も寝てしまうという結果につながってしまったのだろう。
「……逆に体重たいわ……」
それに加えてお腹もすいているということに気が付いた。私は重たい体を持ち上げて机の上に置いてあったカバンを肩にかけてコンビニに歩いて夜食を買いに行くことにした。
と、自己紹介が遅れました。私は藤屋 天地。髪の毛を長くして一つに束ねたいと夢見ている大学2年生。今年でちょうど20歳になるのでやっとお酒を楽しめる年になるのだが……それはもう少し先となる。今は19歳だ。
夜ということであまり服装を考えずに出てきてしまった為、薄い長そでのシャツ一枚にジーパンと大きめのベルトを付けて外を歩いている。
コンビニ寄るだけだし、そんな大層なことはないだろう。あったらあったで面白いのだが。
そういうのも、私はこの日本に心底退屈している。
学校行って、バイトして、ご飯食べて、遊んで寝て……また学校行くという繰り返し。こんなことを言うとどこの主人公だと思われるかもしれないけどいいじゃないか! 現実にスリルが足りない! 割かし真面目にそう考えているのだが……友達に「最近現実にスリルが足りないよね」っていうと「逆にあったら困るよね」と返されてしまう。
このことに共感してくれる人はいないのだろうか……とまぁそんなことを常に思いながら日常を過ごしている藤屋、19歳です。
キリっとした笑顔を向けても誰も見てくれないので到着したコンビニに入って適当に夜食を買う。ちなみに私は現在一人暮らし。めちゃくちゃ自由に一人暮らしを満喫している。
「今日は~……んーパンでいいや」
飲み物と、パンを数種類かって会計を済ませる。レジの隣にある肉まんやチキンも美味そうだったができるだけ安く済ませようと、今日は踏みとどまった。
外に出るとやけに寒い風が通り過ぎる。思わず身震いするがそういえば薄着だったことに気が付き、手で腕をこする。
「さみぃー……なんか急に寒くなったな……はよ帰ろ」
そう言いながら帰路につくことにする。
夜なので周囲は基本的に静かだが、家の明かりはまだついている場所が多く、家族で過ごしたり、私みたいに一人で好きなことをしている人もまだ多いようだ。その明かりに安心しながら静かな夜道を歩いていく。
タッタッタッタッタ
だれかがこちらに走ってくる音が聞こえた。まだ随分遠いがだんだん近づいてきている。おそらくランニングをしている人だろう。
夜にランニングをする人はこのあたりでも多い。昼間だと人の目が気になるというのは大いによくわかる。実際に私も体力作りにランニングをするのならば夜に走る。だが私はバイト帰りに体力作りと称して早く家に帰りたいがために走っているので、こんな夜更けに走ろうとは思わない。バイト先と家の距離が意外とあっていい運動になるのだ。
私は特にその近づいてくる足音に気にすることもなく、いつもの道のりを歩んでいく。足音的にもうすぐ近くにいるな、と思いどんな人が前に出てくるのかとふと気になって横目で確かめようとした。
だが後ろから走ってきた人物は前を通り過ぎるのではなく、掴みかかってきた。
「!!? な、なんだ!?」
「助けて!」
「は!?」
走ってきた人物は女子高生で、とても整った顔立ちをしている。不良女子高生のように制服を着崩しているが、状況からして必死に走ってきたということがわかる。
その女子高生は右腕にしがみついており、懇願するように見つめてくる。
「おい、まてまてなんだ? 説明してくれないか?」
「お、追われてるの! だから……」
この女子高生が何をしたか知らないが……大方その辺の不良にでも絡まれたのだろう。めんどくさいことに巻き込まれているというのはわかっているのだが、自分の中の欲求が「この子を守ってみると面白いことになるのではないか?」とささやいていた。
スリル。心の中で何かが燃え上がる。今、頭の中にあるのは『面白そう』ということだけだが、それは私が行動するには十分すぎる理由だった。
「誰にだ?」
「ふ、不良……どこかのグループだと思う」
