智恵―巣立ちの時(立成18年3月)
『答辞』
ゆっくりと息を吸って、マイクの前に見える、溢れんばかりの人たちを見据える。去年は卒業生を見送っただけだったけれど、今日はその倍以上だ。
『少しずつ冬の寒さが和らぎ、春の香りを感じるようになったこの良き日に、私たち卒業生二百二十一名は、卒業します。
本日は、私共のために、このような素晴らしい式を挙行してくださり、ありがとうございます。また、ご多忙の中ご出席くださいましたご来賓の皆様、理事長先生をはじめとする先生方、保護者の皆様、在校生の皆さん、卒業生一同心から御礼申し上げます。』
胸に付けた花のコサージュの重みが、増したような気がする。それはきっと、3年間の全てが、ここに詰まっているんだって実感したせい。
『三年前の、新たな仲間とともに始まる新しい日々に、期待と不安でいっぱいだった入学式。それからの日々は濃密で、いろいろな物が思い出されます。』
滲みそうな視界をこらえて、原稿に目を下ろす、飾る必要もないくらいの思いが詰まったような文字は、触れると、熱いような感じがする。
『入学してすぐに行われ、戸惑いながらも手を取り合った新入生合宿や、少しずつお互いのことが分かるようになり、クラスとしてまとまれた体育祭、クラスや部活で一つになり、大きなものを作り上げた文化祭、クラスが今までにないほど団結できた合唱コンクール。これらをはじめとしたさまざまな行事を共に迎えるにつれて、初めに持っていた不安はいつの間にかなくなっていて、知り合えた友人たちと、充実した1年間を過ごすことができました。』
もう、そんな経つんだ。あの時から。肌で触れることもできるほど鮮明に思い出せることも、全部、過去のことなんだ。ここには書ききれないほどの、濃密な時間。遅くなった初恋も、ちょうどこの時で。少し、頬が緩みそうになる。
『二年生になり、新しい教室の新鮮さとともに、学校は新入生の勧誘で持ち切りでした。先輩としての自覚が芽生えたことで、今まで以上に勉学や行事、部活動などに力を入れはじめ、その努力を結果に結びつけることが出来ました。二年生としての日々に慣れた頃、修学旅行の時期が訪れ、クラス中が浮きだっていました。迎えた当日は、普段は見ることのできない景色にその土地ごとの特質を学び、仲間たちとの楽しい時間を過ごし、より深い友情を築くことができました。』
過ごした時間の一つ一つが、今思えば愛おしい。がむしゃらに進んだ道は、振り返ればぐにゃぐにゃで、でも、その寄り道も全部、あったかい。
『そして三年生となり、高校最上級生として、それぞれの進路の為に、これまで培ってきたものを糧に受験勉強や就職活動に真剣に取り組みました。自分の選択や、未来に対する不安で胸が押しつぶされそうになる事もありましたが、仲間と励まし合い、これから先へ地震を持って歩んでいけるようになりました。』
私の未来は、まだ完全には決まったわけじゃない。それでも、この先へ、自身を持って踏み出せる。背中の向こうにいる人たちも、きっと、それぞれの未来へ羽ばたいていける。ここで得たものはそれぞれ違うけれど、みんな、大事なものを得たはずだから。
『在校生の皆さん、先ほどは心のこもった祝辞をありがとうございました。これからは、皆さんがこの星花女子学園を引っ張ってく立場となります。この学園の伝統を引き継ぎ、それぞれの未来へ向かって歩んでいってください。辛いときにも、周りには同じ目標を持つ仲間たちや、それを支えてくれる先生方がいることを忘れず、高校生として残された時間を、精一杯駆け抜けてください。』
だから、これからも、それぞれが大切にできる何かを、この学校で持ってほしい。今はもう生徒会長でも何でもない、ただの一人の人だけど、ささやかな願いは、ちゃんと届いたかな。
もうすぐ、巣立ちのとき。足元を見返すと、たくさんの人に支えられて、ここまで育ったんだと気づかされる。
『最後になりますが、これまで私たちを温かく見守って下さった地域の皆様、共に喜び、時には厳しく叱って私たちを導いてくれた先生方、本当にありがとうございました。そして、これまで私たちを育ててくれた保護者の皆様、本当にこの三年間ありがとうございました。ちょうど思春期の私たちは、心配する言葉にも素直になれず、心無い言葉を浴びせてしまったことも、数多くあると思います。それも、寛大な心で許してくださり、優しく支えてくださいました。本当に、ありがとうございました。私たちの学校生活を支えてくださった全ての方に、改めて感謝申し上げます。そして、これからも私たちを見守り、ご指導宜しくお願い申し上げます。』
最後の段落だ。本当に、終わっちゃうんだな、ここでの日々が。涙が、目から零れかけて、まだ、瞼に残ってくれてる。
『私たち卒業生は、それぞれ違う夢に向かって進んでいきます。今後、大きな壁にぶつかったとしても、この学園で得た多くの思い出、学び、誇りを胸に、力強く羽ばたいていきます。星花女子学園のますますのご発展を心より祈念して、答辞といたします。
立成十八年 三月一日
卒業生代表 江川 智恵』
一歩下がって、三方に頭を下げる。張り詰めた心が、すうっと緩む。こらえきれない涙も、頬に滑り落ちる。足音を抑えながら席に戻ると、堰が、一気に切れた。校歌なんて、もう歌えそうにない。本当に、最後になっちゃうのに。