「走ってきたってことは近くまで来てそうだな」
「こっち!」
そういって女子高生は手を引いて走り始めた。大通りから裏の小道に入っていき、そのまま細い道を走り続けていた。
ようやく足を止めた場所は、どこかの裏の路地。この子が我武者羅に走って行ってしまうので頭の中のマップが追いついていないのだ。あっちの方角に行けば見知った道があるはずだくらいの情報しかない。プチ迷子である。
女子高生は疲れてしまったようでその場にへたり込んでしまう。私はというと周囲を確認してその不良らしき人物がいないかを確かめている。普段の鍛錬の成果か、息は全く切れていない。
「おい、ここどこ?」
「ごめんなさい……わからない」
「まぁ帰り道はわかるからいいか。で、あんた名前は?」
「守田 百合……です」
「守田さんね。私は藤屋。で、あんたマジで何したの……追われたって」
「えっと……絡まれて怖くなって……突き飛ばしたら真っ赤になって怒ってきて……」
「不良だっせー……」
実際、ナンパする価値がわからない。見た目だけの判断じゃないか……。まぁそれに浮かれてついていく奴もどうかと思っているのは内緒だ。
先ほど周囲を確認すると、鉄パイプがごみ箱に捨てられていたのでおもむろに手に取っておく。そして軽く振り回して体になじませておく。約2m程の鉄パイプで私が一番得意とする得物と同じ長さだ。
「よしっ」
「……藤屋さんは何か武芸をたしなんでいるのですか?」
「数年だけ剣道してたな。それからはやめちゃって独学で武術研究。誰にも言ってないけど」
それを聞いた守田は何故だか目が泳いでいた。
流石に引かれたかな? と思ったが気のせいだということにしておこう。もしここで何もなかったらこの鉄パイプは置いていくつもりだった。もしもその不良がとんでもない喧嘩を吹っかけてきたときに返り討ちにしようと思っているだけだ。
この発想が出るに、今自分は相当浮かれているのだろう。心臓がバクバクと音を鳴らしており今のこの状況をめいいっぱい楽しんでいる。
自分は今、久しぶりに舞い降りてきたスリルに体のすべてを任せて漂っている。自分のどこからこんな高揚感が生まれているのだろうかというほど、体は浮足立ってうずうずとしている。
ここでばっと不良が出てきてくれたら完璧なのだが、そううまくいくはずもないかと諦めていた。その時。
「おい! いたぞ!」
「え? まじで? そんな展開ある?」
「ヒッ!」
前から一人の不良が出てきたと思ったらもう一人ひょっこりと出てきた。ご丁寧に鉄パイプを所持している。やる気満々ですな。
守田は完全におびえて後ろに逃げようとするが、その後ろからも二人の不良と思わしき人物が出てきて道をふさいだ。
前に二人、後ろに二人。だがそんな状況でも自分の高揚感は常に上がり続けており、待ってましたぁ! と心の中で叫んでいた。
「誰だあの男」
「知らん。あの女が助けを求めたんじゃねぇの? かわいそうに」
どうやら全員が鉄パイプを持っているようでわざとらしくカランカランと地面に引きずりながら、4mほど手前で止まって話しかけてくる。
「おい兄ちゃん。その女の子渡してもらえないかな~? つき飛ばされて骨折れてんだわー」
まじか。アニメや漫画でそういったセリフをめちゃくちゃよく聞くがまさかまさか現実で聞くことができるとは思っていなかった。と、いうより今は吊りあがる口角を必死に抑えるので精いっぱいである。今にも笑ってしまいそうだ。
スリルと高揚感、そしてこの状況を笑わずしてどうしろというのだろうか。楽しくて仕方がない。
「げ、元気……そうだなぁ……ククッ」
「ビビってね? あいつ」
違う。断じて違う。笑いが抑えきれないんだよう!
と、守田を見てみると、若干震えている。縮こまって助けを求めるようにしてこちらを見ていた。
「おい! さっさとそこどけろよ! そしてそいつ渡せ!」
「こ、クッ……こわがってるじゃないか。その辺にしときなよ」
ちょっと危なかったぁー! 喋らせないで?
「なんだこいつ、かっこつけてもかっこよくなんてねぇぞ!」
そういうと同時に、間髪入れずに走ってきて手に持った鉄パイプを水平にフルスイングする。確実に殺しに来てますね。
だが、みえみえのフルスイングなど、重力に任せて全体重を下に落とせば難なく躱すことができる。それと同時に手に持った鉄パイプを体に引き寄せて、相手が得物を振り切った瞬間立ち上がりながら振り上げる。その攻撃は相手の腕に直撃し、持っていた獲物を上空多角へと舞い上げる。
「いだぁあああ!?」
攻撃を受けた勢いのまま不良1は尻もちをついて必死に痛みを堪えていた。
そのあと私は、軽く鉄パイプを振り回す。何回か回して自分の左わきに納めて棒立ちしている状態だ。これはパフォーマンスみたいなもので、実践には全く使えないのだが威嚇程度にはなるだろうくらいの軽い気持ちで考えた棒回しだ。
だが意外と効果があったようで、ほかの三人がたじろいでいるのがわかる。
(おっ? いいじゃんこれ。素人相手には有効だね)
そこでカラーンカランカラン! と大きな音を立てて、守田の近くに鉄パイプが落ちた。内心あぶねっと思ったが無事なので良しとしよう。
すると、倒れた不良1の敵を討つように「貴様ぁ!」と言いながら突っ込んでくる不良2。中途半端な脇構えから上段に持ち上げて振り下ろしてくる。そのタイミングに合わせて鉄パイプを横に凪いで軌道をそらし、弾いた反対側の部分を相手の鎖骨にぶち込む。
その攻撃は見事に当たり、鉄パイプを話して喉元を押さえてのたうち回っている。
今の私の構えは棒術によく似た構えをしている。2mほどの鉄パイプの真ん中あたりを持っているので、攻撃に使える部分は鉄パイプの両側。なので先ほどのような速やかな攻撃が可能なのである。
「ごめんな? 大丈夫?」
自分では気が付かないが、もう笑いをこらえるということはとっくのとうにやめていた。自分たちに向けられる満面の笑みに逆に恐怖してしまっているようだった。
先ほどから軽々と得物を振っているわけだが、その手は小刻みに震えていて一切止まることがない。抑えようとしても全く抑えきれないのだ。自分が今までにないくらい興奮していると気が付くのはまだ先のことだった。
後ろにいた残り二人に体を向けて歩いていく。
守田を通り過ぎて二人に構えを取ると、それだけで相手は腰が引けていた。どこぞの雑魚のようだ。
「さ、どうする? そこの二人連れて帰るかい?」
不良3と4はお互い顔を見合わせていた。だが、こちらに顔を向けた途端、恐怖しているような表情は消えて、逆にしてやったり、という風な笑顔を向けた。
その表情に何の意図があるのか理解できなかったのだが、意味を考えようとした瞬間、後頭部に重い衝撃が走る。
ガンッ!!!
「ッ!!?」
その衝撃に逆らうことなく勢いよく地面に膝から倒れる。うっすらと意識はあるが目が動かせず、体も動かせない。ぼんやりと聞こえる会話だけがその場の状況を把握させてくれた。
「危なかったわね~」
「おいおい! 百合! こんな危ないやつ連れてくんなよな!」
「ごっめ~ん! 人は見かけによらないって本当だね!」
「ったく……百合が後ろから殴ってくれなかったら俺たちマジでやられてたかもな」
この会話で大体のことが把握できた。要するに……こいつらは最初からグルで、このやり方で自分たちが遊ぶための”小遣い”を稼いでいるのだろう。
意識もうろうとする中、持っているカバンに手をかけられて物色されている感触が伝わってくる。
面白そうだから、ついていった先はまさかの罠だった。もっと早く気が付ければよかったが、興奮している頭で正常な判断ができるはずがない。
殴られた後頭部からは血が流れている。そのせいかわからないが、頭に上っていた血が抜けて落ち着いて思考ができるようになった。
(……自業自得かなぁ)
自分の欲求に従って起こってしまった結果だ。自分は無罪だと主張できてもそれは自分が許さない。 相手を殺す覚悟があるのなら殺される覚悟もあるはずだよな? 何度も小説で聞いたセリフだがこれに似たようなことが起こるなどとは思っていなかった。
今回は自分の欲求で選んだ選択肢の先にある結果を、相手のせいにしてしまうというのはお門違いだというところだろうか。だが意外と満足している自分がいた。少しだけだったが、自分が欲していたスリルを味わえたのだ。文句はない。
ただ……文句があるとすれば……。
(………………もうちょい長生きしたかったなぁ)
実はなんとなく感じていた。手足が動かないのはもちろんのこと、瞼も閉じることができない。冷静に思考を繰り返しているのは、息ができないという事実から目をそらしたかったからである。
完全に打ちどころが悪かったようだ。目の前にある物が二重に見える。おまけにだんだんと体が冷えてきているような気がするのだが……まぁ気のせいということにしておこう。
音も聞こえなくなり、ぼーっと見える視界だけが残る。目の前で何かがうろうろとしているが何かわからない。
そのまま視界が暗転し、深い闇へと体が落ちて行った。
読んでくださってありがとうございます。真打です。
今日から新しく『転生物』を描かせていただく事になりました。世界設定は混餓物と同じなのですが、世界線がちょっとばかし違います。
どっちから先に見てもいいように、物語は完全に分かれているので安心してくださいませ。
この混餓転生は、毎週更新の『混餓物』とは違い、不定期で進行していきたいと考えております。先に『混餓物』が完結したら、この『混餓転生』が毎週更新になりますが、おそらく相当先です……。
と、いうことで! これから混餓転生をよろしくお願いします!